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ロストデウス〜神去りし地にて〜  作者: 北乃ロバ
第2章 金の魔導士
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幕間その4 或る伯爵令嬢と運命の主

 私の名前は、エリューシア・パーリントン。セプトアストルム帝国の貴族家、パーリントン伯爵家の次女です。

 パーリントン伯爵家は帝国内でも有名な武門の家系で、優秀な()()を何人も輩出しています。そう、武人です。

 我が家の歴史を紐解けば、後の世に名を残すような偉大な武人もいるのですが、そういった方は総じて他者を率いる能力が無いものです。圧倒的な個の力が数を凌駕する世界だからこそ、他者を率いる必要が無かったのかもしれませんが。


 つまり個人としては強くても、統率力は無いのでは優秀な軍人とは成りえないということです。

 パーリントン伯爵家は各個人の力こそ恐れられているものの、あくまで武人であり他者を指揮する軍人ではないため、軍の主流派とは成り得えず、政治や社交にも比較的疎い為、軍の上層部や内政メインの貴族家からは低く見られがちなのです。つまりり・・・



「さすが、軍部の『野蛮人』が生まれた貴族家。随分と見すぼらしいドレスですわね。」

 軍部の『野蛮人』とは長兄のアル兄様のことです。これは私に向けた台詞のようですね。侮蔑の感情を隠すことすらせず、私に対して辛辣な言葉を浴びせてきたのは、どこの貴族家の令嬢でしょうか。

 特徴的な赤い髪をまとめ上げ、130メル程の小さな身体に髪よりもやや薄い赤のドレスを身に纏い、きつい目つきで腕を組みながら似たような背丈の令嬢たちを引き連れて、名も知らぬ彼女は私のことを貶めてきます。


 帝国内の貴族令嬢は年齢が10歳になる頃に、社交界デビューを飾ることが慣例となっているのですが、帝国内といってもその領土は広大なため一度に集まるわけではなく、各地域の代表的な貴族家が主催する幼い令嬢の為の宴席に各貴族家の令嬢が参加することになっています。

 パーリントン伯爵家は帝国東部に領地を拝しており、ちょうど10歳になった私は、1番近くの大貴族であるヴァレンティーナ公爵家主催の宴の場に出席しているところなのです。

 パーリントン伯爵家が武門の貴族家といっても、私自身は同年代と比べてひと回りは小さい体躯をしていて身長は120メル程度しかありません。だからこそナメられているのでしょう。


「ちょっと!エリューシアさん?なんとか言ったらどうなんですの?」

「・・・私に何か言っていたのですか?少し考え事をしていたもので気付きませんでした。ところで貴女は何処のどちら様でしょうか。私の名前は知っているようですが。」

「〜〜〜っ!私はグランディス伯爵家のイルムガルデ・グランディスですわ!!」


 私の素っ気ない返事に真っ赤になりながらも律儀に名前を答えるイルムガルデ。彼女の中で下に見ていたらしい私に認識すらされていなかった事に怒っているのでしょうか。初対面で挨拶もなければ名前が分からなくて当たり前だろうに。

 しかし、グランディス伯爵家と言えば比較的大きな領地を持つ貴族家で、確か代々軍人を輩出していて軍の上層部にコネがあるんでしたっけ。

 ・・・あれ?そういえば軍部の『野蛮人』ことアル兄様が、この間、気に食わない同僚を殴り飛ばしたとか言ってましたね。その殴り飛ばされた方のお名前がオリヴァー・グランディスだったような。

 ・・・という事は、イルムガルデはそのせいで私に敵意を剥き出しにしてるということのようですね。アル兄様のせいではないですか!


