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その男は

 信じられるだろうか。いや、信じられない。


『ブッコロス』


 と、あの甘美な言葉がうっすらと、でも確かに聞こえた。


昨日、せっかく雇えた新しい従業員に辞められてしまい、気分転換に町に降りてきた私は、偶然あの言葉を耳にした。


 ピリリと甘い痺れが体に走る。遠くから聞こえただけでもこの威力。まるで思考を奪われたゾンビのようにそちらに向かってしまう。

 たどり着いたその場所は、この小さな町の中心にある唯一のマーケットで、背の高い金髪の男が、町民の襟元を掴んで持ち上げている。

 どう見ても喧嘩だ。迂闊に近づくのはさすがに怖い。少し距離をとったこの場所からでも観察するだけなら十分だ。

その男は、見たことがないような髪型に、真っ黒な衣装を纏っていた。背中には金色の刺繍がふんだんにあしらわれている。同じ素材のズボンはブカブカで歩きづらそうだ。

 そもそも私たちが着ている衣装とは素材が違う。あんな素材は、東国でも、北国でも、北西国でも見たことがない。

そんな謎の男が叫んでいるのだ。


『ブッコロス』


と。


 甘く切なく情熱的なその言葉は、言う側も言われる側も痺れるような甘い感覚に襲われ相手に身を委ねたくなる。


 ワラワラと集まってきた人々は、最初男に構おうとしていた。珍しい服を触ろうとしたり、もっと珍しい髪型に触ろうとしたり。その度に男は『ブッコロス』と愛の言葉を力強く吠えた。と同時に少し困惑しながら混乱しているようにも見える。

だが、集まった人々はその言葉をダイレクトに言われ、放心しているようだ。誰も彼もウットリしている。中には座り込んで鼻血を出す人、倒れて意識を失っている人もいる。

マズイ。このままだと大事になる。そう思いながらふと男に目を向けると、バッチリと目があって、本能的に私の番だと身構えた。


「……っ!(ビクッ)」

「……」

「……」

「……」

「……?」


 あまりの間にそーっと目を開ける。だがその男は驚いた表情のままほんのりと頬を染め、私を見つめていた。だから負けじと私もじっと見た。結果見つめ合っている。

愛の言葉を吐かれるのか、それとも殴りかかってくるのか。どちらにしろ彼の次の行動を、まだかとドキドキして待ってるんだけど…。

なにこの間…?


 しばらく見つめあっていたのだけど、はっと我に帰った男は、くるりと方向を変え走り出した。


「待って!」


 と声を掛けたところで立ち止まってくれるはずもなく、あっという間に見失った。

 本当は追いかけたかったのだけど、今は倒れている人の方が心配だ。

 放心している人々の意識をなんとか取り戻させ、倒れている人たちを日陰に運び、鼻血を拭き、応急処置を済ませた。

 済ませた後も、みんなうっとりとした表情は治らない。

「一体なにがあったのですか」

 と、無理やり聞き取り調査を開始した。



 case1

 筋肉隆々の男

珍しい金の髪を触ろうとした。その直後

「あぁ?やんのかコラ!ぶっ殺すぞ!」

「ドキン☆」

 即ノックアウト


 case2

 腰の曲がった老女

黒い服の背中の見事な金の文字をマジマジと見ていた。それに気付かれ

「ジロジロ見てんじゃねぇババア!ぶっ殺されてぇか?!?」

「はぁん、ワシもまだまだ現役かの♡」

 血圧が上がりすぎて瀕死。非常に危ない状況から無事脱出


 case3

 若い女性たち

 その場で言葉を聞いていただけで全員腰砕け。

 人だかりの山が出来ていた時、みるみる低くなっていくように見えたのは、恐らく彼女たち。

 中には鼻血を吹き出して倒れるものまでいる


 case4

 年若い少年

厚めの黒い服に触れようとした瞬間、座り込んで目線を合わせ

「勝手に触るんじゃねぇ。ぶっ殺されてぇか」

「僕には、刺激が強すぎる〜」

即目眩を起こして失神


 case5~

 その他もろもろの人々

 顔を近づけて、時に上目遣いで、逆に上から目線で、振り返りざまに、時に胸ぐらを掴んで引き寄せるように愛を語られる。

 目を合わせながら愛を語られたその破壊力は抜群

 さらに、彼の服や髪の毛に触ろうとした人は、より激しく愛の言葉を浴びせられたらしい。まるで、火のように、熱く、熱く、怒り狂っているかのように


それにしても、あの男はどれだけ手馴れたナンパ師なのだろうか。1人の女に言い寄ったとしても飽きさせない工夫なのか?それとも、多くの女を落とすホストか何かなのか。いくらなんでも見境が無い。

