美少女たちから告白されました。ただし誰かは嘘をついているみたいだが。
嘘告。
好きでもない相手に好きだと告白して、それで狼狽える様子を楽しむ趣味の悪い遊びだ。
そういうのが存在することは知っていた。
『よっしゃ!』
だけど、まさか。
『罰ゲーム決定な! 明日、東条時雨に告ってこいよ!!』
俺が嘘の告白の標的にされるとはその時まで想像していなかったんだ。
いや本当、高校生にもなってよくもそんな趣味の悪いことができるな!?
ーーー☆ーーー
翌日。
俺は下駄箱を開けて、そこに入っている手紙を見てため息を吐いていた。
読んでみると昼休みに体育館裏に来てほしいとのこと。
差出人の名前はないが、このタイミングでの手紙とくれば嘘のラブレターだろう。っていうかえらく達筆だな、おい。
普段ならこの時点で飛び跳ねて喜んでいたはずだ。まあどうせ嘘告だってわかっているから人生初のラブレターだと喜ぶこともできないがな!
もう高二だぜ?
こんなクソしょーもない遊びをして何が楽しいってんだ。
昨日、俺は忘れ物を取りに教室に入ろうと扉に手をかけたところで中ではしゃぐ(幼馴染みともよく一緒にいる)陽キャグループのリーダー格のイケメンの声を聞いた。俺に罰ゲームとして明日(つまり今日)嘘の告白をしてやろうってのをだ。まあ扉越しだったから中に誰が何人いたのかとかさっぱりだから嘘告の実行犯が誰なのかもわからないが。
ここで教室に入って何を企んでいるんだとおちょくって笑い話に昇華できる奴はまさしく陽キャだろう。あるいはふざけるなと一喝できる奴はとんでもなく強いんだろう。
俺は誰が何人俺を貶めようとしているのかも確認せずにそそくさと逃げ帰るしかなかった。無理無理、普通に無理だって。何の変哲もない、そこらの学校に絶対にいる平均的な男子学生にはあんなカースト上位に立ち向かうなんて不可能だから。下手なことしたら明日からの学校生活地獄だって。そんな後先考えずに立ち向かうような馬鹿やる勇気は俺にはないっての。
まあ一度だけ『誰か』のために後先考えずに馬鹿やって死にかけたこともあったらしいが、その時の怪我の影響で記憶が曖昧なんだよな。とにかくそういう馬鹿な経験は一度きりで十分だ。
そんなわけでそれとなく受け流して、どうにか波風立てることなく終わらせようと考えるのはそう不思議なことでもないだろう。理不尽に立ち向かうのには相応の勇気と気力が必要なんだって。
しっかし陽キャグループのリーダー格のイケメンともなれば嘘告とかいう趣味の悪い遊びも笑い話にできるんだから顔が良いってのはお得だよな。あんなのとつるんでいるとか幼馴染みの夕暮菜月も趣味が悪いっての。昔のあいつはそういうのは嫌悪するほうだったし、こう、一緒にいて安心できる感じだったんだが。
大体だな、俺だって一度でいいから誰かと付き合いたいとは思っているんだ。だからこそこれが嘘の告白のためのラブレターじゃなかったら絶対に舞い上がっていたのに! 何だよ嘘告って陽キャの中でも飛び抜けて頭のおかしい奴らの所業だってのはわかっているけどそれにしても趣味悪すぎるだろ!!
そんなわけで雑に嘘のラブレターをカバンに突っ込んだ俺は教室に向かって、自分の席に座って、持ってきた教科書を机の中に突っ込もうとしたところで気づいたんだ。
なんか入っている。
取り出したらそれは一通の手紙だった。
読んでみると放課後に校舎裏に来てほしいと書いていた。差出人の名前はなかったが、こんな可愛らしい文字となると相手は女の子だろうな。
しかし、これは、うん。
なるほどな、うんうん。
「マジで?」
これって嘘の告白とマジの告白が重なったということか? おいおい、人生初のモテ期が何だってよりにもよって今日やってくるんだよお!!