 私は無表情を装いながらも、内心はアル兄様への怒りを募らせる。しかし、ちゃんと名乗られたからにはリアクションしないといけませんね。どうしたものでしょうか。

 私がそう思って口を開こうとした時でした。

「そこの貴女達。こんな小さい子に寄ってたかって何をしているのかしら?」

 凛とした少女の声が聞こえ、私の視界は白金色のカーテン、その声の主の背中に垂れた長い髪に覆われました。

 私を庇うように前に出た少女は私より随分と大きく、身長は140メルくらいはあるでしょうか。細くくびれた腰にスラリと伸びた長い手足、その身を飾っているのは豪奢な刺繍が施された薄い青色のドレス。

 背中越しに覗き見えるのは長いまつ毛と魅入ってしまうような碧玉色の大きな瞳に、すっと通った鼻筋、ぷっくりとした赤い唇。

 まるで超一流の彫刻家が魂を込めて作り上げた天使像の様な美しくも愛らしいお方がイルムガルデ達を睨み付けています。

 その声、その立ち振る舞い、その容姿。全てが私の心を揺さぶります。ああ。これが父が言っていた主なのかもしれません。



「エリ。我がパーリントン伯爵家の家訓と呼ばれているものを知っているかい?」

 ある日の午後。一通りの鍛錬が終わって、その教師役だった父アレクサンデル・パーリントンとお茶を飲みながらゆっくりしている時。唐突に父がそんなことを聞いてきました。

「ええ。知っています。『己が仕えるべき主を探し出し、一生涯忠節を尽くすこと』でしたよね。」

「ああ。そうだな。そんな風に()()()()言われているな。」

 青みがかった黒色の顎髭を撫でながら、父は苦笑する。


「・・・違うのですか?」

「ああ。違う。大体エリ。そんな家訓を私は教えた事がないだろう?」

「・・・。確かにそうですね。」

 今まで気にした事もありませんでしたが、使用人たちや外部から招いた教師などから家訓の話を聞いた事はあっても、当主たる父からは家訓の話を1度も聞いたことがありません。

「なにしろパーリントン伯爵家に家訓は無いからな。」

「・・・では、なぜ外部の人種達からはそんな家訓があると言われるのですか?」

 父の意外な回答に私は当然の疑問を口にした。何も無いのなら何故そんな家訓があると言われるようになったのでしょう。


「それはな。うちの血筋なんだろうけど、パーリントン伯爵家の大抵の人種が、自らの主を定めて忠義を尽くしてきたからだ。」

 つまり、家訓は無いけど自分の意思で忠義を尽くす(言われているような)ことをする人種が多いから、外部から見てそんな家訓がある、と噂になった、ということらしい。

 だが、私には全くピンと来ない話でした。何故なら誰かに仕えたいと思ったことなど無いからです。

 今の帝国は現皇帝であるクルムレクス帝が推し進める思想、人族至上主義が蔓延し、貴族(強き者)領民(弱き者)を守るという理念が廃れてしまっています。

 上の者が下の者を虐げるのが当然という風潮が強くなっている、そんな状況下で私が忠義を尽くそうと思える主が現れるとは思えないのです。


「私にはそのような主は現れないと思うのですが。」

「エリにもいつか分かる時がくるさ。」

 ニコリと微笑む父の笑顔にふと疑問が湧き出る。

「お父様は、誰に忠義を尽くしているのですか?」

 私がそう質問すると父はダラシなくその顔を崩しました。

「我が愛する妻ミーアに忠義・・・もとい!愛を尽くしているに決まってるではないか!」

 そう言って惚気る父に私は真面目に話を聞いていたことを後悔したのでした。

 


「帝国貴族たる者、強き者は弱き者を守るべきだと思いますが、貴女たちは違うのかしら?」

「ト、トルティシア様。これは違うのです。ただ少し話をしようと思って近づいただけなのです。」

 忠義を尽くす主についての父との会話を思い出している間に話が進んでいたようです。

 ・・・このお方の名前はトルティシア様。ヴァレンティーナ公爵家の唯一の嫡子でしたか。素敵なお名前です。

「あら。少しお話をするだけなら、そんなに雁首揃えて来ることはないんじゃなくて?貴女がお話があるのなら、貴女が1人で来ればよろしいのでは?」

「・・・・っ!」


 公爵令嬢と伯爵令嬢では立場が違いすぎます。イルムガルデは俯いて恐怖のあまり震え出し、取り巻きの令嬢たちはその場から身動き出来ずに真っ青な顔をしています。

「反論は無い様なので、この子は私が預かりますね。では皆様。ご機嫌よう。」

 トルティシア様はそう言って不敵な笑みを浮かべると優雅に一礼して宴の会場を出てしまいました。いつの間にかトルティシア様に手を握られていた私も、引きずられるようにして会場を出ることになりました。



