この世界にきて。
※2023.12.8に追加しました。
俺の名前は豪血寺玲音。
15歳。高一。身長183cm。
まっきっきに脱色した金髪で作るリーゼントと飛び出したポンパドールが自慢の無敗の喧嘩馬鹿が俺だ。
高校はほとんど行ってない。
顔を忘れるレベルでしか会わない母親が一人と、指の数より多い自称父親たち、子供の頃に引き取ってくれた婆ちゃんと、俺が生まれる前に死んだ爺ちゃんの形見の特攻服長ラン。それが俺の全て。
それ以外は全部敵。
見るもの触れるもの、全てに腕力でモノ言わせてきた。
そんな俺が今、どうしてこうなっちまったのか。こんなにも丸くなっちまった。
すっかり馴染んだコッチの世界が、まだたった1週間しかたってねぇとかびっくりだ。体感的に3年は経ってそ。
世界にゃ馴染んだが、どうにも異様にドキドキしたり、頭沸いちゃったり、カーッと熱くなったり落ち着かねぇ。
皿を洗いながら、ふーっとため息をつき、この一週間を振り替えった。
その日も学校をサボり、ブラブラと歩きながら暇つぶしを探していた。だが次の瞬間なにかに飲み込まれ、気がつけば、まるで映画のセットの中のようなコッチに居た。
煉瓦造りの家。木でできた、簡単な作りの屋台のような店。そこで売られている食材。カラフルな色の髪の毛を生やした、少なくとも日本人じゃなさそうな外見の人間。服も雑な作りだ。まるで、海外の昔の世界?赤ずきんとか、マッチ売りの少女みたいなおとぎ話の中?にでも来てしまったかのようだ。
(ヤベェ……。)
ろくに学校行ってなかったからか、語彙力足りなくて今の状況が言葉に出来ねぇ。ワケわかんねぇ。
こんな時キョドキョドすると、よくバーちゃんに『男ならキョドルんじゃないよ!いつでもドーンとしてな!伝説の番長だった爺さんのようにさ!』なんてよく怒られたものだ。その爺さんは、俺が生まれる前に死んじまったから、俺は会った事すらねぇのにな。
だが……。
動揺すまいとする俺とは裏腹に、ガヤガヤと通りすがりのヤツらが近寄ってくる。
「なんだニイチャン、この辺じゃ見かけないな?」
「やだ、イケメン」
「にーちゃん、背デカー!!!」
と、アレよアレよと囲まれた。
俺はみせものじゃねぇし、冷静さを保とうと努力してるっつーのに
「その服珍しい!どうなってんの?」
とじいちゃんの長ランに触れようとしたやつがいて、
「あぁ?何触ろうとしてんだコラ。ブッコロスぞ!!」
と、プツンと切れてしまった。
その途端、さっきまでのガヤガヤしていた空気が一変した。
いいね、この空気。喧嘩上等夜露死苦!
俺はファイティングポーズをとって1歩後ろに跳ねた。
が。目が点になっていたさっきの男は殴りかかってくるどころか、顔を真っ赤にしてその場にへたり込んだのだ。
待て。俺はまだ何もしちゃいねぇ!と思ったのも束の間
「なんだにいちゃん、こんなところで愛の……。」
「あぁ!?俺が何したってんだ!ブッコロスぞ!」
俺はさっきより凄んで叫んだ。それなのに、ブワッと背中から赤い薔薇を吹き出し、うっとりとした表情で座り込む男。
なんなんだコイツら!?ナメてんのか?
だが、この変な態度はこの男らだけじゃなかった。
俺は精一杯のボキャブラを駆使して喧嘩を売りまくった。
「あぁ?やんのかコラ!ぶっ殺すぞ!」
「ドキン☆」
腰の曲がったバーさんにでも
「ジロジロ見てんじゃねぇババア!ぶっ殺されてぇか?!?」
「はぁん、ワシもまだまだ現役かの♡」
と、喧嘩どころか周りじゅうへたりこんだ。
なんだこの状況!?訳分からん。
てかキモい!キモいを越えてもう怖い!!