ーーー☆ーーー
昼休み、俺は体育館裏に来ていた。
下駄箱に入っていたラブレターで呼び出されたからな。
俺は罰ゲーム扱いで嘘の告白をされる。それは確実だ。
ただしそれは片方だけで、もう片方は本当の告白だってんだ。
いやでも待てよ。
手紙で呼び出されたから両方ともラブレターだって安易に考えていたが、本当にラブレターなのか?
そうだ俺だぞ人生で一度も恋人はおろか告白すらされたことのない俺がこんな今日に限って嘘告にダブルブッキングしてマジもんのラブレターをもらう奇跡が起きるわけないよなっ。
ということは片方はあれだ、なんかとにかく勘違いなんだ。いやあ、手紙で呼び出されたら何でも告白されると思い込むとか自意識過剰にもほどがあるよなあ。
さあ、オチはどんな感じだ!?
「私、東条くんのことが好きです」
「……んえ?」
告白だった。
こっちはラブレターだったんだ。
しかもやってきたのは一年の時に同じクラスだった朝宮美琴さんだった。腰まで伸びた黒髪が綺麗な大和撫子の化身のような人。学校のアイドルだと有名な美少女で、頭が良くて剣道で日本一になるくらい運動神経も抜群で、俺のようなクラスで影が薄い奴にだって優しくて、とにかく非の打ち所がない朝宮さんが俺のことを好きだって?
二年で別のクラスになったというだけで落ち込むくらいには、その、気になっていたが、俺だって住む世界が違うというのはわかっている。俺みたいな平凡な人間には朝宮さんは決して手が届かない存在だというのはもちろんわかっているんだ。
だからこそ惹かれてはいても付き合うとかそんなことは最初から諦めていた。
そんな俺が朝宮さんに告白される?
ないない、あり得ないだろ。
つまり、だから、これが嘘告かあ。
朝宮さん、こんな趣味の悪い罰ゲームを楽しめる連中と仲良かったのかあ。
あの陽キャグループが朝宮さんとそんな仲がいいとは知らなかったが、俺だって朝宮さんの交友関係を全て知っているわけじゃないからな。そうか、くそ、事前に嘘告されるってわかっていても朝宮さんからとなるとかなりキツいな。
「その、東条くん」
「はっはい!?」
「私と……付き合ってくれますか?」
待てよ。
そうだよ、ちょっと待てよ!!
確かにあり得ない状況だ。これが嘘告の可能性は高い。
だけどゼロじゃないよな?
奇跡に奇跡が重なってマジで告白されている可能性もゼロじゃないんだ。
ここで断るのは簡単だ。
だけど二通目、放課後のが嘘告だった場合、絶対に後悔する。
あの朝宮さんと付き合えたかもしれないのに、それを自分から台無しにするような真似をしたとなれば普通に死にたくなる。
となれば、だ。
そうだ、どうせ嘘告ならネタバラシがある。嘘告だったならば付き合うことになった瞬間に陽キャグループが現れて笑いものにしてくるはずだ。
嘘ならちょっと笑いものになるだけ、本当なら憧れの朝宮さんと付き合える。どちらにしても告白を受け入れるのが最善だ。ここで断って実はマジの告白だと知って後悔するよりもな!!
「俺も朝宮さんのことが好きだ。だから俺でよければお付き合いさせてくれ」
そこで。
朝宮さんはこれまで見たことのない、本当に眩い限りの笑顔でこう言ったんだ。
「はいっ。よろしくお願いします、東条くんっ」
これは嘘か、それとも本音なのか。
こんな時、恋愛経験豊富な奴なら一目で見抜けるんだろうな。恋人とか無縁な人生を送ってきた俺には普通に無理だけど!!
ーーー☆ーーー
放課後、俺は校舎裏に来ていた。
机の中に入っていたラブレターで呼び出されたからな。
まあこっちが嘘告だろう。あの後ネタバラシなかったしな! となると俺があの朝宮さんと付き合えるわけで、何だそれ一生分の幸運を使い果たしたのか!? はっはっはっ! 今なら嘘告で馬鹿にされても全然気にならないな。何せ俺は朝宮さんと付き合っている男なんだし!!
