第2話 月下の攻防
アエルニタス大陸の南の大国リーベルタルス王国、その西部にある交易都市ファリーナ郊外には見渡す限りの広大な小麦畑が広がってる。
7の月も半ばを過ぎようとしている今現在は、収穫が済んだ小麦畑が多くなっており、丸見えの地肌が沈みゆく太陽の光に照らされ、オレンジ色に染められていた。
広大な田園風景の一帯がオレンジ色にキラキラと輝く光景はなかなか壮観なものがある。
但し、俺の目の前には全く別の光景が広がっている。先程首を跳ね飛ばしたシルバーデビルの死体が力無くうつ伏せに突っ伏しており、頭が無いその首先は未だにどくどくと赤黒い血を垂れ流していた。
周りがオレンジに輝く中、シルバーデビルの血は夕陽の光を反射せず大地を赤黒く染め上げ、単色の絨毯に広がったシミのようにポツンとその存在を主張していた。
畦道に腰を下ろしながら、その光景をぼんやり眺めていた俺は、疲労からくる全身の倦怠感と、つい2〜3分前にあったアイアンソードの喪失感のダブルショックでうなだれていた。
俺の能力、ウェポンブレイクはギフトと呼ばれる特殊な能力と思われる。
ギフトは基本的に唯一無二でその効果も強力なものが多い。ウェポンブレイクを使用すると、武器の性能を最大限に引き出すかのように自分自身の能力と技術までもが引き上げられる。どのように動けばいいのか自然と分かり、身体が勝手に動くのだ。
先程のシルバーデビルを量産品のアイアンソードであっさり倒せたのも、ウェポンブレイクのおかげだ。
普通の戦士系ハンターであればアイアンソードではシルバーデビルに傷を付けることすら困難だろう。
まあ、その代償として、その名の通り武器が壊れたのだが。
それから限界を超えて身体を動かすせいか、体力を著しく消耗してしまうので、そう連発できる能力ではない。
ギフトは神々から与えられると言われているが、ギフトについて神々から説明があるわけではない。だから、ウェポンブレイクの性能検証の為に今まで数々の武器が犠牲になった。
ウェポンブレイクは厳密には一振りで必ず武器が壊れるわけじゃなく、武器の耐久力を大幅に消費して武器自体の威力と使用者の能力を限界を超えて強化する代物のようであった。
だから質のいい武器ならアイアンソードのように一振りで壊れる事はない。
・・・過去の検証で小人族が作った名剣がたったの10振りで壊れた事を思い出した俺は思わず涙が出そうになる。
ギフト持ちはギフテッドと呼ばれ、公になったギフテッドは必ずと言っていいほど、何処かの国や組織に所属している。この為、それを嫌ってギフテッドである事を隠す人間もそれなりにいる。・・・俺もそのうちの1人だ。誰かの指図を受けていたら、守りたいモノも守れなくなるしな。
取り止めもない思考をしつつ休憩をする事で、ウェポンブレイクを使った事による肉体的な消耗と精神的な消耗がある程度回復した俺は、綺麗に残ったシルバーデビルの死体を見てふと思う。
今回はアイアンソードがダメになったが、こいつの素材や魔石やらがあれば収支はプラスになるんじゃないかと。
討伐依頼ではメインウェポンであるスティールソードが粉となって消えたが、ウェポンブレイクの威力が強すぎて討伐対象の魔物の死体は殆どが消し飛び、素材をほぼ回収出来なかったのだ。
ウェポンブレイクを使った場合、武器はほぼ壊れるが、威力が強すぎて攻撃を受けた魔物も原形を止めずに素材を回収出来ないことが多々ある為、それも俺が金欠になる大きな要因の一つだった。
それが今。本当に珍しく、綺麗な魔物の死体が残っている。しかもゴールドランク上位の魔物の死体が!
