遠距離が2人を阻んでも
「それじゃ、どうしても俺と今すぐ結婚することも、パティを北西国に連れ帰ることも認められねぇっつうんだな」
レオは、怒りをひた隠しにしながら、ドスの聞いた声で静かに言った。
「そういう事になる」
父は顔色1つ変えずに堂々とした態度でそう言ったが、握った拳には、血管が浮き出ていた。
父の立場は、昔と比べて随分弱くなっていた。母のことで病んだいた父は、国のことを放置し、腹ぎたない貴族諸侯らに全権を渡してしまっていたからだ。
その責任の一端は私にもある。私が王城を出なければ、父はここまで病まなかったかもしれない。諸侯らの横暴を阻止出来たかもしれなかったのだ。
それを思うと、私も父も強くは出られなかった。
「……分かりました。それじゃあ俺、必ず北西国を統治して1人前の男になってきます。その時には」
「ああ。その時には誰にも文句は言わさん。男同士の約束だ」
と、父はレオの両肩を掴んだ。
「……城を出る前に、パティと2人の時間を貰えますか?」
「ああ。もちろんだとも」
そう言うと、父は私たちを見送った。私たちは父とヘリーの執務室から出ると、私の私室へと戻った。
「レオ」
「ん」
2人でソファに座ると、何も言わずに肩を寄せ甘えるように寄っかかってくるレオ。そのレオの頭に、私も私の頭をコツンと重ねた。
「こうなったらよ、必ず北西国のせーかつすいじゅんを上げて、金持ちにして、いんふらを整えて、それから、それから」
「うん」
「パティが俺に惚れ直しちゃうくらい、イイオトコになるから」
「うん」
「だからさ、待っててくれるか?」
「もちろんよ……」
「浮気しないで、待っててくれるか?」
「信頼がないなぁ。私、浮気すると思う?」
「苦笑いすんなよ。不安なんだよ。アンタ本当にイイオンナなんだから。その上ほっとくとすぐ誘拐されるし」
「それは、ごめんなさい」
「だから、パティをこれ以上危険な目に合わせられないから、今は北西国には行かせられないって言われて、言い返せなかったんだぜ」
「うん」
「はぁ。離れたくねぇよ」
「うん。私も」
「愛してる、パティ」
「うん」
気がつけば、涙が出ていた。泣きたくて泣いている訳では無いのに、溢れ出て止まらない。そんな私を困ったような目で見つめるレオ。
「パティ」
「あのね、あのね。私もね」
「うん」
「好き。大好き。愛してるの、レオ。どんなに危険だって構わないから、連れて行って欲しいの」
「!」
私は泣きながらレオにすがった。今まで一度も見せたことがない弱い私を、レオは一瞬驚いて、顔を紅潮させ、私を引き寄せて力の限り抱きしめた。
「不安なの。私だって、不安なのよレオ!離れてしまったら、私を忘れるんじゃないかって。浮気どころか本命が出来るんじゃないかって。あなたを他の誰にも渡したくないの。地位も名誉も義務も、全部捨ててあなたと一緒に行きたいのよ!お願いよ。私をさらって行って……?」
レオの上着をぎゅっと握り、我ながら情けない顔でレオを見上げた。
「……はぁ」
「レオ?」
「理性が飛ぶ」
「え?」
「クソッ。俺は、やっぱ俺が許せねぇ。こんなに不安な思いをさせてる自分が情けねぇ」
「レオのせいじゃないよ」
「……それだけじゃねぇよ。パティがそんな顔するから、そんな可愛い顔するから、パティを悲しませてるのに、俺は嬉しくて」
「嬉しい?」
「……そ。ダメだな、俺。妹ちゃんが言う通りダメダメだ。こんな中途半端なのに、本気でパティをさらっていっちまいたい」
「うん、そうして」
「ダメだ。それじゃ逃げたことになる。パティにこの国を捨てさせることになる」
「……」
「あんなに大切にしてたのに、俺のせいでもう帰れなくなるかもしれないなんてダメだ」
「レオ」
「パティが大切なものは、何一つなくさせたくない。だから」
「だから?」
「俺は行くよ」
「……や」
「何年かかろうと、必ず立派な男になるから。だから、待ってて」
「いやよ!何年も待てないよ、レオ!」
「あぁ、クソっ。可愛いなぁパティ。泣き顔まで綺麗なのホント反則。イヤイヤダダこねてくれて、俺どんだけ嬉しいか分かる?」
「分からないわ!」
「うん、だよな。俺も自分がわからん。でも、今のパティの顔を思い出したら、何年でも頑張れるって確信した。なぁ、足かして?」
「こう?」
足を差し出すと、レオはアンクレットにキスをした。
