第16話 過去への追憶
「ノール。ほとんど面識がない私になぜそんなに優しいのだ?・・・私は。私には。命を賭けて守る程の価値など無いというのに。」
確かに私はノールを助けた。だが、シルバーデビルの時は本当に気まぐれだった。結果的にノールが助かっただけだ。
しかし、ノールは命を助けられるという恩が無くても私を助けただろうと言う。私には彼が何故そのように言うのかが、理解できなかった。
『この出来損ないが!貴重な資源が無駄になったではないか!!』
白衣を着た男の罵声とその姿が脳裏に甦る。出来損ない。そう呼ばれた私は誰からも必要とされていないのに。
「急に怖い顔をしてどうした?ニル。目の前に死にそうな人が居たら俺は助けるぞ。それが命の恩人なら尚更だし。それに・・・」
彼が紡ぐ言葉が気になり、前のめりになったその時、左胸が焼けるよう熱くなり、激痛が走る。
痛む個所を見れば黒ずんだ銀の刃が私の胸元に生えていた。後ろから刺された?
「がはっ!」
どうにか抵抗しようとしたが身体は思うように動かず、口から血があふれてくる。身体中の力が抜けて地面に倒れ込んだ私は自らの血溜まりに浸るのを感じながら、意識を手放した。
目を覚ました私の瞳に映ったのは見知らぬ場所だった。白い石材を基調とした清潔な小部屋。その部屋の隅に置かれたベッドの上で私は目を覚ました。
ベッドのすぐそばには窓が設置されていて、そこからはキラキラとした太陽の光が降り注ぎ、ベッドの脇に置かれた花瓶の黄色い花を綺麗に映えさせていた。ただし、私は花には詳しく無い為、何の花かは全く分からない。
「ここはいったい?・・・私は背後から刺されたのでは??」
「ここはファリーナのハンターズ支部に隣接している病院だ。ニル。気を失ったアンタを俺がここまで運ばせてもらったぜ。」
身体を起こしながら1人つぶやくと、聞き覚えのある男の声が返事をしてきた。気が付かなかったが最初から部屋の中にいたらしい。
「ノール。私はまた貴方に助けられたのか。すまない。」
「・・・あー。一応助けたことになるのかね。」
私の言葉にノールは何故かバツが悪そうに目を逸らした。
「実はニルを刺したヤツと戦ったんだが、返り討ちにあってな。俺も助けられた口なんだわ。俺がやった事は自分が助けられた後に、まだ気絶していたニルを運んだだけだよ。」
頬を掻きながら気まずそうにノールはそう言った。
「貴方が敗れたのであれば、相手は相応の使い手だったはず。返り討ちにあったとしても、命を賭けて私を救おうとしてくれただけでもありがたく思う。」
それは本心からの台詞だったが、ノールは浮かない表情をしたまま黙り込んでしまう。
私が思うに目の前の大男は自己評価がかなり低いように思える。アダマンタイトランクの魔物であるグリフォントゥルスの首や脚をあっさり斬り飛ばせるような人物はそうそういないと言うのに。
「では、誰が私や貴方を助けたのだ?」
「それは・・・。」
ノールが何かを言い掛けたその時
「僕が華麗に登場して助けたのさ!」
バァン!っと勢いよく扉を開けて一人の耳長族の女性が部屋の中に入ってきた。
見た目の年頃は人族でいえば20代前半くらいだろうか。肩上程の短い栗色の髪に、綺麗な翡翠色の瞳をした美しい女性だ。
「コレが、ハンターズファリーナ支部の支部長にして、先の魔王戦の英雄、ついでに俺の師匠でもあるリコ・キサラギだ。」
何故か疲れたようにそう彼女を紹介したノールをジト目でリコが睨む。
「人を物みたいにコレとか紹介するもんじゃないと思うよ、ノール君。」
「いい大人がノックも無しに部屋に入ってくるのもどうかと思うぜ、師匠。大体なんで部屋の外に居た師匠が部屋の中の会話を把握してるんだよ?」
「僕の耳の性能を舐めてもらっちゃ困るね!1万メル先の音でも拾ってみせるよ。但し、僕の話題に限るけど。」
「何が英雄の耳だ。そういうのは地獄耳って言うんだよ。いや、寧ろ悪魔の耳じゃねぇのか?」
「ほほぅ。君は命が惜しくないと言う事だね。」
急に言い争いを始めた2人は戯れ合うように他愛のない言い争いを私そっちのけで繰り広げていく。
目算で150メルと190メルくらいの身長だろうか。かなりの身長差があり、体格だけみるとノールの方が圧倒的に有利だが、瞬く間に拳で制圧されたノールを見ると実際にはリコの方が圧倒的に強いらしい。
・・・私は一体何をみせられているのだろう。
半ば呆れてはいたものの、人と接した経験が非常に少ない私は、どう対応したものか分からずに呆然としてしまう。
「それはそうと。ニル、ちょっといいか?真面目な話なんだが。」
「な、なんだ?」
リコにのされていた筈なのに、いつの間にか復活したノールに唐突に話題を振られ、私はやや戸惑いつつ返事をした。
「ニルを刺した黒装束の男がニルの事を、出来損ないとか、識別番号を与えられなかったとか、人種ではないとか、色々と言ってたんだが、ニルは心当たりはあるのか。」
ノールの鳶色の瞳が私を射抜くように見ていた。私の素性が得体の知れない物で、私が化け物だと警戒しているのだろうか。
ファリーナ近辺に至るまでの旅路で接した様々な人から、化け物と罵声を浴び、恐怖に引きつった瞳で見られ続けた結果、私は他人に期待しないようになった。
心は凍りついたはずだった。
だが、ノールからも化け物と罵られる事を想像すると何故か胸が張り裂けるようだった。
しかし、2度も命を助けてもらった手前、今更隠し事をする気は私にはさらさら無い。
「私の知っていることはそこまで多くはない。だが、その男が言っていた事には心当たりはあり過ぎるくらいにはある。」
私はそう言って、全てを話す決心をした。