そんなこんなでしばらく待っていると、彼女はやってきた。
金髪碧眼の美少女なんだけど……誰だ? てっきり陽キャグループの女子の、それこそ夕暮菜月とかその辺がやってくると思っていたんだが。あいつも昔は嘘告とかしようとも思わない、文学少女みたいに大人しめな女の子だったんだけど今は違うしな。
「あっ、シグレっ。久しぶりだねーっ!!」
「おぅあ!?」
なっ、抱きつかれた!? おいおいなんだこの豊満な胸の感触は馬鹿かパーソナルスペース皆無かよ普通にご褒美ですどうもありがとうございます!!
いやだけど本当誰だ? 俺のことを時雨と下の名前で呼ぶ異性の知り合いなんて……待て。まさか、いや、まさか!?
「お前、パトリシアか!?」
「そうだよーっ! その反応、今気づいたのー? ひっどいなあ。ワタシはすぐに気づいたのに」
パトリシア=ライティア。
小学五年から六年の一年間だけ一緒のクラスだった。それからは海外に行ってしまったからこうして会うのは何年振りか。
しっかし確か最近隣のクラスに金髪碧眼の美少女が編入したって噂を耳に挟んでいたが、それがパトリシアだったのか。人生何が起こるかわからないな。
「ナツキは今のシグレのことパッとしない外見だって言っていたけど、そんなことなかった。やっぱりシグレは今でもカッコイイよ!」
「まっ、待ってくれ!」
嫌な名前が聞こえた。
ナツキって、まさか!!
「ナツキって、夕暮菜月のことか?」
「そうだよー。何でフルネームで呼んでいるの?」
今のあいつって俺に罰ゲームで嘘告を仕掛けやがったイケメンと同じ陽キャグループの一員だったよな?
昔は俺やパトリシアとも仲良く遊んでいた幼馴染みだったが、今や話しかけるのも戸惑うくらい遠い存在になっている。何せ向こうはカースト上位で俺はそこらにいるモブみたいな立ち位置だし!!
おいおい、ちょっと待て。そうだよ夕暮菜月だよ! もしもその繋がりで昨日の教室にパトリシアもいたとしたら? こんなことならせめてこっそり教室の中を覗いていればよかった!!
いやだけどまさかそんな、パトリシアが陽キャグループに取り込まれて嘘の告白をするはずがない。ないったらないはずだ。
俺は昔、パトリシアに惚れていた。ガキの頃の、こうしてパトリシアと再会してようやく思い出したくらいではあるが、それでもあれは初恋だったと断言できる。
そんな相手から嘘告とかされたらトラウマものだぞ。
まあパトリシアは両親の仕事の都合で海外にいくことが決まって、そこから連絡はとっていないから昔とは変わっている可能性もあるが、そうだ、そもそもあの二通目のラブレターで俺を呼び出したのがパトリシアじゃない可能性だって──
「ねえシグレ。ワタシのこと、嫌いになった?」
「なっ、何を言っているんだ!?」
「だって、連絡してくれなかった。お別れの時、ちゃんと連絡先を書いた紙を渡したのに!!」
うっぐ。
あれは悲しい事故というかミスというか、本当俺がダメダメだった話だからできれば触れないで欲しかったんだが。
「嫌いになったならちゃんと言って。お願いだから」
抱きつかれていたから顔は見えなかった。
それでも震えた声から今泣きそうな顔をしているんだろうなと、それくらいはわかる。
「怒らないで聞いて欲しいんだが」
ああ。
これはもう言うしかないよな。
「パトリシアにもらった連絡先が書かれた紙な、握りしめていたら紙がぐちゃぐちゃになって文字が滲んで読めなくなったんだ」
「…………、え?」
唖然とした声が返ってきた。
だよな、唖然とするよな!! だからできれば触れないで欲しかったんだよ!!
だって初恋の相手が海外に行くんだぜ? ガキの時の俺じゃ背伸びしたって会いに行けるわけもなく、もう感情ぐちゃぐちゃで現実を受け入れるまで時間がかかって気がついたらもらった紙までぐちゃぐちゃに握り潰していたんだよ!!
