夫婦喧嘩は犬も食わない。じゃあ兄弟喧嘩は?
「そんな話、お父様から聞いてないわ……」
「そうでしたのね。わたくしてっきりお姉様もご存知かと……」
「とにかくその話が本当かどうか、一度お父様に確認する必要があるわね」
「そうですわ。わたくしの聞き間違いでしたら、それが1番良い事ですもの」
「逆よエディ」
「お姉様?」
「もし、私の身一つで戦争が回避されるのであれば、こんに楽なことは無い。そうでしょう?」
「それが1番悪い事ですわ!」
「……国民の血が流れるより、よっぽど良いと私は考えます」
「お姉様……」
「だって、かつて私たちのお母様も、辿った道でしてよ。違って?」
「……お姉様の仰る通りです。でも……」
「でも?」
「少なくとも私のお母様方が、幸せだったとは、私にはどうしても思えません」
「……。それは、お義母様にしかわからない事だわ」
「少なくとも、わたくしの母は、不幸せそうですの……」
重い空気に沈黙していると、着飾ったレオがやってきた。
「パティとお揃いの色にしてもらったんだけど……。俺、似合ってる?」
と照れくさそうにしている。
「あら、少し衣装が小さいですけれど、意外と見られますわね。」
「あん?それ褒めてんのか?」
「レオには分かりづらいかもしらないけれど、ちゃんと褒めてるのよ。レオ、よく似合ってて素敵だわ」
「ぉ、おう。照れるな。これ、学ランの詰襟みたいで気に入ったぜ。」
「ふふ。良かった。」
「なぁ、パティ。惚れた?」
「はいはい。すっかり惚れました」
「ちっ。なんだよ。期待してたのに」
「まぁ、お姉様ったらそんな感じなのですね」
「こら、エディしっ」
と姉妹2人でクスクス笑った。
そんな私たちをみて、レオが微笑んだ。
「うん。いいな、兄弟」
ってポロリというから、エディが
「あら。お姉様と結婚なされば、もれなく妹として私がついてきますわよ」
なんていうからまた吹いた。
それにしても。
今まで一度も着たことがない緑色の、それも正装を身にまとうレオは、美しくも逞しい青年だ。
肩肘張って風を切って歩くレオではなく、本当に生まれながらの貴族の子息のようだ。
レオもレオで、ぽーっとした目で私を見ていた。
「これで片思いとかお互い言うのですね……」
と、エディは呟いた。
「あ、そうですわ。せっかくですからワルツでも踊ってみてはどうでしょう?」
「踊るのなんて、久しぶり過ぎて体が覚えているかしら」
「俺はワルツなんて見たことも聞いたこともねぇよ」
「でしたら、ポーズだけお教えしますので、音楽に合わせて体を揺らすだけで充分でしてよ」
と、エディがポンポンと手を叩くと次女が屋敷の中に戻っていき、直ぐに楽器を手にした執事たちがやってきた。
「ではこちらにいらして」
と、石畳のある場所へ移動をする。
レオと二人、正面で向き合って、エディにされるがままになるレオ。
私はレオの肩に手をおき、もう片方の手をレオの手にのせた。
それを待っていたかのように、音楽が流れ始めた。
レオはオロオロしてたけど、横で侍女2人がワルツの見本を見せてくれたので、即覚えたようだ。
体を揺らすだけでも充分なのに、ステップを覚えてしっかりとリードをとって踊るレオ。
レオの周りに花びらとキラキラが舞っているようにすら見える。
時々思う。レオは自分のことを『バカだから』って、言うけど、そんなことは絶対ない。きっと今までの生活環境が、彼の能力を殺していたのだ。今は能力が開花して咲き誇っているように見える。そうでなきゃ、こんなに強くリードなんて出来ない。
「なぁ、俺上手く踊れてるか?」
「うん。上手よ。男性リードが上手だと、とっても踊りやすいの」
「そ、そうかよ。そりゃ良かったよ。俺はそれより、パティとこんなに密着してるのが嬉し恥ずかしなんだわ」
なんてことを言う。
「あのね、レオ。私、ずっと言いたいことがあって……」
「ん?」
