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ロストデウス〜神去りし地にて〜  作者: 北乃ロバ
第1章 銀の少女
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幕間その2 或る諜報員の絶望(上)

 俺の名はニグル。セプトアストルム帝国の諜報機関に所属する諜報員だ。

 我が国は人族至上主義を掲げており、基本的には周辺各国と対立関係にある。このため諸外国との交易も必要最低限しか行っておらず、放っておくと国外の情報はほとんど入ってこない。

 この為、情報を得る必要性に駆られて諜報機関が作られたそうだ。だから設立当初は情報収集が主な任務だったのだが・・・


「今じゃ他国での工作活動がメインってな。やれやれ。」

 仮想敵対国のうちの一つ、リーベルタルス王国のファリーナ近郊の森林地帯に潜みながら、周囲に誰もいないということもあり、俺は思わず愚痴をこぼした。


 貧民街の孤児だった俺は10歳の頃に姿を完全に消せるギフト、光学迷彩(カモフラージュ)を発現したため、ギフテッドとして国に取り込まれたんだが・・・。

 なにしろ当時は10歳のガキだ。マトモな交渉など出来るはずもなく、半ば騙されるような形で魔法による隷属契約を結ばされちまったわけだ。


 その後、俺の能力に目を付けた諜報機関の長に拾われて、諜報員としてのノウハウを叩き込まれて現在に至っている。

 んで、今回の任務はありがたい上司様が言うには、魔物を異常種(アブノーマル)に進化させる薬のテスト兼ファリーナへの破壊工作、だそうだ。

 絶対にロクでもねぇ任務だろ。これ。隷属契約さえなけりゃ、こんなアホなことしないんだがなぁ。


 手始めに番のシーミアが眠っているところに、ウチの国の生命科学研究所が開発した進化薬を注射器で無理矢理投与してみる。

 その途端に2匹のシーミアは苦しみだし、筋肉の膨張と皮膚の破裂を繰り返しながら、やがて2匹のシルバーデビルが誕生する。

 ・・・半信半疑だったが、本当に進化しやがったな。


 光学迷彩(カモフラージュ)で姿を隠しつつ、シーミアがシルバーデビルに進化する様子を観察しながら、世界中に異常種(アブノーマル)がばら撒かれる未来を想像して、背筋が凍る思いがした。

 セプトアストルム帝国は自分の出身国ではあるが、隷属契約を結ばされた身としては全く信用していない。こんな進化薬(危険物)が量産されたら世界はロクな事にならないだろう。


「まあ、隷属契約のせいで誰かにこの事を伝える事も出来ないし、淡々と任務をこなすしかない訳だがな。」

 そう一人で呟いて、俺はゴールドランク以上の魔物を進化させる準備をするべく、森林地帯を更に奥に進んでいった。


 本国からあの英雄リコ・キサラギの姿を王都リーディアルガで確認したという連絡を受けた。

 俺とは別の諜報員の手によって、リコ・キサラギをファリーナから引き剥がすことに成功したわけだ。

 ファリーナを攻撃するならリコ・キサラギがいる間にする馬鹿はいないだろう。

 100年前にハンターを引退しているため、現役時よりは弱くなっていると思われるが、なにしろ彼女は世界最強だったのだから。

 

 連絡を受けて俺は動き出す。死なない程度に痛めつけて捕まえておいたグリフォンに高純度の進化薬を投与していく。

 ゴールドランク以上の魔物を進化させるのはなかなか不安定らしく、簡単には成功しないだろうという生命科学研究所の話だったはずなのだが・・・。

 目の前でグリフォンが急速に肥大化していき、粗雑な物とはいえ内側から檻を破壊して、更に大きくなっていく。最終的に全長1000メルほどの巨体に成長すると、ファリーナの方向へと移動を始めた。

 運が良いのか一発で進化に成功したらしい。・・・いや。こんな運の良さは要らないな。

 俺は光学迷彩(カモフラージュ)で姿を隠しながら、グリフォンの、いやグリフォントゥルスの後を追って行った。


 グリフォントゥルスが討伐された後、出来損ないの回収という命令を遂行するべく、俺は『彼女』の心臓を背後からひと突きにする。いつ味わっても嫌な命を断ち切る感触が手に残った。