それと、あの困惑しているような表情が気になった。彼にはなにか深い理由がある気がする。どちらにしても、なんとか彼の話を聞いてみたい。次の被害者を出す前に。これ以上騒ぎを起こせば、罪人扱いをされて捕まってしまう。


 騒ぎを聞きつけた役人がやっと駆けつけて来たので、あとの始末を役人に押付た。彼を探そう。私は彼が走っていった方向へと焦ってむかった。

できればこの土地を治める領主より先にみつけたい。領主たちからすれば、あの男の話を聞くことすらせずに処分、処罰をしてしまうかもしれないからだ。

それだけは避けたかった。


 焦る理由はもう1つある。あまりにも研究所への帰りが遅くなると、うちの子たちが騒ぎ出すのでは無いかという事だ。そうなったら王宮から派遣されている護衛兵には荷が重い。


「こうなったら……奥の手を……!」


 私は彼の捜索を1度諦め、町の門から外に出た。

 そして、鳥笛を思いっきり吹いた。

 間もなくすると、大の仲良しのグリフォンが飛んできてくれた。


「グリフォンお願い!私を背中にのせて!そして人探しを手伝って欲しいの!」


 言葉が通じてか通じずか、グリフォンは私の気持ちを組んでくれたようで、背中にのせて高く飛びだった。空から見れば、町が一望できる。屋根の上、家と家の間、お気に入りのお食事処も見える。

 と、そのとき、急にグリフォンは下降を始めた。

 細い道の物陰に隠れていた彼を発見したのだ。グリフォンは私をそっと降ろすと、隣の家の屋根に止り、彼にクルクルと喉を鳴らして擦り寄った。

 あのグリフォンが、私以外の人に懐くのを初めてみた。


「グリフォン、しーっ」


 彼は、隠れていたのではなく眠っていた。

すぅすぅと寝息をたてている彼は、見た目よりずっと幼くみえた。少し乱れた金の髪の毛に、黒くて長いまつ毛。すっと通った鼻筋。随分と綺麗な顔立ちをしている。そして衣装は砂をかぶって薄汚れ、手の指や拳にした部分は皮がむけて血が出ていた。

 私が見ていただけでもあれだけの騒ぎを起こしたのだ。

 きっと、どこかでもっと派手な喧嘩でもしてきたのだろう。


「グリフォン、彼を連れて帰ろうか」


 そう言うと、グリフォンは「クゥ」とひと泣きし、私と彼を背中にのせ、研究所へと帰宅した。




「ん……ここは……?」

「あ、起きた?おはよう」


 太陽はすっかり沈み、とっくに真夜中になっていた。

 グリフォンに運ばれて研究所の自宅部分に戻ると、門兵(王宮から派遣されてる)が慌てて駆け寄ってきた。

 彼らに事情を話し、彼を空き部屋のベットへと運んで貰い、街に潜んでる私の護衛兵(これまた王宮からこっそり派遣されて町人、村人に扮しているらしい。規模は把握してないけどバレバレだ)に、おおまかな話を伝達しにいってもらった。


 色々とやることをすませても、彼はまだスヤスヤと眠っていた。仕方がないので彼の寝ているベットの横に椅子を移動させ、ランプの薄明かりで本を読みながら、彼が目覚めるのを待っていた。

