家族の仮面
王都は、この国の国土のやや北よりの中央にある。
エディの侯爵領からだと、馬車でだいたい3日ほどの距離だ。
その距離をグリフォンで移動すると、2時間とかからないのだから、それはもう速いとしか言いようがなかった。
それがどれだけ高度で、追い風を受け続けても。
というわけで、もう色々と手続きをすっ飛ばしているのだから、と王宮の中央、王族の居住区の城のバルコニーに、ダイレクトにグリフォンを止めてもらった。
何事かと兵が集まってきたが、私の顔をみると全員膝まついた。
そして、1人の兵士が大声を出した。
「王女殿下の、ご帰還であるー!!」
と。
「は?王女?」
「……」
私が答えられないでいると、赤い髪をオールバックにし、白い盛装をしたいかにも王様な父が現れた。
「おぉ、おぉパティ。愛しい我が娘!」
と、私を抱擁するかのように抱きしめた。
「お久しゅうございます。お父様。お変わりございませんか?」
と白々しく声をかければ
「何があったとしても、お前の顔を見れたこの瞬間に全てが晴れやかになったよ」
と、もう一度ぎゅっと抱きしめた。
もちろん私は抱きしめ返すことはなかったが、後から来た母似た面影をもつ、けれども母よりも色素の薄い王妃が、私たちを複雑な目で見ていた。
その後ろから、可愛らしいふわりと揺れる赤髪のボブヘアーの少年がヒョコッと顔を覗かせた。
「お姉様、なのですか?」
「ええそうよ。あなたはへルムフリートね。会いたかったわ。可愛い私の弟」
と、腰をかがめてへルムフリートと呼んだ少年の両頬にキスをした。
「お母様におかれましても、ご機嫌麗しゅうございます」
と、スカートを軽くつまんで会釈する。
この少し複雑な空気を読んで、レオはまた大人しくしていた。
「レオ。こちらはこの国の国王と王妃様。そして王太子である弟よ」
「お父様、お母様、へルムフリート。こちらは、私が身元保証人になっている異世界転移者の豪血寺玲音です」
と、双方を紹介した。
先に動いたのは父だった。
「おお。君がれおん君か。噂はかねがね聞いているよ。北西国の偵察の件では、大活躍をしてくれたね。礼を言う」
と、レオの両腕を横からポンポンと叩いた。
「いえ……」
と、いつもの元気が無さすぎるレオは、どこか萎縮しているかのようだ。
「前回の手紙も届く前に帰還とは、今日はめでたい日だ!立ち話もなんだ。ディナーの時にでもゆっくり話そう。さぁ、おまえの部屋はそのままにしているよ。久しぶりに生まれ育った自室で、ゆっくりと羽を伸ばしなさい」
「はい、父上。では、レオと一緒に休みます」
「いや、俺は……」
「ふむ、そうだよパティ。彼だって男性なのだから、レディの部屋に入れるべきではない」
「構いません。レオ、一緒にいらっしゃい」
「いや、俺、グリちゃんこのままにしておけないから……」
と、全員が窓の外をみた。
そこには巨大なグリフォンが、くわぁっと欠伸をしていた。
なんとかグリフォンを馬小屋に繋ぎ、『馬食べちゃダメだぞ』ってレオが念を入れて注意をした後、王宮の広い建物の中を、グルグルとアッチにコッチにと歩き回り、やっとこ自室にたどり着いた。
レオは、そもそもこんな大きな建物に入ったことがないと引いていた。
それから自室に着くと『うぉ!お姫様ベット!』『部屋が1部屋じゃない……だとう』『猫足付きの風呂があるじゃん!』『なんだこの量の服ーー!!!』とか色々見て回って楽しそうだった。
やっと落ち着いて、2人並んでソファに腰掛け、レオのご機嫌を伺うように話し掛けた。
「ねぉレオ、怒ってる?」
「ん?何を?」
「私がこの国の王女だって、黙ってたこと」
「あー……」
「ごめんね、内緒にしてて」
「いーよ。逆に色々納得だわ。パティの変に凛として気高い感じとか、言われりゃお姫様ってイメージピッタリだしよ」
「そか」
「それにまぁ、何となく色々ヒントがあったしよ。気が付かなかった俺の方がバカだわ」
「レオはバカなんかじゃないよ?」
「いや、バカだろ。だってほら、護衛兵が『姫』って呼んでたり?どっか領主が逆らえなかったり?そもそも、パティの苗字がこの国の名前と同じじゃん?普通は気がつくよな」
「ふふ。そっか」
「まー、多分、パティを身近に感じていたくて、考えることを拒否してたんだろうな」
「そか……。『お姫様』だと、距離感ある?」
「……逆。燃える」
と、レオは頬を染めながら熱を帯びた目で瞳で私を見つめた。
「燃える?」
「そ」
「え、なんで?」
「絵本みたいだろ?」
「絵本?」
