第15話 凶刃の行き着く先
・・・何の気配も感じなかった!!
崩れ落ちたニルから赤黒いシミが広がり、血溜まりが出来上がる。その状態でもニルの身体は僅かに上下していた。
「ニル!」
・・・まだ、生きている!
俺はニルの名を叫びながら、その惨状を引き起こした黒装束に対してバックパックから取り出したスティールソードを振るう。もちろんウェポンブレイクを発動した上で、だ。
しかし、その刃は黒装束に届く事はなく、あっさりと短剣で受け流されしまう。
スティールソードが光の粒子となって消えるまで、数度に渡り攻撃を仕掛けるが、いずれも当たる事はなかった。
スティールソードが消え去る直前に身体ごと叩きつけるような斬撃を繰り出し、それを受けた黒装束を何百メルか弾き飛ばすことに成功した俺は、消え去ったスティールソードの代わりの剣をバックパックから取り出し、いつの間にか傷ついていた頬の血を拭いながら、仕切り直しをする。
早く倒してニルを助けなければと焦る心を落ち着かせ、攻め手を探すために様子を伺っていた俺に対して、黒装束はその口を初めて開いた。その背格好や声音からして、人族の男だろうか。
「少年、その出来損ないの事をたいして知らないんだろう。コイツが自分で言ってたように、守る価値なんてないのに何故そんなに必死になってるんだ?」
「出来損ない?ニルの事か!」
「ニル?そう名乗っているのか。」
一瞬驚いた様子の黒装束だったが、直ぐに嗤い始めた。
「現代語で言えばゼロか。くくく。識別番号すら与えられなかった出来損ないにしては洒落が効いた名前じゃないか。」
「識別番号?何を言ってやがる。」
「コイツは見た目は耳長族だが、耳長族ではない。気付かなかったか?俺がさっき出来損ないを後ろから刺した時、心臓を貫いていたのを。そんな事をされたら、華奢な耳長族はもちろん頑健な鬼人族でも死ぬんじゃないか?明らかな致命傷を負っているのに、まだ生きているのは何でだろうな?」
確かに短剣はニルの左胸を貫いているように見えた。ニルの息はあったし見間違いと思っていたが。足元に転がるニルの背中を踏みにじりながら、黒装束の男は言葉を続ける。
「答えは人種ではないから。だから、強靭な生命力に回復力を持っている。人種ではない化け物の為に、少年は命を賭けると?」
「・・・。」
「さっきの攻防で分かっただろ?少年よりも俺の方が強い。グリフォントゥルスと戦って魔力を消耗したんだろう?アレをやった時より動きが随分と鈍い。だが、今の状態の少年でも相手をするのは時間がかかりそうだ。そこで提案だ。」
「提案?」
ニヤニヤしながら黒装束の男は俺を見て言った。
「上からは出来損ないは見つけ次第処理をするように言われているんだが、コイツは出来損ない割に随分と強くなってるみたいでな。調査の為に持ち帰りたいんだわ。で、少年に邪魔されると時間がかかる上に疲れるし良いことがない。」
「だからどうした?」
「少年、コイツを助けるの諦めないか?今なら見逃してやるぞ。俺は早く帰れる上に疲れない。お前は命が助かる。悪くない話だと思うが。」
顎を撫でつけながら探るような視線を送ってくる黒装束の男に、俺は呆れながらも即答した。
「断る!考えるまでもねぇな。」
「理由を聞いても?」
「一つ、俺がアンタに勝てないという前提がおかしい。二つ、俺にとっての最上はアンタを倒してニルを無事助けることであって、命が助かるだけの話は何の利益にもならない。三つ、アンタみたいな怪しい黒装束の言うことなんざ信用できない。」
「あははは!確かに俺の格好は怪しいか。面白いな。少年の事は個人的には気に入ったんだが、もうすぐお別れなのが寂しいよ。」
黒装束の言葉を合図に、俺は手に持った剣を構えようとした。しかし、手に力が入らずに剣を落とし、立っている事すら出来ずに膝をついてしまう。
「・・・身体が、動かない?」