 会場を出たトルティシア様はどこか目的地があるようで私の手を引っ張ったまま廊下をズンズンと進んでいきます。

 ふと見ればいつの間にか暗くなっており、空には月が輝いています。今通っている廊下も月明かりしかない為に薄暗いのですが、トルティシア様はお構いなしに歩を進めます。

 そうして随分と歩いて、会場から大分離れたところで私は手を離されました。欲を言えばもっと手を繋いでいたかったのですが。


 周囲を見渡すとそこは様々な草花が生い茂る場所で、よく手入れがされた庭園のようです。月下の花々も美しいですが、月明かりを浴びたトルティシア様の白金髪がそれ以上に美しくて、私は見惚れてしまいました。

「この辺りまで来れば大丈夫でしょう。大丈夫でしたか?私の名前はトルティシア・アディリス・ド・ヴァレンティーナ。ヴァレンティーナ公爵家の長女です。」

「わ、私はエリューシア・パーリントン。エリとお呼びください。パーリントン伯爵家の次女です。トルティシア様。先程は助けていただきありがとうございました。」

「エリ、気にしなくて良くってよ。会場の中は息が詰まりますし、ちょうど私のお気に入りの庭園に息抜きに来たかったのです。」

 私がお礼を述べると、トルティシア様は優しく声をかけて下さいます。


「しかし、それでは私の気がすみません。何かお礼は出来ないでしょうか?」

「・・・気にしなくていいというのに。」

 困った様子で美しく微笑むトルティシア様でしたが、少し悩んだ後に私に尋ねてきました。

「そこまで言うなら、これから起きる事は他言無用にしていただけますか?」

「も、勿論でございます。トルティシア様。」

 真剣な顔も綺麗だなと、ボーっとなりながら私がそう答えると

「二言はありませんね?」

「はい!」

 トルティシア様が念押ししてきたので、私は迷い無く承諾した。すると、公爵令嬢に相応しい立ち振る舞いをしていたトルティシア様の雰囲気がガラリと変わます。

()()()の事はトリスって呼んでくれるかな。エリ。」

 貴族らしからぬ乱暴な言葉と共に、淑女らしからぬ表情で彼女はニヤリと笑ったのでした。


 その後、私とトリス様は月の明かりの元で色々な話をしました。と言っても、私はほとんど聞き手に回っていましたが。

 トリス様は公爵家に生まれましたが、いつからか貴族として振る舞うことに息苦しさを覚えていたそうです。

 自室やこの庭園で1人になった時に多少くだけた所作をするのが精一杯だったところに、私という素の状態で話せる相手が出来て興奮されているのかもしれません。

 先程の公爵令嬢としてのトリス様と違い、今は年相応に表情豊かな10歳少女です。但し、超がつく美少女ですが。

 高貴で上品な所作のトリス様もいいですが、天真爛漫なトリス様も素晴らしいです。

 本人は貴族が合わないとは言っていますが、強き者が弱き者を守るという高潔さを体現しているトリス様は最も貴族らしい貴族ではないでしょうか。

 ・・・どうやら、私の仕える主が決まったようですね。


「トリス様。少しよろしいでしょうか。」

「何?エリ。改まって?」

 意を決して話しかけた私に無警戒に首を傾げるトリス様。なんと可愛らしいのでしょう。

 私は片膝をついてトリス様の右手を両手で引きながら言います。

「私、エリューシア・パーリントンはこの魂に賭けて、トルティシア・アディリス・ド・ヴァレンティーナ様に永遠の忠誠を誓います。」

 台詞が終わると共に、私はトリス様の右手の甲に物語の騎士のようなキスをしました。見上げればトリス様の顔が固まっていますね。突然のこと思考が停止しているようです。

 やがて、その白いお顔が熟れたてのトマトのように赤くなっていきます。事態を把握されたようですね?

