第6話 フォッサメラ大洞穴
アエルニタス大陸の中央を横断するヴノソス山脈は、大陸の西端から東端まで切れ目なく続いている大山脈であり、その険しさは大陸の北と南を分断し、陸からの生物の往来をほぼ完全に遮断していた。
だが、そんなヴノソス山脈にも例外がある。フォッサメラ大洞穴だ。フォッサメラ大洞穴はフォディーナ王国の神都アディトから徒歩で10日程の場所に位置に存在しており、ヴノソス山脈のほぼ真ん中にある幅2,000メルを超える大きな穴だ。
この大穴はヴノソス山脈を貫いたトンネルのようになっていて、ここを通る事で北と南を陸路で行き来することが出来る、らしい。伝聞なのは俺は初めて通るからだ。
幅はさっきも言った通り2,000メルを超えているが、高さは1,500メルいかないくらいだろうか。
半円状の壁面は、等間隔で設置されたぼんやりと灯る黄色い照明を反射して、黒くテラテラと光っておりガラス質の様にも見える。
それが入り口からでは終わりが見えないくらい先まで、ずっと続いているのだから、中々に壮観な眺めだ。
因みに、このフォッサメラ大洞穴の起こりは創世神話時代まで遡る事となる。聖書によれば破壊神ストルティオとの最後の戦いの際に、魔導神マナカライトが放った神の炎が逸らされて、ヴノソス山脈を貫いて出来たものらしい。
フォッサメラ大洞穴は徒歩で2日以上は掛かる長さがある為、とんでもない規模と威力の話だ。さすが神話といった所だろう。
「来る時も思ったけど、相変わらずでかい穴ね。」
「そうだな、トリス。私も見事なものだと思う。研究所から逃げ出して、ファリーナのある南側に来る時にも通ったはずなのだが、あの頃は周囲の事に興味が無かったからな。そんな感想も持たなかったし、こうやって大洞穴をまじまじと見るのは初めてだ。」
感嘆とした声を上げるトリスに、ミクが興味深そうに大洞穴を眺めながらしみじみと相槌を打つ。
思えば出会った頃と比べて、ミクも大分変わったよな。俺なんて最初は、馴れ馴れしい人族とか呼ばれて、名前すら覚えてもらえなかったし。
「俺は北側には行った事がないから、フォッサメラ大洞穴は初めて見るわ。こんなでかい穴がヴノソス山脈を貫いて北側まで繋がってるなんて信じられない気分なんだが。」
「アタシも信じられない気分よ。創世神話では神の炎でこんな穴が空いたって言われてるけど、アタシが扱う神の炎じゃ、こんなの絶対に無理だわ。」
「正に神の御技というわけか。」
「・・・そう、ね。」
俺の呟きに間を置いて同意をするトリスは、なぜか眉間に皺を寄せて怪訝な顔をしている。
「お嬢様。どうかしましたか?」
「ああ。師匠なら、ひょっとしたらコレと同じ事が出来るんじゃって想像しちゃったのよ。」
「・・・アイツは人種の皮を被った化け物だからな。あながち間違いじゃねぇ気がするぜ。」
トリスの突拍子も無い言葉に、クロが何かを思い出して怯える様にしてそんなことを言ってくる。
・・・人種の身でフォッサメラ大洞穴と同じ物を作れるとは思えないが、それでもリコなら出来るかもしれない、とも確かに思ってしまうな。
「リコ殿なら何でも出来そうな気がするしな。私も大分強くなったはずなのだが、未だに全く歯が立たないし。そんな事より今日はフォッサメラ大洞穴内の中継地点に宿泊するのであろう?」
「ああ。昨日は神都アディトに泊まったが、プラエマキナ教皇国の玄関口である洞穴都市テリアンに宿泊だな。」
ファリーナから神都アディトまでは徒歩でおおよそ10日ほどの距離があるが、リコが用意した飛翔の魔導具のおかげで、出発からなんとたったの1日で神都に辿り着いている。
それでも、神都までは飛翔の魔導具を使った移動の初日ということもあり、魔石交換の度に休憩を多めにとっていた。
この為、2日目の今日、神都からフォッサメラ大洞穴も徒歩で10日ほどの距離があるが、長めにとっていた休憩を短くして(といっても1回あたり30分は休んでいる)、たったの半日で辿り着く事ができている。
昨日も今日も飛んでいた時間自体は累計で5時間くらいなんだが、まあ、なんにしろ、飛翔の魔導具さまさまだな。
「今は午後3時くらいですから、今からフォッサメラ大洞穴内の高速列車に乗れば、5時までにはテリアンに着きますね。」
「高速列車?」
「一応徒歩でも移動できるような通路はあるけど、昔機人族が設計して敷設したらしい列車っていうフォッサメラ大洞穴内限定の移動手段があるのよ。有料だけど1人銀貨2枚くらいで乗れて、徒歩なら北側まで2日は掛かる距離を、止まらなければ3時間くらいで走り抜けるくらいには速いわ。」
フォッサメラ大洞穴の中は、てっきり徒歩か馬車で移動すると思っていたが、列車なる移動手段があるらしい。
俺はやや驚いてミクの方を見ると、ミクはふるふると首を振り、艶のある銀髪がさらりと揺れ動く。
「私が以前来た時は列車という乗り物には乗っていない。巨大な金属製の箱がかなりの速さで動いていたのは見たが、たくさんの人種が乗っていたしな。・・・当時の私は他の人種がかなり苦手だったから。だが・・・」
人混みが嫌で乗らなかったという事らしい。・・・だが?