もう馬鹿!!
紛うことなき馬鹿だよな、自覚はあるってのクソッタレ!!
「ぷっ、あは、ははははは!! そっかぁ。シグレらしいというか、ははっ。バカ、バカバカ、本当バカだよっ」
「お、俺だってまさかあんなことになるとは思ってなかったんだよ! つーか俺の連絡先はわかっていたんだからパトリシアのほうから連絡してくれればよかったじゃないか!!」
「それは……だって」
言い淀んで、そして。
パトリシアは俺の耳元でこう言ったんだ。
「好きだから。好きだからこそ連絡もしてくれないくらい嫌われたんじゃないかと怖くて悲しくてワタシから連絡できなかったのよ、バカ」
正直に言って嬉しかった。
だけど、だけどな。
「ねえシグレ。ワタシはシグレが好きなんだよ。だから、だからね……お付き合い、してくれる?」
これが嘘告でなければだがな!!
夕暮菜月という陽キャグループとの繋がり。そして朝宮さんが告白した時にネタバラシがなかったこと。二つを加味すれば答えは自ずと出てくるんだから。
しっかしあのパトリシアが嘘告かあ。
昔のパトリシアからは信じられないが、人は変わるもんだ。まあ、空気とか何とかあったかもだし、久しぶりに帰ってきた日本で波風立てないためってのもあるだろうし、他にも事情があるかもだしな。
俺みたいなのに告白して断られたとなったらパトリシアも立場がないだろうし、何より変に断って望んだ結果と違ったと空気が悪くなってパトリシアが責められたら最悪だし、ここは盛大に受け入れて散ってやるか。
昔はあれだけ仲良かったんだ。笑いものにされるくらいは受け入れてやる。後に禍根を残さないよう盛大に玉砕してやるか!!
……それに、何より、まだ朝宮さんの告白が嘘の可能性もゼロじゃないからな。ネタバラシがまだならば万が一朝宮さんの告白が嘘だった場合でも初恋の相手であるパトリシアの告白を断ってしまったと後悔しないよう立ち回るべきだ、という打算もあるしな。
「俺もパトリシアのことが好きだ。だから俺でよければお付き合いさせてくれ」
さあ、盛大にネタバラシしてくれ。
馬鹿な奴だって仲間内で笑えばいいさ。
さようなら初恋、俺は朝宮さんと新たな恋に突き進んでいくからよ!!
「う、そ……本当、に?」
そっと。
抱きついていたパトリシアが離れて、目を見開いて、涙を浮かべてって、あれ?
随分と演技がうまいんだな。
嘘告にそこまで本気を出さなくても──
「ありがとう……う、うう、ワタシ、ごめんね、いきなりこんな泣いちゃって……でも、でもね」
涙を拭って。
そしてパトリシアは記憶の中にもない、本当に幸せそうな笑顔でこう言ったんだ。
「離れ離れになってからずっと、ずっとずっと! シグレと両想いになれたらいいなって思っていたんだよ!!」
あれ? これマジの告白かもしれない???
だったら朝宮さんからの告白が嘘告の可能性もあるわけで、はは、そうか。パトリシアが嘘告しているって決めつけて断っていたら絶対に後悔していたぞ!!
ーーー☆ーーー
翌日。
俺は寝不足でフラフラしながら学校に来ていた。
昨日は全然眠れなかった。だってよお! 二人の美少女から同じ日に告白されてどっちかは嘘告だからってあんな感じで立ち回ったが、今なおネタバラシがないんだぜ!?
朝宮さんの告白の際に陽キャグループのネタバラシがないからとパトリシアの告白が嘘だと断定して、それならせめて空気を読んで盛大に散ることで望んだ結果と違ったと陽キャグループが変な因縁をつけられないよう立ち回ったつもりだったが、あの反応が演技とはどうしても思えない。
つまりこうなると朝宮さんが嘘告した可能性もあるけどあれも嘘には見えなかったわけで。
わからない、女の子の演技力が高すぎて俺には見抜けない!!
ああくそ!
頼むから早くネタバラシして楽にしてくれ!!
結局のところ憧れと初恋、どっちが叶ったんだ!?