みんな病気持ちか何かなのか!!???
半分パニック状態で、男女見境なしに喧嘩を売り続けた。が若い女たちは全員腰砕けで、人だかりの山はみるみる低くなっていく。中には鼻血を垂らして倒れるヤツまでいる。
俺、まだ1発も殴ってねぇぞ!?なんなんだコイツらのこの反応!!???
近くに集まってきた奴らがほぼほぼへたりこんで、もう俺の周りに集まってきたヤツらはいなくなった。
その時、なにか熱い視線を感じて振り向いた。
そこに居たのは、落ち着いた雰囲気の、メガネをかけた緑の髪を持つインテリっぽい女だった。
「なんだ、ねぇちゃんアンタもなんか文句……」
「……っ!(ビクッ)」
声をかけた途端、その女はギュッと目をつぶって身構えた。
「……」
「……」
触れてくるでもない、なにか言ってくるでもない。大人しそうなその女は、身構えたまま動かない。
後ろでひとつにまとめた緑の髪。凛とした立ち姿。キリッとしたつり目。でも優しそうな顔。服の上からでもわかるほっそりとした腕と足。でも、たっぷんとした胸、キュッと上がった桃のような尻……。
「……」
「……?」
なんだコレ。俺の時間が止まってる。
俺はその女を、じーっと観察するかのように見続けた。食い入っちまったんだ。
けど、その女がそっと目を開けるから、目があっちまって。見つめ合っちまった。
止まってた時間が動き出し、ドキドキする胸は、より速くドキドキしてきた。
後から思えばよ、これもう一目惚れだったんだよな。でもこの時の俺は『恋』なんて頭にもなくて。
その後もやれ保護されたり、胃袋掴まれたり、安心して休める場所をくれたり。心から泣かされたり。
俺が欲しかったもの、全部与えられた。
初めて権力から庇われた。この今にも折れそうなほどか弱い女に。(けど高圧的でマジカッコよかったぜ!あの時のパティ)
あー。完全に絆されたんだ。
わかる?アッチの世界と、コッチの世界の温暖差。
ただ虚無で、理由のない怒りに身を任せて暴れるだけのアッチの世界。
やりがいのある肉体労働に美味い飯。懐いてくれる魔獣たち(うんこは臭い)と、そばで微笑んでくれる優しいヒト。必要とされる喜び。充実感。
心が震えるほどの幸せ。
もう、比べるどころじゃねぇよな。
正直もう、アッチの世界に戻ったところで。って失笑した。
(バーちゃんごめんな。俺、もう帰らないかも)
心の中でバーちゃんに詫びた。
でも最近変なんだ。
あんなにパティと笑い合えるのが楽しかったのに。俺、パティが視界に入ると釘付けなのに。
目が合うと胸が高鳴って、苦しくて、目線が勝手に逸れるんだ。つい、逃げ出すこともある。そんな失礼な態度の俺を、パティは一度も叱ることもなく、またニコニコ微笑んで俺のことを待っててくれるんだ。(そういや、ヤンキー座りでも、デカイ態度で町人にメンチ切っても注意はすれども怒られたことねぇ。全部受け止められてる感じがたまらねぇんだ)
この気持ちを、感情を、なんて表現したらいいのか分からないまま、いつも通りに一緒に飯を食う。それだけで幸せだった。
皿を洗いながら、チラッとパティを見る。パティは不思議そうな顔をしながら食後のお茶を煎れていた。その様子を盗み見ながら、また高鳴る胸と同時に出るため息。
さっきさ、パティが俺の顔を両手で掴んで言うんだよ。自分の気持ちを口で語れって。俺だってわからんちゅーの。
「失敬な。私はそれでおまんま食べてるのよ。」
「その研究結果、怪しすぎる…大丈夫なのかよそれ……。」
パティとした会話をブツブツと反芻しながら洗い終わった皿を片付けた。
あー、分かったわ。
俺、パティに惚れてるんだ。




