どうしてこうなった!?
「バルトラさん」
語尾にハートマークが付きそうな感じのとろけた口調で、名前を呼ばれる。
声の主は、今俺の腕をその豊満な胸元にぎゅっと抱き込んでいる少女だった。
艶やかな黒髪を短く切りそろえたその少女は、どこか中性的なその整った顔を歓喜の色に染め、潤んだ瞳で俺の事を見上げている。
「ちょっと、アゼル!」
そんな少女を俺から引き離そうと、栗色の髪の少女がアゼルと呼ばれた少女の服を強く引っ張る。だが黒髪の少女はそれに抵抗するように、俺の腕をより深く胸の谷間に抱え込んだ。
ひどく柔らかい感触が俺の肘の辺りを包み込む。
普通の男であれば、幸福を感じるであろうその感触。
それをこれでもかというくらい押し付けられながら、だが俺は茫然とある言葉を頭に思いうかべていた。
──どうしてこうなった、と。
◆◇
レギナクロニクルってゲームがある。
ジャンルはRPG。昔ながらのって感じのオーソドックスなコマンド式RPGだ。んでもってゲームの舞台もベタベタなファンタジー世界。
このレギナクロニクル──通称レギクロだが超名作というわけでもなければ、超クソゲーというわけでもない。
10段階評価したら7点台あたりが付きそうな……ようは佳作、良作どまりのゲームだ。なので発売から何年も経過すれば話題には全く上らなくなる。そんなゲームがあった事すら覚えてない人間だって多いだろう。
ただ大抵どんなゲームでも。それが刺さる人間は大抵いる訳で。それがクソゲーじゃない一応は"良作"の範疇に入るならなおさらだ。
俺にとってレギクロがそれにあたったわけだ。
ゲームシステムはそれほど斬新ではなかったけど(というかUIとかシステム面に関しては評価を落としている部分は多かったと思う)ストーリーは悪くなかったし、何よりキャラの掛け合いが俺の好みに合った。
なんでずっとやり続けていたわけではないけど、他にやりたいゲームが無い時とかはいっつもやっていたと思う。周回プレイ特典とか殆どないのに、8回もクリアしたからな。
そしていざ9回目のプレイに入ろうとした時だ、異変が起きたのは。
ゲームを起動し、スタートを押した瞬間俺の視界はブラックアウトした。
そして目が覚めたら見知らぬ場所にいた──いや、見知らぬ場所というのは語弊があるか。
何故ならそこは、レギクロの世界だったからだ。
気が付けば俺は、レギクロの世界に異世界転生? 転移? していたのだ。
町人Aとしてな。
というか町人Aかどうかもわからねぇ。なにせゲーム内のモブとしても見たことないおっさんキャラだったからだ。ゲームにも登場していないただのおっさん? 意味わからん。
そして転生なのか、転移なのかもわからん。なにせ気が付けばおっさんになっていた。それ以前どんな風に過ごしていたかも覚えている。だから普通に考えれば前世の記憶が蘇った感じなんだろうけど……俺の感覚的にはノータイムに近い感じで切り替わってるんだよな。だから憑依とか、いきなり生み出されたとかそんな感じもある。
さて、その後しばらくは当然混乱に陥ったんだがそこはまぁ置いといてだ。
落ち着いてから俺は悩んだ。どうすりゃいいんだ、これ? と。
こういう奴って大体チート能力とかチートスキルとかを身に着けてるもんだと思ってたんだけど、どうもそんな感じはない。一般的な市民よりちょっといい程度……傭兵くらいの実力しかなかった。
そんな能力で何をしろと? 何かしら目的を掲示されたわけでもないしさぁ。
記憶をたどってみれば俺はこの年までとくにあてもなく世界を放浪していたようで……その日暮らしでこれまで生きてきたようである。
おいおい今の俺の年齢30過ぎくらいだぞ。それで宿無し夢無し家族無しかよ、ひどすぎだろ俺の人生。
しかし、本当にこれで困ってしまった。当然世界を救う使命もないし、この先何をすれば──そう考えたとき、俺はある一つのアイデアが閃いた。
そのアイデアが実行可能か判断か確認するために、俺はすぐに今が何年かを確認した。
─631年。
ゲーム開始の時点での年は633年だった。
いける。
目的が定まってからの俺の動きは思い返してみても素晴らしかった。リアルRTAをやってるんじゃないかってくらいだ。
まず最初に周回特典で手に入る武器を入手しに行った。
一回クリアをしてから出るアイテムだけあって、チート武器だ。といっても攻撃力がすっごい高いとか、強力なスキルがあるとかそういうわけじゃない。