「そ。お姫様と勇者が結ばれる。みたいな?」
って、ニカッてレオが笑った。
「『お姫様』だから国民を守りたいって言ったんだろ?そんなんますます惚れるじゃん」
って言って頭にキスされた。
「ちょ、レオ!」
「はは、ゴメンゴメン。俺、テンションおかしくて、ちょっと止められないんだ」
「そうなの?」
「うん。パティのご家族さんにあってさ。この世には本当に幸せな一家があるんだなって思うとさ」
「そんな幸せなものでもないよ?」
「そうかもしれなねぇけどよ、パティと結婚したら、全部ついてくるんだろ?」
「え?」
「さっき妹ちゃんが言ってたじゃん」
「う」
「あの人たちが、俺の家族になるのかー。って思うと、なんかフワッフワするっちゅーか」
って、レオはあぐらをかいてぽやっ。としてた。
「父親ってさ、あんな威厳があんのな」
「一応国王だからね」
「国王の話じゃなくて、父親の話だよ。パティからしたら、この世でたった1人の親父だろ?」
「そうだけど」
「いいな……」
「……」
レオには『自称父親』が指の数以上居ると言っていた。そんな彼からしたら、あんな男でも羨ましく見えるのね、と、黙って聞いていた。
「あのさ、パティ。俺もあんなふうな父親に、なれるかな?」
って、目をキラキラしながら言うから、私はまたもや吹き出した。
「レオは、そのままのレオでいて。そのままで充分素敵だから」
「……そうかよ」
「そもそも、私、レオと結婚するなんてまだ言ってないから」
「は?」
「言ってないから!」
「いやいや。この後に及んで何言ってるの!?」
「そもそも私、告白だってされてないから!!!」
「はあぁ?こんだけ毎日好き好き言ってるのに、なんでだよ!!」
「だって、私だけ言われてないから!」
「愛の言葉ってやつ?」
「そう!」
「じゃあ言うわ。パティさん、愛してます」
「違う!」
「もー、なんなの。駄々っ子パティさんメッチャ可愛い」
「可愛くない!」
と、犬も食わない夫婦喧嘩をしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はい、どなた?」
と聞けば
「僕です。へルムフリートです」
と可愛らしい声が聞こえた。
線の細い華奢な体つきで、父に似た赤髪と、母に似た少し色素の薄い碧眼を持つ弟は、今年10歳になる。この国の唯一の王子で、断定的に王位継承権第一位の王太子だ。
彼が生まれたからこそ、私は王宮を出たのだが、決して弟憎しではない。
そんな彼が、オドオドと、『お姉様』と言うのだ。これが可愛いと言わざるか。いやもうめっちゃ可愛い。
もちろん部屋の中に招き入れた。
「あの、あの、僕……」
「ゆっくりで構わないわ。なにかしら?」
対面の席に腰掛け、両手の人差し指をつんつんとさせながら、真っ赤な顔で私たちを見る。
「あ、ありがとうございます」
仕草の一つ一つが可愛い。
「えと、グリフォン、かっこよかったです……」
「お。そうか?グリちゃん喜ぶぜ。良かったら今度背中に乗ってみるか?」
「えぇ!?背中に乗れるんですか?」
「おうよ。めちゃくちゃ速く、ビューンって飛ぶんだぜ!」
「その、危なくはないのですか?」
「危なくはないわ。ほとんどの魔獣たちは、レオの言うことに従うのよ。不思議なことに」
「そうなのですね……!それでしたらぜひお願いしたいです!」
「おぅ!いつでもいいぜ?なんならこの後行くか?」
「ちょっとレオ。もう少ししたら夕食になるからダメよ」
「そしたらいつ行けるんよ。今日の夜はまだ帰らないっつうこと?」
「あ……」
「お姉様がたは、もう行ってしまわれるのですか?」
「ううん、しばらく滞在することになると思う」
「わぁ、ヤッタァ。嬉しいです 」
「え。初耳なんだけど」
「急遽決まったからね」
「マジか。他のヤツらの面倒どうすんの?」
「……。それもそうだわね」
「あの、他の魔獣もいるのですか?」
「ええ。今いるのは大小合わせて20個体くらいかしら」
「そうだな。面倒見てるのはそのくらいだな。大体のやつが、放生しても帰ってきちゃうから、実際はもっといっぱいいるけどな」
「ほんと、レオ愛されすぎ」
「おーよ。ありがてぇな。けど、1番愛されたいヤツに愛されてないからノーカンだな」
「相変わらず大変な恋してるのね」
「いやいや、さっきの妹ちゃんとの会話で身に覚えねぇ?」
「なによ。エディの軽口を真に受けないで」
「エディ姉様……」
と、エディの名前が出た瞬間に、へルムフリートの表情が暗くなったのだった。