なれよ、俺の彼女に。
翌朝からも、私は馬車で忙しく出掛けていた。
北西国を何とかしたいという気持ちもあったが、何となくレオと顔を合わせづらかったのだ。
早朝、レオを起こさないように静かに出発しようとしても、必ず気が付いて馬車に乗り込む手伝いをしてくれた。
それから馬車の扉を優しく閉めると、馬車を引っ張る2匹の馬の頭を優しく撫でながら『パティのことよろしく頼むな』って言うのだ。
もちろん帰宅時も何故か既に門のところで待ってくれていて、下車を手伝ってくれた。時に手を添えて。時にはお姫様抱っこで。体力の無い私は、長時間の馬車の揺れですら疲れ切ってしまうのだ。
それから、馬車から馬を離し、放牧やら餌やり水やりまでしてくれているらしい。
護衛兵たちですら、彼らの馬の分まで世話をしてくれると、すっかり感心している、と聞いた。
こんなに甲斐甲斐しく尽くされて良いのだろうか。本来なら、私が身元保証人として、保護者として、彼を守らなければいけないのに。すっかり立場が逆転していた。
疲れて眠る私をベットまで運び、靴を脱がせ、濡らしたタオルで手や顔や足を拭い、布団をかけ、優しく髪を撫でたかと思うと、しばらくベットに腰をかけて、愛おしそうに私を眺め続けた。そしてそっとオデコにキスをして部屋から出て行くのだ。と、『たまたま覗いていた』年若い護衛兵が興奮気味に教えてくれた。
の、覗かないで……。
ってか覗いちゃダメ。というわけで、彼には罰として、レオのお供役を言い渡した。レオのそばにいて、手伝い、その日どんなことをしていたか、後ほど報告するようにと言い足して。
今日も馬車で移動しながら、あちこちの視察をし、父王からの連絡を受け取り返事を出す。またある時は、遠くの町に強いギルドがあると聞けば、パイプを作って私兵として引き抜こうかと画策した。
グリフォンに比べると、馬車は遅い。
決して遅くはないはずなのだけど、隣町まで移動するだけでもだいぶ時間がかかるのだ。
どれだけ気持ちが焦っても、1日はあっという間に終わる。
日がすっかり暮れた頃、今日もぐったりと疲れて帰宅した。
もちろん、レオはちゃんと門のところで私を出迎えてくれた。
「おかえり。パティ」
と、優しく微笑んで、手を伸ばすレオ。
その手に自分の手を重ね、馬車からゆっくりと顔をだす。
「ありがとう、レオ」
狭い馬車内から1歩出れば、爽やかな風が丘一面を吹き抜けて、私の髪を揺らした。
空は満天に星が広がり、豊かな大地の自然を、柔らかく照らしていた。
気持ちのいい、なんて穏やかな景色だろう。自然と涙が出る。
私は、この景色と、レオを守りたい。
心からそう思った。
「パティ?」
「……ん。なんでもない」
と、今日は少しだけ残った体力のおかげで、自室まで自分の足で歩けた。
「今日は、飯食える?」
と、部屋の外からレオが声をかけてきた。
「ん。食べようかな。コルセット外したら行くから、ちょっとまってて」
「わかった。準備しとく」
研究所から出る時は、諸侯にも会う機会があるから、なるべく正装に近い衣装を身につける。するとコルセットが必須になる。侍女や召使いが居ないから、自力で締めあげられる分しか締めていないとは言っても、やはり一日中つけていると苦しいのだ。それと、この炎天下の中、着込むのは暑い。おかげで夏バテに発車をかけている気がする。
衣装からコルセットからすっかり脱ぎ捨てて、やっと自由になった体をベットへと転がした。
大の字になって寝転がると、やっと呼吸が出来る気がした。
(本当は、王宮に乗り込んで話し合えばもっとやり取りが楽なんだけど……)
と、どうしても王宮に戻りたくない私は無意味な抵抗を続けていた。
子供っぽい、ただのわがままだと、そんな場合では無いのだと、頭では分かっているのに。
(1度でも王宮に戻れば、もう出して貰えない気がする。そしたらもう、レオに会えなくなる)
そんな気がしていたのだ。
目を閉じて深呼吸すると、睡魔が私を優しく引き込もうとした。
そんな私を、ご飯の用意をしながらレオが待っているはずだ。懸命に眠気に抗いながら、いつもの服に着替え、ヨタヨタと食堂へと歩いた。
「大丈夫か?パティ」
「ん、大丈夫。ちょっと疲れてるだけよ」
「でも、顔色、悪いぜ?」
「そうかな」
そんな会話をしながらレオは動き続け、カチャカチャと料理をテーブルに並べてくれた。
「んー、いい匂い!」
「今日は食堂のオッサンにさ、消化のいい料理教えてもらってきたんだ」
「へー。レオは勉強熱心だね」
「おうよ。必死だかんな」
「これじゃ、もっとお給金上げなきゃだね」