「今はあのような未知の乗り物にも乗ってみたいと思っている。私1人ならともかく、今はノールも含めた皆と一緒だからな。」
言いながら頬を紅潮させたミクの声は、興奮からかほんの少しだけ弾んでいるようにも聞こえる。まるで新しいおもちゃを見つけた子供みたいな反応だ。
出会って最初の頃は、もっとクールなイメージだったが、ミクは意外に好奇心旺盛で、なんというか妙に可愛らしいところがあるよな。
「・・・列車だったか。初めてだし乗るのは楽しみだ。いつまでも入口にいても仕方ないし、さっさと中に行くか。」
「・・・そうだな。私も楽しみだ。分かった。行くとしよう。」
「そうね。行きましょう。・・・しかし、こういう山に開いた穴を見てると、フォディーナ王国の鉱山のことを思い出すわね。今にも何か出てきそうな気がするわ。」
「トリス。そういう不吉な事を言うのはやめた方がいいんじゃねぇか?言霊じゃないが、何かをする前に言った事は本当に起こる、とかよく言うしな。」
「うっさいわね。ちょっと言っただけでしょうが。」
こうして俺達は軽く戯れ合いながらも徒歩ではなく、高速列車に乗るために洞穴内に入っていく。
そして、入国審査を済ませて列車に乗り込んだ俺たちは、幸にしてトリスの悪い予感が当たることもなく、何の問題も発生せずに、無事にテリアンに到着するのであった。
洞穴都市テリアン。五神教の総本山であるプラエマキナ教皇国の首都レリギオンの唯一の玄関口となっている街だ。
プラエマキナ教皇国の首都レリギオンは大陸のほぼ中央にあるが、その位置している高さがエグい。
なんと険しいヴノソス山脈の山頂を削って建設されているらしく、あまりの険しさに山を登れるような陸路はないし、空からの訪問は国として受け入れをしていない。
ではどうやって行くのかというと、フォッサメラ大洞穴内に建設された洞穴都市テリアンにある塔を登って行くそうだ。
到着したテリアンの街のどこからでも見える巨大な塔は、天井まで到達している。そのままヴノソス山脈を上に突き破っており、山頂のレリギオンまで到達しているらしい。
天上都市と言われるレリギオンに興味がないと言えば嘘になるが、今はヴァレンティーナ公爵領に辿り着く事が先決であり、寄り道をしている暇は無い。
俺達はテリアンの比較的高級なホテルに宿を取り、夕食までの間に各人が帝国についての情報収集を図るのであった。
「じゃあ、メシも食い終わったし、集めた情報の擦り合わせをするか。」
「大っぴらに話をする事じゃないけど、ここは個室だし問題ないと思うわ。」
宿泊するホテルの一室、貸切にしたこの部屋で食事を摂ったわけだが、それも終わって食器類を下げてもらった後。
俺の言葉にトリスが同意する。本当はメシを食いながらと思って最初にそう言ったんだが、トリスに食べながらは行儀が悪いって反対されたんだよな。言葉使いは荒いが、流石お姫様。妙なところで品がいい。
「じゃあ、言い出しっぺの俺からだな。俺とミクでハンターズのテリアン支部に行って色々と話を聞いてきたんだが・・・。」
ハンターズで聞いた話では、最近人族以外の人種・・・耳長族、鬼人族、小人族の新規登録ハンターが帝国以外から増えているらしい。
ハンターとしての登録の際、出身地を申告する事にはなっており、彼らの殆どが大陸北西部の小国郡の国々の名を挙げているんだとか。
だが、服装や言葉の訛り、そして、そもそも小国郡にはそこまで多くの人族以外の人種がいない事から彼らの殆どが帝国出身だろうと、テリアンの支部長は推測していた。
