おやつは300円までですか?
「想像より早かったな」
「うん。もう少しかかるかと思ったよ」
冬は各地に散らばっていた貴族が王都に集まる。
そして連日パーティやらお茶会やら貴族間での交流が深まる。
せっかく集まっているのなら、冬に戴冠式をしてしまった方が良いだろうと式の準備を急いだ、との事だ。
すっかり元気になった父と義母は、日増しに夫婦仲が良くなり、退位後は、夫婦で各地を旅行する計画を立てているとの事だ。
まるで今までの時間を取り戻すような、遅い、けれども遅すぎなかったハネムーンだ。
それをレオに伝えると
「ハネムーン!……ハネムーン?!うわ、その響きいいな!俺たちも!」
って、デレっと笑った。
「式は2週間後だって。何日か早めに来て欲しい。積もる話をしたいって書いてあるけど、どうする?」
「えー。早めかぁ。弟クンとなら、俺も話してぇなぁ。早めってどれくらい?馬車で何日かかるんだっけ?それだって、こっちの都合を手紙で届けてからなんしょ?」
と、だいぶ気を使うようになってきたレオ。
「手紙だけ早馬で出せば大丈夫だよ。でも今回はグリフォンで行かないの?」
「んー。グリちゃんだって冬眠しかかってるからな。無理やり空飛ばせたくねぇし」
「ふふ。優しいね」
「ん。あと、空なんて寒すぎて、パティが凍えちゃうじゃん?」
夏でもあれだけ涼しいのだ。冬空なんて想像しただけでも震えた。
「普通に行って3日。護衛兵がついてくるなら4日。雪道だと、その2倍くらいかかるんかな?」
「そうね、だいたいそのくらいかかるかも」
「したら、早めに着くように出るとしたら、今週中頃には出なきゃじゃね?」
「そうね、大急ぎで準備しないと間に合わないわ」
急にぎゅっと抱きしめられた。
「したらさ、明日にはもう出発しねぇ?2人っきりでチンタラ時間掛けて寄り道しながらさ、王都に向かうってどうよ?
ハネムーンの予行練習。ダメか?」
って、真っ赤な顔をしてた。
「ダメじゃないよ。ナイスアイディアだなって、ワクワクしちゃった」
「そうかよ」
『ちゅっ』っと音を立て、頭にキスをするレオは、落ち着いていた。
あのレオが、随分大人びたものだ。一線を越えたことがきっかけなのかもしれない。その工程に立ち会えたのは、私だけの特権だ。
これが独占欲なのだろうか。
他の誰も見ることが出来なかった愛しい彼のその瞬間を、私の胸の中に永久保存した。忘れることはないだろう。
「そしたら、日程を立てて一応領主に報告しておこうかしら。あと、連れていく護衛兵も厳選して……」
「えぇ〜。2人っきりがいいって言ったじゃん」
「2人っきりは正確には無理だよね?誰が馬車を運転するの」
「そんなのお馬ちゃんにお願いしとけば連れてってくれるってば」
「……知らない人がみたら、幽霊馬車に見えちゃうよ」
「……それは……ホラーだな……」
「うん……。なので、最低で2人は来てもらわないと。もっとも、戴冠式なんて国の最大級のイベント、全員来たがるかもしれない」
「ゲっ。それは嫌。あと、全員来ちゃったら、誰がアイツらの面倒見てくれんの?」
と、魔獣の方を指さした。
「確かに……。じゃあ、最低で2人は残って貰うとして、とにかく相談してみよう?」
「行くのは明日だとして、帰ってくるのはいつ?帰ってくるまでがハネムーン?遠足と一緒?家に着くまでが遠足だよな?」
と、遠足理論を教わった。
「さて、日程表も出来たし、護衛は6人に厳選したし。あとは適当に準備して、必要なものは途中で買おう」
「なるほど、途中で買えばいいのか。パティ天才」
「イヤイヤ。途中の町でお金を使えば、その町も潤うし、次行く時も歓迎されるでしょ?」
「なるほどね。俺らは旅の思い出もできるし、いい事づくめなんだな」
「そういう事よ。レオは本当に理解が早いし賢いね」
「ウソつけ。って言いたいけど、パティがそうやって頭撫でてくれるの、好き。気持ちよくてウットリする」
って、目を閉じて全神経を頭に集中しているようだ。
レオの髪の毛は、全体的に金髪だけど、根元から3センチほどは黒髪がはえていた。
全部が真っ黒い髪の毛なんて、見たことがない。
高身長に逞しい体、黒髪と黒い瞳のレオを想像すると、とても神秘的に感じた。
領主への手紙は、お留守番の護衛兵の1人に頼み、私たちは馬車に乗り込んだ。
馬車の中を大至急冬仕様に整えてくれたけれど、どうしてもすきま風は防げず、冷えた空気を温めるすべも無い。
どれだけ着込んでも、一度体が冷えてしまえばなかなかあたたまれなくて震えてしまう。
そんな私に気がついたレオは、自分のコートの中に私を閉じ込めて、ニコニコしながら馬車の外を眺めた。
「グリちゃんの空の散歩も、グラちゃんの地平の闊歩も俺には楽しいけど、こんな閉鎖空間で2人きりもいいもんだな」
って、『ハネムーンの予行練習』に期待を膨らませているようだった。




