餌付け
というわけで、今私は馴染みのお食事処で彼と食事を囲んでいる。
グリフォンに乗ってココに向かう途中聞いた話によれば、昨日はあのパン粥以外口にしてなかったらしい。それはさぞかしお腹の減ったことだろうと思い、私が美味しいと思う料理を一通り頼んだ。なにが口に合うか分からないし。
ちなみにグリフォンは、また騒ぎになる前に帰らせた。きっと彼も森でお食事をして帰宅するだろう。
というわけで、ズラリと並んだ料理を前に、彼は一瞬だけ戸惑い躊躇した。
「はは……。あんたコレ、頼みすぎ……」
と、若干引いている。
「いいじゃない!どれも美味しいんだから、遠慮しないで食べてみて!」
「けどよ……」
「あんまり深いことは考えないで!私が奢るから大丈夫。さぁさぁ、温かいうちに召し上がれ!」
「お、おぅ。それじゃあ……」
と、恐る恐る1口、口にしたあと、『キランっ』と目を輝かせ、貪るように食べ始めた。
すっかり料理に気をとられている彼をゆっくり観察する。うすうす思っていたのだが、この男、だいぶイケメンだ。
鼻筋の通った目鼻立ち。目つきこそキツイけど、綺麗な二重のタレ目。眉毛は随分短いけど、メイクが落ちちゃったに違いない。
そして金色の髪の毛は、みた事もないような髪型。なぜ髪の毛があんなにも突き出しているのか。日差し避けだろうか?それとも髪の毛にバケットでも隠しているのだろうか?私には理解が出来ない。ついでに彼の衣装の背中の刺繍も理解出来ない。模様ではなく文字だろうか?
理解が出来ないといえば、なぜ私には『ブッコロス』と愛の言葉を囁やかなかったのだろうかと、ぼんやり彼を見つめ続けた。
恋愛事に興味はないし、自分で結婚しないと決めたけれど、『婚期を逃した行き遅れ』と囁かれていることも知っている。
だけど、私だって女の端くれだ。言われてみたい気持ちもある。あれほど誰にでも情熱的に愛を吐くこの男。私もあわよくばとは思った。だけど、ギロリと睨まれただけで、愛を囁いてはもらえなかった。その後も何度でもチャンスはあったはずだ。それなのに私だけ……。そんなに魅力がないのだろうか。
ガッカリしながらも、私もいつものビーフシチューを1口パクリと頬張った。
うん、いつも通りの温かくて美味しいシチューだ。
美味しいシチューなのに、なんでだろう、いつものように美味しさに幸せを感じない。お腹が空いてなかったのもあって、私は初めてシチューを半分残した。
逆に彼は、あれだけあった机の上の料理を全て食べ尽くし、満足したようにお腹をさすっていた。
「美味かったー!実はメチャクチャ腹減ってたからさ、助かったぜ。あんたホントにいい奴なんだな!」
と、うっすら照れたように鼻をかきながら笑った。仕草は可愛いぞ。
「昨日からわけわかんねぇ事ばっかでよ。ココは何県?てか、ちゃんと日本?俺、近所で映画の撮影やってるとか聞いてないんだけど」
「エイガのサツエイ?」
「だろ?あんた髪の毛も眼も緑だし、異様に肌が白いしよ!他の奴らもカラフルすぎるだろ。それに何その服。昔の外国の衣装かなんかなのか?」
と、怪訝そうな顔をする彼。
「ごめん、なんのこと?」
「ぁ?じゃあドラマの撮影か、それともドッキリ?」
「???」
「これも違うのかよ。じゃあなんなんだよ。この綺麗な髪もヅラかなんかだろ?」
と、髪の毛を引っ張られた。
「いたっ。女性の髪をそんなふうに乱暴に扱うものじゃないわ。」
「ごめっ!」
彼は驚いてパッと髪を放した。
「ふふ。綺麗と褒めてくれたから許すわ。これは地毛よ。母の血統で生まれつきこの髪色なの。最も父は燃えるような赤い髪色だけど」
「そか。いや、うん。だって綺麗過ぎて偽物だと……ごめん」
「分かってくれたならいいのよ」
「クソっ。それにしても本気で訳わかんねぇ」
と、ダンッ!と机を叩いた。
「ねぇ、もし良かったらあなたの話を聞かせてくれない?私でもなにか役に立てるかもしれない」
「あ?」
「そんなに睨まないで。怖いわ」
「……チッ。こんなんで怖いとか言うなよ……」
「ねぇ、お願い。何かの解決になると思うの」
「……」
ジロリと睨む目。それに対して微笑み返した。彼の警戒心が少しでもほぐれるように。
「ここの場所、教えろよ」
「ここはマクスウェル王国の最北西の僻地の町よ」
「マクス……なんだって?」
「マクスウェル王国」
ポカンとする彼。その表情はフレーメン効果かなにかですか?
