第21話 神の炎
「地鎧竜を誘導する囮役は俺がしようと思う。この中では多分身体能力は高い方だろうしな。」
第四野営地と第三野営地跡地を繋ぐ通路の中、アダマンティスマトゥラ、通称地鎧竜への対策を私達5人は話し合っていた。トリス、エリ、クロの3人は先行して外に行く事が早々に決まり、ノールは自分が囮役をすると言い出した。
「ノール。囮役だが私も同行したい。」
「ミク。地鎧竜はアダマンタイトランクといっても、この間のグリフォントゥルスよりも明らかに格上だ。かなり危険だし囮役は俺1人でいい。」
私の申出に対してノールはそんな返事をしてくる。ノールを信頼していないわけではないが、危険だからこそノールが心配だし私は同行したいのだ。
「ノールは私に恩があるというが、私はノールに大恩があると思っている。危険というのなら、なおさら貴方の助けになりたいから同行したいのだが、ダメなのか?」
「だがなぁ。地鎧竜は本当にヤバい奴だしな。」
同行を頑なに認めないノールに段々と怒りが湧いてくる。そして、そもそも気に入らないことが一つあったのを思い出す。
「・・・ノールは私の事を信頼していないのか?トリスのことは信頼して地鎧竜へのトドメを任せるというのに。」
危険だと同行を認めないのは私の事を心配してくれているのだろう。そう思うと嬉しくなってくる。
だが、同時に私の戦闘能力が信頼されていないようにも感じる。昨日今日会ったばかりのトリスの魔法は信頼するのに、だ。今までその事がモヤモヤしていたのだが、こうやって口にする事でハッキリとした怒りに変わったのを認識する。おそらく口調や顔もそうなっている。ノールを困らせたい訳ではないのに。
「そ、そんなに怒るなって、ミク。ぜひ同行してくれ。俺はミクの事を心配しているだけで信頼していないわけじゃないしな。」
「では、決まりだな。・・・心配してくれた事については感謝する。」
望む回答を得て、ノールの言葉からやはり心配してくれたのだと嬉しくなった私はおそらく自然と笑顔になっていたと思う。
「ノール様、ミク様にも困ったものです。痴話喧嘩は他所でやって欲しいものですね。」
「全くだな。独り身にはつらい光景だ。」
「・・・なにイチャイチャしてんのよ。」
「痴話喧嘩じゃねぇし、別にイチャイチャもしてねぇ!あと、クロの独り身は知らん!」
三者三様の反応に突っ込みを入れるノールの姿を見て、私は少し気恥ずかしくなったのだった。
トリス、エリ、クロの3人は予定通り先行して外に向かい、ノールと私の2人は囮になるため、地鎧竜と一定の距離を保ちながら出口を目指して進んでいた。
通路の中では土魔術で通路の壁や天井を泥化させて進む為に地鎧竜もそれほど速度は出せない。時折飛んでくる土魔法も1人ならともかく2人で捌くには全く問題がないレベルだった。
通路を抜け出した第三野営地跡地では、私達以上の速度で動いていたが、フレッシュゴーレムの残骸を貪り食う事を優先した為に何の障害もなく切り抜けることが出来た。
第一野営地跡地が近くなって来る頃には、地鎧竜は土魔法が上達したらしく、移動速度も攻撃の質も格段に向上して逃げながら攻撃を捌くのが徐々にキツくなってくる。
「もうすぐ第一野営地跡地のはずだが、出口までもつと思うか?ミク。」
そんな時にノールが弱気なことを言ってきた。確かに攻撃は激しくなってきている。だが、
「ノール。私と貴方なら大抵のことは何とか出来るはずだ。私はそう信じているが、貴方は違うのか?」
ノールはもっと自信を持っていいと思う。様々な事から私を救ってくれたノールならきっと乗り切れるはずだ。
「そこまで言われたら、せいぜい頑張りますかね!」
私の台詞に苦笑いをし、そう言ったノールの横顔は明るさを取り戻したかのよう見える。
・・・良かった。ノールには下を向いていて欲しくない。
第一野営地跡地では出口につながる通路の入り口前に地鎧竜が立ち塞がった。大量の石の槍を周囲に浮かしながら、ブレスを吐こうとする。
ここに到着する前の通路内では石の槍、ストーンランスを捌くのに苦労をしていたわけだが、それと同時にブレスを放たれると捌ききれなくなる!
