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ロストデウス〜神去りし地にて〜  作者: 北乃ロバ
第4章 灰色の科学者
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エピローグ

 帝都フルゲンステッラ。セプトアストルム帝国の中央に位置する帝国の首都である。帝国内では中心にあるが、帝国自体がアエルニタス大陸北部に位置するため、大陸全体から見ればかなり北の方に位置する大都市となっている。この為、気候的には寒さが厳しい街であった。

 しかし、4の月も中頃に入ったこの時期になると、流石に寒さは和らいでおり、ここ数日は春の訪れを感じる様な陽気となっていた。


 そんな帝都全域を見下ろせる場所、中心部の丘に建設されている巨大な建造物が、帝国の支配者であるクルムレクス帝の居城、ドラングルム城となっている。

 大国の威容を存分に表しているこの城の中枢、クルムレクス帝がいる執務室の扉の前で、謁見申請をして自分の順番が来るのを待っていた1人の年若い侍従パラディが、近衛騎士の不審げな視線に晒されながらも、ドアの前で右往左往としていた。

 諜報部からクルムレクス帝宛に重要な情報が上がってきたため、侍従であるパラディはそれを報告せざるをえないのだが、報告の中身がかなり悪い内容である為に、報告する事でクルムレクス帝が機嫌を損ねる事を恐れているのだ。

 専制君主国家の君主たるクルムレクス帝は正に絶対的な権力を持っている、帝国内では神にも等しい存在だ。報告内容は悪くとも、報告者自身に何ら罪がない事は明白だが、ただ機嫌を損ねただけで下手をすれば命の危険すら伴う可能性もある。

 過去に粗相を働いて処刑された人種もいたが、それもかなり昔の話だ。近年はそのような処刑は無く、少し前までのクルムレクス帝であればここまで心配しなくて良かった。

 しかし、ここのところ執務室へ謁見に行って、そのまま帰って来ない人種が多い事もあって、帰って来なかった人種達は暇を出されたわけでは無く、皆クルムレクス帝に殺されたのだと、誰もその現場を見た事が無いのに、実しやかに噂されていた。この為、余計にこの年若い侍従はプレッシャーを感じているのだろう。


「次の者。入れ。」

 うろうろしながら報告にやって来た事を後悔し始めたパラディの耳に、冷たく心が凍えるような感覚に陥る声が・・・クルムレクス帝自らが呼ぶ声が聞こえてくる。

 通常は側に控える人種が言うはずの台詞だが、ここ最近、何らかの用件が無ければ執務室へ自分以外の人種が立ち入ることを禁止している為、中にはクルムレクス帝しかいないのだ。

 本来執務室内を警備するはずの近衛騎士すら入室を拒絶されているらしく、執務室の中ではクルムレクス帝と2人きりになってしまう。この密室状態が、執務室へ行ったっきり所属部署へ戻らない人種達が、クルムレクス帝に殺されたとの噂が流れる要因にもなっていたりする。


「し、失礼致します。」

 ノックをして恐る恐る入った執務室の中は、春の陽気で暖かくなって来たはずの空気が、真冬の暖房をかけていない部屋の中の様に冷たく感じるモノになっていた。

 そう感じるのは部屋の主から発散されている魔力の圧力があるのと、血の様に暗く赤い瞳でじっと見つめられているからだろうか。

「余に何か報告があるという事であったな。直言を許す。申してみよ。」

「・・・は、はい。承知いたしました。」

 蛇に睨まれたカエルの様に。もしくは、凶暴なモンスターの咆哮を浴びた新人ハンターの様に。脂汗をかきながら動きを止めていたパラディは、クルムレクス帝に促されて、ようやく自分が報告をしに来たことを思い出す。


「ち、諜報部からの報告です。それによりますと、生命科学研究所が大爆発を起こして跡形も無く消し飛んだそうです。」

「・・・。」

 無言で深紅の瞳を細めるクルムレクス帝に、パラディはプレッシャーを感じながらも続きを話す。

「所長であるデノデラ様を始めとした職員の安否は不明。跡地には大穴が空き、穴の中には以前まで見当たら無かった白い巨大な柱が、地中深くまで刺さった状態で見つかっています。」

「・・・爆発の原因は分かっているのか?」

「分かりません。ただ、大爆発を起こす少し前。関係があるかどうかは分かりませんが、鬼人族と人族、耳長族からなる10人程度の一団が、逃げる様にして東の方に飛んで行ったそうです。報告は以上になります。」

「・・・そうか。」

 報告を聞いて、暫く黙り込んだクルムレクス帝を見て、パラディは冷や汗が出る。眉間に刻まれた深いシワは、とても機嫌が良い様には見えなかったからだ。


「ん?ああ、怖がらせてしまったようだが、少し考え事をしていただけだ。まあ、気にしなくても良いぞ。報告、ご苦労であったな。」

「・・・そ、そうですか。それでは、私はこれで失礼させていただきます。」

 思ったより機嫌が良さそうなクルムレクス帝の姿に、内心ホッとしたパラディは、宮廷作法に則った一礼をした後に執務室を退室しようとした。だが

「そう急かなくとも良いだろう。そこのソファに座るがよい。少し余の話し相手になってはくれぬか?」

 帝国の頂点からの誘いを断る事が出来るはずもなく、パラディは泣く泣く執務室に留まる事になったのであった。


「・・・この真っ黒な飲み物は、何でございましょうか。」

 数分後。本来なら座る事は愚か、触ることすら許されない様な高価なソファに座らされたパラディの目の前に置かれたのは、クルムレクス帝が手ずから淹れた真っ黒な色の見慣れない飲み物だった。