「……バーカ。金じゃねぇんだよ。プライスレス」
「?」
「ヤッパ伝わんねぇよな。俺の愛情」
「愛情かぁ、ありがたい〜。今伝わったよ〜」
「おま、バっ。そんなだらしねぇ笑顔でふにゃけるな」
と、真っ赤な顔になるレオ。
ふむ。疲れが吹っ飛ぶね。
お料理は、豆とキノコと野菜と穀物を、スープと乳で煮込んだリゾットだった。
深い滋味が、五臓六腑に染み渡る。
「美味しい〜」
「そうかよ。そりゃ良かったって、半分も減ってねぇじゃん。もう食えねぇの?」
「ん、お腹も心も満たされたよ〜」
「はぁ。そうですか。もしかして。外でなんか食べてきた?」
「食べてないよ〜」
「マジか。まさか、朝からなんも食ってねぇとか言わねぇよな?」
「……てへ」
「……は?マジ?嘘だろ?」
「いやー、忙しいと忘れるよね、食事」
「普通は忘れねぇよ。だからこんなにガリガリなんだよ、無理やりでもいいから食え!ほらほら、『あーん』」
と、スプーンをこちらに向けて『あーん
』と大きく口を開けたレオにつられた。
「あーん。パク」
「お。もう一口いけるか?ふー、ふー」
「んー……」
「ほら、あーん」
「あーん。もぐもぐ」
「いいぞ、偉い。ふー、ふー。ほら、食え」
「んー、介護されてる気分〜」
「ちっ。介護かよ。俺はイチャイチャ気分なんだけどな。病気の彼女の介抱てきな?」
「うふふ。私がレオの彼女?いいな。それ」
「いいなと思うなら、なれよ。俺の彼女に。ほれ、あーん」
「あーん」
「あー、可愛い。朝の近寄り難いキリリとしたパティさんが、俺の前だけはコンナなんだもんな。ちくしょう、参るわ」
と、レオは大きく溜息をついた。
締まりのない大人ですみません……。それより、なにか今大切なことを言われた気がする。
「ほれ、あと2口だ。頑張れ。てか、パティって何歳年上なんだっけ?」
「えっ。えっと」
「何歳でも、まぁ何十歳年上でもいーや。数10年後、こうやって介護することになってもさ。下の世話だって俺がやってやる。だから、ずっと一緒に居てくれよな」
と、真剣な眼差しで、まるで愛の告白のように頬を赤らめて言うレオ。
「……うん。嬉しいんだけどさ、さすがに下の世話はちょっと……人をこのまま枯れ老人にしないで……」
「あー……な」
と、クスクス笑い合った。
「よし、全部食ったな!偉いよ、パティ!」
と頭をナデナデされた。
「この後は?もう寝る?それとも少し俺を構う時間はある?」
「んー。眠いけど、レオ成分を補給したいかな」
「よっしゃ!4日ぶりのパティ独り占めだぜ!」
「うふふ。そんなに喜んでくれるなんて、私も嬉しいよ」
「喜ぶも何も。メチャメチャテンション爆上がりするに決まってるだろ。さて、何しようか」
「ん……」
「眠い?」
「んーん、眠くない」
「ウソつけ。絶対眠いんだろ?」
「んー……」
「ベットに運ぼうか?」
「んー……。まだいい」
「そか……。でも、明日も出掛けるんだろ?疲れはちゃんと取らないと明日に響くってバーちゃん言ってたぞ」
「疲れ……。疲れってどうしたら取れるのかな」
「……肩でも揉もうか?」
「マッサージしてくれるの?」
「マッサージ!イイネ!俺やりたい」
「マッサージをされたいじゃなくてしたいのか。珍しいね」
「珍しくねぇだろ。好きな女の体を触りたい放題なんだぜ?やりたくない男の心理の方がわからん」
「……なんだか、響きがえっちぃから、マッサージやめとく……」
「えぇ!?ここまできてそりゃねぇよ!」
「なんか、身の危険を感じだので、お断りさせてください」
「疲れてるから、いつもより防衛本能が働いたか?そのくらいいつも敏感だと話がはえぇのにな」
「なんの話よ」
「べつにぃ」
「もう」
「あ、そだ。そしたら温泉は?」
「温泉?」
「そ。疲れには温泉がいいらしい。つってもこっちじゃ入浴の概念がねぇもんな。風呂沸かすから、入れよ。ゆっくり」
「お風呂かぁ〜」
「そうと決まれば、風呂の準備してくらぁ。待ってろよ。お湯沸かす間に野原で花でも摘んでバスクリン代わりに浮かべてやるよ」
と、食堂を出ていった。
人より体力のない私が言うのもなんだけど……。レオは体力オバケだと思う。
お読み頂きありがとうございます。
心から感謝でございます。
『あーん(´□`*)アーン』
って、照れくさいですかね?するほうとされる方ではどっちが恥ずかしいのでしょう。どっちが楽しいのでしょう??
どこかでこっそり教えていただけると助かります。(人様のイチャイチャで救える命がここにあります。)
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