第16話 身体能力強化
ドン!
私を目がけて振り下ろされた巨大な右手を模した肉塊が、大きな音を立てて地面を凹ませる。
地面にめり込んだ拳を引き抜こうとして隙だらけになった肉塊を私は一息に斬りつける。私の刀は確かに手首に当たる部分を両断したのだが・・・。
「やはりダメか・・・。」
ため息と共にそんな言葉が私の口から漏れる。私が斬った箇所を見れば、周囲の肉がうねうねと動き出し、すでにその傷が塞がっていたからだ。
先程からフレッシュゴーレムの攻撃を躱しては腕や脚などを斬りつけることを繰り返しているのだが、その度に傷が塞がっており、ダメージを与えているという実感がない。
『なかなか鋭い斬撃であるな。だが、その程度ではフレッシュゴーレムの回復能力を上回れないぞ?』
デノデラが煽ってくるが、実際にダメージはないのだろう。動きが衰える様子もない。
幸いフレッシュゴーレムはアダマンタイトランク相当にしては動きは鈍い方であり、今のところは私も含めた全員がその攻撃に対処できている。
だが、アンデットと違って生物は動き続ければ疲労が溜まる。いつかは回避にミスが出て、あの巨体から繰り出される攻撃を喰らえば、私達などひとたまりも無いだろう。
周囲を見ればクロもエリも今のところは余裕をもって回避ができている。だが、2人の武器、ナイフと手甲の攻撃は圧倒的質量を誇るフレッシュゴーレムには私の刀以上に効果が無いように見受けられた。
「このままではジリ貧だな。」
「ええ。そうですね。私の手甲も効果が無いようです。1番効果が期待できるのはミク様の刀ですか。」
クロの呟きにエリが答える。そうして、しばらく不毛な攻防が続いた後に
「私にいい考えがあります。」
エリが覚悟を決めた様子で口を開いた。
「私の切り札を使います。それを使えば私はしばらく動けなくなりますが、フレッシュゴーレムの動きを止めることが出来るはずです。ミク様。その隙に攻撃をよろしくお願いします。」
「・・・分かった。全力を出すことを誓おう。」
「では、行きます!」
そう言ってエリは前傾姿勢で走り出すと、フレッシュゴーレムが振り回す両腕を掻い潜ってその足元まであっという間に辿り着き、右脚の前で立ち止まった。
「剛力」
一言呟いたエリの身体が赤黒いオーラのようなものに覆われる。その状態のままエリは腰を捻って右腕を背後へと大きく引き、全身の力を振り絞るようにして大振りの、だが、私の目でも辛うじて見えるくらいの速いパンチを繰り出した。
ズガン!と、とてもパンチを繰り出したとは思えない音が響き渡る。フレッシュゴーレムの方を見ると想像以上の光景が広がっていた。
右脚の膝から下に当たる部分が何か巨大なものに捻り切られたかのように無くなっていたのだ。
更に見渡せばだいぶ離れた場所にある壁にフレッシュゴーレムと同じ色をした肉塊が地面に叩きつけた卵のようにして広がっている。
つまり、エリのパンチによって膝から下が千切れて壁に衝突して潰れたということなのだろう。とんでもない威力だ。
そのとんでもない威力の攻撃をしたエリはというと、すでにオーラのようなものは消え去っており、右腕につけた手甲は完全に砕け散り、曲がってはいけない方向に捻れた右腕を抱えてへたり込んでいる。あれだけの攻撃をした代償ということだろうか。
一方のフレッシュゴーレムの方は急に片脚が無くなった影響でバランスを崩し、今にも倒れようとしていた。
『素晴らしい破壊力だ!どうしたらあんな事ができるのだ?・・・もしかしてメイド服の女はギフテッドか?ふはは。いい研究素材になりそうである。』
デノデラが何か言っているが、今は無視する事にしよう。エリが身を削って作ったこのチャンス。無駄には出来ない。
宣言通り全力を出す為に、私は私で切り札を切ることにした。左腕につけているリコからもらったブレスレットを軽く触りながら、切り札を得るきっかけとなった時のことを私は思い出していた。
「リコ殿。私はこれ以上強くなれないのだろうか。」
ノールと模擬戦を開始してしばらくした頃。鍛錬場にやってきたリコに私は相談を持ちかけていた。
