死の間際で
「よ。3日ぶり」
「……あなたは、連絡を先に寄越すという礼儀を相変わらずご存知ありませんのね」
あれ?4日ぶりだったかな?とか思いながら、グリちゃんから飛び降りる。
ここは、パティの妹ちゃんの嫁ぎ先の屋敷だ。
妹ちゃんに相談したかったことは2つ。
1、北西国はぶっ潰してもいいか?
2、王宮に里帰り中のパティを、迎えに行ってもいいものか。嫌われたりしないか。ご両親の心象が悪くならないか。
だ。
コレに関しては
1、潰してもいいと思う→その場合は侯爵家が後押しするから支配国にしてしまおう。
2、女々しいこと言ってないで早く迎えにいけ。逆に城に居る方が心配だ。
との事だ。
「それにしても……。あなたがお姉様から3日も離れてられるとは思いませんでしたわ。意外と忍耐力がありますのね」
「それ、褒めてる?」
「褒めてますわよ」
「……まぁいいか。なぁ、聞きてぇんだけどさ、なんでパティってあんなに頑なに俺の『好き』を認めてくれないんだ?」
「あら、それはもちろん、あなたが愛の言葉をお姉様にだけ仰らないからですわ」
「愛の……言葉?それ、パティにも言われたな」
ふと、王城にいた時にパティに言われた事を思い出した。
「あなた、まさかとは思いますが……。あの言葉を意味もわからず叫んでいましたの?」
「あの言葉ってなんだよ」
「あの言葉はあの言葉でしてよ。相手の思考をなくし、恋に落とさせる究極の愛の言葉ですわよ」
「……マジか。そんな魔法みたいな言葉があるのかよ。それじゃ、その言葉を俺はパティに言えば、パティも俺に振り向いてくれるか?」
「どうかしら。私には通用しないことは立証済みですし、お姉様が実はあなたに好意がなければ効かないかもしれませんわね」
「それは……、パティにその言葉が伝わらなかったら脈ナシっつうことか。辛ぇな」
「ザマァミロ、ですわね」
妹ちゃんは、扇子で口元を隠しながら、ニヤリと笑った。
「……姉妹でも、性格って全然違うモンなんだな」
「お姉様が特別に聖人君子なのでしてよ」
「あー……な。納得。なぁ、教えてくれよ。愛の言葉」
懇願するかのように妹ちゃんを見上げた。妹ちゃんは一瞬ビックリして、そして目を閉じてため息をついた。
「私も主人以外にすら言ったことはないのですけど……仕方ありませんわね。その言葉は『ブッコロス』でしてよ」
「……は?」
「2度目は言いませんことよ。理解しまして?」
「いや、だってそれ、喧嘩する時に……」
「あなたの認識だとそうなのですね。ですが、少なくともマクスウェル王国では、愛の言葉でしてよ」
「マジか……」
(ブッコロスが愛の言葉……)
(だからパティは自分だけ言われてないって)
(そういや、ブッコロスって言う度に、変な態度されたな)
(じゅあ、俺が今までブッコロスって言う度に、俺の横で見てたパティは、俺が他のヤツに告白してるように見えてたのか?)
(ばかな、ありえねぇ)
(けど、それが本当だとしたら)
「じゃあ、俺はパティに『ブッコロス』って言わなきゃ、俺の気持ちが伝わらねぇってことか?」
「本来でしたら、そう簡単に言いませんのよ。恋人同士でも。ですが、あなたは今まで、他の人間に言い過ぎましたわ」
「……俺は、何があってもパティだけは殺したくねぇよ……」
「でも、それが愛の言葉なのです」
「……マジか……」
惚れた女に『ブッコロス』って、たとえ嫌われても言えねぇよ。でもそれでもソレを言わなきゃ一生俺の気持ちが伝わらない。それだけは理解した。
「……いや、ホントマジか……」
理解はしたが、俺は思考を放棄した。放棄した途端に俺の本能がパティに会いたいって叫んだ。もーだめだ、考えるのはやめて迎えに行く!そう決めた。
「なぁ、一つだけお願いがあるんだけどよ。聞いてくんね?」
それは、俺と一緒に城に言って欲しいということ。
弟クンの、あの病んでる感じは、多分元凶が取れねぇと治らねぇ。せっかくパティが身を引いた国の王を芯のある強い王にするためにも、必要な事だと訴えた。
(俺がパティを迎えに行くのが怖いからとかいう理由はヘタレ過ぎて内緒だ)
「そこまで言うのでしたら、私も城へ向かいましょう。ただし、私が何を言っても変わらないかもしれませんよ?なにせ、本当の元凶は父なのですから」
「な、何故に王城のてっぺんの屋根に止まりますの……」
「しっ」
「あれほど、わたくしは馬車であとから行くといいましたのに……!」
王城に着いて、即、城の中にいっぱいいるネズミ達に協力を仰いだ。
この3日間で、起こったこと、パティのいる場所、なんでもいいから情報をくれと。
「ひいいいぃ。ね、ネズミがチョロチョロとっ……!!」