朝宮さんが嘘告していたとしてもパトリシアと付き合えるし、パトリシアが嘘告していたとしても朝宮さんと付き合える。つまりどちらにしても俺にはもったいない恋人ができるわけだが、こうも焦らされたら落ち着かないだろうが!
「へい、東条ぉー」
と、そこで声をかけてきたのは夕暮菜月だった。
同じクラスで陽キャグループの一員で罰ゲームで俺に嘘告をしようと提案したイケメンとつるんでいる見た目ギャルな幼馴染み。
昔はパトリシアと三人でよく遊んでいたが、気がつけば随分と距離ができていた……ああいや俺がカースト上位に君臨する夕暮菜月とどことなく距離をとっていったのか? とにかく昔の大人しめな時では考えられないほど制服を着崩した彼女はいきなりこう言ったんだ。
「ねえ、わたしと付き合ってよぉー」
「……は?」
「だーかーらぁー。好きだから付き合ってって言っているのぉー」
…………。
…………。
…………。
「はぁっっっ!?」
なんだ、どういうことだ!?
どうして俺が陽キャグループの一員である夕暮菜月に告白されているんだ!? 昔はともかく今ではほとんど会話もしなくなったのに……って、ああっ!?
『罰ゲーム決定な! 明日、東条時雨に告ってこいよ!!』とか言いやがったイケメンとよくつるんでいる陽キャグループの一員が告ってきたということは……ッ!!
いや、そんな、そんな馬鹿な展開があるわけないだろ!!
「きゃははっ。なぁーんてねぇ。うっそー☆」
「嘘……って、待て、待ってくれ! 嘘告は昨日するはずだっただろ!!」
二日前に陽キャグループのリーダー格のイケメンは『罰ゲーム決定な! 明日、東条時雨に告ってこいよ!!』とか言ってやがったんだ。つまり昨日の告白のうちのどちらかが嘘告じゃないとおかしいんだ!
だから。
だけど。
「昨日はうっかり忘れていたんだけどぉ、あれぇ? もしかして嘘告されるってどこかで聞いたわけぇ?」
「忘れ、ばっ、おまっ……」
困る。
そんな風にまとめられたら凄く困るんだ。
「だったら……お前の告白が嘘なら朝宮さんやパトリシアのはどうなるんだ?」
「うん? どうしてそこで朝宮美琴やパトリっちの名前が出てくるわけぇ?」
不思議そうに首を傾げていた。
嘘告にその二人は関わっていないと言わんばかりに。
「ああ……。確かにパトリっちは東条のこと昔から気にしていたっけぇ。告白するって言っていた気がしないでもないしぃ? これは勇気を振り絞ったって感じかなぁ。あれぇ? そうなるとパトリっちと一緒に朝宮美琴の名前が出てきたってことはまさかあの朝宮美琴にも告白されたとかぁ?」
「……ッッッ!?」
「へぇほぉふぅーん。嘘告にあれだけ過敏に反応していたところを鑑みるにぃ、東条ってば嘘告されるってことだけ聞いてぇ、相手が誰かはわからなかったから朝宮美琴やパトリっちからの告白を嘘告だと疑っていたとかぁ?」
これは、つまり、だから。
「……ちなみに嘘告したのはわたしだけだから。これだけは絶対に本当だから。今からそのことを前提に立ち回ったほうがいいよぉ。少なくとも朝宮美琴やパトリっちは本気の気持ちをぶつけてくれたっぽいしぃ」
元はと言えば嘘告とか企んでいたお前たちのせいだと心底言いたかったが、そんな場合じゃない。
昨日の二人は罰ゲームでも何でもなく本気で告白してくれた。こんな俺を好きになってくれた。それが前提だ。そこはもう覆らないんだ。
で、俺は昨日何をした?
二人から告白されて二人ともに好きだと言った。片方は嘘告だからこそ最終的には俺のことを好きになってくれた一人と付き合うことができるという前提での立ち回りだ。
それが二人ともが本気で告白してくれていたとしたら?
普通に二股かましただけじゃないか!!