その効果は、獲得経験値の大幅上昇。2週目以降のレベリングを楽にするアイテムだ。……そんなもん用意するくらいならレベル引継ぎとか初期ボーナスでいいのでは? なんてことはプレイ中に思ったりもしたが、今となってはありがたいアイテムだ。周回特典だからない可能性も考慮したけどきっちりあってくれた。
ちなみにコイツ以外のゲーム内ユニークアイテムは一切手をつけていない。そっちは本来入手すべき奴らがいるからな。このアイテムだけは周回特典だしいいだろうって判断だ。
んでもって次は当然レベル上げ作業。2桁手前のクリア回数を持つ俺の頭には、当然効率的なレベル上げポイントはすべて入っている。そして特典アイテムが有効だっただけあって、レベリングポイントも問題なく使えた。
──ここから死んだ目で長期でのレベリング作業が始まった。
いくら効率のいいレベリングポイントをしってて、尚且つ経験値上昇アイテムを持っているとはいえ、一気にレベルが跳ね上がるというわけではない。周回特典もそこまで法外な倍率を持っているわけでもないし、こちらの世界ではボタン一つで敵を倒すというわけにもいかず、そもそも疲労も出てくるのでずっとレベリングを続けることはできない。更にはソロプレイなのもありゲームと違って倒される事もできないので(ゲームの方でHPが0になった場合、状態は『死亡』ではなく『戦闘不能』になる。そしてパーティメンバーが全滅すると即GAMEOVERだった。止めを刺された扱いなんだろう)リスクを背負った無茶をすることもできず、結果としてはそこまでハイペースなレベリングはできなかった。
そもそもいきなり高難易度・高経験値のレベリングポイントも使えないしな。初期のポイントでレベルを上げて、余裕が出てきたらワンランク上に上げての繰り返しだ。
でもまぁ、そんな事を1年半も繰り返していればそれなりにレベルは上がった。
レベル87。間違いなくこの世界ではトップクラスのレベル保持者になった。
ちなみに最強クラスかといえば、それは否定する。──やはり俺はモブキャラだったらしい。確認できるパラメータの数字では、同レベル帯のゲーム主人公たちに比べると明らかに低かった。
とはいえ、レベル87は87だ。パラメータと違いスキルは普通に取れたので、俺はもうそんじょそこらのモンスターには負けない冒険者となっていた。
これで準備は完了である。
俺は死んだ目で続けてきたレベリング作業を切り上げ、ここ1ヶ月ほど入り浸っていた最後のレベリングポイントから離れると、目的を果たすために旅立った。
旅の目的は二つある。
一つはゲームの主人公である少年と、その幼馴染に出会うため。上手くいけばパーティーメンバーとして合流するためだ。やっぱりゲームの世界に来た以上、自分が主役にはならないにしても主役たちとは関わってみたい。本来ならモブキャラである俺が主人公と同行なんて無理もいい所だが、今の俺には1年半で鍛えに鍛えたレベルがあるから問題ないはずだ。ほらよくゲームでいるじゃん? 序盤で指導者的な役割で加入して強いけど成長曲線がゴミで途中で産廃と化す奴。俺はそのポジションを目指したい。
まぁゲームの開始は半年後なので、合流目指すにはまだ早いんだけど。
なのにこんなに早く動き出したのは、もう一つの目的を果たすためだ。
実はレギクロ、ストーリーが結構重い。重いというか、主人公たちが理不尽な酷い目に合う事が多い
。強制負けイベントとか、不幸になるイベントとか多いんだよな。
主人公とかその仲間達はいい奴らばかりで魅力的な連中なんだが、そんな奴らが回避不能の不幸や嫌な目に合わせられる。その結果物語自体は起伏の激しい飽きないものとなっていたが、キャラに感情移入しているとストレスのたまるものになっていた。
──ああ、そうだよ。俺はめっちゃ感情移入していたよ!
だから、俺は決めたのだ。せっかくこの世界にやってきたのだから、強制負けイベントや不幸イベントをぶっ潰してやろうと。
物語の本筋──メインストーリーに関わるところに深く関与するつもりはない。だが潰しても大丈夫そう(な気がする)イベントを潰し、主人公たちが心を痛める、傷つく事を減らす。それをこの世界にやってきた俺の目的に定めたのだ。
その為にアホみたいなレベル上げしたんだからな!