因みにミクも本当の出身地は不明な為、リコの出身地であるユズリハ連邦がハンターズの登録上の出身地となっている。
・・・普通は訪れた当日に支部長に会うなんて出来ないんだが、身分証を受付嬢に提示した瞬間、何故か支部長室に通されたんだよな。
曲がりなりにも俺がアダマンタイトランクのハンターだからなのか、それともリコの弟子だからだろうか。支部長もえらく下手に出ていたわ。
「俺はテリアンの市場で情報を集めてみた。普通、戦争が近くなれば、近隣の国や都市でも、食糧や武具の売買が盛んになるからな。実は昨日立ち寄った神都アディトでも同じ様に情報を集めてみたんだが・・・。」
そこまで言ってクロは渋い顔をする。
「結果を言えば、テリアンもアディトも特に目立った物資の動きは無かった。だが、これは明らかな異常だ。帝国は人族至上主義を掲げてから、食糧や武具の生産能力がかなり落ち込んでいるから、戦争に必要な大量の物資を国内だけでは賄えないハズだからだ。」
「大陸北西部の小国郡から調達したんじゃないのか?」
「いや。小国郡は自国の維持だけで精一杯だから、帝国へ物資を融通出来るほどの余裕はないはずだ。」
なるほど。戦争をするなら確かに大量の物資が必要となるし、きっとファリーナでも同じ調査をしているんだろうな。
そういえば、ファリーナの小麦の輸出先とその量については、各国に対して適正な量しか販売していないとか、前にリコが言ってたっけ。多分、帝国に大量の小麦が流出している、なんて事は無いんだろうな。多少はあるかもしれないが。
「物資を準備できないから戦争が出来ない、ならいいんだがな。何か嫌な予感がしてならねぇ。」
眉間にシワを寄せたクロは、そうポツリと呟くのであった。
「アタシとエリは夜は酒場をやってる食堂で店主に話を聞いてきたわ。前にテリアンに来た時に行ったことがあってね。やっぱり帝国出身の人種がかなり多くなっているみたいだと言っていたわ。」
話が長くなるだろうと途中でエリが淹れた紅茶を飲みながら、トリスは言葉を続ける。
「その時に居たお客さんにも直接話を聞いたんだけど、帝国各地から逃げ出した人種達が多かったわね。・・・その時に少し気になることを言われたんだけど。」
「気になること?」
「ヴァレンティーナ公爵領の奴隷だった人種が何人か居て、アタシの顔を知っていたのよ。恨み言の一つでも言われるかと思ったんだけど、何故か物凄く感謝されたのよね。」
「どういうこった?」
ヴァレンティーナ公爵家は耳長族、鬼人族、小人族の集落を滅ぼして、大量の奴隷を抱え込んだと聞いている。
故郷を滅ぼして、奴隷にした元凶である公爵家の人種であるトリスに、何で感謝するんだ?
「それが分からないのよ。アタシが理由を聞いても、その人種達は教えられないって言い残して、何処かに行っちゃったし。」
「よく分からないが、感謝されるには何か理由があるんだろうし、公爵に話を聞かないといけないんじゃないか?」
「・・・そうね。私もお父様には改めて話を聞く必要があると思うわ。」
そう言って、トリスは何かを決意したかの様に、藍玉色の瞳に強い光を宿すのであった。
本作ロストデウスも更新を開始して1年以上経ちますが、今回で記念すべき100エピソード目となりました。
ここまで書くことができたのは、拙い作品ではあるものの、読んでくださる方がいらっしゃるからです。
エタらないよう完結目指して頑張りますので、これからも応援よろしくお願い致します。