「な、な、な、な!いきなり何すんのよー!!」

 トリス様の叫び声が夜の庭園に響き渡りました。庭園は屋敷の奥まった場所にあるようで幸いにして誰もやってきません。私はトリス様が落ち着きを取り戻すまでのしばらくの間、公爵令嬢の仮面が剥がれ落ちて慌てる我が主の可愛らしい様子をじっくりと観察するのでした。


 こうして、私は運命の主であるトリス様と出会い、忠誠を誓いました。それは月の光が優しく降り注ぎ、花々が咲き乱れる美しい庭園での出来事で、私の脳裏に深く焼き付いています。


 この後、私はトリス様のお側にいつまでも仕える為に数年掛けてメイドとしての技能を磨いた上で側仕えに立候補します。そして、見事に採用された私は、文字通り公私に渡ってトリス様を支えて行くことになるのです。

 一緒に帝国を脱出し最初に訪れたフォディーナ王国で、まさかあんな事件に巻き込まれることになるとは思いませんでしたが、笑顔のトリス様と一緒にいる事が出来るのであれば、私は満足なのです。



「ところで、お嬢様。今後はどのようにされるおつもりですか?」

 地鎧竜を討伐後。意識不明の状態から回復したトリス様は疲労回復薬の副作用で身体を動かすことが出来ません。

 なので、ずっと話し相手をしているのですが、たまにはこういうのもいいですね。私としてはものすごく楽しいですし。

「そうね。しばらくこの国でゆっくり身体を休めた後で、ノールについて行ってファリーナに行こうかと思っているわ。」

「なるほど。好きな男について行く、という事ですね。」

「なっ!何を言ってんのよ!」

 私の質問に顔を真っ赤にして身をよじろうとするトリス様。しかし、小さく揺れるだけで身体は少しも動きません。


「おや。違いましたか?」

「〜〜〜っ!じ、自分でもよく分からないのよ!」

 首も動かす事ができない為、私の視線から逃れられないトリス様は絞り出すようにそんな事をいいます。恥ずかしがるトリス様は世界一可愛いですね。

「確かに色々あってノールに対しては好感を持っているわ。けれど、それが異性としての好きかどうかは分からない。・・・地鎧竜への囮役をどうするかのノールとミクのやりとりを見ていたら、何故かイライラしたから、もしかして?とは思ったけど。」

「なるほど。判断に迷っていると。分かりました。取り敢えず私はノール様がお嬢様に相応しいかチェックをさせていただきます。」

「だから、なんでそうなるのよ!そんなんじゃないって。・・・多分。」


 その可能性を否定しきれずにもじもじするトリス様は可愛いのですが、やり過ぎて嫌われたくはありません。そろそろこの話題はやめておきましょう。

「ノールの件がなかったとしても、その師匠であるリコ・キサラギには会ってみたいし、ファリーナに行くのは決定事項よ。」

「畏まりました。そのつもりで準備を進めておきます。」

 そんな返事をしながら、私はノール様を本格的にチェックしようと心に決めたのでした。

戦うメイド、エリさんのお話でした。

彼女がトリスを主にしているのは、その見た目や貴族としてのあり様、そこから素の状態とのギャップ、その全てを好ましいと思ったからです。

たまに揶揄うのは慌てるトリスが可愛いからという小学生男子みたいな理由であって、忠誠心が低いわけではありません。むしろ忠誠心が高過ぎて、重い子になってます。

下手にトリスに手を出すとエリにサクッとやられる未来しかありません。そんなつもりは無くてもノール君の身に危険が及ぶかもしれませんね(笑)

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