 その本にしおりを挟み、パタンと閉じた。


「アンタ、さっきの!」

「あ、覚えててくれたのね」

「……っ!」


彼は一瞬ぱっと頬を赤らめ、俯いた。それからふぅ。とため息をついて、不遜な態度をとった。


「チッ。訳わかんねぇ。なんだねぇちゃん、アンタもなんか文句……」

「文句はないわ。これ以上あなたの大切な髪の毛や、服にも触れたりしない。だから、落ち着いて話をしましょう?」


 そう言いながら両手を上げ、ヒラヒラとさせて手のひらを見せた。

 彼は、まるで傷ついた野生動物のようだ。

 周りの全てが敵のように威嚇し、吠え、攻撃をする。何故にそこまで怯えているのだろうか。

 彼はくしゃっと前髪部分を触ると、舌打ちをして視線から私を外した。


「アンタからは敵意を感じねぇ」

「は?」

「ちっ」


 何度舌打ちするんだろう。そんな彼は自分の上半身をペタペタと触って青ざめた。


「ジーちゃんの学ラン!」

「あぁ、あなたの衣装の事かな?あのままベットに寝かせるわけにいかなくて、脱がせてあそこにかけてあるわ」


 と壁に掛けてある学ランとやらを指さした


「勝手に触ってごめんなさい。汚れを取ってシワを伸ばしておいたわ」

「……あんなに砂埃まみれになったのに……」

「少しイタミがあるから、あなたが良ければ今度補修にだしましょう」

「いや、あのままでいい」

「そう?じゃあ気が変わったらいつでも言ってね」


「あなたはね、細い路地に倒れていたのよ」

「……あぁ、そうか。俺、あの時意識を失って……」

「だいぶお疲れだったのね。ぐっすりとよく眠っていたわ」


 彼は包帯でグルグル巻きになった手をじっと見ていたかと思うと、ヒラヒラさせた。


「……これも、あんたがやってくれたのか?」

「ええ。小さな怪我だって、ほおっておくと怖いのよ?私が回復魔法でも使えれば良かったんだけど、あいにく怪我を治せるほど強い魔法は使えなくて。ごめんなさい」

「魔法?あんた魔法が使えるって言うのか?いくら俺がバカだっつってもさすがにそんな嘘には騙されねぇよ」


 ハッ!っと笑う彼に思わずムッとして


「使えるわよ、ほら」


 と、人差し指をピンとたて、指先に小さな炎を作った。


「マジか……。いや、マジックか?」

「マジック?マジックってなに?」

「なにって、手品だろ?」

「手品?それってどんなもの?」

「は?手品もしらねぇのかよ。何も無い場所から鳩だしたり、トランプでカードを当てたりするだろ?」

「あぁ、それならマジックというか、マジックボックスのこと?」


 と、空間から本を取り出して見せた。


「……は……?」


 キョトンとする彼は凄く可愛かった。

 最初は威嚇しているかのようだった態度も、少しずつ肩の力が抜けてきたようにみえる。


「ねぇ、とりあえずお腹すいてない?簡単なモノだけど、パン粥をつくったの。食べない?」

「あ?腹なんて減って……」


 鍋の蓋をあけると、パン粥の匂いがただよった。その匂いは彼の胃袋を刺激したのだろう。『ぐうぅ』と、大きな音が鳴り響いた。


「な、バカ!聞くな!笑うな!!」


 って、怒鳴ってきたけど、もう全然怖くない。むしろ可愛いくらいだ。


「せっかくあなたの為に作ったのよ。食べてくれないと悲しいわ」

「……そこまでいうなら……1口だけ……」


 彼はチラッと目を向けると、恐る恐るパン粥のお皿とスプーンを受け取った。


「あーん、する?」


 っておちょくってみれば、


「ひとりで食えらぁ!!」


 多分、このコは負けず嫌いなんだなって分かるくらい勢いよく平らげた。


「……ふぅ、ご馳走様デシタ」


 と、口元を手の甲で拭った彼は、全く食べたりなさそうだ。

 それでも、表情はすっかり優しくなっていた。


「食べ足りなかったかもしれないけど、今日はそれで我慢してね。もう少し、ゆっくり眠って疲れを癒して」


 そういうと、彼を横たわらせ、布団を掛けた。

 彼は抵抗することなく目を閉じて、またスゥスゥと寝息をたてはじめた。

 余程疲れていたのだろう。話は明日にでもすればいい。これだけ疲れているのだ。まずはゆっくり休んで欲しい。


「おやすみなさい。良い夢を」


 お布団をポンポンと優しく叩いて彼に小さく声を掛け、そっと部屋の扉を閉じた。

 明日は彼に沢山美味しいご飯を食べさせてあげよう。どんな顔をして食べるかな。どんな顔してたべるかなって想像したら、何だか可愛くて、ほっこりして、そして胸が「キュン」となった。

2話目もお読み頂きありがとうございます!


イイネと感想、とても励みになります。

ありがとうございます。

どうぞよろしくお願いします。

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