第18話 デノデラ
通路をひた走ること15分くらいだろうか。私達3人はようやく第四野営地に辿り着いた。
通路の出入り口周辺は物資の集積場になっているのか、ちょっとした広場のようになっている。しかし、野営地という割には人の気配が全くしないのが気になるな。
「野営地に辿り着いたのはいいですが、誰もいませんね。」
「さっきのフレッシュゴーレムの材料にされたんだろうな。人数的にあれで全員とは思えないんだが。」
エリとクロが会話をしつつ周囲を見渡して警戒をしている。私も広場の端に建っているたくさんの建物を順番に見ていく。すると、建物と建物の間の路地から4人の人影がやって来るのが見えた。
「エリ、クロ!あっちの路地から何か来る!」
2人に警告をしつつ、私は目を凝らして人影に見つめた。背丈からして3人は小人族で、残りの1人は人族のようだ。
小人族の1人は全身鎧と身体に対して巨大な盾を装備した、いわゆる盾役というやつだろう。
もう1人は所々金属で補強した身軽そうな革鎧に大振りの短剣を装備している。斥候役だろうか。
小人族最後の1人は斥候役と同じような装備に身を包み、銀色に輝く豪華な弓を携えている。弓使いか。
そして、残る人族は全身を黒いローブで覆い、フードも目深に被っているため、その顔は見えない。杖を持っているため、魔法士と思われるが・・・。
「ようこそ、出来損ないとその御一行。先程は吾輩の作品が世話になったね。」
私が訝しげに睨んでいると、黒ローブの男が話しかけてきた。
「お前がさっきゾンビをけしかけたイカれたオッサンか?」
「イカれた?吾輩は欲望に忠実なだけである。ふむ。君が吾輩のフレッシュゴーレムを燃やした野蛮人かね。」
私の目の前でデノデラとクロが会話をしているが、どうにも違和感を感じる。3人の小人族とデノデラは、何というか生物としての存在感が希薄なのだ。内在する魔力量は相当なものだが、活気というか生命力が感じられない。目の前に居るはずなのに気配を感じないような気持ち悪さがある。
「まあ良い。吾輩の作品を台無しにした代わりだ。今度は君達に吾輩の作品になってもらうとしよう。『鋼の心』とか名乗っていたこの亜人共のようにね。」
フードで顔は見えないが、デノデラがニタリと嗤う顔が見えたような気がした。
「ふん。誰がアンタみたいな狂人の作品とやらになるか!・・・何か様子がおかしいが、『鋼の心』に何をしたんだ?」
デノデラの横に並んで静かに控えている小人族達の目は焦点があっておらず、虚ろな目をしている。ゾンビのように顔に目立った損傷はないが、意志というものが感じられないその表情は、明らかに異常だろう。
「なに。身体を少し強化して自我を消した上で、吾輩の命令を聞くようにしているだけだ。それこそ人形のようにね。吾輩はクグツと呼んでおるのだが、素晴らしいだろう?」
素晴らしい?最悪だと思う。相手の意思を無視して思うがままに他人を操る。最低の行為だ。
以前の私は、自分は無価値で生きている価値も意味もないと思い込み、自ら死を選び取ろうとした。
だが、ノールが教えてくれたのだ。生きる事に誰の許可もいらないし、例えその人が自分を無価値だと考えていても、他人にとっては違うということを。
きっと『鋼の心』のメンバーはたくさんの人種に慕われていたことだろう。フレッシュゴーレムに合成された鉱夫達もそれぞれの家族や友人達に慕われていただろう。
決してデノデラの一方的な基準で価値があるかないかを決めるべきものではない。だからは私は明確な怒りを感じていた。独りよがりな価値観で他の人種を虐げるデノデラに対して。
「私には素晴らしいとは思えない。デノデラ。分かりきっていた事だが、私と貴様は相容れないようだ。貴様はここで私が斬る!」
「凡人には吾輩の思考を理解できないであろうな。吾輩を斬る?ふん。やってみるがいい。出来損ないに出来るのであればだがね。」
こうしてデノデラと三体のクグツ達との戦いの幕が開けたのであった。
「ミク。俺は斥候役の方を相手にする。」
「私は盾役の方を引き受けます。」
「分かった。私はデノデラの方に因縁があるから好都合だ。弓使いと合わせて引き受けよう。」
軽く打ち合わせをした後に、私達は動き出す。あちらは弓使いとデノデラは距離を取った場所に留まり、盾役と斥候役は逆に私達の方に向かって来ている。
何故かデノデラが魔法を放つ事はなかったが、弓使いの方はどんどん矢を撃ってくる。そうして、私が弓使いの矢を弾きながら前進していくと、やがて私達は斥候役と盾役の2体と接敵した。
クロはミスリル製のナイフを構えた斥候役に投げナイフで攻撃を加えながら、注意を引きつけて広場から遠ざかっていった。途中で斥候役が私やエリに向かおうとしても、投げナイフとナイフ二刀流による接近しての斬撃を織り交ぜながら意識を釘付けにしていく手腕は見事だと思う。
盾役は頑丈そうではあるが重量感のある装備も相まってか俊敏性には欠けるらしく、スピードを重視した戦い方をするエリに全くついていけていなかった。こちらも徐々に広場から離れ行く。
私はというと真っ直ぐに弓使いとデノデラに向かって走り、距離を詰めていく。弓使いが撃つ矢は、幸いにしてクロやエリに向かう事は無かったが、かなりの速さと短い間隔で嵐の様に私に襲い掛かってきた。