「ミクちゃん。急にどうしたんだい?」
「ノールとの模擬戦や、貴方に戦闘に関する様々な技術を教えてもらったことによって、私は以前よりも確かに強くなったと思っている。だが、ここの所、ノールとの模擬戦では最初の頃より勝てなくなってきてるのだ。」
少し前とは違って強さだけを求めているわけでは無いが、この世界は危険に溢れている。とんでもない魔物が現れるかもしれないし、セプトアストルム帝国が刺客を送ってくるかもしれない。
強くなることに越したことはないはずだが、ノールとの模擬戦は最初の頃は4割くらい勝てていたのが、最近は3割程度しか勝てていないのだ。
「ノール君は自己評価が極端に低いけど、彼は彼で成長速度が異様に早いからね。技術的な成長って言う意味じゃ、学ぶことが多い分ミクちゃんの方が成長しているし、差は縮まっていると思うけど。」
「それでは、何故負ける割合が多くなってるのだろうか。」
「それは技術的な差の縮まりよりも、身体能力の差の縮まりの方が大きいからだろうね。」
どういうことだろうか。そう思っていると顔に出ていたのかリコが話を続けてくれた。
「以前よりも差は縮まったけど、ノール君とミクちゃんでは技術面では経験がある分だけノール君が優れている。でも、身体能力ではミクちゃんの方がノール君より優れているんだよ。で、ミクちゃんの身体能力は血魔石の侵食を止めた関係でほとんど上がってないのに対して、ノール君は模擬戦の後に毎日ウェポンブレイクを発動して倒れ込むまで素振りをしているから、レベルアップもしてないのに身体能力が上がってるんだよね。」
そう言ってリコが視線をやった先には誰か相手を想像してのイメージトレーニングを行なっているノールの姿があった。
手に持つ刀、私に刀の扱い方のお手本として見せる為に使っている、がキラキラと輝いている事から、ウェポンブレイクを発動しているのだろう。相変わらず流麗で無駄の無い動きだ。
「つまり、ミクちゃんとノール君の身体能力の差は現在進行形て縮まってるんだ。ミクちゃんがレベルアップ出来るようになれば、状況はまた変わると思うけど。」
「現状では、結局どうにもならないということか。」
私は思わずため息をつく。ノールやリコにいつか恩返しをする為にも、出来れば早く強くなりたかったのだが。
必ずしもノールより強くなる必要はないが、どんどん強くなる彼には置いてかれたくはない。強さに差がありすぎると恩返しどころか逆に迷惑をかけるのではないか。そう思うと気分が沈んでくる。
「・・・まあ、方法はないことはないよ。」
表情には出していないはずだが、落ち込んだ私に気を遣ってか、リコがそんな事を言ってきた。
「そのブレスレットの魔力を使って身体能力を強化したらいいよ。ミクちゃんは普通の人種と違って体内の魔力が欠乏しているから、魔力による身体能力強化ができていない。つまり、魔力による強化を行えば、飛躍的に身体能力が向上するはずだよ。・・・だけど。」
そこで言葉を切って、リコはその翡翠色の瞳で私を見つめてくる。
「そのブレスレットは血魔石の侵食を抑える為に不足している魔力を補う為のものであって、強力な身体能力強化を行う為に魔力を供給する為のものじゃない。それほど長い時間は強化できないはずだよ。もし、ブレスレットの魔力を使い切ってもなお、強化を続けたとしたら、体内の魔力まで使ってしまって血魔石の侵食が一気に進行する可能性だってある。・・・だから、無理だけはしないでくれるかな?」
心配そうな顔をしてそう言ったリコに無理をしない事を約束し、私はブレスレットの魔力を使った身体能力強化を練習した。 結果として、僅か5秒間であるが私は強化することに成功する。その効果は絶大で、高品質の武器にウェポンブレイクを発動したノールを圧倒するほどのものであった。
『強化』
身体能力強化の為、私が力ある言葉を唱えた途端に周囲のあらゆるものの動きがゆっくりと感じられるようになる。
フレッシュゴーレムは地面に向かって倒れている途中だった。少しずつ傾いて地面に近づいていくフレッシュゴーレムに、私は駆け寄っていく。そう。私はこの時間がゆっくりと流れる世界で普段通りの速さで動くことが出来るのだ。
