幕間その6 或る王族達の和解
カンカンカン!
白く熱された合金を金床にのせ、ワシが右手に持った鉄槌でソレを叩く音が部屋中に響き渡る。
熱が冷めると炉に入れて熱し、取り出しては鉄槌で叩く作業を幾度となく繰り返し、理想とする形に整えて行く。どれくらい時間が経っただろうか。一心不乱に作業を続けていたワシの手の中には一本の大太刀が完成していた。
反り返った片刃の刀身には綺麗に波打つ刃紋が浮かんでおり、素材となったグリフォントゥルスの角の影響なのか、その地肌は薄く紫がかっている。
程良く反ったその造形は実に優美で、薄紫色の地肌に雷のような刃紋が走るその姿は見る者全てを惹きつけるほどに美しい。
一言で言って傑作だ。ワシが今まで作った武器の中でもトップクラスにいい出来だろう。
出来上がった刀を見て1人頷いていると、誰もいないはずの鍛治場の中に人種の気配がするのを感じた。作業中は1人にするように厳命していたはずだが。
「アウグスト。久しぶりだな!」
背後から聞き覚えがある声がする。・・・この声は!
「グレゴリウス兄上!来ていたのか!」
振り向いたワシの目に映ったのは想像通りの人物。ワシの実兄にしてアダマンタイトランクのハンターであるグレゴリウス兄上だった。
「実は何日か前から来てたんだがよ。ここ1ヶ月くらいは鍛治場に篭ってばかりって話だったから、挨拶が今になったってわけだ。」
そう言ってニカっと笑う兄上を見て、ワシは違和感を覚えた。
「大量の武具製作をする事になったから、篭らないと終わらなくてな。兄上、十数年振りだが、何というか元気になったか?」
「うん?ああ、わかるのかアウグスト。」
十数年前に兄上と会った時はどこか厭世的な雰囲気があったのだけど、それが無くなって気力が漲っているような感じがする。
「この間、ワシがファリーナでグリフォントゥルスと戦ったことは知ってるか?」
「知っている、というか、今まさにその時のグリフォントゥルスの角を使った大太刀を打ち上げたところだ。」
そう言いながら、打ち上がったばかりの大太刀を兄上に見せる。
「・・・なるほど。相変わらず見事なもんだ。鍛治についてはお前に敵う奴はいねぇだろうな。コイツは耳長族の嬢ちゃんの武器か?」
「ああ。ミク殿に送る予定だ。」
「・・・ミクって言うのか、あの嬢ちゃん。そういや名前を聞いてなかったな。」
そう言いながら豪快に笑う兄上。普通は名前くらい聞くだろうに、相変わらず自由な人種だ。その自由さが少しだけ妬ましいな。
「グリフォントゥルスと戦った時にな。ワシは自分がいつの間にかハンターとして鈍っていることに気付いての。討伐後に直ぐに自分を鍛え直すための旅に出たから、名前を聞いてなかったな。」
「なるほど。・・・それにしても兄上。随分と身体が大きくなってないか?」
鍛え直すための旅と言われてよく見てみると、前に会った時よりも兄上の身体が一回り大きくなっているような気がする。
小人族の中では群を抜いて大きいし、元々筋肉の塊のような人種だったが、より一層筋肉がパンパンに膨らんだ身体はまるで小山のように見える。
「昔リコの奴が言ってたんだがな。レベルが上がるほどじゃないにしろ、身体を鍛えることで身体能力は上がるんだとよ。ワシは限界レベルだろうし、筋肉をつけてみたってわけだ。実際にパワーは上がったと思うぞ。」
「普通の人種は鍛えても、そんな簡単に筋肉がつかないとは思うんだが。」
しかも兄上は160歳を超えていて、200歳が寿命とされている小人族としてはかなりの高齢だ。普通の小人族なら引退してる年齢で身体を鍛えた結果が、より筋肉で膨らんだこの肉体なのは明らかな異常だろう。もっとも、兄上が異常なのは今に始まったことではないか。
「細かい事は気にするなって。実際鍛えたらこうなったんだからよ。それよりワシが来たのは地鎧竜の話を聞いたからなんだが。」
『暁の明星』を救国の英雄に仕立て上げるのに地鎧竜を討伐したことを派手に喧伝したからな。それが兄上の耳に届いたのだろう。まあ、少し誇張したが彼らが救国の英雄なのは間違いないが。