その速さや攻撃の重さからいって、クグツの弓使いはおそらく軽くミスリルランクを超えてアダマンタイトランクに迫るような実力はあると思われる。だが、ノールとの模擬戦を経てリコの教えを受けた私にとっては前に進むスピードは遅くなるものの、捌けない程の攻撃ではなかった。
弓使いとデノデラまで1500メル程度まで距離を詰めたところで、今まで沈黙していたデノデラが矢を斬り払う私をじっと見つめながら急に口を開いた。
「このクグツはミスリルランクのハンターを強化したものだから、それなりには強い筈なんだがね。剣捌きを見るにまだ余裕がありそうであるな。・・・体内の魔力があまり動いていない?もしかして、魔力による身体能力強化をしていないのか。純粋な筋力だけでその身体能力ということかね!素晴らしい!」
リコのように相手の体内の魔力の流れを見れるのだろう。私が身体能力強化をしていない事を見抜いたらしい。
「なかなか興味深い。では君の限界を探るとしよう。『ファイヤーバレット』」
弓使いの矢と合わせて、デノデラの魔法が私に襲い掛かってくる。矢を斬り払うだけなら比較的余裕はあったが、タイミングをずらして放たれるデノデラの魔法が加わる事で私は1500メルから先に進めなくなってしまう。
強化を使えば、1000メル以内の距離なら一気に詰めて、ケリをつけることが出来ると思うのだが・・・。
ブレスレットの壊れた魔石は予備の物に入れ替えたため今は綺麗になっている。だが、強化は体の負担が大きすぎる為、今は1日魔石5個分までにするようにリコから言われているのだ。
次々と飛んでくる矢や魔法を出来る限り体捌きと走り回る事で回避していき、どうしてもという時だけ刀を使って迎撃をすることにする。
「なかなかやるではないか。施設を逃げ出した時にはこのような戦闘技能は無かったはずであるというのに。さて、どこまで躱し続けることが出来るかな?『フリーズアロー』」
人種の命を弄ぶような愉悦のこもったデノデラの声と共に、20本以上の氷の矢がデノデラの周囲に展開され、次々に私に向かって放たれる。もちろん躱すわけだが、外れた氷の矢は地面に突き刺さりその周囲を凍結させてしまっていた。
不味い。動き回る足場がなくなっていく!
どんどん地面を凍結させていく氷の矢を見て、私は勝負を仕掛ける事にした。先程まで攻撃を回避する為に円を描くように走り回っていたが、再び一直線に弓使いとデノデラを目指す進路を取る。
幾本の矢が、魔法が飛んでくるが、私は大きく回避行動をするわけでもなくそのまま突っ込んで行く。首を捻り、体を反転させ、僅かに回避行動をとるが足を前に進ませる事だけはやめない。
「くはは。無策に突っ込むとは愚かな!吾輩の研究素材になってくれるのかね?」
無理な行為に頬や肩、脇腹や太腿に矢が掠っていき、私の全身を赤く染め上げていく。それでも歩を進めて距離を詰める。
おそらくは数秒にも満たないが、私にとっては物凄く長く感じた時間が終わり、直撃だけは避けて前に進むことだけを意識した結果、私は遂にデノデラ達まで1000メル以内に距離を詰めることに成功する。
「な、何故倒れない!」
「この距離までくれば!『強化』」
驚愕の声を上げるデノデラに、私は力ある言葉で答える。魔力により大幅に強化された私の目にはあらゆる物の動きがゆっくりと見えるようになる。
緩やかな時の流れの中で、ゆっくりと動く矢と魔法の脇をすり抜け、先ずはミスリル製の弓ごと弓使いのクグツの胸を斬り裂く。
そして、そのままの勢いで駆け抜けてデノデラの直ぐそばで、下から掬い上げるようにして振るった私の刀はゆっくりと動くデノデラの首に食い込んでいき、あっさりとその頭は空中を舞っていった。
強化を解除すると同時にバリンとブレスレットの魔石が一つ砕け散り、通常の時の流れの中に感覚が戻ってくる。
「はあはあ・・・。」
肩で息をしながら呼吸を整える私の耳に、ボトっという音が聞こえてくる。跳ね飛ばしたデノデラの頭が落ちてきた音だろうか。
そう思った時、ドガァン!と派手な音を響かせて見覚えのある全身鎧が私の近くにあった建物に激突してくる。飛ばされてきたクグツが手に持つ盾は粉々に砕け散っており、その胴体には大穴が空いていた。
クグツが飛んできた方を見れば、疲弊した様子のエリがへたりこんでいた。左腕にしていたはずの手甲も完全に壊れ、且つ、肘とは逆方向に曲がった左腕を正しい方向に直しながら、回復薬らしき液体を飲んでいる。フレッシュゴーレムの時と同じ能力を使ったという事だろう。
「そっちも無事終わったようだな。」
いつの間にやって来たのか、クロが私の背後から話しかけてきた。
「ああ、なんとかな。」
クロを見れば致命傷は避けているものの、私以上に多数の傷がを負っているのがわかる。クロもだいぶ苦戦したようだ。
「ミク!大丈夫か!」
「エリー!無事なの?」
いつの間にかノール達もやって来たらしい。ノールは焦った様子で、その顔は心配そうな表情をしている。
1番頼りにしている相手を前に心が安堵感に包まれるのと同時に、心配してくれているという事実に嬉しくなってくる。全身血塗れになっているが、見た目ほど傷は酷くない。そう心配しないで欲しい。
「ああ。大丈夫だ。」
私が答えたその時
「おやおや。結局誰も倒せなかったわけか。割と自信があったのだがね?」
倒したはずのデノデラの声が私の耳に届いていた。




