浦島太郎 ~いじめられていた亀は、竜宮城を追放された後に浦島一家で成り上がる~
ある日、浦島太郎が海岸を歩いていると、亀が苛められているところを見つけました。
村の子供たちは亀を踏んだり蹴ったりしています。
「あぁん? お前ら、なにやってんだあ?」
浦島太郎が一声かけると振り向いた子供たちの顔が青ざめます。
「ひっ、う、浦島太郎……」
「おう、その浦島太郎だ。でー、ガキども、何を楽しく遊んでんだ? おお? 俺も混ぜてくれよお?」
浦島太郎は子供たちに凄みます。大人げないです。子供たちは怯えたまま震える声で話します。
「そ、その、亀を見つけて」
「うん、うん、亀を見つけて? ぼてくりこかしてんだよな? 楽しいかあ?」
浦島太郎がニヤニヤと笑うと子供たちはガクガクと震えます。
「しっかし、ずいぶんとデケエ亀だなあ? なあおいガキども、この亀、俺にくれねえか?」
「あ、は、はい、どうぞ」
「おう、ありがとよガキども」
浦島太郎は亀を肩に担ぎ上げると子供たちから離れて家へと向かいます。肩に担がれた亀は甲羅からにゅっと首を出しました。
「あ、あれ? え? 助かった?」
「なんだこの亀、喋れんのか?」
「あ、あなたが助けてくれたんですか? ありがとうございますううう」
「なにちょいと通りがかっただけだ」
「あの、さしてお礼もできませんが」
「気にすんなって」
浦島太郎は亀を肩に担いだまま家へと帰ります。なかなか立派な屋敷です。その屋敷を見た亀の顔が青ざめます。
「え? この屋敷って、まさか、浦島?」
「お? 亀でも知ってるか? 俺の一家も有名になったか?」
亀はガタガタと震えだしました。浦島一家と言えばこの辺りを絞める極道の一家です。家に帰ると浦島一家の太郎は大声で、
「親父ィ! 亀みつけたぞ! 今夜は亀鍋だ!」
「いやあああ! 食べないでえええ!」
「亀を食うと精がつくって言うからな! これだけデカイと食いでがありそうだ!」
「デカイ海産物は大味で美味しく無いですう! 大王イカとか食えたもんじゃ無いって言うじゃないですかあああ! お願いします食べないでえええ!!」
「なんだよ、お礼がしたいなら大人しく料理されろよ」
「他の! 何か他の方法でお礼を!」
「あぁん? 食うより他に何か旨味のある話でもあれば別なんだがなあ?」
「うまみ? えと、少ないですが貯金があります!」
「じゃその金もらってやるよ。他には?」
「ほ、他に? 貯金の他にえっと、えっと」
「なんで亀が貯金もってんだ?」
「僕こう見えて会社員で、そうだ! りゅ、竜宮城! 竜宮城なんていかがですか!?」
亀は食われたくなくて必死です。亀が竜宮城と口にすると浦島太郎の目がキラリと光りました。
「竜宮城、てえと最近調子のいい多国籍企業か?」
「僕、そこのサラリーマンで」
「よし、じゃお前を人質に竜宮城コンツェルンから身代金引っ張ってみるか」
「え? そんな! やっと就職できたのに! 会社に迷惑かけたらクビにされるううう!」
「クビにされるのと俺に食われるのとどっちがいい? おら、選べよ亀公」
「ひやあああああ!!」
亀は泣く泣く竜宮城コンツェルンに電話しました。亀は必死に本社に事情を説明しましたが、
『我が社には亀という社員はいない』
「おい亀公、乙姫社長はお前なんて知らんとよ」
「そんなあ! これまで身を粉にして働いてきたというのに!」
「あっさり切られたな亀公。お前、竜宮城では切られてもいいしたっぱ社員なのな」
「うがああああ!!」
亀は血の涙を流します。
「おのれ竜宮城! これまで休日出勤にサービス残業と人をこきつかって! その上で社員を守らずにあっさり捨てるなんてえええ!! クソがああああ!!」
「お前もそんな会社に尽くすなよ」
「マジメに働く以外に取り柄がないんですよおおおお!!」
「デカイ企業ってネームバリューだけで就職するところ選ぶからそうなる。デカイところほど後ろめたいことやってるもんだろよ」
「ちくしょおおお! そんな社会の裏事情なんて知らなかったんだあああ!」
「ひとつ勉強になったな亀公、じゃ食うか」
騒いでいた亀がピタリと静かになりました。必死の就職活動、洗脳のような企業研修、亀が死を前にして見る走馬灯には辛い思い出ばかりでした。
プチッと切れた亀は冷たく座った目で浦島太郎を見ます。
「浦島太郎さん、食べられて死ぬ前にお願いがあります」
「おう、なんだ?」
「インターネットに繋がるパソコンを貸して下さい」
浦島太郎は亀をパソコンの前に運びました。亀は血走った目でキーボードを叩きます。
「おのれ竜宮城、おのれ乙姫社長、僕をあっさり切り捨てたことを後悔させてやるう!」
「亀でもキレるのか。で、なにやってんだ亀公?」
「ふ、ふふふふふ、これでも僕、竜宮城コンツェルンでシステムエンジニアしてたんですよ。部署移動で苦手な営業にさせられましたけどね」
「あの会社の人事がよくわからんな」
「タイとかヒラメとか、上層部におべっか使うばっかりの役立たずが出世して、なんで僕が苦手な営業に回されるんだあ!」
「亀公、人付き合いが苦手そうだな」
「よし、僕が竜宮城のシステムに仕掛けておいたバックドアがまだ生きてる。ここから竜宮城コンツェルンの顧客データに経理のデータを抜き出して」
「なんかよくわからんが顧客データとか金になりそうだな?」
「えぇ、なるんじゃないですか? 竜宮城コンツェルンのライバル会社に売るとか、他には、これはマネーロンダリングと脱税かな?」
「お、なんかおもしろくなってきたじゃねえか」
「亀鍋にされるまえにやらかしてやる! 竜宮城も乙姫社長も道連れにしてやるう!!」
こうして亀は竜宮城コンツェルンの後ろぐらいデータを抜き出し、浦島一家に渡しました。
◇◇◇◇◇
「……あれから十年か」
高いビルの最上階、そのペントハウスで浦島太郎がワインを傾けます。その正面に座る亀もまたワインを一口飲みます。
「太郎の兄貴と兄弟の盃を交わしてから、もう十年か」
「亀がいてくれたおかげで何度も危機を脱した。ほんと、お前を亀鍋にしなくてよかったぜ」
「僕も太郎の兄貴のおかげで人生、いや、亀生が変わったよ。僕にはこっちの方が向いてたんだって分かった」
「いろいろあったなあ、亀よ」
「そうだね、桃太郎一家との抗争や竹取りファミリーとの騙しあいに……」
「復讐に来た竜宮城コンツェルンの残党とかいたなあ」
「乙姫社長にはいろいろ教えられたよ。信じる者は足すくわれるって」
太郎と亀は、今では浦島一家の親分とその片腕として恐れられています。
「太郎の兄貴といて何度もこれで死んだな、と思ったけれど生き延びてこれたね」
「その度に浦島一家は大きくなった。見ろよ亀、今ではこの街が俺たちのもんだ」
「あぁ、すごいね……」
「なに、俺とお前ならまだまだいけるさ」
何度も共に死線を潜り抜けた太郎と亀は、ビルの最上階から街の夜景を眺めます。
ワイングラスを傾けながら二人で見下ろす街の夜景は、絵にも描けない美しさでした。