王女から勇者へ
テントの中で、やっと我に返ったレオはまた私を強く強く抱きしめた。
「パティ、あぁパティ!クソっ無事でよかった!!!」
「レオ!」
「大丈夫か?痛いところはないか?俺、俺……!」
レオの右手は私の頭を抱え込み、左手で腰を締め上げ、抱き上げられた。私はレオの頭を両手で抱きしめ、やっとの思いで返事を返した。
「うん、私は大丈夫。」
「猿轡されてたから、キスとかもされてねぇよな?」
「当たり前でしょ!」
「乳とか揉まれてない?」
「もまれるどころか、いきなり入れてこようとしたよ!?」
「なんだって!?ちょっとパティ足広げて!!」
「レオ、ちょっと、やめて!まだ下着すら脱がされてないよ!」
「他には?!本当に痛いとこないか?あぁ、怖かったよな?」
レオはゆっくりと私を離すと、私から少し離れて私の全身に怪我がないか確認をした。
そして、近くにあった布を引き裂き、水瓶から水を組んでそれを浸した。そして、私を拭き始めた。
「クソ。あのジジイの血糊が」
「ん。レオ、あなたから拭かないと何度でもついちゃうよ」
「あ……」
レオはやっと自分が血飛沫を浴びていたことに気がついて、自分を拭き始めた。
「レオ、私がやるよ」
「俺、パティに他の男の体液をつけたくない」
「……そか。でもね、レオ。その震えた手じゃ綺麗に拭けないよ」
「……はは、情けねぇな、俺……」
レオは小刻みに震えていた。
さっきまでの怒りに身を任せたレオは、今は顔面蒼白になり、布を絞ることすらうまく出来なかった。
レオから布を受け取り、そっとレオの顔を拭きあげた。
「俺……。マジで殺すトコだった」
「ん……」
「人間って、意外としぶといからなかなか死なねぇって経験で知ってっけど」
「うん」
「お袋の男にボコられた時だって、こんなに殺意持ったことねぇのに。今回ばっかりは、本気で殺してやりたかった。人殺しになるとこだった。そう思うと、怖かった」
「……」
「なぁ、パティ。俺がもし本当に人を殺してたら、俺の事、嫌いになる?」
「え?」
「パティはさ、あんなに命とか、そーゆーの大切にしてるじゃん?なのに俺は逆に奪ってたら、俺の事、嫌いになった?俺を見捨てる?」
「レオ……」
「単純に怒りを任せて他人の命を奪っちゃうような男になってたかもしれねぇんだ、俺」
プルプルと小刻みに震え、自分を嘲笑うレオ。
「俺、怖かったんだ。俺がパティから離れなければ、そもそもパティが誘拐されるなんてなかったのに。俺のせいで、パティを失ったたかもしれなかったのに!!」
「レオ。大丈夫よ。だから、落ち着いて?ね?私は誘拐され慣れてるから大丈夫」
「マジか……。次から誘拐対策考えるけど、これが落ち着いてられるかよ!もし俺が間に合わなかったら、パティは、パティが!襲われるとか、下手したら殺されてたかもって、そう考えると俺!!」
混乱しながら震えて小さくなるレオを、そっと抱きしめて背中をさすった。レオは一瞬ピクっと反応したけど、やがて強ばった筋肉を緩めた。
「今回だけじゃねぇ。パティが親父さんに拉致られた時も、こんなんなりかかってたんだよね。俺」
「えぇ!?」
「でも、パティの実の父親だから、頑張って我慢したんだ」
「……。我慢しきれなかったら、王都のど真ん中で、こんな地獄を展開してたってこと?」
「うん……」
さっきまでの暴れていたレオと、阿鼻叫喚とした景色を思い出す。なんてことだろう。レオは私を引き金にいつでもあの光景を作り出すと言うのだ。
「パティ、俺はアンタが好きだよ」
「うん」
「ずっと、ずっと、一生愛し続けるから」
「うん」
「俺を、捨てないで……」
