第2話 ミクの1週間
私がリコの屋敷に滞在し始めて、1週間程が経過しただろうか。研究施設を脱出した後、人との関わりを極力避けてきた私には、ノールとリコ以外の他人との繋がりが全く無い。
なので、病院を退院することになった時、リコと相談した上でノールにパーティーを組んで欲しいとお願いした訳だが・・・。
パーティーを組むとすぐに明言せずに言い淀むノールを見て、私は実験体である自分の身体を恨んだが、彼は私が心配したようなことは考えていなかった。
むしろ私の身の心配を。・・・それに、私のことを、その、綺麗などと。
自分に価値がないと思ってきた私には思わぬ言葉だし、ノールにそう言ってもらえるなら嬉しいとも思う。もう一度その時の言葉を思い出すと、鼓動が速くなる気がするのは何故だろうか。
そんな事をぐるぐると考えている内に、私はリコの屋敷に滞在する事が気がついたら決まっていた。しかもノールも一緒にリコの屋敷に滞在するという。
まだハッキリと伝えられていないが、これは一緒にパーティーを組んでもらえるという事でいいのだろう。
しかし、ノールはリコの事を師匠とよんでいるが、聞けば8歳から14歳までの6年間、この屋敷で一緒に住んでいたらしい。
私の目から見ても2人の仲は良好であり、固い絆の様なものを感じる。2人は私にとっての恩人であるが、仲良くしている姿を見て、胸の奥が何かスッキリしない感じがする。不思議な感覚だ。
そうやって割り当てられた自室の柔らかなベッドの上で横になりながら考えごとをしていると、コンコン、とノックの音がする。
「ミク様。リコ様がお呼びです。リコ様の研究室までお越しいただけますか?」
「分かった。直ぐに向かう。」
老齢の女性、おそらくメイドのシルビア、の声が用件を伝えてきたので、直ぐに返事をすると共に私はベッドから起き上がった。服装は白を基調とした薄手のブラウスに、所々に花柄があしらわれた白いスカートだ。
今までピッタリとしたレザージャケットにショートパンツしか着ていなかった私にとっては不慣れな格好ではあるが、この屋敷の若いメイド達曰く、せっかく綺麗なのだから着飾らないと勿体無い、らしい。彼女達に色々な服を着させられるのだ。
服に違和感を感じながらも、重厚な扉を開けてこの屋敷の中では比較的通い慣れたリコの研究室を目指して、私は歩き出した。
私がリコの屋敷に滞在する大きな理由として、私の身体を調べるため、というものがある。
セプトアストルム帝国の研究施設の実験体だった私は見た目は耳長族に見えるが、心臓を突き破られても死なない程の異常な生命力を持っている。
それだけなら良かったのだが、研究施設の研究員は私と同じ様に血魔石と呼ばれる赤黒い魔石を埋め込まれた実験体は、時期の差はあれど全員が死亡すると言っていたのだ。
その真偽を確かめるため、死亡する様な兆候があるのであればその原因を探るため、この身体についてのより精密な検査が必要となったのだ。
リコの研究室には様々な検査機器があり、私がこの屋敷にやって来てからは毎日検査のために通っているわけだ。
そうこう考えている内にリコの研究室の前まで到着した。無骨な黒色の金属で出来た扉をノッカーを使ってカンカンとノックをすると
「・・・開いてるから入って来てくれないかな。」
中からリコが入室を促したため、私は躊躇なく扉を開けて研究室へと入っていった。
研究室はかなり広い。部屋の手前には大きなテーブルがあり、その上には魔石の属性を調べるらしい秤のような計測機や、何かの薬剤を調合するための乳鉢などの様々な器具などが置かれている。
中央には身体全体を透過させて調べるための大きな筒状の機器や、身体をくまなく調べるための診察台など、最近私が使ったものが並んでいる。
部屋の奥には書類を書き留めるための作業机があり、その周囲の壁際の棚には様々な魔物の魔石がサンプルとして納められているらしい。更に奥に貴重な書物を保管してある図書室もあるらしいが、私はそちらには入った事がない。
「いらっしゃい。ミクちゃん。毎日検査ばかりですまないね。」
その綺麗に片付いている作業机で何かの書類を書いていたリコは顔をあげて私を歓迎してくれる。
研究室にいる間は使っているらしい赤縁の眼鏡をかけており、そのレンズの奥から翡翠色の瞳を覗かせていたのだが・・・
彼女の横にいつもは居ない人物が居た。くすんだ金髪に鳶色の瞳。190メルはあろうかという人族としてはかなり大柄な男性。そう。ノールだ。
「・・・ミク。随分と久しぶりな気がするな。その格好はどうしたんだ?」
「ああ。ノール。この屋敷に来て以来だな。・・コレはその。この屋敷のメイド達に着せられてだな。」
そう。ノールとはこの屋敷に来て以来、顔を合わせていなかった。私は検査が、ノールはリコの指導による鍛練が、それぞれあったからだ。
久しぶりに見るノールは鍛練が厳しいのか、ほんの少し痩せたように見える。
「・・・まあ、なんだ。よく似合ってると思う。それこそ眩しいくらいに。」
久しぶりに会えたし褒めてもらえたのはいいのだが・・・。
「リコ殿!何故ノールがここに?・・今日は、その、検査をするのだろう??」
私は戸惑いながらも尋ねた。検査の過程では診察台の上で裸になる事も往々にしてあるからだ。
いかに私が人と接した経験が少ないとはいっても、一般的に女性が男性の前で裸になってはいけない事ぐらいは分かる。
「ああ。言ってなかったかな。当面の検査は昨日で終わったんだ。今日は現時点でミクちゃんの身体について分かっている事を報告しようと思ってね。重要な事だし、パーティーメンバーのノール君も一緒に聞いた方がいいと思ったんだけど。」
少しそういう想像をして、顔が赤くなったことを自覚しているとリコから冷静な回答があった。
「・・・なるほど。そういう事なら是非同席してほしい。」
「ふふ。顔が赤くなってるのは何を想像したのかな?」
ニヤニヤと笑いながら言うリコに苛立つ私の視界の端で、ノールが暢気に不思議そうな顔をしているのを見ると、妙に腹立たしくなる。
「大した事ではない、リコ殿。私の事は気にせず話を始めてくれ。」
何を想像していたかなど言えるはずもなく、私はリコに話を続けるように促す事しか出来なかった。




