幕間その1 或る小人族の決意
ワシの名はグレゴリウス。流れのハンターをしているしがない小人族だ。アダマンタイトランクのハンターという地位や、不滅の御盾とかいう大層な二つ名をいただくという名誉を得ているが、そんな物はどうでもいい。
ワシは日々美味い酒が飲めれば幸せだしな。
人族至上主義などという下らない思想を掲げているセプトアストルム帝国の支配地域以外、大陸中をふらふら放浪していたワシは、リーベルタルス王国に入った時に、昔馴染みのいる交易都市ファリーナに立ち寄ろうかとふと思い付いた。
ワシも比較的長命の人種だが、向こうはもっと長命である耳長族だ。きっと壮健だろう。ただファリーナに留まって長く経つ為、まだ居るかどうかは分からなかったが。
まあ、居なかったら居なかったで、交易都市なだけあって世界中の酒が集まるファリーナでぼちぼち依頼をこなしつつ、色んな酒を楽しめばいいか。
そんな軽い気持ちで、ワシはファリーナに向かった。
ハンターズのファリーナ支部にやってきたワシは、同族の受付嬢、アマンダというらしい、に支部長への取次ぎを依頼する。グレゴリウスが来たと言えば分かると伝えて。
程なくして支部長室に通されたワシは、ものすごい量の書類を捌いている人族の男を尻目に、目的の昔馴染み、リコ・キサラギと対面していた。
「久しぶりだな、リコ。元気にしてたか?」
「おかげさまで元気だよ。グレ爺も相変わらず元気そうだね。最後に会ったのはいつだっけ?」
「いつだったか。20年くらい前じゃなかったか?」
「そんなものだったかな。まあ、お互いの無事を祝って乾杯と行こうか。」
そう挨拶を交わしながら答えると、リコが綺麗な細工が施されたグラスに赤い液体を注いだ。
「おっ!気が利くじゃねぇか。だが、支部長様がこんな真っ昼間からワインなんか飲んでいいのか?」
「良いんだよ。僕は普段は事務仕事なんかしてないからね。100年前にパーティーを組んでくれてたグレ爺が久しぶりに尋ねて来てくれたんだ。コレくらいしてもバチは当たらないさ。」
そう言ってかつてのパーティーメンバーにして世界的な英雄であるリコは、その綺麗な声で杯を勧めて来た。
そう、ワシはリコがハンターを引退する時に組んでいたパーティーメンバーの1人だった。ワシとリコ以外は人族だった為、腕も人も良い奴らだったが、他のメンバーは既に鬼籍に入っている。寂しいもんだが。
思えば、あの頃はワシも60歳くらいで若かったし、危険な事も多かったが一番楽しかった時代かもしれねぇな。
「グレ爺?飲まないのかい?」
過去に思いを馳せて過ぎていたらしい。リコが心配そうに尋ねてくる。
「すまねぇ。歳を取ると昔の事ばかり思い出してな。じゃあ、ありがたく頂くぜ。」
そう言うが早いか、差し出されたグラスの中を景気付けに一気に煽ると、その味に驚いた。
鼻を抜ける芳醇な香りと、濃厚でしっとりとした歴史の深さを感じさせる様な甘味。今まで飲んだワインの中で文句なしに最高に美味しい物だった。
「な、なんだこりゃ!めちゃくちゃ美味いじゃねぇか!」
「ふふん。僕の故郷から取り寄せた100年物のワインだからね。滅多に手に入らないんだけど、そんなに雑に飲むなんて勿体無いと思うよ。お代わりはいるかい?」
耳長族は基本的に排他的な種族で、彼らが作る長期熟成ワインは金を積んだだけでは手に入れる事が出来ないと有名な代物だ。
そんな貴重な物を逃す手はなく、もちろんお代わりをいただく。今度はちびちびと飲む。
「ところでグレ爺。ちょっとお願い事があるんだけどいいかな?」
「なんだ、リコ。今なら大抵の事は叶えそうなくらいには機嫌がいいぞ。」
「もうすぐ僕は王都リーディアルガに出発しなきゃいけないんだけど、僕が帰って来るまでの間、ファリーナに滞在してくれないかな?」
「特に予定がある旅じゃねぇから構わねぇが、何か問題でもあるのか?」
「それがね・・・。」
ファリーナがどこかの組織か国に狙われており、リコが不在の間に何らかの問題が起きる可能性が高い事。もし問題が起きた場合はワシに対応して欲しい事。などの説明がリコからあった。
「まあ、留守番してもいいんだがよ。金の他に何か報酬くれねぇか。さっきのワインとかな。」
「じゃあ、あのワインを1本報酬につけるよ。」
「酒は生い先短いこのジジイの唯一の楽しみだ。2本にならねぇか?」
「ダメだね。本当に数が少ないから、あのワイン。代わりと言ってはなんだけど、ハンターズの商業区にある酒場に置いてあるお酒なら、僕が帰ってくるまで好きなだけ飲んでもいいよ。僕の奢りで。」
「商談成立だな!」
「よろしく頼むよ。グレ爺。」
お互いにニヤリと笑いつつ、固い握手を結ぶワシとリコ。これがいわゆるWin-Winの関係ってやつかの。
こうして、リコが不在の間にファリーナに滞在する事になったワシは、久々の大物、グリフォントゥルスと対峙することとなる。
「我が魔力を糧に、其を大地に縛りつける鎖となれ!アースチェイン!」
マギアバニッシュを使用した事によって魔力を消耗し過ぎたワシの身体は軽くふらついたが、何とか意識を保つ事に成功し、アースチェインを発動できた。しかし、発動時の魔力操作が拙かったせいか金の鎖の強度はいつもより弱く感じられる。
・・・ちっ!久々のまともな戦闘のせいか色々鈍ってやがる。
「長くは持たねぇ!坊主、やれ!!」
そう言った時にはもうノールは動いていた。情けない事にノールが斬りかかる寸前に金の鎖は粉々に砕け散ったが、それをものともせずにノールは翼と脚を一瞬で斬り落とす。
だが、そこで異変が起きる。あとはトドメを刺せばいいという段階になって、ノールが蹲って動かなくなったのだ。
さっきからノールが使っているギフトらしき能力の反動なのだろう。強力なギフトはそのデメリットも相応に大きいものなのだから。
かなりの手負いとはいえ、強力な魔物の目の前で棒立ちになるのは誰が考えても危険だ。
・・・やれやれ、ここは命の賭け時か。
「こっちだ!鳥野郎!!」
気合いと共にシールドバッシュからの拳の連打をお見舞いしたが、よほどノールへの敵愾心が高いらしく標的をワシに変える事に失敗する。
どうしたものかと思った時、ワシの視界の端で先程派手に吹き飛ばされた耳長族の嬢ちゃんが起き上がってくるのが見えた。嬢ちゃんは闘志を漲らせた目で、ワシの方を見つめてくる。
・・・気を引けということか?