危機感が急激に膨らみ、切り抜ける為に強化を発動しようとしといた私は、いつの間にかノールに抱きかかえられていた。
そのまま速度を上げたノールは見事に攻撃を掻い潜り、地鎧竜の股をくぐって勢いのままに通路に駆け込んでいく。
そのまま出口に向かって走り続けるのは、地鎧竜から距離を稼がなければならないし分かるのだが・・・。
私は人間関係には疎い事を自覚している。だが、交際もしていない男女がこのように身体を密着させるのは異常では無かっただろうか。
緊急避難的にこうなった事は分かるが、現時点では地鎧竜とは十分に距離が取れている。そろそろ降ろしてくれても良さそうだが、この状態が何故か妙に心地よくて私から降ろしてくれと言い出す気にはならなかった。
そういえばノールと2人きりになるのは随分と久しぶりだな。ノールの顔を眺めながらそう思った途端、急に恥ずかしくなってくる。
「ふう。何とかなったな。ミク。大丈夫か?」
「ああ。おかげで大丈夫だ、ノール。・・・それより、その。そろそろ降ろしてくれないか?」
少し残念な気持ちがありつつも、ようやくそう切り出す事が出来た。地面に降ろしてもらった私は取り敢えずお礼を言うことにする。
「・・・それはそうと、ありがとう、ノール。さっきの攻撃を私が切り抜けるなら強化を使わなければならなかった。」
抱きかかえられていたこと?2人きりだと自覚したこと?自分でも理由はよく分からないが顔が熱い気がする。
するとノールは何故か顔を逸らして強化の使用回数を聞いてくる。私の返事にノールは無理をするなというが、もしノールを助ける為に強化を使わなければならないのなら、私は迷わず使うだろう。
坑道の出口間近で地鎧竜に追い詰められてしまったが、ノールの機転で無事に切り抜けて私達は外に出る事に成功する。
そして、視界と魔力感知を妨害する煙幕の効果もあって、坑道の入り口が密集するフィノ山中腹の大穴も私達を抜け出すことが出来た。囮としての任務を完璧に果たしたと言えるだろう。
「ノール、ミク!トリスの後ろの方まで下がっていてくれ!」
何処からか聞こえてきたクロの声を受けて周りを見渡すと、大穴を抜けて少し進んだ高台の上にトリスが居た。
ちょうど霧のような煙幕が晴れた場所で、目を瞑ったトリスが杖を両手で持って集中している姿がよく見える。それを見た時、私は冷や汗が出るのを感じた。
今まで生きてきた中で私が感じた事がないほどの大量の魔力をトリスは操作していたのだが、本来は杖の先に収束するべき魔力がその全身から漏れ出ており、明らかに制御がうまくいっていないのが分かったからだ。
漏れ出る魔力がまるで炎を纏っているようにも見えるトリスの着ているローブはその影響からか端の方が実際に燃えている。
私としては、まるで爆発寸前の爆弾を目の前で見ているような気分なのだが、隣にいるノールは何故か平然な顔をしていた。
ノールとトリスの間に私の知らないところで築かれた絆のようなものを感じ苛立ちを感じていると、ドン!という爆発音が連続して響き、大穴から地鎧竜が飛び出してきた。
地鎧竜が血走った目でクロの方を睨んでいるところを見ると、先程の爆発はクロの仕業だろうか。
『クルルゥア!』
クロに向かって地鎧竜が怒りの咆哮をあげた時。そのピンと張った尻尾を背後から掴む人影が現れた。赤黒いオーラを纏ったエリだ。
