第8話 魔導士
フォディーナ王国は小人族達のその高い技術力から武具製作で有名な国である。その首都である神都アディトはフィノ山に建設された山岳都市で、フィノ山は創神クリスタリウスが啓示した通りに様々な鉱石が今も大量に産出されており、名実ともに世界一の鉱山と言われている。
豊富な鉱物資源は小人族達の創作意欲を余すことなく満たしており、神都アディトは世界一の武具製作の街としても君臨しているのである。つまりは・・・
「いや、人多いな!」
「こんなに人が並んでるのは初めて見るぞ、ノール。」
大陸全土から神都産の武具の買い付けのために様々な人種が神都に入ろうと押し寄せており、入国審査ならぬ入都審査に時間が取られるため、神都へと続く石門には長蛇の列ができているのだ。
同じく順番待ちをしている商人達の会話を聞く限りではいつも
神都へ入るのに5〜6時間はかかるらしい。こりゃ、気長に待つしかないな。
周りの商人風の人種とその護衛らしきハンター達はこの待ち時間にも慣れた様子であり、本を読む者、カードゲームに興じる者、まるで瞑想するかの様に静かに佇んでいる者、逞しいことに順番待ちの人種向けに露店を始める者、様々だ。
人種との接触を避けてきたミクはそんな営み自体を見ることが無かったのだろう。興味深げに周りをキョロキョロと見渡している。
だが、中には慣れていない者もいるらしい。
「何で俺達の入都審査を始めねぇんだ!」
薄汚い革鎧を着た人族の男達が6人、顔を真っ赤にして神都の衛兵らしき小人族に詰め寄っていた。身嗜みを整える余裕がないのか、その顔には髭がぼうぼうに生えている。
「それは貴方達が酒盛りを始めて、順番待ちの列を外れた上に、そのまま眠り込んだからですが。」
種族差もありかなりの体格差がある上に、6人から囲まれているのに衛兵の男は随分と余裕がありそうだ。こういう輩に慣れているのだろう。
「うるせぇ!俺達は確かに並んでいたんだ。・・・おい、そこの金髪のねぇちゃん!」
何かを探す様に血走った目をギョロギョロとさせていた男は探していた人物を見つけた様だ。他の取り巻き5人は衛兵の側に残して目標の女性のもとへとズンズンと歩いて行く。
「あんただ。ねぇちゃん!本なんか読んでないでこっちを見やがれ!!」
そこで金髪の女性がようやく動き出す。読んでいた本をパタンと閉じて、髭面の男の方を見る。本で隠れてよく見えなかったその容姿がよく見えた。
身長は160メルくらいか。大体20歳くらいに見える人族だ。女性としては少し大柄だろうか。吊り目のせいか意志が強そうに見える藍玉のような青い瞳が特徴的で、鼻が高く彫りが深い。迫力がある美人といった顔立ちだ。
腰ほどまでにある長い金髪は俺みたいに燻んだものではなく、太陽の光を浴びてキラキラしている。所謂、白金髪というやつだな。
「・・・アタシのこと?」
少し言葉は荒いが、小首を傾げて髭面の男を見上げるその仕草は、まさに良家の子女といった佇まいだ。だが、良家の子女が明らかに柄が悪い男に間近で怒鳴られて、こんなにも冷静でいられるだろうか。微塵も動揺した様子が感じられない。
その彼女のすぐ側では厚手のメイド服の着込んだ青髪の女性が背筋をピンと伸ばして静かに佇んでいる。多分金髪の女性の従者なんだろうが、従者なら普通こういう荒くれ者から主人を守るんじゃないのか?というか何故に山岳地帯でメイド服??
