幕間その3 或る公爵令嬢の成長
第二野営地跡地に辿り着いたアタシ達を待っていたのは、ノールの予想通りゾンビの群れだった。
ただし、デノデラ男爵とノールとの会話から漏れ聞こえる限りでは普通のゾンビとは違って、元々ゴールドランクのハンターだったらしく、さっき通路で見たゾンビとは何というか凄みが違う。
まあ、鉱夫と完全武装のハンターじゃ違って当たり前なんだけど、ここで言っているのは魔力量の問題だ。見た感じミスリルランクには少し及ばないくらいにはあるみたいだし。
しかしまあ、デノデラ男爵って話には聞いてたけど、とんでも無い外道ね。噂って大体が大袈裟になるんだけど、これに限っては噂以上だわ。もちろん悪い意味で。
人族至上主義どころか、自分の研究に役立つか役立たないか、他の人種全てを素材として見てるんじゃないだろうか。こんな奴は敬称をつける必要はないわね。
「トリス。俺は防御に徹する。さっき言った通り、オマエの事は必ず守るから安心しろ。その間にトリスの魔法でゾンビどもを倒してくれ!」
デノデラの長い話が終わると同時にゾンビ達が襲いかかってくる。だが、ノールが側に居ると思うと不思議と恐怖は感じない。
「分かったわ。っていうか今からやる!『フレイムランス』って、ひゃぁ!」
その安心感からか、スムーズに魔法を発動することができたんだけど、ゾンビの弓使いからアタシを目掛けて放たれた矢にビックリして狙いを逸らしてしまう。
「守るって言っただろう?魔法の制御のことだけ考えろ!」
その矢はアタシに当たる前にノールの剣でアッサリ斬り払われたんだけどね。その後も次々と矢が飛んでくるけど、その都度、ノールの剣がアタシを守ってくれる。
・・・盾以外、武技には防御する為の技が殆どないらしいし、そもそもノールは武技を使えないから、これはノールの純粋な防御技術なんだろうけど、見惚れそうになるくらい綺麗な動きだわ。アタシも頑張らないと!
「わ、分かってるわよ!みてなさい。『フレイムピラー』!」
アタシは準備が完了した魔法を発動し、さっきから矢を撃ってくる弓使いと魔法士らしきゾンビをまとめて始末する。
「やったわ!」
「その調子だ。どんどんやってくれ!」
魔法を暴走させる事もなく敵を倒したのは随分久しぶりな気がするわね。歓声を上げるアタシにノールがそんな事を言ってくる。
「了解よ。アンタもしっかり守りなさい!」
きっとノールになら防御を任せて大丈夫だ。そう思ったアタシは脳裏思い浮かんだ大技で残りのゾンビ達を纏めて片付けることにした。
魔法制御に完全に集中する事にしたアタシは、目を瞑って集中力を高める。やがて音も聞こえなくなったが、ノールが側で守ってくれるという安心感が、なんの恐怖も感じさせない。
そうして、身体の中を暴れ回る魔力を少しずつ練り上げ、アタシは思い描いた魔法を完成させた。
「待たせたわね。まとめて燃えなさい!『フレイムトルネード』!!」
アタシの言葉と共に巨大な炎の竜巻が出現し、第二野営地跡地全体をその圧倒的な火力で蹂躙していく。
竜巻が消える頃には第二野営地跡地内で動くモノは何も残っておらず、わずかな装備の残骸とガラスの結晶と化した地表だけが取り残された。
「アタシが本気を出せば、ざっとこんなもんよ!」
「ああ。大したもんだ。ここまで広範囲に高威力の魔法が使えるやつはそうはいないだろ。よくやったな。トリス!」
胸を張るアタシをノールが褒めてくれる。それが本当に嬉しくて。
「ありがとう。でも、上手く制御出来たのはアンタのおかげだわ、ノール。ありがと!」
顔が自然と笑顔になり、素直な気持ちを伝えたくてアタシはノールの鳶色の瞳を見つめた。・・・なんで目を逸らすのよ。
そんなノールを不思議に思いながらも、アタシはノールが一緒ならどんな魔法も制御できるような気がしていた。
勝手にアタシを抱っこして移動するというノールの暴挙はあったものの、アタシ達は無事に第四野営地に辿り着く。
そして、デノデラによって意思の無い人形に改造されてしまった『鋼の心』の水魔法使いとアタシは対峙することになる。
火力ではアタシが上回っているものの、相手は火魔法と相性が悪い水魔法使いであったこと、技術面では相手の方が遥かに上だったこともあって、なかなか倒すことが出来ない。
多層構造の水膜でアタシのフレイムランスを相殺するとは思わなかったわ。油断すると高圧縮された水の弾、アクアバレットが飛んでくるし。まあ、相手を真似して作った多層構造の炎の壁、フレイムヴェールで防いだけどね。
チラリとノールの方を見れば、彼は彼で剣使いと槍使いのクグツを相手取っており、あまり余裕があるように見えない。ノールが負けるとは思えないけど、早く終わらせて加勢にいかないといけないわね。
大魔法を使うほどの時間は作れない。だけど、即時発動できる魔法では水魔法使いを倒すことも出来ない。しばらく攻防が続いた後に、より威力が強い魔法をと考えながら発動したフレイムランスの纏う炎の色が青色に変化していた。
ごっそり魔力を持っていかれたわね。そう言えば炎の色は赤よりも青の方が高温と聞いたことがあるけど、本当に威力が上がった??