「ちょっと、本当にウルサイよ。少し黙ってられねぇの?」
パティはあんなに生き物大好きなのに、妹ちゃんはネズミに対して、汚いだの不潔だの近寄るなだの大騒ぎだ。
あー、だから女は苦手だったって、思い出した。
ネズミたちの話によれば、パティはまだ親父さんたちの部屋にいて、食事をとってる様子もないらしい。それからパティの様子も少しおかしいらしいということだ。
「サンキュな。助かった」
とお礼を言うと、ネズミたちはバラバラに散っていった。
ネズミが居なくなったことで、妹ちゃんが『ホッ』っと胸を撫で下ろした。
「わたくし、確信致しましたわ。あなた『テイマー』ですよわね」
と、ビシッと言われた。
それから俺たちは、弟クンの部屋から忍び込んだ。
パティとは違って、この2人は同じ両親から生まれてるはずだ。なのに、物凄い確執がある。とゆーか、妹ちゃんがメッチャ嫌ってる。
とはいえ、妹ちゃんは所帯を持って大人になったんだろう。
弟くんの病みっぷりをみて、心底悔やんで泣きながら謝った。
(これならパティも喜ぶだろ)
と、俺もなんだか嬉しくなった。
「それにしても、兄上様は、随分ラフな格好でいらっしゃいますね」
「あー、コレ普段着。気楽だぜ?」
「そうですか。僕も着てみたいです」
「いつかな」
と、頭をクシャクシャっと撫でてやる。
笑えるようになった弟くんは満面の笑みだ。(こりゃパティは溺愛するな)
「痛いっ。な、なぜゲンコツを!?」
「……すまん。ツイ」
ヤキモチ妬いたのが妹ちゃんにバレてたようで、ニヤニヤ笑われた。
「コホン。パティは親父さんらの私室に居るらしい。穏便にそこに入れるよな策あるか?もしなかったら、全員ぶん殴って乱入する」
「その誤魔化し方、お姉様みたいですわ」
「うっせ。毎日一緒に居るから口癖とかウツルンダヨ」
「わー、そうなんですね。では僕も。『コホン』っ痛い!」
「……すまん。ツイ」
「デジャブですわ……」
だいぶ脱線したが、作戦は出来た。執事、侍女の服をかりて、弟クンに先導してもらうっつーシンプルなものだ。
それにしても、親子なのに簡単には会えないとか、偉い人も大変なんだな。
俺と妹ちゃんは服を着替え、イザ、作戦決行だ。
潜入捜査っぽいとか、ワクワクする気持ちはなく、早く、早くパティに会いたいと、気持ちばかりが焦った。
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どれくらいの時間が経ったのだろう。
父と母は公務のために私室から出ていた。そのため、今はこの部屋には私一人置いていかれた。
あの言葉を言われた後、父は私を抱こうとした。あの言葉に心を揺さぶられなかった私は、思い切り父を拒絶した。父は憎々しく、『アリーと同じだ。この愛が通じないのか』『悪い子にはお仕置きを』と、ベッドの柱に縛り付けられ、猿轡を噛まされ、食事も水すらも与えられなかった。
王宮は石造りで涼しいとはいえ、窓の外は夏の太陽が覗いていた。
頭は朦朧とし、喉は乾き、唇がガサガサとひび割れ始めていた。
父から『ブッコロス』と言われた瞬間、私は絶望が広がった。
私の意思とは関係なく、父の歪な愛を受け入れなくてはならないのかと。
あれほど言われてみたかったその言葉は、私の胸には響かなかった。
多分、理由は2つ。
エディの言うように、私には半分東国の血が流れていること。
もうひとつは、私の胸には既にレオが占拠していたということ。エディの言う通りだ。
父の言葉に絶望し、諦めかけたその時、レオの顔が浮かんだ。そしてその時ハッキリと自覚してしまった。私はレオの事が好きなのだと。あの可哀想な少年を、同情ではなく本気で愛しているのだと。
レオ、レオ!あなたの望み通り、私は恋に落ちたよ。あぁ、あなたは今頃何をしているだろう?きっとまたグリフォンにのって、空の散歩を楽しんでるのかな。
ちょっと逢えないだけで、こんなにも苦しい。あなたに逢いたい……。
あなたから、あの言葉を聞きたい。私にだけは言ってくれない、あの言葉を。
と、気がつけば涙が流れていた。
貴重な水分が、惜しげも無く溢れこぼれる。
私がレオを好きだと言ったら、レオはどんな顔をするかな。
こんな、年上女の愛なんて、重いだけだよね。
ごめんね、『身元引受人』なんて肩書きで保護しておいて、勝手に好きになっちゃって。
レオ……。死ぬ前にもう一度会いたかったよ……。あぁ、瞼が、重い……。
もう一度呼びたかったその名前は、枯れた喉からはもう声は出ず、レオの名前を呼ぶことすら出来ないまま、瞼が自然と閉じた。そしてそのまま、また意識を失った。