それにあまりにも自然に着こなしていたから気付かなかったが、金髪の女性の方はこんな山岳地帯なのに物凄く薄手のローブを羽織ってるぞ。見た感じ質感のいい真紅の高級そうなものだが、標高が高くてそれなりに寒いここには不向きな格好だろう。
・・・ちょっとおかしくないか、この娘たち。
「ああ。アンタのことだ。俺達はよぉ。アンタらの前に並んでいたよなぁ。だからよ、アンタの前に入らせてくれねぇか。」
「アンタが何を言っているのか、アタシにはサッパリ分からないわ。」
見覚えがないのだろう、彼女はバッサリと切り捨てる。
「・・・お?よく見るとアンタ、ちょっとキツい顔してるがいい女じゃねぇか。そっちのメイドも美人さんだ。へへ。神都に入ったら、ちょっと俺達と酒でも飲まねぇか?」
めげずにしつこく誘ってくる髭面の顔を見ながら、彼女は手をポンっと叩いた。
「ああ。なるほど。これがナンパというもの?・・・だけど髭面の汚らしいアンタの寝言に付き合う義理はアタシには無いわ。」
「トリスお嬢様。先程から言葉遣いが乱れていますよ。」
「うっさいわね、エリ。屋敷の中じゃないんだから、別にいいじゃない。」
金髪の赤いローブ姿の方がトリス、青髪のメイド服の方がエリというらしい。2人は髭面の男を無視して、ひとしきり軽口を叩き合いあうと、トリスは再び本に目を落とし、エリはトリスのそばに静かに佇んだ。
「だ、誰が汚らしいだ!この小娘どもが!下手に出れば良い気になりやがって!!」
全く相手にされずに無視をされた髭面が逆ギレする。・・・いやいや。下手に出た部分、無かっただろ。
激昂した髭面が腰の粗悪な長剣に手をかけようとしたその時だった。
『フレイムスネーク』
トリスの声で力ある言葉が紡がれる。それと同時に彼女の右手の掌の上に、炎で出来た蛇が現れた。全長20メルくらいの小さな蛇だ。まるで生きているかのようにリアルで、小さな舌をちろちろと出し入れしている。
「テメェ!ま、魔法士だったのか!?」
「魔法士だったのか?って、アタシ、魔力に塗れたローブを着てると思うんだけど。読んでたのは魔法書だしね。魔法を使うことくらい分かるでしょ。アンタ、目が腐ってるんじゃないの?」
話を聞いている限りでは良いとこのお嬢様っぽいんだが、口がメチャクチャ悪いな。この娘。
「舐めやがって!魔法士でもこの距離なら叩き斬れば関係ねぇ!」
既に50メルくらいまでに近づいていた髭面は頭に血を上らせて長剣を手にトリスに襲い掛かる。
「一つ訂正しておくわ。アタシは魔法士じゃない。」
言いながらトリスはその掌を広げ、炎の蛇を解き放つ。すると炎の蛇は髭面の長剣に巻きつき、一瞬で溶かしてしまう。
それを見て俺は驚愕する。何故なら本来フレイムスネークという魔法は炎の蛇を放ち相手を縛りつけるだけの魔法だからだ。
魔法というものは武技と同じく案外融通が利かない代物で、例えば初級の攻撃魔法に分類されるファイヤーボールは、『直進する火球を生み出す魔法』であって、どんな熟練の魔法士が使っても、威力が上がることはあっても曲がったりすることはない。
武器だけを溶かして術者の手元に戻るとか、まるで生きているかのように動くなど、通常のフレイムスネークと似た全く別の魔法ということになる。
魔法を型通りにしか扱えないものは魔法士と呼ばれ、魔法を改変し自分の思うがままに操る者は魔法を導く者、それはつまり・・・
「アタシは魔導士よ。」
そう。魔導士と呼ばれている。
胸を張り偉そうな態度で高らかに声を上げたトリスを前に、髭面はヒィっと悲鳴をあげて逃げ出した。因みに長剣を溶かした蛇はいつの間にかトリスの右肩でトグロを巻いていたりする。
