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幕の内弁当

作者: 大西洋子

明紘、ついにこの日がきたな。約束通り、腕によりをかけて、最高の幕の内弁当を準備しよう。

飯に使う米は、もちろん俺達の故郷で生産されたものだ。

明紘、覚えているか。俺が転校してきてはじめての校外授業のことを。田んぼすら見たことがなかった俺がいきなり田植えだ。得体の知れない生き物が足元を横切り、声すらあげられず固まる俺に近づき、それらを掴み排水路へ逃がしたのを。

それがきっかけだったな。優等生の明紘とおバカな俺と凸凹コンビが誕生したのは。そして俺のおふくろを見るなり泣き出し、お前が小さい頃に母親を交通事故で亡くし、祖母が母親代わりだと、ぽつりぽつり話してくれた。

だからか。弁当持参のとき、俺以外の奴と弁当を食べなかったのな。

弁当といえば、五年生のときだったか、一泊二日の合宿のとき、お前の弁当に入っていた赤い糸こんにゃくを俺はミミズと見間違えたんだよな。ミミズじゃないよと笑い、俺の口に放り込まれたっけ。で、俺のおふくろが持たせてくれた果物を食べながら、その赤いこんにゃくにまつわる話を聞かしてくれた。

あの時、明紘は今のお前の姿が見えていたのだろうか。あの時、伝承を語るお前は、今の明紘の原点だと、俺は胸をはって証明しよう。

そうだな、煮物に赤こんにゃくを入れよう。取り寄せられるか? なかったら、ゴリの佃煮を取りに行く時に一緒に購入したらいい。

ゴリも思い出深いな。休みになるとお前と一緒に網を片手にゴリ捕りに夢中になったものだ。カエルやらゲンゴロウにおっかなびっくりだった俺がだぜ。明紘は俺を田舎のわんぱく坊主に変えてくれた。

そうそう小学生最後の夏休み、明紘と一緒に牛の飼育を自由研究としてまとめたよな。で、市の教育委員会から賞状をもらって、俺のおふくろに揃ってべた褒めされた。あの自由研究、明紘が主に調べまとめ、俺は絵を描いただけだったがな。だが、その喜びが絵を描くという趣味となり、お品書きに絵を添えている。

よし、メインは肉で決まりだ。それも三大和牛の一つをだ。……なあに、明紘と交わした約束だ。俺が包丁を握れる間はずっと続けるさ。

高校受験を期に、俺達の凸凹コンビは解散した。俺は公立高校の受験に失敗し、かろうじて受かった滑り止めの私立に通い、卒業と同時に家を飛び出し、お笑いの道に進んだ。

明紘は県内有数の進学高に進み、推薦で大学へ進み、教師になったと風の噂を聞いていたのだが……

支配人の紹介で、生活費の足しにと割烹料理屋にアルバイトを紹介され、いつしか楽屋への弁当配達を任されるようになっていた。それは、俺が芸人には向いていないという宣告でもあったのだが、バカな俺は芸人としてしがみ続けていた。

そうして、いつものように楽屋からの弁当の注文を受け配達しに行ったら、弁当を受け取りに出たのが明紘、お前だった。数年間会っていなかったのに、顔も格好もあの頃とずいぶん変わってしまったのに、二人同時に声をあげたな。後日、お前が直接店に来て、お互いに現状を語り合ったっけ。

ずいぶん後になってから、お前の師匠が大将に口添えし、俺達がゆっくり話せる時間と場所を与えてくれたことを知った。

──白状しよう。あの頃の俺は、憧れの師匠に可愛がられているお前が羨ましくて、消えてしまえと願った。

お前の師匠からお前が倒れたと聞かされたとき、俺はお前の元へ駆けながら、なんて酷い願いをしたものだと怖れ慄いた。

痩せ細った姿に青白い顔のお前。その顔を見るなり、足元から崩れおちたものだ。

──お前、師匠に弟子入りしたときには、天涯孤独の身になっていたんだな。再会したとき何一つ言わなかったぞ。

毎日俺はお前の元へ見舞いに行った。ちょっとでも腹に入れろと粥を作って喰わせた。お前は懐かしい味だと言って平らげた。卵の殻が混じってしまったのに関わらずにだ。

日に日に元気を取り戻していくお前の姿は、俺はお笑い芸人に終止符をうち、料理人への道を歩む決心を固めさせた。

病床から開放されたお前と俺は共同生活を始めた。毎日の玉子の焼き地獄に、落語の稽古。淡々とした修業の日々は、互いに気心知れた友がいたからこそ、苦にならなかったのだな。

──なぁ、お前の襲名披露の前に、お互い時間を作ってさ、俺達の家族と師匠の墓前に詣りに行こう。 襲名披露に振る舞う幕の内弁当を手にさ。

最高の俺達を見せに行こうぜ。





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