「……」
狂おしいほどの愛とは、まさに今のレオが私に向けた感情のことなのだろう。これほどの気持ちと、能力の引き金が私なのだ。だから、エディはレオの能力を使え、と言ったのだろう。
だけど私は、レオを国家の軍事力として見ることはしたくない。それは、私が私個人としてレオを愛しているからだ。
彼を、私個人の理由で国のために利用したくないのだ。これで、私は自分を『王女』だなどとよくも言ったものだ。
それでも、たった1人を殺しそうになっただけでこれほど怯える彼を、国のために戦地に赴かせるのは嫌なのだ。
「……パティ、やっぱりパティも、俺が怖い?手に負えない?俺を、見捨てる?」
顔面蒼白になり、ポロリと涙を零すレオ。私は、その涙の意味を知っている。かつて誰にも愛されなかったと零していたレオは、愛情に飢え、もがき苦しんでいたのだ。そして、私はそんなレオを愛している。たとえレオが北西王を殺していたとして、戦争になったとしても、『だからなんだ』と言ってしまいそうなほど、彼を盲目的に愛しているのだ。
私に関わって処刑された人々を思えば、私の方が、よっぽど殺人者なのだ……。
「レオが、マクスウェル王国を滅ぼしたいと思ったなら、滅ぼしてもいいよ」
「え……?」
「北西国王を殺したければ、殺しても良かったんだよ」
「……パティ?何を言って……」
「あなたには、それだけの力がある。そしてそれは、誰にも止めることなんて出来ない」
「でも、そしたら俺の事嫌いになるだろ!?」
「私が、レオを?どうして?」
「どうしてって、パティは暴力とか嫌いだろ?」
「力がなければ、無意味なこともあるって、私は今日実感したわ」
「……」
「でもね、レオ。あなたがどれだけ殺意を持とうと、怒りを感じようと、北西国王は生きてるし、マクスウェル国の王宮もヒビひとつ無いわ。それがあなたの答えなのでしょう?」
「俺の、答え……」
「それに、さらわれて陵辱されかけた私を助けてくれたのは、他の誰でもないあなたよ。レオ」
「……うん」
「あなたは、私にとっては紛れまない勇者だわ」
「俺が、勇者?」
「ええ。そんなあなたを愛してる。なにがあっても大好きな気持ちは変わらない」
「パティ!」
「選択を間違えなかったあなたを尊敬するわ。たとえ間違えたとしても、一緒に償っていけばいいの」
「俺の間違いを、パティは一緒に背負ってくれるのか?」
「ええ、そうよ」
「……俺が勇者なら、パティの隣に立っても恥ずかしくない?」
「どういうこと?」
「……パティが妹ちゃんに言ってたじゃん。『俺が王配だと不満は無いか』って」
「あぁ、あれは」
「あれは、何?俺みたいな底辺男じゃ、パティの隣には相応しくねぇんだろ?」
「違うわ。なんの後ろ盾もないあなたに対して、貴族諸侯らが不平を言うだろうってことよ。あなたの能力を知れば、多分誰も文句はないわ」
「じゃあ、俺はパティとちゃんと結婚できる?俺とずっと一緒に居てくれる?」
「もちろんよ。あなたを愛してるわ」
「嬉しいよ……。やべ、また涙が」
「今日は泣き虫ね、レオ」
「ん。これ、嬉し泣きだから勘弁して」
やっと笑顔になったレオ
「そんな泣き虫で可愛いレオも好き」
「……男が可愛いって言われて喜ぶと思うのかよ」
「うん。だってレオ、ニヤけてる」
「……パティにはホントかなわねぇな。でも、俺ははもっと好き。愛してる」
「うん。知ってる」
キュッとレオを胸に抱いて、レオの髪の毛に顔を埋めてキスをした。レオもまた、嬉しそうに微笑むと、私に手を伸ばして抱きしめかえし、外の喧騒が聞こえないほど、2人の世界へと溶けていったのだった。




