第13話 坑道を蠢く者
「いっけぇー!」
トリスの声と共に彼女の周囲に展開されていたフレイムランスが一斉に放たれる。その一部が私たちの方にもやって来ようとしていた。私は鞘に左手をあて、柄を右手で握り迎撃の準備をしていたが、それは無駄に終わる事となる。
私の前に立っていたノールが、物凄い速さで全て弾き飛ばしたからだ。だが、弾かれたフレイムランスが天井に突き刺さると途端に天井が崩れ始めた。
「ミク!通路から出ろ!」
私はノールの言葉に従いエリと共に急いで通路を駆け抜けて、第一野営地跡地に戻る。すると私が通路を出るのと同時に通路の天井は完全に崩れ落ち、通行が不可能な状態となった。
「ミク、エリ。何があった?ノールとトリスは??」
通路が崩れ落ちる音が聞こえたのだろう。クロが駆け寄ってきた。今あった出来事を一通り説明する。
「なるほど。ミク、エリ。この通路を塞いでいる土砂、何とか出来るか?」
言われて一瞬考えてみるが、私は普通より少し身体能力が優れているだけの人種で魔法は使えない。刀一本でこの土砂を取り除く事は不可能だろう。
「私には無理だ。2人は?」
「俺にも出来ない。やるなら土魔法だろうが、魔法は不得手でな。」
「私にも出来ません。というか、お嬢様が申し訳ありません。魔法が暴走したせいでこんな事に・・・。」
「後悔したところで問題は解決しない。トリスは土魔法を使えないのか?魔導士なのだろう??」
申し訳なさそうに謝罪してくるエリに私が尋ねると彼女はその青色の髪を揺らして首を振る。
「お嬢様は火魔法を自由自在に扱える代わりにそれ以外の属性魔法は使う事ができないのです。」
「・・・魔法を自在に操るのが魔導士ではなかったのか?」
「火魔法しか扱えないのには理由があります。ですが、申し訳ありませんが、お嬢様不在の中でこれ以上の事を私から申し上げることが出来ません。」
そう言って一礼してエリは口をつぐんでしまった。
「・・・まあ、理由が分かったとしても今の状況は変わらない。ノールなら大丈夫だろうし、私は特に心配はしていないがな。問題は今からどうするかだな。」
応援を呼んで土砂を取り除いてもらうべきだろうか?しかし、それだとかなりの時間がかかるだろう。トリスのフレイムランスで消し炭になってたが、先程のゾンビの様な化け物も気になる。早くノールと合流した方がいい気がしてならない。
「ミク。ノール達が取り残された通路は第二野営地跡地に繋がっている。だが俺達がいる第一野営地跡地は第三野営地跡地にも繋がっているんだ。そして、第二野営地跡地からは第四野営地に、第三野営地跡地からは第四野営地に繋がっている。」
坑道の地図を暗記しているらしいクロが私に話しかけてくる。
「・・・つまり、私達は第三野営地跡地へ向かえば先の方でノール達と合流出来るということだな。」
「その通りだ。先程の話に出てきた化け物が気になる。早目に合流した方がいいだろう。」
「ノールなら大丈夫だろうが、急ぐとしよう。エリもそれでいいか?」
「私はお嬢様が心配ですし、合流を急ぐ事に依存はございません。」
こうして私、クロ、エリの3人は坑道の奥深くへ進む事にしたのであった。
そうして私達3人は何事もなく第三野営地跡地に着いたのだが・・・。
「あれは・・・鉱夫の人達でしょうか?」
エリがそう呟く。入り口から見えたのは沢山の人達が広大な野営地跡地の真ん中で屯している光景だったが、何か様子がおかしい。
そもそも跡地というだけあって建物も何も無い空間となっているのだが、そんな場所に集まっているのがおかしいし、彼等は何をするでもなくただ周囲をフラフラと動き回っているだけなのだ。
「あれは・・・ゾンビだな。しかし、物凄い数だ。」
ジッと人々を観察していたクロが断言する。よくあんな遠くにいる人型の様子が見えるものだ。
「第五野営地跡地への通路は部屋の奥なのだろう?倒して行くしか無いのではないか?元はここに居た鉱夫だろうし、腐敗も酷そうだが。・・・余り戦いたく無い相手ではあるな。」
「・・・まあ、そうだな。」
「・・・そうですね。私なんか武器が手甲ですし。距離的に色々と飛び散りそうです。」
しかし、一般的にゾンビは埋葬されずに長期間放置された死体に魔物の魂が乗り移って出来あがるとリコが言っていたが、鉱夫達が帰って来なくなったの約2週間前の話という。たった2週間でゾンビになってしまうものであろうか。そう私が疑問に思った時だった。
『ようこそ。名も無きハンター諸君。吾輩の実験場へ。』
私にはどこか聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。だが、その姿は何処にも見えない。どうやって声を届けているのだろうか。
『君達がどこの誰なのかは知らないが、吾輩の実験に付き合って貰おうか。そして、新たな実験素材となってくれ給え。』
再び声がして私は確信する。間違いない。この声は・・・
『・・・ん?見覚えがあると思ったら、銀髪の君は吾輩の研究施設にいた『出来損ない』ではないか!』
そう。その声は私がいた研究施設の責任者デノデラのものだった。
・・・あの頃の事を思い出して身体が震えてくる。だが、私を励ますノールの言葉の一つ一つが。ノールとリコがつけてくれた私の存在証明が。リコが私にくれたブレスレットが。それぞれが私に前に進む勇気をくれる。
「私の名はミク・シロガネ!出来損ないなどではない!」
『ははは!無気力だった君からそんなセリフが出てくるとはな。活きの良い実験素材は嫌いでは無いぞ?』
見覚えがあると言っていることから、何かしらの手段で音声だけでなく私達の様子も把握しているのだろう。
周囲を見渡すと短い筒の様なものがついた細長い黒い箱が幾つも高い天井から吊り下がっているのが見えた。
筒の先端は透明なガラスで蓋がしてある。声は細長い箱の方から聞こえており、ひょっとしてこの魔導具らしきもので私達のことを監視しているのか??