「その、国力向上のために、一役買ってくくれてありがとう。来年の今頃には、その。物凄い人数のパパになるのよね?」
「………………は?」
「だから、その……。国民が増えて、嬉しいなって」
「どゆこと?」
「えっと、愛情を振りまいてくれて、ありがとう」
「意味が分からないんだけど」
「だから、あちこちの女性男性に、子種を振りまいているのでしょう?」
「はあぁあ?」
「だから、その……。私以外の人に愛の言葉をばらまいて、子種を与え続けてるのに、私の傍にいつもいていいのかなーって」
「いやいや、意味がわからん」
「ハハーン。そういうことですのね」
とエディはピンとヒラメいたと言わんばかりに笑った。
「バカバカバカ!!ほんっっっとにバッカじゃねえの!!ありえねぇ!ぜっっったいありえねぇ!!!」
「うぅ、だって、一役買ってるなんて、紛らわしい事聞いたから……。最初のレオをみてると、なるほどなって納得しちゃったんだもの」
『ブッコロス』を言い続けた彼。
それによって愛情を刺激された町人は、本来のパートナーと激しく愛し合い、子を儲けた。それに感化された近くの人が、となり町に飛び火し、の繰り返しで出産ラッシュになったらしい。
てっきり、レオが口説いて、その後……。ってずっと思ってた。
「だからって、うっわ。俺がパティ以外の女とヤッテルとかありえねぇ!マジで傷付くわ」
「ごめんなさいね〜。ウチのお姉様は純粋だから、報告のまま受け取ったのですわ〜」
「クソ。だから俺の本気が伝わらないとか意味わかんねぇ!」
「本気って何?」
「あーもう!本気で襲うぞ!!」
「その方がいいですわよ。なにせお姉様は見た目が楚楚となさっているだけではなく、未だに清い純潔の乙女なのですから」
「……え?てっきり誰か知らない男と経験済みかと思ってた……」
「おほほ!おバカさん。お姉様は性の知識は赤ちゃんの、天使のような方なのですわー!」
「ちょ、ちょっと!」
「両思い……、両思い!」
「まだ両思いなんて言ってない!」
「帰ったら、パティにプロポーズして、おっちゃんに報告して、それから、それから……」
大声で人の恥ずかしい話をしながら高笑いする妹と、両腕でガッツポーズをしながら涙を流して喜ぶレオと。
まさにカオスってこういう事だわと思った。
「……これでお姉様が幸せになれるのでしたら、文句はありませんわ……」
と、エディも心無しか微笑んでいるように見えた。
楽しい時間はおわり、私たちはまた東屋のテーブルについていた。
この後の予定を決めるためだ。
お父様に直接話を聞き、エディの話が本当ならば、それなりの準備をしなければならない。
そして、レオの今後の身の振り方も決めなければ。
「あのね、レオ。私はこの後、父に会いに行くことにしたのだけど……」
「俺も行く!」
「そうね、いつかは一緒に行きましょう」
「今日はダメなのか?」
「少し込み入った話なのよ」
「……どうしても、駄目か?」
と、ウルウルした目で見つめてくる。
「……。いや、連れて行ってあげたい気もするんだけど……」
「ヤッタ!」
「やっぱりレオには聞かせたくない話なのよ」
「俺のせい?」
「ううん、レオのせいじゃないわ」
「じゃあ、連れてってくれよ。頼むよ」
「〜〜〜っ。レオが行きたいなら連れていきたいんだけど〜っ」
「お姉様、この男が絡むと、急に知能がさがりませんこと?会話が低レベルになってますわ……」
「ぐっ」
「せっかく2人で正装しているのですから、一緒に行けばよろしいのでは?」
「妹ちゃん!援護射撃さんきゅ!」
「お礼は不要でしてよ。私もあなたが一緒にいた方がいいと思いますもの」
「エディ……」
「いいですこと?お父様の話を、ひとつ残らずよくお聞きなさい。そして、よくお考えなさい。何が1番大切で、どう行動するのが最善か。よくよく自分の頭でお考えなさい」
「わかった」
「必ずお姉様を幸せにしてくださいまし」