頭の中でそう考えながらも、アタシは本能的にこれならイケると確信していた。
「障壁ごと消し飛びなさい!『フレイムランス』」
掛け声と共に飛び出した蒼炎の槍は水膜を簡単に突き破り、水魔法使いを地面に串刺しにすると青い火柱となり、影だけを残して全てを焼き尽くす。手強い相手だったわ。
その後、ノールとともにエリ達と合流できたのは良かったんだけど、デノデラはとんでもない隠し球を投入してくる。地鎧竜アダマンティスマトゥラだ。
ノールによれば準オリハルコンランクとも言えるくらいに強い魔物で異常な防御力を誇るらしい。ノールの斬撃やミクの居合斬りと同様に、アタシが放った青いフレイムランスも数枚の魔力障壁を破っただけで、アッサリと防がれたしね。
どうやってこの化け物を倒すのか考えていた時。アタシの頭の中で昔辺境の村を滅ぼした時の魔法が思い浮かぶ。
あの時の金色の炎。少し調べると神話時代に魔導神マナカライトが使用した火魔法も金色で全てを焼き尽くすものだったらしい。コレならイケる!そう思ったその時。
「ねぇ、ノール。もっと威力のある攻撃を当てればあのトカゲを倒せるのよね?」
アタシは悩んでいる様子のノールにそう話しかけていた。その後の全魔力を注ぎ込んだ魔法なら倒せるというアタシの主張はノールから採用されることとなる。
そして、ノールとミクは所定の場所まで地鎧竜を誘き出す囮役を。アタシ、エリ、クロの3人は先行して坑道を脱出する事になった。
囮役を決める時にノールとミクが少し揉めていたんだけど、その時の掛け合いが、まるでイチャついてるように見えて、アタシは怒りが湧くのを感じる。
・・・何故怒り?地鎧竜が迫っているのに呑気にそんなことをしているから?それとも、もしかしてアタシは・・・。
いや、細かい事は全てが終わってから考えよう。今は地鎧竜を倒すことに集中しないと。
そうして、思い浮かんだひとつの可能性を、アタシは頭の片隅に追いやることにしたのであった。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
アタシ、エリ、クロの3人で坑道を一気に駆け抜け、過去の坑道への入り口が集中するフィノ山中腹の大穴を抜け出したところで、アタシは身体的な疲労から肩で息をしながらへたり込んだ。
3人の中ではアタシが1番身体能力が低いし、体力に劣るから当然の結果とも言えるかもしれない。ただ、他の2人が息も乱さず涼しい顔をしているのは少しイラつくわね。
「では、俺はハンターズと王城に連絡を入れてくる。ついでに地鎧竜を目眩しする為の品を手に入れてくるから、トリスはトリスで準備をしておいてくれ。」
「わ、分かったわ。任せなさい。」
息も切れ切れに返事をする頃にはクロの背中はもう小さくなっていた。アイツ、早すぎでしょ。
「お嬢様。先ずはどうなさるので?」
「エリ。この魔法陣を図面の通り描いてくれる?魔力の制御を向上させるものなんだけど、無いよりマシだと思うし。」
「畏まりました。お嬢様はまだ疲労が取れてないようですし、これでも飲んで休憩されててください。」
「コレは?」
魔法陣を描いた紙と専用のチョークを渡しながら、エリが手渡してきた小瓶について尋ねる。
「ノール様が渡してくれました。ノール様の師であるリコ様が作られた疲労回復薬だそうです。強力ですが・・・」
リコ・キサラギって、確か学者としても有名だったわね。何か言っているエリの話を聞き流しつつ、アタシは小瓶の中身を一気に飲み干した。
「・・・お嬢様。私の説明、聞いていましたか?」
「え?疲労回復薬なんでしょ、これ。意外とイケる味だわ。」
アタシの返事にエリは何故か呆れた顔になる。・・・おぉ。凄いわ、この薬。今日は色々とあって身体中が怠い感じだったのに、一瞬でそれが解消されたわ!