「少年、その出来損ないの事をたいして知らないんだろう。コイツが自分で言ってたように、守る価値なんてないのに何故そんなに必死になってるんだ?」

 ノール少年と何回か打ち合った後に、俺は彼に話しかける。少年の剣技は凄まじく、頬に傷一つをつけるのが精一杯だった。後は短剣に塗った麻痺毒がうまく効けばいいのだが。


 最後に受けた斬撃を受け止めた腕が痺れて上手く動かなくなっているし、正直な所このまま攻め込まれた方が俺は困るし、多分捌ききれなくなって倒されるとも思う。

 だが長年の諜報員としての経験でそれを気取られる事なく、何でも無い様な顔をして、少々の情報開示と出来損ないと呼ばれた『彼女』を利用した挑発をすることによって、俺は時間を稼ぐ事に成功した。ついにノール少年が手にした武器を落として倒れたのだ。


 ノール少年に言ったほどには俺は『彼女』を蔑んでいないし、むしろ帝国の犠牲者という意味では似た者同士であり親近感すら湧いている。

 それにノール少年を気に入ったというのも本当だ。例え『彼女』が人種でなかったとしても迷いなく助けようとする真っ直ぐな意志。それは俺には眩しくて、だが、好ましいように思えた。


 出来れば二人とも見逃したいし、助けたいとすら思う。だが、隷属契約がそれを許さない。臆病な俺は自分の命を捨ててまで、彼、彼女を助けようとは思わない。

 色々考えながらノール少年に近づいた為か、歩く速さはゆっくりになってしまったようだ。ようやくノール少年の首元近くに辿り着いた俺は心を殺して

「じゃあ、さよならだ。」

そう告げると同時に、短剣を柔らかい首元に差し込むはずであった。だが、そうはならない。


「ノール君。よく頑張ったね。」

 その言葉と同時に小さな手が俺の短剣を掴む。目に映るは翡翠色の瞳をした栗色の髪の華奢な耳長族の女性。つまり

「・・・リコ・キサラギ!貴様は王都に居るはず。何故ここに居るんだ!!」

「何故って、飛行魔法で飛んできたからだよ。」

リコ・キサラギ(化け物)が現れたからだ。


 手にした短剣を動かそうとしたが、その細腕から想像できない様な力で押さえつけられ、少しも動かす事が出来ない。

 普通、刃を握り込めば掌が傷つきそうなものだが、リコ・キサラギに傷ついた様子は無い。よく見れば薄らと魔力の膜のようなもので身体を覆っているようで、それが刃から身を守っているのだろう。

「ちっ!この化け物が!!」

 なりたくてなったわけでは無いが、俺は諜報員としての才能があったのだと思う。

 経験上、相手の姿や立ち振る舞いを見れば、何となくどれくらいの強さか分かるようになっていた。そのはずだった。


 ノール少年は俺の見立てよりも大幅に強かったが、まだ何とか出来たし許容範囲内だった。だがリコ・キサラギはどうだ。見た目で言えば全く強そうには見えない。絶対的強者が放つような圧倒的なオーラ、魔力も感じられない。

 しかしながら、実際には全力を込めたところで、短剣は少しも動かないくらいには膂力の差がある。

 蹴りか拳打を入れて怯ませてから逃げようとも考えた。だが、その立ち姿は隙だらけのように見えるのに、何故か攻撃が全く当たる気がしない。・・・コイツは俺が理解している強さの外側にいるナニカだ。


 結局、俺が出来たのはただ踵を返して逃走することだけだった。攻撃を受けないようにジグザグに走りながら、一目散に逃げ出したが、途中で右肩が焼けるように痛くなる。

 何をされたのか分からないが、今は痛みを感じている暇はない。俺は激痛を無視し、後ろを振り向く事なく草原を駆け抜けて行った。

 黒装束さんのお話です。このお話を書くまで名前を決めていませんでした。少し長くなったので、2分割にしています。

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