「どこだよそれ。日本じゃないっていうならさ、なんで言葉通じるんだよ。俺、英語喋れねぇよ?」
「言葉?英語?」
「なんとか王国、世界地図でいうと、日本とどれくらい離れてるんだ?」
「ニホン?それがあなたの住む国?」
「ああ」
「調べてみるけど、聞いたことがない国だわ」
「なんだ日本も知らねぇのかよ。周りを海で囲まれた島国ってヤツなんだぜ。世界地図ねぇの?世界地図!」
「研究所に戻ればあるけど……、本当にそんな国聞いたことないのよ」
「あぁ?それじゃ俺はどーやってここに来たんだって言うんだよ。てか、どーやって帰るんだよ」
「それは、私にはいまのところ分からないわ」
「ちっ。こんな訳わかんねぇトコに急に連れてこられて、俺はどーすりゃいいんだよ!学校サボってた罰ってか?あぁ?」
彼のイライラが増してゆき、怒りを抑えきれない空気を出てきた。その時、私の頭にふとした事が浮かんだ。いつか王宮の図書館で読んだことがある。以前王国の危機に現れて王国を救った英雄の話を。英雄は雷と共に現れた『異世界転移者』だと言う物語を。
「ねぇ、聞きたいのだけど、ここは、あなたが今までいた場所と全く違うの?」
「そーだよ!日本じゃ髪染めてるやつはいるけど基本黒髪なの!それに建物!こんなログハウスみたいな家ばっか立ち並んで、壁紙とか、床とかねぇの?靴履きっぱだし」
話を聞いていくと、もしかしたらという疑惑から、徐々に確信へと変わっていく。
「ねぇ、驚かないで聞いて欲しいんだけど」
「なんだよ」
「あなた、『異世界転移者』なのでは?」
「はぁ?」
「違うかしら?」
「いや…。そうか、そういうことか。こりゃ漫画か。そう考えると色々納得だ。んだけど、マジでそんな事起こるのかよ。まさかこの俺に?」
「あなたの話を聞いていると、それが1番可能性があると思うわ」
「マジか……」
彼は背もたれに身を預け、天井を眺めた。
「じゃあどうやって帰んだよ。さすがに2日帰らねぇとバーちゃんに心配かける。せめて連絡だけでもしないと。俺、ジーちゃんの形見の学ラン着てきちゃったのに」
「学ラン?」
「そ。この黒いヤツ。背中に『第八代総長豪血寺虎徹』って書いてあるだろ?」
「読めないわ」
「マジか……。色々マジか……」
と頭を抱えた。
「ひとまずの提案なんだけど、家に帰れる方法が分かるまで、私とさっきの家で暮らさない?」
「は?アンタ女だろ。俺みたいな男を家に住まわせていいのかよ」
「構わないわ。困っている時はお互い様でしょ。いまのあなたを放り出す方が、後で悔やむもの。だったら一緒に居た方がいいわ」
「……マジかよ。それ、アンタになんの得があんの?」
「得?得が必要?」
「はぁ?……アンタ、いい人飛び越えてなんつーお人好し……」
彼はため息をついた。
「一宿一飯の恩人ってだけでもありがてぇのに」
と小さく呟いた。
「嫌かな?力仕事くらいは頼むかもだけど、衣食住、ちゃんと用意するわよ?」
「なぁ、ウソだろ?名前も正体もなんにも知らねぇ赤の他人の俺の面倒を見てくれるって言うのかよ」
と彼は『ハッ!』っと笑った。
「そうだけど?」
「……」
「ダメだった?」
「ダメっつーか……。なぁ、なんでだよ?なんでこんなに優しくしてくれんだよ」
「理由なんてないんだけど。強いて言うなら、あなたが困ってるようにみえるから」
「……」
「悪い提案じゃないと思うんだけど……」
下からそっと覗き込む。
「バッ!ちげぇよ!悪くねぇよ!その……。こんなに親切にしてもらったの、生まれて初めてだからよ……」
彼は机に両肘をつき、困惑した表情を手で隠した。
「こんな、なんの下心もなしに、ただの暴れん坊の俺なんかに、あんな暖かくて上手い飯奢ってくれて……、優しく微笑んでくれて……」
私は彼の正面の席から隣へ移動し、彼の背中をそっとさすった。ビクッ!とする彼。
「いいのかよ、世話になって」
と、吐き捨てるように彼は言った。
「好きなだけ居ていいよ。もちろん、他に行く宛てができたら、好きな時に出ていってもいいよ」
「……」
「誰1人知ってる人がいない、見知らぬ土地で心細かったよね……。これからは、私がいるから、大丈夫だからね。一緒に帰る方法を探そう?」
と、背中をさすり続けた。大きな背中は小さく震えていた。