右手に持った刀を残る左脚に向かって私は無造作に振るうと、先程まではそれなりに力を込めないと斬れなかったその肉は、熱したナイフをバターに差し込むようにして、スルリと斬れていく。速さを重視した複数回の斬撃を左脚に加えたところで、ブレスレットの5つある魔石の内の1つが魔力を使い果たしてバリンと割れる。
身体の右側から地面に倒れゆくフレッシュゴーレムの右肩・肘・手首を斬りつけてバラバラにしたところで2つ目が。
右肩が接地し距離的に近くなった左腕を手から肘辺りまでを乱斬りにしたところで3つ目が。
完全に倒れ込んだ身体を股から頭まで断ち斬り頭部を真横から両断、胴体を袈裟斬り、逆袈裟など複数回斬りつけたところで4つ目が。
魔石が次々と割れていく中、5つ目が割れる前に強化を解除した私は、極度に体力を消耗したため、地面に刀を突き立てて、寄りかかるようにして両膝をつきしゃがみ込んでしまう。
『な、何故いつの間にフレッシュゴーレムがバラバラに斬られておる!出来損ない、何をした!』
デノデラが慌てた様子で何かを言っているが、私にはそれに答える余裕は無かった。扱い慣れていない魔力による身体能力強化は身体に負担がかかるらしく体力の消耗が激しい。
リコによると今後レベルアップが出来るようになって、常時身体能力強化がされるようになれば、体力の消耗も少なくなるらしいが。
『まあよい。フレッシュゴーレムの生命力を甘く見てもらっては困る。既に再生は始まっておるぞ?出来損ないもメイドも当分動けないようだし、吾輩の勝ちのようだな。』
見ればあれだけバラバラにしたはずのフレッシュゴーレムの肉片が、遅々とした動きではあるが少しずつ寄り集まって再生しようとしていた。あれだけやっても倒しきれないなんて。
「勝利宣言にはまだ早いんじゃねぇか。イカれたオッサンよ?」
絶望に呑まれそうになった私の耳にクロの声が聞こえる。
視線を声の方に向ければ、彼は懐から何かの液体が入った瓶を取り出して次々とフレッシュゴーレムの肉片に投げつけていた。
投げつけられた瓶はあっさりと割れて、中に入っていた液体が漏れ出している。
『貴様!何をしておる!』
「何って、昔から死体は火葬をするに限るだろ?よく燃えるように油をかけてるのさ。」
『なっ!』
「じゃ、さよならだ。哀れなゾンビ達よ。冥福を祈るぜ?」
そう言ってクロは懐から取り出したライターに火をつけて、フレッシュゴーレムにソレを投げつけると、肉片全体が炎に包まれていく。
『吾輩の作品に何という事を!』
「何が作品だ、このクソ野郎。さっきからてめぇの気持ち悪いセリフが気に入らねぇんだよっと!」
デノデラの言葉に嫌悪感をわ露わにしたクロは、おそらく懐にあるらしい四次元収納から拳大の丸い物体を取り出すと、天井の魔導具に向かってそれを投げつけた。
ドゴンという爆発音と共に天井から吊り下がっていた黒く細長い物体は全て崩れ落ちていく。
「ふん。ようやく静かになったな。」
そう呟くクロの横顔は、今まで見た事が無いくらいに晴れ晴れとした表情だった。いつもは無表情なのだが、コレが素の状態なのだろうか。
「ミク、エリ。大丈夫か?」
「ああ、問題ない。」
一転して気遣わしげに尋ねてくるクロに私は立ち上がりながら答える。正直なところ体力の消耗は激しいがゆっくりと休んでいる暇はない。
私は四次元収納となっているウェストポーチから、リコ謹製の疲労回復薬を取り出して飲み干す。後日の副作用が怖いが止むを得まい。
「私も回復薬を飲みましたので、大丈夫です。」
そう答えるエリの右腕は折れ曲がった様子もなく綺麗な状態に戻っていた。砕け散った手甲の残骸と右腕の部分だけ破けたメイド服が無ければ、誰もエリが大怪我をしていた事は分からないだろう。
「あのイカれた野郎ならノール達に何をするか分からない。急いで合流するぞ!」
「そうですね。私はお嬢様が心配です。」
「ああ。早く行くとしよう。」
クロの言葉にエリと私はそれぞれ返事をすると、私達3人は第4野営地へと続く通路をひた走るのであった。