いつの間に調達したのか新たな手甲を装備し、魔力障壁ごと尻尾を掴んだエリは、信じられないことに地鎧竜の巨体を持ち上げてグルグルと回転し始める。そうして十分に勢いがついた頃合いで、地鎧竜を空高く放り投げた。
「お嬢様、今です!」
叫ぶエリの声に反応してトリスは閉じていた目を見開いたのと同時に、力ある言葉を唱える。
『神の炎』
全身から漏れ出ていた魔力はいつの間にか無くなっており、トリスが持つ杖の先には拳大程の小さなの炎が生み出されていた。
見るものを魅了するような綺麗な金色をしたその炎には、その大きさとは裏腹に膨大な魔力が凝縮されているのを感じる。
「くたばりなさい!発射!」
トリスの掛け声と共に小さな矢の形に変化した金色の炎は、空中で身動きが取れない地鎧竜目掛けて目にも止まらぬ早さで飛んでいく。
地鎧竜に着弾した瞬間、私が斬りつけた時よりも枚数が遥かに多い魔力障壁が見えた。だが、金炎の矢は一瞬だけ速度が遅くなっただけで、アッサリと魔力障壁を貫通し、地鎧竜の下腹をぶち破ったところで轟音を立てて大爆発を起こす。
小さな金色の矢で穴は空いたが、全体としては健在だった魔法障壁は発生した大爆発で内側から球状に押し広げられ、中で猛威を振るう金炎も球形になる事で、まるで太陽のような見た目となる。
やがて全体的にヒビが入り、金の火柱によって複数の穴が空いたところで魔法障壁は粉々に砕け散った。それに合わせて地鎧竜も真っ逆さまに墜落し、私達の近くの地面に激しく叩きつけられる。
腹に大穴が空き金炎に体内から焼かれた地鎧竜は、身体中の鱗が所々取れて、自慢の甲羅も真ん中からヒビ割れし穴が空くなど見るも無惨な状態だ。その首はグッタリとして伸び切っており、手足は落下の衝撃かところどころが変な方向に曲がっていた。・・・何という破壊力だ。
「やってやったわ、ノール。でも、・・・今日はもう、限界。」
そう呟いたトリスは魔力を使い果たしたのだろう。糸が切れた操り人形のように崩れ落ちていく。
「トリス!大丈夫か!」
頭から地面に倒れ込みそうになり危ない!というところで、ノールがトリスを抱き止めて事なきを得る。
あのままではトリスが危険だったから仕方ないのだが、2人が密着しているのを見ると心の中がモヤモヤしてしまう。私は一体どうしたのだろうか。
そんなことを頭の片隅で考えてながら、ふと地鎧竜の方を見る。すると信じられないことに力無く垂れ下がっていた首が動き出し、抱きかかえたノールごとトリスに背後から噛みつこうとしていた。
・・・死んだふりということか!
『強化』
ノールはトリスを抱きかかえていて、武器を持てない為にウェポンブレイクを使えない。
ノールのピンチにこのままでは間に合わないと思った私は、本日魔石6個目の強化を発動する。
私はノール達のすぐ後ろまで迫っていた地鎧竜まで近寄ると、首を鱗が剥がれた場所を狙って全ての力を込めて刀を振りきった。
すると鱗と比較すれば随分と柔らかいはずの首の肉にプツリと私の刀が食い込み、大した抵抗もなく反対側までその刃が通り抜けていく。
こうして地鎧竜の頭と首を切り離す事に成功した私だったが、強化の反動だろう。急激に身体中の力が抜けていき、私は意識を手放したのだった。
ミク視点のお話。
アダマンティスマトゥラさんはこれにて退場です。
第二章の本編も残り後2話になりました。最後までお楽しみ下さい。