第9話 フォディーナ王国の危機
フォディーナ王国の神都アディトには、小人族の王族が歴代に渡って居城としてきた王城アウスムがある。
王城アウスムは神話時代に岩山を削ってて作られたと言われており、神都と同じく古い歴史を持つ建造物だ。ただ、神話時代に作り出された部分はごく僅かで、大部分は神話時代以降に建設されたものらしい。
そんな王城アウスムの外郭にある謁見室で、俺とミク、そしてクロの3人はフォディーナ王国のアウグスト王と対面していた。
「お前らがリコの手紙を持ってきた『暁の明星』か。・・・ああ。楽にしてくれ。この場での言葉遣いや礼法も特に不問とする。ワシも堅苦しいのは好かんし、その為に謁見の間ではなく謁見室にしたのだからな。」
アウグスト王は小人族らしい長い顎髭を撫でながら、緊張している俺に気を遣ったのか、そんなありがたい申出をしてくれる。
因みにアウグスト王の背後には護衛の為か屈強な小人族の近衛騎士が控えており、なかなかの威圧感があった。
「ご配慮、感謝いたします。」
そう答えた俺は横目でミクとクロの様子を伺うと、ミクもクロも何の緊張もなく普段通りのように見えた。俺だけ緊張しているのが不公平に感じるな。一国の主に会うのに緊張していない2人が凄いのか、緊張してしまう小心者の俺の方が悪いのか。
「そういう丁寧なのもいらないのだがな。ワシの兄上も世話になったみたいだし。」
「兄上、ですか?」
「なんだ、リコの奴から聞いてないのか?ワシの兄上はグレゴリウスだ。ファリーナを襲ったグリフォントゥルスと、一緒に戦ったのだろう?」
ってことは、グレゴリウスのおっさんって、フォディーナ王国の王族だってことか!全然王族感無かったけど。
「兄上は自由奔放な人でな。本来、王位を継承するのは兄上だったはずなんだが、『俺は戦っている方が性に合っているし、鍛治にも興味がねぇ。王位継承権は破棄し、アウグストに後は任せる!』とか言って100年以上前に急に国を出奔したわけだ。」
・・・うわぁ。それは後が大変だっただろうな。
「ひどい話であろう?ワシは国政は兄上に任せて、鍛治の道に邁進したかったのに。」
「何というか、それは大変でしたね。」
「兄上が国に帰って来たのはその10年後くらいだったしな。まあ、その時に色々あって、当時兄上とパーティーを組んでいたリコに助けられたってわけだ。」
一体何があったのか気になるが、コレがリコが言っていたら借りってヤツか?
「用件は分かった。武器製作の件は、・・・そうだな。先ずは素材を見せてもらおうか。」
アウグスト王の言葉に従い、俺はバックパックからグリフォントゥルスの角と、その他にリコが用意した武器製作に必要となる素材を謁見室のテーブルの上に取り出した。
「・・・なるほど。コイツは確かに見事な角だな。一級品の素材だ。お。最高級の触媒石までついてるじゃねぇか。・・・ん。メモがついてるな。」
さっき、鍛治の道に、とか言ってたし鍛治が好きなのだろうか。俺がテーブルの上に出した素材をアウグスト王は目を輝かせて漁り出す。
「これは角を使った合金のレシピだな。おもしれぇ!武器製作については引き受けよう。次に神具の貸し出しについてだが・・・。」
アウグスト王は眉間にシワを寄せて言い淀んだ。
「小人族の国を治める者として、いかに恩義があるリコの頼みといえど、大した理由も無く創神クリスタリウス様がお創りになられた神具を貸し出すことはできん。例えそれが、特に使用していない物であったとしてもな。」
創神クリスタリウスの導きによってこの地に国を開いた小人族達にとって、かの神が創った神具は考えるまでも無く重要なものなのだろう。
俺は神具を借りてファリーナに持ち帰るという御使いを頼まれただけであって、神具を借りる事についての交渉までは頼まれてはいない。神具は借りる事ができるのが前提の話なわけだ。さて、どうしたものかと思った時だった。
「ですが陛下。今この国は問題を抱えているのではないですか?」
沈黙が下りようとした中、クロが唐突に口を開く。問題?何のことだ??
「・・・リコの奴にはお見通しって訳か?確かに今、我が国は大きな問題を抱えている。それの解決が、この坊主どもに出来ると?」
「おっしゃる通りです。」
いやいや。何のことか分からないが、一国の王に出来るって断言しちゃったよ、クロさんよ!
「・・・表情を見る限り、そっちの2人は何も知らされてないのか。坊主達も災難だな。なあ、王城に来るまでの間、街の様子を見て何か感じなかったか?」
俺とミクに向かってアウグスト王が問いかけてくる。王城に来るまでの間、何かあったか??
「私はこの様な大きな街に来た経験が余り無い為、よく分からないのだが、街の人々に活気というものが無かった気がする。」
「ふむ。間違いでは無い。そっちの坊主は?」
と、言われても俺も神都には初めて来たからな。武器製作において世界一と言われているだけあって、入り口から王城までの間だけでも、尋常じゃない数の鍛冶屋があった。
あれ?鍛冶屋は確かにあったけど・・・
「・・・金属を叩く槌の音がしてなかったし、炉に火が入ってないのか煙も立っていなかった。鍛冶屋が動いてない、のですか?」
「正解だ。今、神都の武器製作はストップしている。だから街に活気がないわけだ。」
「なぜそんなことに?」
「フィノ山からの鉱石の産出がストップしたからだ。といっても、資源が枯渇して掘れなくなったという訳じゃない。採掘に出かけた鉱夫が誰も帰って来なくなったのだ。」
「・・・えっと、調査はしたんですよね?」
「もちろんしたぞ。だが、何も分からなかった。正確には調査にやったハンター達が誰も帰って来なかったのだ。」
深刻な顔をしたアウグスト王から、やはり深刻な答えが返ってきた。
「異常が発生してから2週間が経つ。その間、フィノ山の採掘は出来ていなくてな。在庫の鉱石も底をついて、今の体たらくって訳だ。・・ふふ。まさかこんな事態になると想定せずに、余り備蓄をしてこなかったワシの責任でもあるな。」
「・・・高ランクのハンターは居なかったのか?」
自嘲気味に語るアウグスト王にミクが尋ねる。
「神都で最高のミスリルランクパーティー『鋼の心』も調査に行ったっきり帰ってきていない。兄上が居たなら話は違ったのだろうが、正直なところ我が国だけではもう手の打ちようがない。高ランクハンターを国外から招迎しようと考えていたところだ。」
そこで一旦言葉を切って、アウグスト王は真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
「・・・一つ詫びがある。興味深い素材だったから思わず武器製作を引き受けたが、当然鉱石が無いと武器は作れない。だが、この事態を解決してくれるのであれば、ワシの全身全霊を込めて武器製作を行うことを、そして、神具を貸し出しすることを、ワシの魂にかけて誓おう。ワシからの依頼、引き受けてくれるか?」
・・・いや、これ俺達に解決できるのか?そう心の中で思いながらも、アウグスト王の圧に負けた俺は頷くしか無いのであった。