違うんだって、いや違うこともないけど、昨日は確実に片方は嘘告だと思っていてつまりどちらかは本気じゃないわけでネタバラシの後に改めてもう片方と本気で向き合って真剣にお付き合いするつもりで好きという気持ちに嘘はなくてだけど二人とも本気で告白してくれていたとなると話が違うじゃんそうなってくると途端にクズさが跳ね上がるんだってえ!!
くそっ、嘘告されるって聞いていなかったらあんなことはしなかったってのに!!
「あ、ナツキにシグレだーっ! おっはよう!!」
「うおっ。ぱ、パトリシア!?」
後ろから思いっきり抱きつかれた。声からしてパトリシアだが、あれだ、昨日も思ったが距離が近い! 色々当たっているんだが海外はこんなにスキンシップが激しいってのか!?
「好きだよ」
「っ!?」
耳元でいきなり囁かれたわけだけど、罪悪感が凄い。
完全に選択肢を間違えた。何で昨日の俺はあんなことをして、くそっ。浮かれすぎだ、馬鹿野郎!!
「だからもう絶対に離さないからねっ」
「あの、パトリシ──」
「東条くん。その人、誰?」
そこで。
いつのまに現れたのか、よりにもよってこのタイミングで朝宮さんが声をかけてきたんだ。
「え、ええっと、違うんだ。いや違うこともないが、とにかくあれだ、せめて言い訳をさせて──」
「ワタシの彼氏に何か用事でも?」
「は? 東条くんは私の恋人なんですけど?」
しばらく沈黙があった。
それはもう長く、重く、指先一つ動かせないほどの沈黙が。
そして。
やがて。
二人は示し合わせたように俺に視線を向けてきたんだ。
「東条くん」
「シグレ」
「「どういうこと?」」
とにかく土下座するしかなかった。
もう謝るしか道は残ってなかったからな!!
ーーー☆ーーー
不幸なすれ違いがあったけどそれはもう忘れて仲良くやっていこう、などという都合のいい展開があるわけなかった。
ビンタされた。
朝宮さんにもパトリシアにもな。
そりゃそうだ。片方からは嘘告されているかもしれないという前提があったとしても、結果として二股かけていたわけだしな。俺の言い分なんて火に油を注ぐだけだ。
高校生になってから朝宮さんに惹かれていたのも事実だし、パトリシアが初恋の相手だってのも事実だが、本気で好きなら例え嘘の可能性があっても一人に絞るべきだったんだ。
「きゃははっ。クズはっけーん☆」
「嘘告とかしやがったお前にだけは言われたくないな」
「わたしにも色々と事情があるのよぉ。……色々ねぇ」
「色々って?」
「それはぁ、あれよぉ。カースト上位を維持するためには空気を読むのも大事ってねぇ」
「そういうもんか」
「そういうものよぉ」
数日後、屋上にいたら夕暮菜月が声をかけてきた。何で屋上にいるかって? 朝宮さんとパトリシアを二股してやがったクソ野郎だという話が全校生徒に広まって居場所がないからだよっ!!