さすがに一人ではどうにもならないイベントもあるので、その辺は素直に諦めた。後自然現象系とか。さすがにどうにもならないし。
俺はぶっ潰したのはあくまでなんとかできるものだけだ。
例えば、ゲーム序盤にいろいろ主人公たちに悪意をぶつけてくるクソ貴族。本来だとゲームをある程度進めることでソイツの悪事の証拠を入手して断罪するんだが、それを入手して早々に断罪した。何せこっちは悪事の内容を全部知ってるんで。
そんな感じで、先に潰せるものを潰してから、俺は無事に主人公パーティに合流した。正直この合流するところが一番ドキドキしたぜ。
もちろん、合流してからもイベント潰しは継続だ。
ヒロインの一人の故郷の村の壊滅を阻止した事もあった。ゲーム本編では外せない他の重要イベントが重なり、そのイベントの中で村が怪物に狙われていることを知ったヒロインが離脱して駆けつけるも間に合わず、少女が心に深い傷を負うのだが──その時期に俺は一度パーティから離脱した。
別に俺はゲーム本編じゃいなかったから重要イベントに参戦する必要がないからな。むしろいない方が正しい形だ。
そうして俺はそれまでに集めた魔導罠を駆使して怪物の数を減らし、自ら剣も振るって村を護り切った。無論名乗らずに立ち去ったぜ! こういうのは影からこっそりやるのが格好いいしな。
他にも、ヒロインが洗脳されて攫われるイベントを洗脳無効化アイテム装備させて回避したり、幼馴染ヒロインの友人が陥れられるのを回避させたり。後は主人公が力不足である人物を助けられないイベントを事前にそのイベントに必要な能力を鍛えさせることで救助を成功させるなどetc。
その結果。主人公たちの表情を曇らせ、瞳の色を濁らせるイベントの大部分は回避できた。
当然強力なモンスターや難解なダンジョンの攻略等様々な苦労をする場面はあったが(攻略方法は知ってたけど黙ってた。詰まるようだったらヒント出すつもりだったけど)、主人公たちは少なくとも笑顔を失わずに冒険の旅を続けていた。
うんうん、俺はこんな姿が見たかったんだよ。
ファン視線で後方からうんうんとやりつつ、俺は満足感を得ていた。後は最終決戦に向けて上手くロートルがフェードアウトしておわり! 最後は本当に一観衆として、彼らが偉業を達成するところを遠くから見させてもらおう。欲をいえばすべてが終わった後に主人公たちが顔を出しにきてくれれば最高だな!
なんてことを考えていたんだが──
◆◇
「ちょっとアゼル、何してるのよ! 早く離れて聖杯使って元に戻りなさいってば!」
栗色の髪の少女──ルリアが、俺の腕に縋りついている黒髪の少女を強引に引っ張る。が、少女の腕は俺の腕を抱き込んで離す事はない。というか柔らかな感触が揺れて激しく押し付けられて──あああ心頭滅却心頭滅却。こいつは男。
そう、今俺の腕に縋りついている黒髪の少女は本来男なのだ。
この少女の名前はアゼル。勇者にしてレギナクロニクルの主人公。年齢もまだ幼く少女と見間違うほどの美貌の持ち主だが、あくまで男だったのだ。つい先日まで。
なのに何故今こんな姿になっているのかというと、ゲーム内イベントで女性しか入れない場所に潜入するために性転換できる聖杯を使って主人公が女の子の姿になるイベントがある。丁度それを攻略するところだったのだ。
そのイベントはつつがなく終了。もちろんアゼルも元の姿にってのがゲーム本編の流れ……だったのだが。いざ元に戻ろうという時になって、アゼルが聖杯の再使用を拒否したのだ。
アゼルは俺に抱き着いたまま、ぷーっと頬を膨らませる。
「僕は男には戻らないよ! よーやくバルトラさんを好きになっても問題ない姿に慣れたんだから!」
「アゼル様、バルトラ様も困っておられますから……」
ヒロインの一人で王女でもあるスターシアが眉尻を下げていうが、アゼルはぷるぷる首を振る。
「大丈夫、バルトラさんも喜んでくれてるよ! 元男だからわかるんだ、バルトラさんのバルトラさんがおお「やめろぉ!!」」
何言おうとしてんの!? 君ゲーム本編でそういった事いわなかったよね!? ……ああでも俺酒で酔った時パーティ唯一の男であるアゼルに下世話な話をした記憶が何度かあるな、俺のせいか?
