第1話 異常種
見渡す限り小麦畑が広がる長閑な田園風景のその只中で、俺ことノールはその大きな身体を縮こませて、トボトボと歩いてた。
190メルを超える俺の身体は、人族の中ではかなり大きい方で、その上、筋肉質な体格もあってかなりのパワーを誇っている。
8歳の時に生まれ故郷を無くした俺は、師匠のもとで修行を積んだ後、魔物の討伐組織であるハンターズに入会し、自分で言うのも何だがメキメキと頭角を表した。14歳で入会した2年後にはハンターの中堅と世間では認識されるシルバーランクに成り上がったのだ。そこから先のゴールドランクには、周囲のやっかみと戦士系ハンターとしての致命的な欠陥もあり、18歳になった今でも昇格してはいない。
シルバーランクであったとしても、普通の人族であれば大怪我をしない限りは十分な生活を営むことができる。しかし、俺の場合はとある特殊な事情によって貧困に喘いでいる。
今日もハンターズで討伐依頼を受け、その依頼自体は達成したのだが、その特殊な事情によって、依頼料よりも損失が大きいことが確定したのだから、気も落ちるというものである。
そんな取り止めもないことをぼうっと考えていると、収穫が終わり帰り支度をしている農民たちの悲鳴が聞こえてきた。
声のした方をふと見れば、田園の端の方にある森から、白く長い体毛に覆われた巨大な魔物が咆哮を上げながら農民を目掛けて飛び出してくるところだった。
「オラァァ!」
今から走って駆けつけても間に合わない!そう考えた俺は足元に落ちていた握り拳大の石を渾身の力をこめてその魔物に投げつけた。
ドゴン!っと白い魔物の頭に狙いの寸分も違わずに直撃する。投げつけた石は粉々に砕け散った。俺は決して器用なタイプではないが、石の投擲は何故か昔から百発百中だった。
『グルォォォオオ!!!』
石は直撃したが、白い魔物は何らダメージを受けた様子もなく、元気いっぱいに俺向かって憎悪の咆哮を向けてきた。
少しくらい動きが鈍れよ!そう思いながら向けた視線の先に居たのは毛の長い体毛に覆われた猿のような魔物シーミアだっだが、まずその大きさが尋常ではない。
普通のシーミアなら体長150〜180メル程度のところを、その個体は400メルを優に超えており、まるで小山が動いてるようにも見える。また、通常シーミアは黒い体毛をしているが、その個体は銀色に輝いている。
・・・最悪だ!異常種のシルバーデビル!
シーミア自体はそれほど強い魔物ではない。シルバーランクの一つ下のアイアンランクのハンター1人でも倒せるレベルだ。
しかし、突然変異的に現れる異常種は大きく異なる。
元になったらしき魔物よりも数段上の強さになる。シーミアのアブノーマル種のシルバーデビルはハンターズランクでいえばゴールドランク、その中でも上位の存在となる。つまり俺よりかなりの格上になる。
咆哮をあげ終えたシルバーデビルは、右脚で地面をドンッ!と踏み込み、俺との距離を一気に詰めてくる。
俺の顔面に向けて、そこらの丸太よりも太い腕の先についた、ちょっとした岩ほどもある大きな握り拳が迫って来た。
咄嗟に身を屈めることで、間一髪その拳を回避できたが、頭の上をブゥンっと巨大な物体が通りすぎる気配に背筋が凍る。
襲いくる脅威から距離を取る為にバックステップして顔を上げたところで、詰め寄るシルバーデビルから、さらなる追撃が繰り出された。
上位の魔物になればなるほど、その能力は多彩かつ嫌らしくなっていくものだが、シルバーデビルは巨体から象徴される物理攻撃能力のみでその地位に座しており同ランクのなかでは飛び抜けた身体能力を持っている。
そして俺はどちらかというと身体能力頼みの戦士系ハンターであり、余り器用ではない。
シルバーデビルは俺と似た系統の魔物で、その身体能力は全てにおいて俺を上回っている。要はすこぶる相性が悪かった。
迫り来る拳の雨をギリギリのところでかわし、腰から抜いたアイアンソードで受け流しながらも、俺はまだ冷静だった。命の危機にはあるが、シルバーデビルを倒す手段があるからだ。
ただし、それを実行すると俺の懐事情はさらに冷え込む事が確実なので、躊躇していたのだ。
しかしながら、攻撃が当たらない事に業を煮やしたシルバーデビルのスピードは徐々に上がっており、このままでは直に捌けなくなるのは明白だった。
小岩のような拳の直撃を頭に受け、西瓜の赤い果肉が弾けるような目に遭いたくない俺は、明日からの晩御飯のおかずが貧相になる事を覚悟して、力を解放する。
「ウェポンブレイク!」
力ある言葉を紡いだ瞬間、右手に持っていた一般的なアイアンソードが光を纏い輝き出す。
それと同時にあれだけ早くて防御するだけで精一杯だったシルバーデビルの攻撃が、途端にスローモーションに感じるようになり、反撃の隙を見つけられなかった俺の目には幾つもの攻撃の道筋が見えていた。
より最適な道筋を見定めて身を任せると身体が勝手に動き出し、シルバーデビルの拳にくすんだ金色の髪を掠らせながら普段の数段早いスピードで懐に潜り込むと、そのままアイアンソードでシルバーデビルの首を跳ね上げ、背中の向こう側に走り抜けていく。
ドスン!と、シルバーデビルに背中を向けた状態の俺の耳に巨大な物が倒れ込む音が聞こえる。
振り向けば首がないシルバーデビルが地面に両膝を突き、どくどくと地面に赤黒い血を垂れ流していた。
そのそばには斬られたことすら認識しいないような、今まさに攻撃を行っているような激しい表情のシルバーデビルの生首がごろりと転がっている。
それを見て命の危機が去った事を確信した俺は脱力して地下手に座り込む。ふとアイアンソードを持っていた右手を見ると、剣身の全体にヒビが入っていく。
その途端にアイアンソードが、風に吹かれて砂が飛んでいくかのように、光の粒子になってさらさらと消えていく。
「・・・また、やっちまった。」
今月何本目になるかも分からない武器の消失を目の当たりにして、同じく今月何度目になるかも分からないセリフを俺はつぶやくのだった。