「兄上。地鎧竜の件だが・・・」
ワシは兄上に今回の事件の真相を順を追って説明する。
坑道から鉱夫が帰って来なくなり調査に行ったハンター達も誰1人帰って来なかったこと。
ノール殿達『暁の明星』に調査を依頼したこと。
坑道内には鉱夫やハンター達のゾンビが多数居たこと。
ゾンビ達が居たのはセプトアストルム帝国の狂人デノデラ男爵の人体実験の結果であったこと。
デノデラは逃げ去り地鎧竜が解き放たれたこと。
『暁の明星』の活躍により大した被害もなく地鎧竜は討伐されたこと。
「・・・民の混乱を防ぐ意味でデノデラの件は発表せず、『暁の明星』を救国の英雄として大々的に取り上げ、犠牲者が多数出た今回の件から皆の目をそらしたわけだ。もちろん、彼等はそれに見合う働きをしたわけだが。」
「・・・なるほどな。で、お前は褒賞としての武具を製作してるって事か。」
「そういう事だ、兄上。創神クリスタリウス様に宣誓したから、最優先で対応しなければならない。」
言いながら兄上の顔を見たのだが、何故か呆れた顔をしていた。
「・・・アウグスト。お前、ワザと創神クリスタリウス様に宣誓しただろ。褒賞を準備するだけならわざわざ宣誓する必要はなかったはずだ。思う存分鍛治をしたかったってところか。」
「・・・ぐ。今回の件は色々落ち込むことがあったから、鍛治をして気晴らしをしたかったってのは確かにある。だが、『暁の明星』に箔をつける意味もちゃんとあるのだぞ?国王であるワシが創神クリスタリウス様に真っ先に宣誓すれば、貴族も後の話に賛同しやすかっただろうし。」
滅多に会わないのに流石は兄上。ワシの思惑に勘付かれるとは。
「まあ、ワシの方が今まで好き勝手やってきたし、それでどうこう言える立場じゃないがな。」
兄上はそう言うと、苦笑しながら言葉を続けた。
「アウグスト。お前が王位を継ぎたくなかったこと、鍛治士としての道を歩みたかったことは知っていた。知っていながら、王位をお前に押し付けたことはすまなかったと思っている。」
「・・・兄上?急にどうしたんだ。」
突然の独白に驚いて兄上の顔を見ると、今まで見たことが無いくらい真剣な表情をしていた。紛れもない兄上の本音なのだろう。
・・・これは、ワシも本音で語るべきか。
「・・・兄上が王位継承から逃げた後、一時は兄上を恨んだ。何故なりたくもない王に成らなければならないのか、鍛治だけをしていたかった、兄上はズルいと。」
兄上の表情がみるみる曇っていくが、構わずにワシは話を続けた。
「だけど、王になって良かったこともある。代々の国王にしか開示されない鍛治技術を習得出来たこと、国王しか使えないこの鍛治場を使えること。お陰で世界最高の鍛治士なれたのだから、それほど後悔はしていないのだ、兄上。」
「・・・アウグスト。」
「兄上は秘伝の鍛治技術や、創神クリスタリウス様が創られたといわれているこの鍛治場に興味がないだろ?それに兄上はぶっちゃけて言えば政治とか向いてないだろうし。だから適材適所って奴さ。まあ、鍛治作業をする時間がそれほど取れない事が唯一の不満だが。」
そこまで言い切ったところで、漸く兄上の表情が明るくなっていく。
「・・・確かに政治は向いてねぇと思うが、そこまで言わなくてもいいんじゃねぇか?」
「事実だろ。」
ややムスッとした様子で言う兄上に、ワシの冷静なツッコミが入ったところで一瞬の間があり互いに笑い合う。なんだか長年モヤモヤとしていた事が吐き出せて、スッキリした気分になったな。
「しかし、兄上。なぜ急にそんなことを?」
「今回、ワシ自身を鍛え直すことにしたわけだが、1人で鍛練していると時間もたくさんあるせいで、今までの事を色々考えてな。それで申し訳なく思ったのと、あとはワシからアウグストに提案というか要望があって、それを言う前にワシの中でケジメをつけたかったんだ。」
「要望?」