なお、魔法士と魔導士では魔導士の方が遥かに強いが、魔法を自在に操るためには魔法に対する圧倒的な知識と膨大な魔力量を必要とするため、その数は圧倒的に少ない。リコからは旅に出るにあたって、もし魔導士と敵対するなら一目散に逃げるように言われていたりする。
その際にリコは『僕は魔法剣士なんて呼ばれているけど、魔法は自在に操れているから、正しくは魔導剣士だろうね。』なんて軽口を言っていたな。
突然の魔導士登場に警戒を強めていると、トリスの後ろに控えていたメイド?のエリが口を開く。
「お嬢様。ところでその蛇はどうするのですか?」
「そうねぇ。・・・あー!!どうしよ、エリ!」
「どうかしたんですか、お嬢様?」
「この蛇、さっきの髭面を攻撃対象にしてたけどアイツは今いないから、ここで解き放ったら術者以外の手近な人種に向かうことになるわ!」
うお。あのエリって娘。一瞬でトリスの側を離れたぞ。周りで成り行きを見守ってた人達も直ぐに遠ざかって行く。
「ちょ!待ってよ。1人にしないで!」
寂しげなトリスの言葉も虚しく俺達を除いて人々は遠ざかっていく。見知らぬ魔導士にあまり関わるべきじゃないんだろうが、何か可哀想だし、悪い娘じゃない気がするんだよな。だから・・・
「ミク。ちょっと刀を貸してくれるか。」
「それは構わないが、あの魔導士を助けるのか?ノールらしいな。」
「・・・・。」
ミクからは微笑みで、クロからは呆れた顔で見送られて俺はトリスへと近づいていく。
「なあ。あんた。俺はノールっていうんだが、その蛇を俺に放ってくれねぇか?」
「なっ。どこの誰だか知らないけど、危ないわよ。自分でいうのもなんだけど、この蛇にはまあまあの魔力がこもってるんだから。一応このまま維持し続ければ魔力が抜けて消えて無くなるから放っておきなさい。・・・丸1日はかかるだろうけど。」
ちょっと涙目になっていたトリスは慌てて俺に言葉を返してくる。最後の方はシュンと項垂れていたが。やっぱり悪い娘じゃないな。
「俺は一応ミスリルランクのハンターでな。そのまま過ごしたくないだろ?何とかする方法はあるから、放ちなって。」
「・・・うー。どうなっても知らないんだからね。いくわよ!」
そう言ったトリスは右腕を俺の方に差し出すと、その掌から炎の蛇が放たれた。
ほどほどの速度で迫ってくる炎の蛇に対して、俺は刀にそれなりの魔力を込めて居合斬りで叩き斬ると、炎の蛇はあっさり消え去った。
魔力も何も込めなければ魔法は剣で斬れないが、剣に込めた魔力が斬った魔法の魔力を上回れば斬ることが出来たりする。
「アタシの蛇がこんなにアッサリと・・・。」
「お嬢様。助けて下さったのですから、お礼を申し上げないと。」
助けたはずなのにガックリと肩を落とすトリスにいつの間にか戻ってきたのか、エリが語りかける。
「エリ、アンタさっきは逃げたわね?」
「私が何回お嬢様の魔法の暴走には巻き込まれたと思っているんですか?そうなりたくはありませんので。」
「ぐぬぬ。・・・まあ、いいわ。」
悔しそうに唸っていたトリスだったが、心の中で気持ちを切り替えたのか急に顔上げて俺の方をその藍玉色の瞳で睨んできた。え?俺、助けたはずだよな。
「そこのアンタ!ノールとか言ったわね。アタシの蛇を倒すなんて中々やるじゃない。覚えておいてあげるわ。」
「お嬢様は恥ずかしがり屋ですので。通訳すると『ありがとう』とおっしゃっているのです。」
「うっさいわね!・・・エリ、行くわよ。」
耳まで真っ赤にしたトリスが俺に背を向けて元々列の並んでいた辺りに歩き出すと、エリは一礼をしてトリスの後をついて行く。いつの間にか入都審査が再開したらしい。
こうして俺は神都に入る前から何故か疲れてしまったのだが、入都審査の際に身分証としてハンターズカードをドヤ顔で提示するミクの微笑ましい様子に癒されつつ、精緻な彫刻が全体に施された石門をくぐり、俺達は神都の中に入っていった。




