第37話 イルの機転
「お前、俺と一つしか違わないんだろ?だったら、俺のことはエルって呼んでくれていいぜ」
あれはママの結婚相手のおじさんの家に行った時のことだ。
そこにいた悪ガキは開口一番にそういった。
性格は純朴な感じなのに、盗みの能力だけは大人顔負け。
襲い掛かってくる敵の武器さえ盗める男の子だった。
そのせいかピッタ村の子供たちの間では英雄扱いされていた。
打ち解けやすい性格で、私もすぐに彼と気の置けない関係になっていた。
「エル兄、魚を釣りに行こうよ!」
でも、私は彼のことをエルとは呼べなかった。
なぜかっていうと、彼のことを異性として意識していたからだ。新しくできた家族なのに、お父さんの子どもなのに。そんなことはいけないことだって私はわかっていた。
だから、「彼はエルじゃない、エル兄なんだ」って自分に言い聞かせた。
彼を意識することは悪いことなんだって抑えつけていた。
それから、間もなくしてあの事件が起きた。
エルは私のせいで右腕を失い、左腕も不自由になってしまったのだ。
エルは私を救ってくれた英雄。
あの時、私をかばわなければ私はモンスターに飲み込まれていただろう。
エルがいなければ、私はいない。
だから私は毎朝、毎晩、彼にマナを送り続けた。
魔女の言葉を信じ続けた。
「イル、ありがとう。少しずつ良くなってきた気がする……」
将来を渇望されていたのに、エルが活躍できないことはとても悔しかった。
私のせいなんだって何度も自分を責めたりもした。
だけど、ゆっくりした私たちだけの時間が流れていて、それはそれで好きだった。
いつまでも、いつまでも彼に私のマナを注いでいられればいいな……なんて思ったりして。
私が盗賊や暗殺の仕事を請け負って、彼が家で待ってるのもいいな……とか妄想したりして。
でも、そんな蜜月は長くは続かないもの。
彼の右手は復活し、魔女のお姉さんが予言したとおり、大量のマナを必要とし始めた。
気が付けば王女様に狂戦士、はてには魔獣使いに女勇者までたらしこんでしまう。
彼が活躍するためには私だけじゃ足りないってことらしいけど、悔しかった。すごく。正直言って他の女の子のマナチャージを受けるなんて受け入れがたいことだった。
あぁ、もう、節操なしの大喰らいの女たらし男!
だけど、それでも嬉しかった。私の大好きなエル・ヘルムートが帰ってきたって思えたから。
ウララやフレイヤっていう友達だってできたから。
そして、今。
エルは化け物の中から魔石を盗み出そうとしている。
あのバカ兄貴、お得意の自爆戦法をするつもりだ。
私をかばった時みたいに、自分の命を引き換えにしてでも倒すなんて思ったのだろう。
私たちに相談もなく、命を差し出すなんてバカなんだから。
「そんなこと、させない!」
だけど、私だって二年前の私じゃない。ただ守られてるだけの女の子じゃない!
意を決した私はエルの足元にジャンプをして滑り込む。
「ギッギギガアアア!」
奮戦もむなしく、エルの上半身はもう化け物の体の中に入ってしまった。
普通だったら死んでるだろう。もう終わりって目を閉じるだろう。
……だけど私は諦めない。
だって、エルは私の英雄なんだから!
私はエルの脚に抱き着いて胸の真ん中から一気にマナを送る。
……すると、私のマナに呼応したかのようにエルの鼓動を胸の中に感じる。
生きてるんだ!
エルはまだ生きて戦っている!
「フレイヤ、ウララ、手伝って!私の体にマナを送って!」
そして、私は叫ぶ。
悔しいけど私のマナだけじゃぜんぜん足りない。
彼を助けるためなら私のプライドなんかいらない!
「にゃはは、最高出力で任されたのだ!」
「あなたに送り込めばいいのね!」
「私もやるぞ!」
ウララにフレイヤ、それにハイジが私に抱き着いてくる。
……エル、あんた、モテモテだよ。
今の状況わかってるの?
体中を流れる温かくて、強い波。私はそれを一心に彼に送り続ける。
絶対に、絶対に、あなたを死なせない。
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