「で、なんだ? 俺のこと笑いにきたのか?」
「うんっ」
「悪びれもせず笑顔で頷きやがったな、おい」
まあ全部俺が悪いんだがな。
浮かれて適当なことを言ったんだから。
そもそも、だ。俺の好きは朝宮さんやパトリシアの告白を受け入れるほどに大きかったのか。
朝宮さんは憧れだった。惹かれていたのは間違いないが、それは高嶺の花に対するものであって付き合うとか結婚するとかそういう好きだったのか。
パトリシアだってそうだ。確かに小学生時代は惚れていた。あれは初恋だった。だけど今はどうだ? 何年も会っていない相手と再会して、それでも変わらず初恋を維持できていたのか。
少なくとも本気で好きなら嘘告だろうが何だろうが揺らぐわけがなかった。どちらか片方のことを選んでいたはずなんだ。
そうじゃなかった時点で俺の好きはそんなに大きくなかった。多分相手が俺のことを好きでいてくれるなら、告白してくれるなら、とりあえず頷いてしまう程度のもので。
本当、もうちょっと深く考えるべきだった。
俺が馬鹿やったせいで朝宮さんもパトリシアも傷つけてしまったんだ。
「別にいいんじゃない? 恋に恋するとか高校生じゃ普通なんだしぃ、美少女と付き合えるチャンスを逃したくないって思うのも普通だってぇ」
「……いきなりなんだ?」
「馬鹿真面目に反省して自分を責めている幼馴染みへのありがたいアドバイスよぉ。どうせこの辺のことグダグダと後悔しているっぽいしぃ。大体付き合うなら相手のことを上限マックスまで好きじゃないとって潔癖すぎよねぇ。付き合うきっかけは告白されたからとか前からちょっと気になっていたとかその程度でも付き合ってから仲を深めていくパターンもあるわけだしぃ」
「そう、か」
憧れと初恋。どちらか一方は確実に手に入ると、とにかく片方だけでも手に入れたいと考えてしまったのがそもそもの間違いだったんだ。
突然の幸運に浮かれて、欲望に目が眩んで、朝宮さんやパトリシアのことを考えずにどっちつかずな最低なことをしてしまった。
その罪は絶対だ。
俺が悪いことくらいは自覚している。
わかっていて、それでも。
「ありがとうな」
「どういたしましてぇ」
こんな馬鹿な俺のそばにいてくれるこいつの慰めを跳ね除けることはできそうになかった。
「まぁそもそも嘘告を警戒していたとしても返事を先送りにして時間をかけて嘘告かどうか調べるとかもっと賢い選択肢はあったと思うけどねぇ」
「……普通に正論じゃないか。ああくそっ、そうだなその通りだ。なんで俺はよりにもよってあんなことやったんだよお!!」
「きゃははっ。ばーかぁ☆」
ーーー☆ーーー
これにて嘘は全て暴かれた。
本当に?
ーーー☆ーーー
夕暮菜月とパトリシア=ライティアは知り合いである。その事実を東条時雨はもっと真剣に考えるべきだった。
もしもパトリシアが夕暮菜月に対して東条への恋心を明かしていたとしたら?
もしも特定の日にパトリシアが告白するよう唆していたとしたら?
もしも告白するまでは顔を合わせないほうが感動的で効果的な告白になるとアドバイスして、『今の』パトリシアがどんな人物か東条が把握できないようにしていたとしたら?
そもそも今回の嘘告騒動の初めの初め、東条が『罰ゲーム決定な! 明日、東条時雨に告ってこいよ!!』という陽キャグループのリーダー格のイケメンの言葉を聞くよう東条の私物を盗んで誘導していたとしたら?
あのような結末になったのには東条が馬鹿だっただけが理由ではない。破綻するよう立ち回っていた人間がいたのだ。
『罰ゲーム決定な! 明日、東条時雨に告ってこいよ!!』という言葉を東条に聞かせた際、念のためリーダー格の男には通話している風を装わせた。万が一東条が教室に踏み込んできたとしても嘘告をする『相手』が誰かわからないように。
裏ではそれほど用意周到な計画が進行していた。
そう、全ては夕暮菜月によって計画されたものだった。
とはいえ計画の大半は朝宮美琴の乱入によって大きく変更されていたが。
本来の計画はパトリシアの告白を嘘ということにしてやるつもりだった。パトリシアが何を言おうが東条が信じられないようにして恋敵の一人を潰すつもりだったのだ。『明日』と限定したり、他にも様々な細工を用意することで、だ。
それほど用意周到な計画の変更を決意したのは東条が下駄箱からパトリシア以外のラブレターを見つけた時だった。東条のことは常に監視しているのでそのことに気づけたのは偶然というよりは必然だったのだが、とにかくそのラブレターによって計画は大きく変更された。