いったい何だろう。あの兄上がワシに何かを要求してくるのは初めてじゃないだろうか。
「ワシも160歳になったし、この先はそう長くないだろう。寿命と言われている200歳はあくまで目安だし、いつ死んでもおかしくはない。」
「・・・。」
頷きながらワシは続きを促す。兄上ならその目安以上に長生きしそうな気はするが。
「今まで好き勝手に生きてきて、お前にもこの国にも迷惑をかけてきた。だから、残りの人生はお前やこの国の為に生きようと思ったって訳だ。」
「兄上、それって?」
「アウグストに。いや。陛下に仕えさせてくれ。とは言ってもワシは粗暴だし、戦う事しか能のない人種だ。だか、それに関することなら何でもやってみせよう。」
兄上は現役のアダマンタイトランクのハンターだ。帝国の脅威もあるし、純粋な力が必要となる場面をつい先日経験した身としては、非常に有難い申し出だった。
「とは言っても、ワシはまだ鍛え直しの途中だ。それが終わってからになるんだがな。」
言いながら照れ笑いする兄上にワシは大きく頷いた。
「兄上。是非ともお願いしたい。こちらからも一つ提案がある。」
「なんだ?」
「兄上の武具を作らせてくれないか?『暁の明星』の武具はさっきの大太刀で最後だったんだが、残った地鎧龍の素材は一部をフォディーナ王国で買い取っててな。兄上が我が国に為に働いてくれるなら、その手向けとしてぜひ鍛錬させてほしい。」
「そりゃあ、願ってもない話だが、いいのか?」
兄上は驚いた顔をしている。兄上の今の装備はワシが作った物ではない。さっきの話の通りに王位を押し付けた事に引け目を感じていたからか、武具の製作を依頼される事は無かったのだ。
「ああ。創神クリスタリウス様に誓って全身全霊を込めて鍛錬させてもらおう。」
「・・・お前なぁ。」
呆れた兄上の顔を見ながらワシは大笑いをする。初めて兄上に作る武具だ。世界最高の鍛治士として最高の物を作りたい。決して、もっと鍛治をしたかったという邪な気持ちで創神クリスタリウス様に誓ったものではないのだ。
こうしてワシは兄上の武具を追加で作ることとなった。予定より長くなった鍛治作業に宰相が困惑したらしいがたまにはいいだろう。
ちなみに装備が出来上がるまで暇になった兄上は、ハンターズを訪ねて後進のハンター達の指導を行ったらしい。
指導を受ける希望者を募ったところ、たくさんの応募があったが厳しい鍛練に脱落者が続出したようだ。
だが、「トリス姐さんに負けてられねぇ」と呪文のように繰り返す一団だけは仲間内から誰一人脱落者を出すことなく耐え切ったらしく、兄上が「根性だけはありやがる」と珍しく褒めていたな。
聞けば『暁の明星』の魔導士トリス殿、世間ではその金髪と扱った金炎の魔法から金の魔導士と呼ばれているらしい、が関わったハンター達らしい。
楽しそうに鍛練の様子を語る兄上を思い出しながら、ワシは今日も無心に鉄槌を振るっていく。
カンカンカン!
聞き慣れたはずのその音は、大太刀を打ち上げた時よりも何故か心地良く聞こえていたのであった。
という訳で、グレゴリウスとアウグストのお話でした。髭面と髭面の野郎共のむさ苦しい話でしたが、如何だったでしょうか。
このお話を以って、第2章は幕間も含めて完結となります。長々とお付き合いいただきありがとうございました。
さて、第3章についてですが例によって大まかなプロットは出来上がっています。しかし、現状は全くストックがない状態なので、ある程度書いてから更新を再開しようかと思います。
よって、1ヶ月後くらいに『第3章 深紅の魔人』の投稿を開始しますので、それまでお待ちいただければと思います。
なお、もし本作ロストデウスが少しでも面白いと思って頂けるのであれば、ポチッと星を付けて評価をしていただくか、ブックマークをつけていただくか、もしくはコメントをいただけたら幸いです。私のモチベーションが急激に上がりますので、よろしくお願いします。
それでは、第3章で会いましょう。さらば!