「これが、俺の代わりにいつでもパティの傍にいるから。外すなよ」
「レオ!」
「じゃあ俺行くわ。浮気されないって信じてるから!」
そう言うとレオは窓から飛び降りた。
いつの間にか迎えに来ていたグリフォンの背中にのって、遙か高く飛んで行った。
振り返りもしないで。
それから6ヶ月が過ぎた。
天地は若々しく、冴え冴えしい空が初夏の訪れを歌っていた。
レオが飛び立った翌日、真っ黒なカラスが手紙を運んできた。そこには一言
『パティ、あいしてる』
とたどたどしく綴られていた。
文字を読むことすら出来なかったレオが、1番最初に覚えた単語が私の名前だった。
それから次の日は鳩、次の日はワシが、と毎日欠かさずに手紙を届けてくれた。
一言だった手紙も徐々に文字数が増え、やがてちゃんとした文面の手紙が届くようになった。
今日は道路整備をした。とか、女性の仕事を作って、家庭内での立場を同じにするようにした。とか、信頼出来る臣下が出来た。とか、暴力を振るっている夫にはその場で厳しい処罰を与えることにした。とか、国民の戸籍を調べ直して町単位、県単位で戸籍をちゃんと調べ直した。とか。その日のことを毎日綴って寄越してくれた。なんなら、1日に3通届くこともあった。
鳥が手紙を届けてくれると、返事を催促された。どうも、返事を持ってこいと命令されているらしい。
1日に何通も届くと手紙の返事を書くのにも一苦労で、鳥が返事待ちの渋滞を起こしてストライキされかけた。
今日も窓をコンコンとつつく音に気が付き窓を開ければ、また1羽のサギが手紙を運んできた。
「ご苦労さま。部屋に入って?」
と促せば、当然のように部屋に入り羽を休め、『じっ』と私を見つめて返事を書くのを待っている。
「はいはい。待ってね。まずは手紙を読まないと」
と、ペーパーナイフを手にした。
『この世でただ1人愛するパトリシアへ
拝啓。
手紙ありがとう。パティからの返事が唯一の俺の栄養だ。誰にも見せないから、もっと愛してるって書いてもいいんだぜ?
さて俺は今日、トマトっぽい野菜を見つけた。確か、水が少なくても育つってばーちゃん言ってた気がするから、コレを育ててみることにした。上手く行けば美味いトマトが食えるからな。この間のじゃがいもも結構ちゃんと育ってる。両方毒があるって誰も食わないの、俺からしたら不思議。そうそう、豚もそろそろ食べ頃に育ったぜ!味見は先にしとくけど、いつか一緒に食べような!そういやモグちゃんが大活躍で、井戸掘りも上手くなってよ。この間20個目の井戸が完成したぜ!あと、飛行部隊もだいぶ上手くなってきたんだぜ!今は20人くらいがグリちゃんの一族と寝食を共にして意思疎通もだいぶ出来るようになったんだ!馬みたいな手綱も研究中だ。形が出来たら、家庭内の奥さんがたの手仕事に加えようかな。それから、グラちゃん一家に手伝ってもらった道路整備、だいぶ平らにならせたから、パティんとこの王都みたいな石畳の道路にしたいんだよな。うまくいったら今度は親父さんとヘリーを招待すっから、楽しみにしててくれって伝えてくれ!
あなただけを一途に愛する男豪血寺玲音』
手紙を読むと、自然と笑みがこぼれる。手紙をぎゅっと抱きしめて深呼吸すると、そこにレオが居る気がした。こんなにも離れている私達だけど、心だけは確かに繋がっている。それを実感できた。
『愛しのレオへ
今日はサギが手紙を運んでくれました。遠くから観察するのと、こんなに間近で見るのでは、迫力が全く違いますね。
レオがすることは、私の想像を大きく超えていて、毎日新鮮な驚きを覚えます。トマトって、赤い実が可愛いから鑑賞したりするけど、葉も根も本当に毒なのよ?食べたりして大丈夫なの?
レオの話を読んでいると、あの研究所で毎日汗水流して働いてくれていたあなたを思い出します。きっと、あの時以上に働いているのでしょうね。私も傍で一緒に働けないことがとても残念です。苦労も幸せも、分かち合うのが夫婦というものだと思います。
ところでレオ、改行って知ってる?
874年7月6日
あなたのパトリシア・グレイス・マクスウェルより』
手紙を受け取ると、サギは満足そうに空へ旅立って行った。
色とりどりの沢山の鳥が手紙を運んでくれたけど、どの1匹たりとも私を連れて行ってはくれなかった。
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