第1話 ファリーナへの帰還
地鎧竜アダマンティスマトゥラを倒してフォディーナ王国の英雄に祭り上げられた俺達は、武具製作の為にしばらく滞在した後、10の月に入った頃にファリーナへの帰路へついていた。
「ようやくファリーナに帰れるな。歓迎してくれるのは嬉しいんだが英雄扱いはむず痒いわ。」
「・・・確かに。私も賑やか過ぎるのは少し苦手だ。」
俺の何気ない呟きに右隣りを歩くミクが同意の声を上げる。ミクは特殊な環境で育ってるからな。人慣れしていない分、賑やかすぎると居心地が悪いのだろう。
褒賞式の後の宴では薄っすらと笑っていたし、賑やかな雰囲気自体は嫌いじゃないみたいなんだが。
「2人とも、何をシケた面をしてんのよ?フォディーナ王国はみんなが歓迎してくれてたし、楽しかったじゃない。マナーにもうるさく無いんだから、天国みたいなもんよ。」
俺の左隣りを歩きながら口を挟んできたのはトリスだ。藍玉色の瞳で俺を見上げてくる。
アダマンティスマトゥラに致命的なダメージを与えたトリスは、俺達『暁の明星』の中でも一際大きな歓迎を受けていて、生来の気質か、毎日楽しそうに日々を謳歌していた。
そういえば、神の炎の金炎と印象的な白金髪から『金の魔導士』なんて二つ名でも呼ばれていたな。
髪といえば、真っ青な青空の下、トリスの白金色の髪が太陽の光を浴びて、まるで本物の金みたいにキラキラと綺麗に輝いているんだが、出会った時より髪に艶があるような・・・。
「なんで人の頭をジッと見てんのよ?」
そんな下らない事を考え込んでいる俺を不審に思ったらしいトリスが可愛らしく首を傾げる。言葉使いは荒いが、相変わらずその所作にはどことなく気品があるな。
「いや。太陽の光を浴びたトリスの髪は綺麗だなと思ってただけだ。前より艶が増してないか?」
「・・・なっ!い、いきなり何言ってんのよ!」
正直な感想を述べると、トリスの顔は真っ赤なトマトのように染まっていき、何故か急に怒りはじめた。
かと思えば、トリスは赤い顔のまま何かを考え込むように急にボーっとし始める。俺、何かしたか?
「ノール様。あまりお嬢様を揶揄わないで頂けますか?お嬢様はうぶなのですから。」
「・・・?揶揄った覚えはないんだが??」
対応に困ってオロオロしていると、俺とトリスの間に割って入ったエリが、険しい顔をしながら言い掛かりをつけてくる。
困惑しながらそれに回答すると、エリは俺を恐ろしい物を見るかのような顔で見てきた。
「さっきのを無意識にやったということ?見た目はともかく天然のタラシですか。」
と、小さな声でさらに訳のわからないことを呟かれたわけだ。というか、見た目はともかくって失礼じゃねぇか?
「・・・ノール。」
エリに反論しようとした瞬間。妙に重い空気を纏ったミクの声が聞こえてきた。
「な、なんだ?ミク?」
声がした方を見れば、さっきまで普通にしていたはずのミクは、何故か俺の方をジト目で見ていた。
「トリスは褒めるのに、私の事は褒めてくれないのだな。」
俯きながら言うミクの表情は見えなくなったが、明らかに不機嫌なヤツだろ、これは。・・・なんでだ?