その事実に気づいた瞬間、やる気がぐんぐん湧いてくる。解体用ナイフを右手に握り、スキップしそうなくらいテンションが上がった俺の瞳は、それこそ金貨のように輝いていたかもしれない。頭の中は今晩の豪華な食事でいっぱいだった。
いつの間にやら日が沈んでいたようで、月明かりに照らされて銀色に光るシルバーデビルの死体に、浮かれつつも近付いたその時、俺は猛烈な殺気を全身に浴び、反射的に身構えた。
感じた殺気の出所に目を向けるとそこは小麦畑の端にある森が広がっていたのだが・・・。
「おいおい!・・・嘘だろ?」
思わず呟いた俺の瞳には信じられない光景が映っていた。
森の木々は目算で高さがおおよそ400メル、先程のシルバーデビルの高さくらいはありそうだったが、その木のさらに上にシーミアの巨大な猿顔が鎮座していた。
しかも憎悪の表情で俺の方を睨んでいる。
・・もう1匹シルバーデビルだと!異常種が2匹連続で出るとか有りえねぇ!!
体長は500メル程だろうか?最初に倒したシルバーデビルよりも一回りは大きい。
『グルゥオオオオオ!』
大地ごと身体全体を震わせるような大絶叫に一瞬だけ身体が竦み上がる。そして、ドンっ!と音がしたのと同時にしっかりと視界に入れていたはずのシルバーデビルを俺は見失った。
次の瞬間、ぞわりと悪寒が全身を駆け巡り、危険を察知した俺は全くの山勘で解体用ナイフを顔の右側を防御するように突き出すと同時に、背後へと飛びずさる。
ギィイン!っと鈍い音がし、解体用ナイフが何かに当たったかと思うと、根本からぽきりと折れ、それでも余り勢いが衰えずに俺の顔面を目掛けてシルバーデビルの拳が伸びてくる。
空中で身体を捩り、何とか直撃を回避するが、奴の拳が僅かに右肩を掠り、1000メル程度吹き飛ばされて地面に叩きつけらた。
「ぐはっ!」
肩の骨を砕かれた激痛と、背中から地面に叩きつけられ強制的に肺の空気を出させられた事で俺は一瞬だけ動きを止めてしまった。そして、ヤツにはその一瞬で十分だった。
急いで動かなくては!と立ちあがろうと顔を上げた瞬間には、シルバーデビルは既に目の前に居て、右腕を振り上げてその拳をまだ起き上がれない俺を目掛けて振り下ろそうとしていた。
勝利を確信したように嗜虐的な笑みを浮かべるシルバーデビルに対して、俺は何ら打開策を思いつかない。
さっきのナイフが残っていれば、このムカつく猿ヅラにウェポンブレイクで何かできたかも知れないが・・・。
死を目前にしたせいか、急に音が聞こえなくなり、拳が振りおろされるのがいやにゆっくりと感じるようになる。
しかし、思考だけ加速しているようで、身体はゆっくりにしか動かない。
このままシルバーデビルの拳に地面ごと打ち抜かれ、なりたくはないが硬い地面に叩きつけた生卵のようになるだろう。
ああ。こんな事なら昨日の晩御飯で飲もうと思って我慢したエールと、豪華おつまみセットを頼んどけば良かった!
場違いな後悔が脳裏を掠め、ふと空を見ると丸い月が金色に輝いていた。
・・・満月の夜は碌なことがねぇ!
視界の端に満月が映り、過去の苦い思い出が記憶に蘇る中、俺はどうにか生き残ろうと身を捩って回避を試みようとする。だがしかし、シルバーデビルの拳はゆっくりと、俺の眼前まで迫り・・・
俺は身を固くして、思わず目を閉じた。
・・・・・・・・?
何も、起きない??
そう思った瞬間だった。
『ギィヤアアァァアア!』
まず聞こえてきたのはシルバーデビルの悲鳴とも取れる絶叫。次に少し離れた所に何か大きな物がドスン!っと落ちる音。
何が起きたのかと、目を開けた俺の視界に映ったのは、左腕の肘から先を切り飛ばされ、その傷口を右手で抑えながら後ずさるシルバーデビル。
そのシルバーデビルから俺を庇う様にして立つ人物の背中に後ろでひとつ結びにした長い銀髪がさらりと揺れる。
その右手には大きく反り返った片刃の剣・・・刀を握っており、シルバーデビルの赤黒い血に塗れた白刃が月明かりを反射して妖しく煌めいていた。