「まあいいです。お嬢様、出来ましたよ。」
そうこうしてる間に魔法陣が描き上がったらしい。もちろんアタシ自身も魔法陣は描けるけど、エリの方が早いし正確なのよね。
「ありがとう、エリ。じゃあ、クロが帰ってきたら、始めましょうか。」
「かしこまりました。お嬢様。」
エリのいつもと変わらない返事を聞きながら、アタシはここに辿り着くまでの間に立てた作戦を思い出していた。
先ずクロが大穴の中を視界と魔力感知を遮る特殊な煙幕で満たして、坑道から出てきた地鎧竜の探知能力を奪うと同時に、アタシに魔法を準備するように合図を送る。
ノールとミクを追いかけて出てきた地鎧竜にクロが攻撃を仕掛けて気を引いている間に、エリが剛力を発動して地鎧竜の体勢を崩す。
最後に体勢を崩した地鎧竜に準備完了したアタシの魔法をぶち当てる。
本当に出来るのかという部分はあるけど、今はやるしかない。失敗すればアタシ達の命だけではなく、おそらくはこの神都そのものが滅びるのだから。
アタシは魔法陣の中心に立ち、静かにその時を待つのであった。
「トリス。始めてくれ!」
遠くからクロの大きな声が聞こえる。準備を開始しろという合図だ。
「それではお嬢様、私も行ってまいります。ご武運を。」
「任せなさい。エリもしっかりね!」
エリがアタシの側を離れると同時に、アタシは神の炎の準備に入る。
頭の中に思い浮かべた金炎を制御するため、目を瞑り集中力を高め、荒れ狂う魔力が身体から溢れそうになりながらも、少しずつ魔力を練り上げていく。
その時、アタシの魔法で全てを焼き尽くした村の惨状と、それを引き起こしたアタシに対する村人達の憎悪の表情が思い浮かび、動揺して魔力のうねりに意識を呑まれそうになる。
だが、ゾンビの群れを相手にフレイムトルネードを成功させた時の高揚、クグツの水魔法士を青いフレイムランスで倒した時の充実感、何より一度魔法を暴走させたのにも関わらずアタシを励まし褒めてくれたノールの顔を思い浮かべると自然と落ち着く事ができた。
そうやってどれほどの時間が経っただろう。ようやく暴れ回る魔力を飼い慣らし、魔力と一体になったと感じたその時。
「お嬢様、今です!」
エリの声で時が来たのを察知したアタシは力ある言葉を紡ぎ出した。
『神の炎』
身体の中で練り込んだ魔力を全て杖の先に集中させると、小さなの金色の炎を生み出すことに、アタシは成功した。・・・コレ、長くは維持出来ない!!
「くたばりなさい!発射!」
身体と精神への負担を感じながらも、金炎はアタシの思う通りに矢に姿を変え、空中で無様にもがいている地鎧竜の下腹を、魔力障壁ごと貫いた。
その光景を見て安心してしまいアタシは金炎の制御を手放してしまうが、すぐに爆発したし、まだ残存している魔力障壁がフタのようになって放熱が抑えられているから、まあ、結果オーライだろう。
というか、神の炎の発動と制御に魔力を使い過ぎてこれ以上意識を保てそうにない。それでもアタシは何とか最後の力を振り絞っていつの間にか来ていたノールの側へ近づく。
「やってやったわ、ノール。でも、・・・今日はもう、限界。」
そう言い切った後、アタシの意識は闇に呑まれたのだった。
「・・・ここは?」
意識を取り戻したアタシの目に映ったのは、緻密で豪華な細工が至る所に施された天井だった。天井から吊るされた豪奢なシャンデリアが抑え気味の光量でぼんやりと光っている。
部屋が薄暗いってことは、日の入り直前か夜明け前?疑問に思いながら寝かされていたベッドから上半身を起こそうとしたんだけど・・・。
「いだだだ!」
身体全体が痛くてアタシは起き上がることが出来なかった。なんでこんなに身体が痛んでんのよ!