「アノサ……」
彼は震える声で吐き出すように話し始めた。
「ミルク粥、うまかった。人生で1番うまかった。作ってくれて、ありがとう」
「うん」
「柔らかいベットに寝かせてくれて、ありがとう」
「うん」
「布団を、ポンポンって、優しく叩いてくれてありがとう。俺、あんなに安心したのも生まれて初めてだった」
「うん」
「あと、ここの高そうな飯、たくさん食わせてくれて、ありがとう……!」
「うん。ココのお店はお手頃価格だから、気にしなくていい」
「マジか。でも、値段じゃねぇよ、ありがと……」
照れ笑いをしていた彼の表情は、そこまで言うと歪んだ。そして、大粒の涙が1粒こぼれた。
「あれ?おかしいな。こんなはずじゃ……」
と、涙を拭っても拭ってもおさまらず、彼は声を押し殺して泣いた。空き皿になった食器の上にぽつりぽつりと水がしたり潤したが、私は気付かない振りをした。
若く見える彼。彼の世界で、彼の人生はどんなだったのだろう。きっと色々あって、良いものとは言い難い人生だったのかもしれない。彼を1人にさせてあげたくて
「お会計、先に済ませて店主のおじさんと少しお話ししてくるね」
と、席をたった。
しばらくして、落ち着いた彼がスタスタと寄ってきた。その顔は吹っ切れて、そして爽やかにニカッと笑って片手を差し出してきた。
「決めたぜ!アンタにやっかいになる。遠慮なんかしないぜ?
俺は豪血寺獅音。高1で15歳だ。身長は183cmだったかな。俺のことはレオって呼んでくれ!夜露死苦!」
って極上の笑顔を見せてくれた。嬉しくなって、私も頬が緩む。
「私はパトリシア・グレイス・マクスウェルよ。パティって呼んでね」
差し出された手をとると、ぐっとかたく握手された。手の甲にキスをされるのとは違い、力強い握手は、ほ、骨が折れるかと思った。痛い。
「さて。お腹も満たされたし、無事レオも保護出来たし。次にやる事があるんだけど、いいかな?」
「保護って……。俺って野良犬か……。いや、その通りか……」
って苦笑いするレオ。そこに店主のおじさんがやってきて、
「お。帰るのかい?にぃちゃん、パティちゃんの事頼んだよ?」
と、おじさんは人のいい笑顔でレオの背中を叩いた。
「痛って。おお、任せろ」
と、レオも負けじとおじさんに肘打ちを入れる
「ぐっ。コイツなかなかやるじゃねぇか」
「オッサンもな」
と、2人でガハハと笑ってる。
男の人って時々わからないよね。なにが面白いのやら。
するとおじさんは、自分より背の高いレオに肩組みをして、無理やりレオの耳を引き寄せた。
「ボソボソ」
「っ!ゴニョゴニョ」
「ぶはっ!カクカクサンカク」
「はぁ?ブツブツ」
と、なにやらコソコソ話をしているかと思えば、また大笑い。私はすっかり蚊帳の外だ。
「ねぇ。次の予定があるんだってば」
「あぁ、パティちゃん、すまなかったね。ほら、レオ行っといで。また男同士ゆっくり話そう」
「いや、話すけど絶対内緒だからな!!」
「わかったわかった。おじちゃんの口は羽より軽いけど、内緒話にしておくよ」
「さ、サイテイだジジイ!」
と、真っ赤な顔をするレオ。
もー、先に行っちゃうよー。と言いたいところだけど、レオが少しづつこの町に馴染んで行くようで、嬉しかった。
4話目、お読み頂きありがとうございます!
(2024.12.6現在3話に変更されています)
偉そうなオッサンのオカマ化って、モニょりますね。
マツコ・デラックスさんは好きです。
ちょっとくだらないギャグも入れてみました。
感想お待ちしております。
よろしくお願い致しますm(_ _)m
ちなみに、お食事処のオジサンとレオの会話です。
「なぁニイチャン。あんた、パティちゃんに気があるだろ」
「な、なにを言って……」
「ふはは!見てりゃわかるだろ!目がハートになってるし」
「っく!マジか。だってあんな美人でエロい体つきのオネーサンが、ちょー優しくしてくれんだぜ!?目の前で微笑みながら、たぷたぷって揺らしてよ!?」
「ガハハ!そりゃ男なら堪らんわ」
「だよな、なのに笑うと優しい顔が……」
「ニイチャン、見る目あるな」
「参るよ、なんか人生観変わりそー」
「男が1段上がるな」
「やった、マジか!」
みたいなアホ会話していたようです。