あと姫様視線を下にやった後に頬を染めないでください。むっつりか?
「な、なあアゼル。ルリア達も悲しむし元に戻るべきだと思うぞ……?」
「べっ、別に悲しみはしないけどっ!?」
黙ってろツンデレ幼馴染。ていうかなんでそこを否定するんだよ! 戻したいんだろ!
「バルトラさんの頼みでも聞けないよ! だって、僕はずっとなりたかったものになれるチャンスが巡って来たんだから」
「……そんなに女になりたかったのか?」
「ううん、バルトラさんのお嫁さん」
「アゼル!?」「アゼル様!?」
俺からアゼルを引き離そうとしている二人が悲鳴に近い声を上げる。
……確かにアゼルにはやたら懐かれてるなぁと最近思っていたけど(常に俺といたがったし)、まさかそんな事を考えていたのか……
てかどうするんだよ! レギナクロニクル、ラストはパーティメンバーの4人のヒロインの誰かとくっつくんだぞ! ラスト変わっちゃう! というか散々ストーリーに俺が介入したせいか、おかしな展開になってるの!?
特にアゼルに惚れていると思われるルリアとスターシアがなんとか説得しようとしているが、アゼルは断固として拒否。くそっ、コイツ主人公らしく引かないところはほんと引かないんだよな……!
残りの二人……女騎士のノインと魔導技巧の技師のセティの方に救いを求めて視線を振る──あ、ダメだ、半目で達観した目でこっち見てる!
くそ、どうしてこうなった!?
◇◆
「ライバルが増えたな……想定外の相手ではあったが」
バルトラとそれに抱きつくアゼル、それをなんとか引きはがそうとするルリアとシアを少し離れた所から半目で見ていると、トレードマークの白金の鎧を今は外してラフな恰好になっているノインがそう声を掛けてきた。
「ライバルって何よ?」
「ライバルはライバルだ。──まさか気づかれていないと思っていたのか?」
「それこそまさかね」
同じ相手をいつも目で追っているんだ、いやでも気づく。当然向こうだって気づいているだろうは予想済みだ。
「ま、あの朴念仁は気づいてないだろうけど」
「だな」
私の言葉にノインは苦笑を浮かべるながら頷き、言葉を続ける。
「──多少なりとも気になっていた相手に故郷を救われて、惚れない訳などないだろうに」
そういうノインの声には、少し楽し気な響きがあった。
「本人は気づかれていないつもりだもの」
「それこそ気づかないハズないだろうになぁ」
ノインのいう通りだ。丁度いいタイミングでパーティを離れている間に問題が解決したり、さりげなく彼が口にした言葉で救われたり。当人は気づかれないと思っているようなのだが、はたから見ればバレバレだ。いろいろツメが甘いのだ、彼は。
──そんなところも好きなんだけど。
「しかしライバルはセティだけだと思ったんだがな。まさか3人目が現れるとは」
「5人よ」
「へ?」
「ライバルは5人になるわ」
「……後二人は誰だ」
「ルリアとシアよ。もしアゼルがあのままだったら二人は恋を諦めるしかないもの。その場合、あの二人がが見つける次の恋の相手になる可能性が高いのは誰かしら?」
あの二人だってバルトラに救われ、護られてる。今まではアゼルへの想いの方が強かったけど、想い自体はないわけじゃない。
私の言葉に、ノインは4人の方をじっと見つめた後視線を落とした。それから改めて視線を上げて、
「──私もアゼルを説得しに行って来る」
「……頑張って」
喧騒の中へと飛び込んでいくノエルの背中にそう声を掛ける。欠片も思ってないセリフだけど。
だって、無駄だから。そんなのアゼルの表情と瞳を見れば一目瞭然だ。
あー、もうどうしようかな! 当初は私一人だったし余裕だと思ったんだけど、どんどんライバルが増えていく。──彼は魅力的すぎるから仕方ないんだけど。
自分でこのメンバーの中では地味目なのは理解しているから、正直彼の一番になれる自信は欠片もない。いっそのことハーレムでも作ってくれないかな? 今度提案してみようかしら。
異世界恋愛かと思ったけど、「恋愛か、これ……?」と思ったのでハイファンにしました。
ジャンルわけわからん……何も……
勢いだけで書いたのでいろいろな設定はふわっふわです