「・・・お嬢様。起きられましたか。」
首も動かせないので視線だけ声がした方にやると、ホッとした様子のエリが相変わらずのメイド服姿でベッドの横の椅子に座っている。心配そうにアタシを覗き込むエリの短い青髪がサラリと
揺れて、その間から覗く赤い瞳が僅かに潤んでいるように思えた。・・・いつも冷静なエリが泣いてる?
「ここは王城アウスムの客室です。地鎧竜を討伐した後、『暁の明星』は救国の英雄として扱われていますので、フォディーナ王国から国賓用のこの部屋の提供がありました。」
「・・・そっか無事倒せたんだ。良かったわ。」
地鎧竜がちゃんと倒せたか確認しないまま意識を失ったから、それを聞いて安心したわ。
「良かったわ、ではありません。お嬢様が気絶したのは生命維持に必要な最低限の魔力すら注ぎ込んで最後の魔法を行使したからです。意識を失ってから1日半は経っているのですよ。一歩間違えば死んでいたかもしれないことを分かっているのですか?」
「そんなに経ってたのね。まあ、結果として生きていたからいいじゃない。」
「よくありません!私はお嬢様を生涯の主として選びました。お嬢様がもし亡くなってしまったらと思うと気が気でありませんでした。・・・あまり無茶をなされないで下さい。」
エリはアタシを主に選んだ理由は教えてくれないけど、アタシのことを大事に思ってくれているのは良く分かっているつもりだった。魔法を暴走させても軽くイジるくらいでアタシの側を離れないし、なんだかんだアタシの意向を最優先にしてくれるしね。
そして、いつも冷静で感情を表に出さない人種だと思ってたんだけど、それはアタシの勘違いだったみたいだ。何故なら、その紅玉みたいに綺麗な赤い瞳からボロボロと涙が流れていたからだ。エリの泣き顔なんて初めて見たわ!
「ちょっ!そんなに泣かないでよ、エリ!」
「・・・お嬢様はご自分の命を軽く考え過ぎています。私と約束して下さい。このような無茶はもうしないと。」
「分かったわよ!もうしないから勘弁して!!」
涙を拭いながら約束を迫ってくるエリの迫力に押されて、アタシは即座に無茶をしないと約束をしたのだが・・・。
「なら、良いのです。」
約束した途端、にっこり笑顔で答えるエリ。えっ?さっきまで泣いていたはずじゃ?
「どうされました?」
「・・・何でもないです。」
真顔で尋ねてくるエリにアタシはそう答えるしか無かった。これは追求しない方が良さそうだわ。
「ところでアタシの身体、全身が痛くて身動きが取れないんだけど、なんでかな?」
空気を変える為に別の話をしたんだけど、何故だろう。エリが呆れ顔になっている。
「疲労回復薬が原因です。あの薬は効き目は抜群でも、飲み過ぎると副作用で身体が動かなくなるぐらい痛くなるそうです。私の説明をろくに聞かずに飲み干すからそうなるのです。」
「ぐ。耳が痛いわね。」
確かにエリが何か説明していた気がする。途中で飲み干しちゃったしなぁ。
「良い機会ですから今日1日、ベッドでお休みください。痛みが無かったとしても、死ぬ寸前まで魔力を使ったのですから。」
「・・・分かったわよ。ところでエリ。」
「何でしょうか、お嬢様。」
「死ぬつもりはもちろん無いんだけど、もしアタシが死んだらどうするの?」
ふと疑問に思って尋ねると、エリから一切の表情が無くなる。
「仮の話でも考えたくないのですが。・・・そうですね。後を追って自決します。」
「えっ?」
「もし誰かに殺されたのなら、そいつを殺した後にやはり自決します。お嬢様を主にした時点で、私の忠義はお嬢様だけのものですので。」
完全に真顔のエリがそうのたまわる。これは本気だ。パーリントン家の忠義、こわっ!
こうしてアタシは身近な側仕えに戦慄しつつも、坑道での濃密な出来事についても話をしながら振り返っていく。数々の魔法を暴走させることなく乗り切った事で、アタシは魔導士として大きな自信を得たように思えた。
エリの方も色々あったらしい。女子2人が話をするには物騒な内容だったが、どうせ身体が動かせないし時間はたっぷりとあるのだ。たまにはこういうのもいいだろう。
そうしてアタシ達は心の赴くままにいつ終わるともしれないお喋りを続けるのであった。