結果として泳がしてみれば、東条は考えうる限り最悪の(夕暮菜月にとっては最高の)立ち回りをした。
両方の告白を受け入れたというなら話は早い。
どうせ片方は嘘告だと勘違いしていたようだが、そういう話であればいずれ破綻するのは必然だったのだから。
本気の告白があんな風に扱われた朝宮美琴もパトリシアも弄ばれたと感じたはずだ。少なくともここからすぐに何の憂いもなく付き合おうとはならないだろう。
だからこれからだ。
全てはこれから始まるのだ。
東条時雨という男がどうしようもなく馬鹿なことを夕暮菜月は知っている。それくらい好きで、だけどこんな自分ではパトリシアのような天に選ばれたような本物の美少女には絶対に敵わないことも、だ。
だから何がなんでも東条時雨を手に入れるために恋敵を一掃する。他に寄りつく女がいなくなれば、そして朝宮美琴の登場で当初の計画と変わって嘘告を強要された悲劇のヒロインというわかりやすいイベントの導入部を用意すれば──それこそ時期を見て陽キャグループのリーダー格であるイケメン辺りに脅されて身の危険を感じている演技でも加えれば東条は最後には絶対に夕暮菜月を助けるために拳を握ってくれる。そうして仲良くなるためのイベントを経ることで東条時雨は夕暮菜月のことを心の底から好きになってくれるだろう。
──この計画は東条が絶対に困っている誰かを見捨てないというのが大前提となっているが、夕暮菜月はそこが揺らぐとは考えてすらいない。
だって東条時雨はそんな馬鹿だということを夕暮菜月は誰よりも知っている。幼馴染み。物心ついた時からずっと一緒だったからこそ。
彼はどうしようもなく馬鹿なのだ。
自分のことになるとすぐに欲望に目が眩むし思考がクズに寄ることもあるが、『誰か』のためならば迷うことなく行動できるくらいには。
後遺症でその時の記憶を失うくらい傷ついて、それでも最後には夕暮菜月のことをあんな地獄の底から掬い上げてくれたように、損得とか度外視して『誰か』のためなら突き進むことができるのだから。
……まあ基本馬鹿なのでやらかすことが多いにしても、そんなところも東条らしいと好意的に受け止められるのはまさしく惚れた弱みだろう。
だから、嘘の告白なんて許さない。
恋に恋するような、高校生であればそうであっても何らおかしくないが、そんな『好き』では満足できない。
ならば東条から本気の告白をしてもらえるよう努力するべきだ。恋敵となりうる存在は蹴落とし、仲を深めるためのイベントを用意して、自分だけを見てもらえるように。
惚れた相手に好きになってもらえるよう努力するのは当然のことだ。
だから夕暮菜月は陽キャグループのリーダー格のイケメンを初めとして計画を円滑を進めるために必要な人材を必要な分だけ従順な手駒に変えている。今や東条たちのクラスの陽キャグループは夕暮菜月に脅しのネタを掴まれて言いなりになるしかないのだ。
それもまた東条時雨に好きになってもらうため。
告白されたならとかそんな曖昧な理由ではなくて、心の底から好きになってもらうためなら夕暮菜月はなんだってやる。全てを嘘で塗り固めてでも、だ。
だから。
だから。
だから。
ゆっくりと、だけど確かに東条に寄り添う夕暮菜月。
彼が学校中の生徒に嫌われているから邪魔が入らないのをいいことにその隣を独占できた。
東条時雨に見合う女になるためにカースト上位に君臨するほどに自分を磨いたというのに距離をとっていったことは絶対に許さないが、本当に一生忘れるつもりはないが、今日この日までこの場所を他の女に与えていなかったので見逃してあげると、そう心の中で呟くに留める。
「わたしぃ、嘘で好きとか言うの世界で一番嫌いなのよねぇ」
「俺に嘘告しやがった女が何言ってやがるんだ!?」
これまでもこれからも悪女の言葉は嘘に塗れているだろう。
だけど、少なくとも、今の言葉は本当だった。
今回の件で好きだと嘘をついていたのは東条時雨ただ一人だったのだから。
「きゃははっ。東条ぉ、大好きだよぉー」
「さっき自分が何を言ったか覚えているか、おい?」
嘘で、半端な気持ちで、好きなんて言わせない。
朝宮美琴やパトリシア=ライティアに言ったように軽く好きだと言われたら思わず殺してしまうかもしれない。
だからこそ、絶対にそんなことにならないように、何をしてでも心の底から惚れさせてみせる。