「・・・特に褒めたつもりは無いんだが。俺は思ったことを言っただけだしな。」
「で、では。私には何か言うことはないのか?」
上目遣いに俺を見るミクの満月色の瞳は、何かを期待するように俺を見つめていた。
これは、トリスと同じような感じで言って欲しいってことか?回答が遅くなってもダメなヤツだろ、これ。
「ミクの銀髪は、太陽の光よりも月の光の方が映えると思うぞ。綺麗なのはもちろん、なんか神秘的な雰囲気がするんだよな。」
初めて会った満月の夜を思い出しながら、少しだけ間をおいて答えを絞り出した俺に、ミクは満月色の瞳を見開いてピタッと動きを止める。
しばらくすると、白い肌をしたミクの顔は桜のような淡いピンク色にみるみる染まっていく。
「私をそのように思ってくれるとは・・・。」
ひとこと言ったミクは、心ここに在らずと言った感じで視線を宙に彷徨わせ、何事かブツブツと呟いている。俺が話しかけても完全に上の空だ。
「・・・どうしたってんだ?」
「またやりましたね、ノール様。」
俺の呟きに、エリがため息をつきながらこちらを見ていた。その紅玉色の瞳は不機嫌に細められている。
「俺はトリスにもミクにも、自分が思っていた事しか言ってないぞ?」
「・・・だからこそタチが悪いのです。はあ。お嬢様もミク様もしばらく使い物になりそうにありません。そこの木陰で一旦お茶でも飲んで落ち着きましょう。」
何故か不機嫌なエリは何処からともなく4人掛け出来るくらいのサイズのテーブルに、3脚の椅子を取り出し、テキパキとお茶を飲む準備をしていく。
品のある高級そうなティーセットにお茶菓子が瞬く間にセットされ、小柄なエリの見た目からは信じられない力でトリスとエリは強制的に座らされていく。
エリはメイドだし給仕をしてくれるのだろうと思い、残る一席に俺が座ろうとした瞬間、エリの細腕が背後から俺の右腕を掴んで引っ張ってくる。
・・・小さくて細身の癖に信じられねぇ力だ。動けねぇ!
「ノール様。そこには私が座ります。女だけで話をする必要があるのです。貴方はあちらの石にでも座って休まれてはいかがでしょうか?」
その膂力で強引に俺を振り向かせると、エリは少し離れた所にある腰掛けし易そうな石を指差した。
「俺だけ仲間はずれかよ!」
「ノール様がいると話が進まない可能性がありますので、ご容赦下さい。」
抗議の声を上げたものの、それがエリに受け入れられる事はなく、強硬な態度に変わりはなかった。なんだか良くわからんが、引いた方が良さそうだ。
「ああ、そうだ。これをお持ちください。お茶請けのお菓子です。お茶はご自分でご用意頂ければ。」
すごすごと引き下がる俺にエリが小袋を投げて寄越してくる。右手でキャッチするとそれは随分と軽く感じた。
エリが指差した石に腰を掛けながら小袋を開けると、中にはバターのいい香りがするクッキーが入っている。それを摘みながらミク達の方を眺めていると、3人は楽しそうにお茶を飲みながら喋っているようだ。
・・・あれ。俺って『暁の明星』のリーダーじゃなかったっけ?リーダーってこんな風に隅に追いやられるもんだっけか。
楽しげな3人を眺めながらかじるクッキーは、甘くて美味しいはずなのに、何故かしょっぱい味がしたのだった。
こうしてファリーナまでの道中。街や村に宿泊する時や、休憩の際、事あるごとに俺は除け者にされることとなる。
一度、俺が居ない時に3人で何を話してるんだ?と聞いたんだが、ミクは「私からは教えられない!」と頬を染め、トリスは「乙女の秘密よ!」と怒り出す始末で、何故か何も教えてくれないんだよな。
まあ、女性3人と男性1人だから除け者にされるのは仕方ないとは思うんだが。クロがいれば男女比のバランスが取れるんだけど、なぜ先に帰ったし。
ミク、トリス、エリの3人はこの旅を通してかなり仲が良くなったようだし、それ自体はいい事だと思う。
俺?トリスとエリとの関係はあんまり変わってない気がするんだよな。パーティーとしての連携を深める意味で仲良くなった方がいいと思うんだけど。
むしろエリには何というか警戒されてる気がするのは気のせいじゃないだろう。俺が何をしたって言うんだよ。
「ようこそ、僕の屋敷へ。ノール君、ミクちゃん、久しぶりだね。そちらの2人は初めましてかな。僕はリコ・キサラギ。ノール君とミクちゃんの師匠をやっているよ。」
「あ、アタシはトリスって言います。ノールとパーティーを組ませてもらってます。」
「私はエリです。トリスお嬢様の側仕えをさせてもらっています。」
10の月の中頃。ファリーナに到着した俺達は街の中には入らずに、ファリーナ郊外の森の中にあるリコの屋敷に直接やって来ていた。そして応接室に通された俺の目の前の光景がこれだ。
同じ魔導士として憧れがあるらしく、珍しくトリスが緊張した様子でリコに挨拶をし、エリは冷静に自己紹介をしていた。
「クロ君から話は聞いているよ。君達がトリスちゃんにエリちゃんか。僕の弟子達が世話になったね。」
言いながら、リコはまるで品定めをするかのように翡翠色の瞳を細める。
「いえ。こちらこそノールには本当に世話になりました。・・・あの。もし良ければ一つお願いしたいことがあるのですが、話を聞いていただけないでしょうか。」
聞き慣れないトリスの丁寧な言葉に違和感しか感じないな。しかし、お願いしたいことってなんだ?
