第17話 出来損ない
「私はファリーナから遥か北にある研究施設で育てられた。物心がついた時からそこに居たため、私がいつどこで生まれたのかは定かでは無い。」
真剣な表情をしたニルは淡々と語り始めた。
「遥か北、とはずいぶん抽象的だけど具体的な場所は分からないのかい?」
「私が研究施設を出れたのは1年程前の話だ。それまでに一度も外に出たことがなかったのだ。出る時も研究施設が襲撃を受けた混乱に乗じて逃げ出したため正確な場所は全く分からない。当時は大陸の名前すら知らないくらいだったしな。だが、大まかな位置関係から、研究施設があった国の名前くらいなら分かる。」
「まあ、何となく予想はつくけど、それはどこの国なのかな?」
「セプトアストルム帝国だ。まず間違いないだろう。」
リコの問いに予想通り国名が返ってくる。自分が住んでる国の敵対国である人族至上主義国家の不穏な動きとなれば、ロクな事にならないだろうこと考え、俺はため息が出ると同時に非常に気になる事を聞いてみた。
「やっぱりそこかよ。まあ、それはそうとして、研究施設って一体何を研究してたんだ?そして、ニルは一体何をされたんだ??」
俺がそう尋ねた瞬間、ニルの顔が一瞬強張ったように見えた。しかし、さほど間を置かずに彼女は口を開いた。
「生物の進化について、研究していたらしい。・・・薄々分かっているだろうが、私はその実験体の内の1人だ。」
絞り出すように自身が実験体だった事を告白したニルは、苦しそうにしながらも話を続けていく。
「・・・研究施設では様々な生物にある物質を埋め込んでその経過を観察するという実験を繰り返していた。血魔石と呼ばれていたそれの正体はただの実験体だった私には分からない。ただ、それを埋め込まれた生物は遠からず死亡するか、別種の生物に進化していった。まるで魔物が異常種になるかのように。」
「・・・なっ!」
「動物は似た魔物の異常種のような姿に。魔物は異常種に。そして、人種は見た目の変化はあまり無いが、凶暴になる事と引き換えに身体能力、魔力が大幅に向上するそうだ。」
ニルの話を聞いて、ウサギを魔素溜まりに放置したらレプスの異常種であるウォーパルバニーに似た生物になったというリコの話が脳裏に思い浮かぶ。
あの時、リコは動物を異常種にして敵対勢力に損害を与えるのは自分のやり方ではコストに見合わないと言っていたが、もし帝国が低コストで異常種を発生させる手段を確立させていたら?
それが使われて、この前のシルバーデビルや今回のグリフォントゥルスが作り出されたのだとしたら?
大量のシルバーデビルやグリフォントゥルスが襲い掛かってくるのを想像して背筋が凍る思いがした。
「ニルちゃんは凶暴どころか至って冷静のように思えるけどね。」
「もちろん、私も血魔石を埋め込まれた。だが私は死亡することもなければ、凶暴になることも無いかわりに、身体能力が大幅に伸びることも無く、魔力に至っては何故か使うことすら出来なくなった。他の耳長族をベースにした実験体よりも強力な生命力、再生能力がある。それだけだった。」
そこまで言ってニルは自嘲するかのように嗤う。
「そうして、私は出来損ないの烙印を押され、実験体を管理するための識別番号すら与えられなかったわけだ。貴方達も気付いていただろうが、ニルというのは偽名だ。識別番号すら無い私に名前などないのだから。」
そう言うと『彼女』は寂しそうな顔をした。
「・・・いくつか聞きたいことがあるんだけど、ちょっといいかい?」
「なんだろうか、リコ殿。」
「生物の進化について研究していたと言ってたけど、それを研究する目的は何かな。大体想像はつくのだけれど。それから、研究施設が襲撃された時に逃げ出したって言ってたけど、何から襲撃を受けたのか分かるかい?」
「研究の目的は私にもはっきりとは分からない。ただ、人種の実験体については、身体能力や魔力の増加率、凶暴性の強弱などを研究員は気にしていたから、軍事利用を考えていたのではないだろうか。」
「・・・まあ、そうなるだろうねぇ。」
予想通りの答えにため息をつきながらリコが呟く間にも『彼女』は淡々と話を続ける。
「研究施設の人種の実験体は人族以外の耳長族、小人族、鬼人族が殆どだった。襲撃者達も人族以外の人種が殆どで、同胞を解放しようとしたのだろう。」
「セプトアストルム帝国は現皇帝のクルムレクス帝が20年前に即位してから人族至上主義を掲げるようになったわけだけど、近年は人族以外の人種、彼等が言う亜人への弾圧は凄まじいらしいよ。なんでも国軍を使って国内の亜人の集落を襲い、奴隷にしているんだってさ。耳長族の僕がセプトアストルム帝国を自由に歩く事なんて、もはや出来ないと思うよ。」
「人族至上主義って聞いた時点で駄目とは思ってたが、想像してたよりも酷い国だな。胸糞が悪くなるぜ。」
「亜人達を中心にした反帝国組織ができているらしいから、研究施設を襲ったのも彼らだろうね。」
ひと通りの話が終わったからか、黙って俺とリコやり取りを聞いていた『彼女』に俺は尋ねる。
「なあ。アンタは今からどうするつもりなんだ?」
「ふふ。別にどうもしない。研究施設を逃げ出した私はしばらくは生き延びるのに精一杯だったが、やがて一つの目標を立てた。出来損ないと呼ばれた名前のない私の価値を奴らに認めさせてやると。強さを求められ出来損ないと呼ばれた私は、強くなることで価値がある事を証明したかったのだ。だが・・・」
言葉を区切った『彼女』の顔に陰が落ちる。
「私は強くなれなかった。1年前から比べれば強くなったかもしれない。しかし、グリフォントゥルスには無様に気絶させられ、その後も不意打ちとはいえ反応すら出来ずに瀕死の重症を負った。」
苦しげな表情のまま『彼女』の独白は続く。
「血魔石を埋め込まれた人種にはもう一つの特徴がある。最初に死なずに進化した者でも数年のうちに死亡するそうだ。凶暴性が徐々に増し、人種と似ても似つかない醜悪な姿になって暴走した挙句に力尽きるらしい。今までの実験体は100%死亡していると研究員が言っていたよ。」
『彼女』は再び嗤った。自らに絶望するかのように。
「・・・つまりは私も数年のうちに死亡する事になるだろう。そういえば、グリフォントゥルスを倒した後にも言ったな。ノール。私には命を賭けて守る価値など無いと。大して強くもない。いつ暴走して死ぬかも分からない。人のカタチをした化け物の私には、何の価値も無いし、未来などないのだ!」
そうやって激情のままに叫んだ『彼女』は、不意に俺に向かってベッドの脇に置いてあった刀を鞘ごと投げて寄越した。
反射的に刀をキャッチした俺に対して『彼女』は酷く冷たい声で告げたのだった。
「ノール。私を殺してくれ。」
綺麗なはずのその満月色の瞳は薄っすらと濁っていて、虚ろな光を灯していた。




