七夕物語(雨ふらし風味)3
彦星が目を開けた時、まず目に入ったのは、織姫の顔だった。
その向こうには、数多の星々が輝く、夜空。
彦星は、織姫に膝枕され、地面に横たわっていたのである。
「・・・・・・」
「気がつきましたか」
「今宵、地に伏したは、我か・・・」
彦星は、状況を悟った。
ふたりの身体がぶつかり合った時、何が起こったか、
ものすごい勢いで間合いを詰めていった彦星。
それに対し、織姫は、絶妙のタイミングで、彦星の顔面へ右ストレートを放った。
シンプルで、なんのフェイントもない、まっすぐな攻撃。
それゆえ、必殺の威力と、かわしようのないスピードを備えた究極の一撃であった。
だが恐るべきは彦星、
彼は、紙一重で、そのパンチをかわしたのだ!!
身をひねり、織姫の腕をとらえ、ねじり上げ、さらに信じられぬことには、彼はそのまま彼女を投げた。
究極の『一本背負い』。
そして間髪いれずに、地に倒れた織姫の腕を逆に曲げ、腕ひしぎ逆十字に極めた。
みちっ。
折った!!
・・・やった!?
織姫の右肘を破壊した感触に、彦星は、自分の勝利を感じ、喜びの表情で立ち上がった。
油断。
その瞬間、彦星の背を、冷たいものが駆け上ってきた。
なんと、腕を折られたにもかかわらず、彦星と同時かそれ以上の速さで、織姫も立ち上がってきたのだ!!
「ぬぅっ!?」
織姫は骨折したからといって負けを認めたわけでも動けなくなったわけでもなかったそれどころか痛みに耐え強烈な右の回し蹴りを彦星の顔面に放ち彦星はそれを察知し防御しようと脳が両腕に指令を与えたがその反応は間に合わな・・・
ため息の出るほど見事な蹴りが、
彦星の意識を根こそぎ奪っていった。
それは、互いが過ごしたこの1年間、鍛練に鍛錬を重ねた1年間の成果全てを、濃縮しつくし
た3秒間の攻防。
濃密な3秒間だった。
「「我も、つくづく未熟よな・・・」
自らが地に倒れる音を思い出して、彦星は唇を噛んだ。
「紙一重でした」
織姫がつぶやく。
「来年はどうなることか・・・」
「来年か」
「そう、また一年後、鍛えに鍛えて、互いに、この逢瀬を楽しみましょうぞ?」
「うむ」
「幸せでございますな」
「幸せか?」
「はい、目標を持って生きるとはなんと充実していることか・・・」
「そうよな」
「あなたの存在が、私の生きるよろこびでございます」
「おう、我もぞ」
・・・このように、
壮絶な果たし合いゆえに、ふたりは、年1回しか逢わないのだが、
そのほほ笑みは、どちらも満ち足りたものであった・・・
(おわり)