第5話 マナチャージ妹
「エル兄、いやだよ!死んだらやだぁああっ!」
……イルの悲痛な声が響く。
俺は森の中を運ばれているらしい。モンスターの毒のせいか、もう痛みすら感じない。
あぁ、またこの夢か……。腕を失ってから何度も見た夢だ。
俺はイルをかばってモンスターに噛まれ、自分の右腕を失ったのだ。さらにはモンスターの毒によって左手さえも不自由になった。
森から戻った俺に待っていたのは高熱と激しい頭痛、そして意識の混濁。
ベッドに寝かされた俺は大粒の汗を大量に流して悶えていた。
『この子を治せばいいのね?……ふふ、ついでに両方の腕も治してあげるわ』
そして、俺の耳元であの声が聞こえる。
俺の腕を治療した、魔女の声だ。
『エルですって、あの人と同じ名前なのね。あなたに最高のプレゼントをしてあげるわ』
最高のプレゼント……、この言葉が聞こえると目が覚める。
そして、俺は毎朝のように絶望するのだ。
腕が動かないことに、世界が希望通りには動かないことに。
『エル、何を言ってるの?あなたの手は治っているのよ?』
しかし、今日は違った。あの魔女の言葉には続きがあったのだ。
それを聞いた俺ははっと我に返り、目の前の景色が歪んでいくのを感じる。
窓の外に小鳥のさえずりが聞こえる。
夢から覚めた俺はゆっくりと上体を起こす。
「……ん、動いて……る」
動いているのだ、俺の右手が。
上半身の体重をしっかりと支えて、起き上がることを補助してくれていた。俺は右手をさすって、それがこの世界に存在していることを実感する。
「ありがとう」
俺はすかさず自分の腕にお礼をいってしまうのだった。
実をいうと、俺はこの腕が何なのかさえ知らない。
分かってることはというと、魔女のお姉さんが手術してつけてくれたものだっていうことだ。
正直言うと、怪しいし、恐ろしいことだらけにも感じる。
だけど、今となってはどうでもいい。
今の俺はその魔女様に最大限の感謝を伝えたいぐらいだ。
こ の腕が動いてくれることに一番の幸せを感じるのだから。
「エルちゃん、そろそろご飯よぉ?」
窓を開けて腕をマッサージしていると母さんの声が聞こえてくる。
朝ごはんらしい。
お腹の虫が音を立てるのを感じた俺は急いで階下に向かうのだった。
◇◆◇
「さぁ、どんどん食べてね!お父さんとたくさん作ったから!」
階下に降りた先にはダイニングテーブルがあって、親父もイルもすでに着席していた。
テーブルの上には朝だというのにてんこ盛りの肉、肉、肉!
ちょっとすごすぎる量だぞ。
「エルちゃんの腕が動いたっていうから今日は朝からお祝いよ!」
母さんは艶っぽくふふふっと笑う。
少し紫の入った黒髪に真っ白い肌、そして、紫色の瞳に端正な口もと。
早い話、母さんは超の付く美人なのだが、目を引くポイントはもう一つあった。胸元にははちきれんばかりの果実が実っており、歩くたびに揺れるのだ。
いくら親子とはいえ、思春期の息子がいることにもっと自覚を持ったらどうだろうか。
「調子が悪いんなら、お母さんがマナをいれてあげよっか? イルじゃもの足りないものねぇ?」
「へひっ!?」
いつもの冗談ではあるが、タチが悪すぎる。
母さんの胸に手を置いたらいろんな意味で問題が発生するだろ。
……あぁ、怖い。
「ダメだから!エル兄を変な方向に走らせないでよね!マナチャージは私の担当なの!」
すかさずイルのストップが入って何とか救われる。
マナチャージは術式さえ知っていれば誰でもできるらしいが、イルは自分が専属だといって譲らないのだ。
握力も戻ったことだしマナチャージなしでもいいのかもしれないけど。
「がはは! しっかり食べろよ、食べればわしのようにでっかい男に育つぞ!」
親父は力こぶを作り、「うらぁ」と暑苦しい声をあげる。
その様子に母さんは「きゃあ、いい男」と歓声を上げるのだ。
俺は筋肉マニアでもないので、クマ親父のようにはなりたくない。だが、母さんに惚れ惚れされるのは正直うらやましいと思うのだった。
「エル兄!そのパンもーらい!」
親父たちを眺めていると、俺の手元からパンが消える。
犯人のイルはくひひなどと笑いながら食べるそぶりをする。
……懐かしいなこの遊び。
「甘いぜ、イル!」
しかし、今の俺は腕を取り戻したのだ。ご飯だって何不自由なく食べられるし、盗みだってできる。俺は素早く腕を動かして、誘拐されたパンを奪還することにした。
ふにゅっ。
「……あれ?」
おかしいぞ、訳が分からない。
俺は明らかに彼女のパンに狙いを定めたはずだ。
それなのに突然へろへろと失速し、イルの胸元に軟着陸してしまう。
当然そこには、イルの尊いそれがあるわけで。
「ん?ななな、何すんだよ、エル兄のばかっ!」
「んごっ!?」
当然のごとく、怒られる俺なのであった。
……あっれぇ、昨日のキレはどこにいったんだ?
「ん……、エル兄の腕が赤く点滅してるんだけど?」
「うおっ、何だこれ!?」
見てみると俺の右手がテカテカと赤く光っては消えてを繰り返している。復活したと思ったら新たなトラブル発生ってやつなのか!?
「あらぁ、マナ切れじゃないの?敵の魔法使いさんが魔力を使い果たしてこときれるときによくこうなるわよ? 相手が魔法を使えなくなってから、お仕事するのが好きだから覚えているわ」
母さんがニコニコ笑顔で物騒なことを言う。
なるほどマナが切れかけるとこんなことが起こるのか。
ちなみに彼女のジョブは暗殺者だ。
つまりまぁ、彼女のいう仕事というのは死事なのであり、魔法使いがターゲットの場合には魔法を打ち尽くさせてからやっつけるってことなんだろう。
こわいぜ、まじで。
「エル兄、ご飯食べ終わったらマナチャージするからね。まずは食べちゃうよ!」
そんなわけで俺たちは大量の肉の山と格闘するのだった。
「……せっかく腕が治ったと思ったのに情けないな」
食事の後、俺はそのままマナチャージを受ける。
まだまだ妹のお世話から解放されるというわけにはいかないらしい。
俺は少し情けない気持ちになってイルからのマナチャージを受けていた。
「いいじゃん、別に。誰かに助けを求めるってことは悪いことじゃないでしょ?」
マナチャージをしている間、イルは目を閉じて少し微笑みながら話している。
この時だけはいつもの生意気な性格は消えて、ちょっとだけ優しい。
「それに私だってエル兄に助けてもらうこともあるし、困ったときはお互いさま」
「そんなもんか?イルには世話になりっぱなしだからなぁ」
「ふふっ、変なこと心配しないでいいよ。ほら、ちゃんと集中しなさい」
体中にマナが流れ込み、心地よい温かさに包まれる。
少しだけの眠気。かすかに太陽のようなにおい。
俺はマナが満たされていく感覚にだけ意識を傾けるのだった。
お読みいただきありがとうございました!
次回は別視点が入ります。
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