七夕物語(雨ふらし風味)2
「彦星・・・」
織姫もまた、ため息のような声で、想い人の名を呼んだ。
そして再び、沈黙。
やさしい風だけが二人の頬をなぶっていく。
どう、声をかけたらよいのか?
どんな言葉がふさわしい?
この1年の月日の中で、胸に秘めた想いのすべてを伝えるには・・・?
わからない、
わからないが、心底相手を想い続けてきたのだ。
それは、わかる。
相手が我を想っていることが伝わってくる。
おそらく、我が相手を想っていることも、同じく伝わっているのだろう。
想いは、ひとつだ。
「いつ・・・、『始め』ようか?」
彦星が尋ねると、織姫は、ふふ、と笑みを浮かべて答えた。
「もう、始まってます・・・」
その言葉を聞き、彦星も、にぃぃ、と唇の端を吊り上げて笑みを浮かべた。
「そうだな・・・もう、始まっている・・・」
つぶやきながら、彦星は歩を進めはじめた。
織姫へ、一直線に、ではなかった。
織姫を中心とした円周上を、反時計周りに、移動し始めたのである。
「なあ、織姫よ。この一年は長かったか?」
移動しながら、彦星が問う。
織姫は、自分の周囲を回る彦星を、静かに見つめながら答える。
「長くもあり、短くもありました」
言いながら、織姫は、移動し続ける彦星を常に正面に見ながら、少しずつ腰を落としていく。
「この日の来るのが待ち遠しくて、長いと思ったり、あなたに会うために、最高の私を準備をするには、短いと感じておりました」
愛おしそうに、目を細める。
それを聞いた彦星も、獰猛な笑みを浮かべた。
「おう、我もそうよ。我も、ぬしに逢う今宵のため、鍛え抜いたぞ」
声が、かすれている。
うれしさ?
怖れ?
いろいろな感情がないまぜになった、いいようのない緊張感で、震えているのだ。
「なぁ織姫よ、ぬしは最高よ」
「ほほ、彦星、あなたこそ」
「我はぬしほどの相手に巡り合えた、この生に、感謝しておるぞ」
「ええ、私も気持は同じ」
「気持は同じか」
「そうですとも」
「楽しいなぁ・・・」
「本当に・・・」
他愛のない会話を、ぽつぽつと続けながら、次第に彦星の描く円が、小さくなっていく。
二人の間合いが、近づいていく。
接近していくにつれ、周囲の大気が、二人の圧力で、圧縮されていくような感覚。
きりきりきり、と、限界まで緊張感が高まっていく。
そして、
「いくぞ」
「応」
二人の身体が、激しくぶつかり合った。
勝負は、3秒でついた。