「これはコーヒーと言う。デノデラの()()()()()()、古代人が好んで飲んでいたという飲み物だ。最近は余も愛飲しておるのだ。」

 ・・・記憶によれば?パラディはクルムレクス帝の言い回しが気にはなったものの、皇帝がコーヒーなる飲み物を一口飲んだのを確認してから、目の前の黒い飲み物をごく少量だけ飲んでみる。

「・・・これは、凄く香りがいいですね。」

 少し苦いが何とも言えない香ばしい香りに、パラディは最高権力者を目の前にしている事を一瞬忘れて、コーヒーの味を楽しむ。

「そうであろう。香りはいいし、何やら目が冴える様な感覚もあってな。作業中に飲むのにはちょうど良いのだ。」

「・・・はぁ。」

 優雅にコーヒーを飲む皇帝の姿に、極度に警戒していた自分が馬鹿らしく思えてきたパラディは、手元のカップに入っていた残りのコーヒーを通常のペースで飲み始めるのであった。


「それはそうと、先程の生命科学研究所のことだが、アレは()()()()のだ。」

「もうよい、とは?私には難しいことはよく分かりませぬが、陛下は生命科学研究所を重要な施設として、考えておられたのではないのですか?」

 生命科学研究所はどこにあるかも公表されていない施設ではあるが、その所長であるデノデラへの重用ぶりから、帝国内ではクルムレクス帝が生命科学研究所を重要視しているのは半ば公然の事実であった。

「確かに、少し前まで余は生命科学研究所を重要な施設として考えていた。だが、もうよいのだ。余が必要とするものの開発は既に終わっているのだからな。」

「差し出がましいようですが、陛下。にわかには信じがたい報告ではありますが、生命科学研究所は跡形も無く消え去り、開発の責任者であるデノデラ様も行方不明です。仮に陛下の望む物が開発出来ていたとしても、記録も何も残っていないと思うのですが。」

 一官吏である自身が、最高権力者である皇帝と会話をするという異常な状況に、普通なら萎縮してしまうはずではあるが、そんな事は疑問にも思わず、パラディはクルムレクス帝へ意見を述べる。


「なんら問題は無い。記録は残っていないが、()()()()()()()()。研究開発を進めさせる為にデノデラを完全には取り込むことは出来なかったし、最近では中々ヤツも隙を見せなかったが、『暁の明星』であったか。あやつらがデノデラを追い詰めて、我が因子を宿した身体を使わせたのが運の尽きよ。身体を通して侵食し、デノデラの記憶を覗く事が出来たのだからな。」

「・・・一体、何をおっしゃって??」

 実に饒舌に喋るクルムレクス帝であったが、内容を理解出来ずにパラディはただ困惑をしてしまう。

「惜しむらくは、あの忌々しい封印神具を起動され、リンクを断たれた結果、記憶の全てを覗けなかった事であるが、ダランと言ったか。哀れな彼に持って来させた進化薬や傀儡薬の現物があれば、多少時間は掛かるとしても、どうとでも出来よう。くくくく。」

「ですから、一体何をおっしゃって・・・かはっ!」

 上機嫌に笑うクルムレクス帝に再度問い掛けようとしたパラディであったが、最後まで喋る事が出来ずにソファから転がり落ちて絨毯の上に倒れ込んでしまう。その際、テーブルに置いてあったカップを倒してしまい、中に残っていたコーヒーが溢れて、絨毯に黒いシミ作っていく。


「・・・そろそろ効いてきたか。実は先程のコーヒーには進化薬と麻痺薬を仕込んであってな。余の話を聞いてくれた褒美に、我が帝国の為、進化薬、傀儡薬を量産する為の贄となる栄光を与えよう。謹んで受けるがよい。」

 クルムレクス帝の言葉にパラディは身じろぎ一つする事が出来ずに、床に転がったまま意識を失ってしまう。

 次に気が付いた時、パラディは薄暗い暗闇の中を身動き出来ないように拘束されていた。

 誰かも分からない人種から、指先を少しずつ擦り潰して苦痛を与えるなどの拷問を受けて身体的な苦痛を。目の前で妻や子供(大切な人)を嬲られ、惨殺される姿を見させられるなどして精神的な苦痛を。命の灯が消えるまでありとあらゆる苦痛を与えられた続けたその身からは、極上の血魔石が採取されることとなる。

 彼はニ度と陽の光を見る事なく、クルムレクス帝がいうところの贄になって、その生涯を閉じる事となるのであった。

 

 こうして、1人の年若い侍従が誰の目に止まる事なく、ドラングルム城からその姿を消してしまう。

 クルムレクス帝が謁見に来た人種を殺しているのでは無いか、との噂がますます立つことになるが、絶対的な支配者に対して表立って避難できる人種は誰もおらず、全てが戯言として処理をされてしまう。

 やがて、何故か()()()()姿を消す人種が次第に居なくなった事もあって、そのような噂がたった事自体が人々の記憶から忘れ去られるのであった。

いつもご覧いただきありがとうございます。

これにて第4章本編は完結です。前に後書きで書いた通り、この後、幕間をいくつか書いていく予定です。トリスやクロ、デノデラなんかの話を補足していきますので、引き続きご覧いただけたら幸いです。

尚、来週はお休みをいただき、幕間の更新は再来週の初めから再開いたしますので、よろしくお願いします。

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