平穏な日々
結局、根負けして研究所に帰ることにした。研究所で待ってるコ達も気になっていたのもあるし。
それに、レオにグリフォンで連れてきてもらえば、なんと王宮まで小2時間なのだ。
その気になれば何時でも来られる。
研究所に着くと、護衛兵たちが駆け寄ってきた。
「姫!」
「心配しましたぞ!」
「皆さん、心配をおかけしました」
と、今の状況を説明した。
北西国には嫁がないことにしたこと。
父王が政権から退き、弟が王位を継承することになったこと。
その上で、希望があれば王都に戻っても構わないこと。
残ってくれるなら、私が雇いあげる事を伝えた。
結果、半数が残ってくれたので、彼らには敷地内に新しく寮を建てることにした。衛兵たちは喜んでくれたが、レオはブーたれてた。
そんなに長い期間留守にしてた訳じゃないのに、どこか『故郷』に帰ってきたような、そんな切ない思いが胸に湧き上がる。
それはきっと、季節が秋へと移り変わりはじめたのもあるんだと思う。
あれだけ私から離れなかったレオは、研究所に着いた途端、グラちゃーん!ヘビちゃーん!!と厩舎に駆け出した。
厩舎からも、歓迎の雄叫びが次々と聞こえてきた。
彼らがレオを好きなのは、レオの「テイマー」のチカラによるものだとして。
私の恋心も、同じものだろうかと不安になった。
でも、多分あの魔獣たちより、私の方がレオを好きだって自覚がある。
ほら、レオがこっちを覗いて手を振ってるだけで、胸が締め付けられるんだもの。
夜ご飯に食べるものがなかったので、2人で町のお食事処に向かった。
グリフォンで飛んでる間はバックハグ、降りてからは恋人繋ぎでレオはルンルンだ。
「へへ。パティとデート♪パティと食事♪」
って上機嫌だからもう可愛い。
あんなに尖ってたレオが、こんなにも笑顔を浮かべるようになって、人って変わるんだなって思った。
環境って本当に大事だと、レオとへルムフリートを重ねて考える。
持ち直した父と母に囲まれて、病んだ彼もレオみたいに笑えるようになるだろう。
そんなことを思っていると、あっという間にお食事処についた。
「お。パティちゃん!ようこそ」
「オジサン、いつものお願いします」
「おれはおっちゃんのオススメで!」
と座る前に注文をする。
4人掛けのテーブルにつけば、当たり前のように隣の席に座ってくる。
「だって、パティの隣は俺のものだから!」
だって。さすがに食事中は手を離すだろうと甘くみていたら、足を足で挟まれた。
恐るべし執念だ。
「おや、今日は随分イチャイチャしてるね」
「おうよ!気がついてくれたかオッチャン!」
「む?何か変化があったんだな?」
と、おじさんが向かいの席に腰をかけた。
レオはエヘンと胸を張って
「パティの親公認になったぜ!」
とニカッと笑ってピースをした。
もちろんおじさんは吹き出していた。
「いやー、腹いっぱいになったな、パティ」
と、レオは大満足そうだった。
食事中、レオはガンガン食べている間も、どこか1箇所私に触れ続けていた。
そしてオジサンはオイオイと泣いていた。
「姫、おめでとうございます、お幸せに」と。
おじさんの料理は、どこか懐かしい味だと思っていたのだけど、理由がやっとわかった。
彼は、母が輿入れする時に、母国から連れてきた料理人だった。
母が他界し、私が王宮を出る時、私を心配しすぎて一緒にこの町に来たらしい。
要するに愛のある『護衛』の1人だったのだ
結婚もせず、母の代から、いやもしかしたら、母の幼い頃からずっとお世話になっていたのかもしれないと思うと、頭の下がる思いだ。
帰宅すると、やり途中だった仕事に手をつけた。
レオは上機嫌で買い物を食材庫にしまい、お風呂を洗い、ベッドメイキングをし、と、休むことなく動き続けていた。
(本当に体力オバケだなぁ)
と、思う私の方が体力が無さすぎるのだ。
薄暗くなってきた部屋に、照明の明かりをつけ、もう一度書類に目を通す。
そんな私を決して邪魔しないように、レオは後ろからじっと私を見つめていた。
「ごめん、気が付かなかった」
「うん、邪魔したくなかったから。用事があるわけじゃないし、そのまま続けてくれよ」
「そう?じゃあこれ一緒に見る?」
と、書類をヒラヒラさせた。
「だから、文字は読めないんだって」
と、苦笑いをしながら隣に腰掛ける。
「これはね、先日働いてくれた、妖精の最終観察結果。ココに書いてあるのは日付けで、どんな風に羽根が治っていったのか書いてあるのよ」
「ふーん」
「こっちはね、両足を骨折していたヘビモスの治り方の経過報告。同時に内臓が心配だったから、外見の色の変色と、触診による診察の結果を書いてたんだけどね」
「うん?」
「ほら、レオが途中から来たから、レオが私に伝えてくれた事も記載してあるのよ。ほら、このページあたりから」
「へぇ。懐かしいな」
「うん。そうだね。この日付をみると、レオと会ってからまだ1ヶ月ちょっとしか経ってないなんて、信じられないよ」
「うわ、まだ1ヶ月なんだ。俺も信じられない」
「うふふ。やっぱり?」
って、笑いながらレオをみると、レオは真剣な眼差しを私に向けていた。
その眼差しが、怖いくらいで、パッと視線を逸らした。
「あー。初めてパティをみたあの瞬間から、俺はアンタが好きだったから」
レオは私の髪の毛を一筋取ってクルクルと指に絡みつけて遊びはじめた。
「今にしてみれば、一目惚れってヤツだよな。それとも運命ってヤツかも」
「うん」
「だから、こんなに苦しいくらいあんたの事が好きなのが、まだ1ヶ月とか信じられねぇ。パティがいなかった生活なんて、もう思い出せねぇ。」
「うん」
「だけど、こんな俺の気持ちを、受け入れてくれてありがとう。俺、それだけで幸せだ。好きだよ、パティ」
と絡めた髪の毛にキスされた。
「この髪の毛と一緒。俺はパティにがんじがらめで愛に溺れてんの」
なんて言うから苦笑いした。
「私も」
「パティも、なに?」
「私もとっくに溺れてるわ」
「そっか。本当に両思いになったんだな、俺たち」
って、肩を寄せあった。隣で体温を感じる。それだけで幸せだと感じた。
だって私は死の間際に、あなたに逢いたいと思うくらいにあなたが好きだから。
もし、レオが元の世界に戻ってしまったら、と思うと苦しかった。
平和だ……。