「ダメじゃないか、少年。俺みたいな怪しい奴の話を長々と聞いたら。実はこの短剣、身体を麻痺させる毒薬を塗ってあってな。なかなか効果が出なかったけど、ようやく効いたみたいだな。」
麻痺により喋ることすら出来なくなった俺が視線だけ向けると、黒装束の男は飄々とした様子で言葉を続ける。
「長々と喋ってたのは、少年に薬が効くまでの時間を確保するためだ。少年は中々手強かったからな。少年も会話に付き合ったのは、応援が来るまでの時間稼ぎといったところだろうけど、周囲に強力な防護結界を張らせてもらったから誰も助けには来れない。残念だったな。」
そう言いながら、黒装束の男は倒れた俺に向かってゆっくりと歩いてくる。やがて俺の頭の近くで立ち止まると
「じゃあ、さよならだ。」
冷たく言い放つと共に短剣を首元目掛けて突き刺してきた。その鋭利な刃が俺の首を切り裂く寸前
「ノール君。よく頑張ったね。」
聞き覚えのある柔らかな声が俺の耳に届くと同時に、素手で短剣を掴んで止めるリコの姿が俺の瞳に映った。
「・・・リコ・キサラギ!貴様は王都に居るはず。何故ここに居るんだ!!」
「何故って、飛行魔法で飛んできたからだよ。」
「なっ!非常識な奴め!」
黒装束の男の問い掛けにさも当然のように、飛んできた、と答えるリコに俺も黒装束の男と同じ感想を持った。
飛行魔法は技術的に高度で制御が難しいこと、魔力消費が激し過ぎることから、使い手が非常に少ない魔法の一つだ。
王都リーディアルガからファリーナまで飛行魔法でどれくらいの時間がかかるかは分からないが、数時間以上はかかるのではないだろうか。
常識的な魔法使いの飛行可能時間がせいぜい10分程度と言われている事を鑑みれば、非常識ともいいたくなるだろう。
「僕としては全身黒づくめの格好をした怪しい輩に非常識とは言われたくないけどね。」
戯けるように言うリコの右手は素手で黒装束の男が突き出した短剣の刃を握り込んだままだが、どういう原理なのか刃で傷つくはずの掌は何ともないようで、血の一滴すら流れることはなかった。
黒装束の男もどうにか引き抜こうと懸命に力を入れている様子であったが、短剣はリコの右手からピクリとも動かない。
「ちっ!この化け物が!!」
黒装束の男は短剣を諦めて手を離すと、そのまま踵を返して逃げ始めた。
「化け物なんて、僕は見た目通りのか弱い乙女なのに傷つくなぁ。ほら、忘れ物だよ?」
台詞とは裏腹に全く傷ついた様子の無いリコは、右手で握り締めていた短剣の柄を手に取ると、黒装束の男に向かって投擲する。
黒装束の男はもの凄い速さで遠ざかっていたが、リコが投げた短剣はビュッと空気を切り裂き、吸い込まれるようにヤツの右肩に突き刺さった。
「あれ?頭を狙ったはずなんだけど、腕が鈍ったかな。」
明るい口調で物騒な事を言うリコは右肩に短剣が突き刺さったまま走っていく黒装束の男の背中を一瞬睨みつけ、ふっと顔を緩める。
「・・・まあ、いいや。ノール君、ってまだ麻痺で動けなかったか。先ずは治療からだね。」
そう言ってリコは一瞬だけ目をつぶると、力ある言葉を唱える。
『清浄白光』
耳慣れない言語と共に白い光が俺に降り注ぐと、一瞬で身体の痺れが取れた。
『治癒翠輪』
続いて翡翠色の光の輪が広がり辺り一帯を照らす。光が収まるのと同時にこれまでの戦闘で受けた細かな傷が回復していた。
ふとニルの方を見れば気絶はしているものの、背後から刺された傷も完全にふさがり穏やかな息遣いとなっていた。
傷跡は無く、レザージャケットに穴が空いていなければ、怪我をしたことすら全く分からないだろう。
「師匠、ありがとう。・・・ニルも治してくれたんだな。」
「大切な弟子が、『また』助けられたみたいだからね。あの怪しい奴は不穏な事を言ってたみたいだけど。・・・じゃあ、君が守ったファリーナに帰ろうか。」
「ああ、そうだな。師匠。ファリーナへ帰ろう。」
そう言って、俺は気絶したニルを両手で抱き上げ、リコと共にファリーナに帰還したのだった。