「話を聞くのは構わないよ。お願いとやらを僕が叶えられるかは内容にもよるけど、出来る限りのことはさせてもらおうかな。弟子を助けてくれたしね。」
テーブルに出されていたお茶を一口飲んで、リコはにっこり微笑んだ。
「・・・アタシの、魔法の師匠になってくれませんか?」
「トリスちゃんの?」
「『暁の明星』のみんなには話をしたから、クロから聞いてるかもしれませんが、アタシはギフトのせいで火魔法しか使えないし、魔法の制御も難しくて、魔法を暴走させることもあるんです。」
「炎の祝福だったかな。話は聞いてるよ。」
リコは興味深げな様子で頷きながら続きを促す。
「フォディーナ王国の戦いでは、ノールに励まされたおかげで、大魔法も制御できたし、神の炎だって何とか放つ事ができました。だけど、その後は中々魔法をうまく制御出来ないんです。」
トリスは失敗した魔法の数々を思い出しているのか、悔しそうにしている。
そうなのだ。フォディーナ王国ではフレイムランスやフレイムピラー、フレイムトルネードに果ては神の炎と次々と魔法を制御してみせたトリスだったが、ファリーナへの帰路では度々魔法を暴走させていた。
魔物との戦闘で素材回収をしたかったのに火力調整を失敗してその魔物を消し炭にしたり、食材調達のための狩で張り切り過ぎて森ごと焼失させる様な火力のフレイムランスを作り出したりと、色々あっていたりする。
だが、フォディーナ王国での活躍を間近で見ていた俺としては、最終的にトリスが魔法を制御できるようになると信じているし、そうなるように最後まで協力すると、紛れもない本心を伝えてトリスを励ましたりもした。
結果、トリスの様子が少しおかしくなり、何故かエリから更に警戒されて、ミクは若干機嫌が悪くなっていたが。リーダーとして励ますのは当たり前だろうに、なんでだよ!
「ノールはギフトは使い続けることで成長すると言ってました。アタシはギフテッドになってからは魔法の暴走が怖くて余り練習をしてこなかった。だから成長の余地は十分にあると思うんです。」
「・・・ふぅん。トリスちゃんは何で魔法を制御できるようになりたいんだい?」
リコの質問にトリスは真剣な表情で口を開いた。
「アタシは昔、魔法を暴走させて村を一つ滅ぼしました。2度とそんなことはしたくないんです。」
そこでいったん話を区切って、トリスは言いにくそうに言葉を続けた。
「それに・・・。最初にアタシに自信を持たせてくれたノールの役に立てるように強くなりたいから。」
同じパーティーだし気にしなくていいと思うんだがな。確かに少し口は出したが、結局は成し遂げたのはトリス自身なんだし。
「ふふ。ノール君は大モテだね。いいよ。僕からすればかわいいお願いだし、魔法の手解きはしてあげるよ。」
「そ、そんなじゃありません!」
「そこまで言っといて恥ずかしがらなくていいんじゃないかな。・・・そうだね。ただ手解きを始めるにあたって、二つ程条件を飲んでくれるかな。」
恥ずかしがるトリスに右手の指を2本突き立てるリコ。
「一つは妙に硬い今の喋り方を止めること。」
「それくらいなら大丈夫です。・・・いや、大丈夫よ。」
言った側から敬語を話すトリスにリコが視線を向けると、ハッとしたトリスは言葉を修正する。それを見て「よろしい。」と満足げに呟いたリコは指を1本曲げた。
「もう一つは僕と全力で模擬戦をしてくれないかな。手解きをする為には実際にこの目で実力を見た方がいいからね。それに・・・。」
リコは楽しそうに翡翠色の瞳を好奇心に輝かせながら言葉を続けた。
「神の炎に興味があってね。」
これ、絶対自分が神の炎を見たいだけだろ。
こうして、やや不純な動機でリコ対トリスの模擬戦が行われる事になったのであった。