普通は名前すら聞いていない、どんな能力があるかも分からない人種を攻撃役と考えて動く盾役は居ないと思う。
だが、ただの直感だが、イケるような気がしたワシは一芝居打つことにした。
高ランクの魔物は言葉こそ喋れなくても高い知能を有するヤツが多い。敵を騙すにはまず味方から騙す事にしたワシはノールに話しかけるのだった。
直感通りに見事に上手く事が運び、グリフォントゥルスを倒した後、グダグダ言っているノールに嬢ちゃんの相手を押し付けたワシは、グリフォントゥルス戦で感じたモヤモヤを周辺の魔物にぶつけていた。
あの時は『鈍っている』と感じたが、単純に加齢による衰えではないかとふと思う。
一般的な小人族の寿命が200歳と言われている中で、ワシは既に160歳になってるし。認めたくはないがの。
そんなことをぼんやり考えながら、ゴールドランク程度の魔物を倒していると、ノール達が居る辺り一帯が突如強力な魔力の壁、いわゆる防護結界に覆われるのを感じた。
結界の中を見れば、嬢ちゃんは地面に倒れ、怪しげな黒装束の人種とノールが戦っているのが見える。
ヤバい雰囲気を感じたワシはノール達を助けに行こうと手甲を防護結界に叩きつけたが、結界はびくともしなかった。魔力の消耗さえ無ければマギアバニッシュで結界を消せるんだろうが。
「グレ爺。退いてくれるかな?」
思い悩んでいると、聞き慣れた声が聞こえてくる。その声に振り向けば王都に行っていたはずのリコが見たこともない様な怖い表情で立っていた。
『消去』
リコがひと言、力ある言葉を唱えるとそこにあった防護結界が最初から存在しないかの様に綺麗さっぱり消え去る。
防護結界が消えたと思った時には既にリコはノールの側に居て、あっという間に黒装束の男を追い払っていた。
リコの奴、昔より強くなってる気がするの。リコの様子を遠目に見ながら、ぼんやりとワシはそう思った。
それに比べてワシは・・・。ワシは胸の奥でグツグツした何かがのそりと動き出すのを感じた。
グリフォントゥルスを討伐した記念の祝勝会。それが終わった翌日。ワシは支部長室にリコを訪ねていた。
「グレ爺。今回はありがとう。コレ、約束のワインね。」
「ああ。それなんだが、リコ。預かっといてくれねぇか?」
「あれ?グレ爺のことだから、直ぐに飲むと思ったんだけど、どういう風の吹き回しだい?」
「なに。今回のグリフォントゥルスで、ちょっと思うところがあってな。ワシは知らぬ間に、ハンターとして随分とたるんでいたらしい。一から鍛え直そうと思ってな。」
「へぇ?確かに昔のグレ爺ならグリフォントゥルス相手にあんなに手こずらなかったとは思うけど。」
そう言ったリコはその翡翠色の瞳で興味深そうにワシを見つめてくる。
「ワシは結局グリフォントゥルスを止められなかったし、怪しげな黒装束が張った防護結界も破ることが出来なかった。酒に溺れてふらふら放浪する内に、すっかり鈍っちまった結果だと思ってる。帝国もきな臭い動きをしている様だし、鍛え直して満足のいく活躍が出来た時のご褒美として、そのワインは取っておいてくれ。最高に美味しい勝利の美酒を味わいたいしの。」
「・・・分かったよ。じゃあ、その時を楽しみにしているよ。」
リコに見送られて支部長室を出たワシは、そのままのファリーナを出ていく事にした。
ファリーナに来た時は何の目標も無かったが、今は違う。かつての力を取り戻し、そして、それを凌駕する為の旅に出るのだ。だが
「しかし、どこに行こうかの。勢いで街を出たもののどうしたものか。」
その旅は一歩目からつまずきそうになっていた。
誰得?なグレゴリウス視点のお話です。
グレゴリウス160歳、リコ姉さん500歳超。圧倒的な年齢差があるリコ姉さんから、グレ爺と初めて呼ばれた時、グレゴリウスの中では色んな葛藤がありましたが、賢い彼は何も言わずに受け入れました。