『それでは諸君らには吾輩が作り出したゾンビの相手でもしてもらおうか。ゴールドランクのハンター達はひとたまりも無かったのだが、そこの『出来損ない』は生き残れるかな?』
デノデラの声と共に、ゾンビ達が襲いかかってくる。私は刀を、クロは短剣を、エリは手甲を、それぞれ構えて迎撃の体勢を整える。
ゾンビは100では効かないくらいの数が居るだろう。雪崩の様に押し寄せてくるゾンビ達だが、私は至極冷静だった。身体能力に変わりはないが、ここのところのノールとの模擬戦とリコからの指導によって私の戦闘能力は飛躍的に向上していたからだ。
両手を突き出して掴み掛かろうとするゾンビには下からの斬り上げ、いわゆる逆袈裟斬りで胴体を斜めに両断し、その隙に近寄ろうとするゾンビにはすれ違いざまに斬撃を一閃し首をはね飛ばす。
そのままゾンビが密集している地帯まで駆け抜けると私は刀を鞘に収めて大振りの居合斬りを放つ。
銀色の刃ではない、魔力によらない真空の刃によって少し離れた場所のゾンビ達をまとめて斬り落とした。その首が、胴体が、足が、両断されてグシャッと硬い地面に崩れ落ちる。
それによりちょっとした空白地帯ができ余裕が生まれたため私は周りを見渡す。
クロはいつの間にか両手に短剣を構えてゾンビに指一本触れられることもなく首だけを次々と斬り離しており、十分余裕がありそうだ。
エリは両手に装着した手甲によって、可愛らしい見た目とは裏腹に豪快にゾンビを殴り飛ばしていた。
次々と殴り飛ばされるゾンビは後ろにいるゾンビを巻き込んでまとめて倒れるため、ゾンビ達もなかなか近づけない様である。
『ふむ。なかなかの腕前であるな。そのゾンビ達はゴールドランク下位くらいの力はあるはずなのだが。このままでは悪戯に数を減らすだけであるか。』
私達にダメージらしいダメージが無いことを見ていたデノデラがそう呟いた。
『ならば、これはどうかね?ミクス!』
最後の『ミクス』はおそらく魔力を込めた言葉なのだろう。その言葉と同時に第三野営地跡地の全域に魔法陣が現れるとゾンビ達に異変が起き始めた。
中央に集まったゾンビ達が次々とその身体を溶かして互いに混じり始め、全てのゾンビが居なくなった頃には体長1,000メルほどの大きな巨人となっていたのだ。何も身に纏わず、体毛も無いその肌には素材となったゾンビ達のものだろうか、そこら中に苦悶に満ちた顔が蠢いていた。
『差し詰めフレッシュゴーレムといったところかね。100体くらいは合体したから、アダマンタイトランクくらいの力はあるはずだ。ふふ。この坑道の鉱夫達を素材にして実験に失敗した結果がそのゾンビ共であるが、合成魔法の実験には成功したようであるな。』
「貴様!命をなんだと思っている!」
『何を言っているのかね?生きていても大した価値もないところを、ようやく吾輩の研究の役に立てたのだ。適材適所であり素材の有効活用というやつだよ。』
怒りのままに叩きつけた私の言葉に対する、命を命とも思わない、小人族達を素材としてしか見ていないデノデラの回答に怖気が走る。
『さあ、戦い給え!なに。もし死んでしまっても、吾輩が諸君の死体を有効に活用してあげよう。』
その言葉を合図にフレッシュゴーレムが私達に襲いかかってきた。