第36話 盗賊の極意
「エル、後ろぉおお!」
勝利を確信したのもつかの間!
ウララの声が響く。
それは俺たちの期待が崩れ去る瞬間だった。
俺たち三人の後ろに、再び真っ黒いヘルヴェノムが復活していたのだ。
「許さぬ、許さぬぅううう!」
中央の顔はシルフォードのものとは異なっていて、見たこともない獣人の男のものに変わっていた。
銀色の髪をしていて、どことなく銀狐様に似ている……。
「どうしてだよ!?」
俺はほとんどのポーションを使って奴の体を溶かしたはずなのに、魔石は見つからなかった。
そのためにこいつは復活してしまったのだ。
「きゃああっ!?」
しかも、奴は城壁でシャドウマンと格闘していたイルに毒液の弾丸を飛ばす。
軽装のイルでは毒を喰らったが最後、死んでしまうこともあり得るぞ!?
「イル!」
俺は勢いよく飛び出し、右手で弾丸をキャッチする。
しかし、毒の玉を持ってたんじゃ、こっちだってやばい!
俺はやけくそでそれをアイテムボックスにいれる。
手のひらからは嫌な音と嫌な臭いがしゅうぅっと立ちあがる。
「エル兄のバカ!敵の攻撃まともに喰らってどうするのよ!大丈夫なの!?」
イルはどうやら無事のようだ。
せっかくかばってやったのに、逆に心配される俺である。
確かに右手で毒の弾丸を掴んだのだ。即座にアイテムボックスに入れたとはいえ、猛毒に触れたらただでは済まないはず……。
「あれ、平気みたいだな……」
数秒待ってみても、毒が一向に効いて来ないし、右腕はまだぴんぴんしている。
これってどういうことだ?
単なるラッキーだったんだろうか?
しかし、そんな俺の思考をヘルヴェノムはすぐに分断する。
「ギギッギギイイギイギギイ!私の仲間を、家族を、妻を、返せぇええええ!」
モンスターの言葉と人間の言葉の両方を発しながらヘルヴェノムは毒をあたりにまき散らす。
こんなのが市街地に下りたら地獄絵図になるぞ。
「エル殿、わかったのだ!やつは魔石を体の中で自由に移動させることができるっぽいぞ!」
毒液攻撃を回避しながらフレイヤが教えてくれる。
なるほど魔石を動かしているのか。どうりで見つからないはずだ。
「ポーションが残ってないんだ。よくてあと一回、奴の体の一部に使えるぐらいだ」
せっかくフレイヤが敵の弱点を見抜いても時すでに遅し。ポーションがたりない。
もう少し敵を分析してから攻撃すべきだったのだと自分の作戦ミスを恥じる。
さぁ、どうする、今度こそ最後で最後の攻撃だぞ。
とはいっても、俺はもう何も持ってない。
武器もなければ、ポーションもわずか。俺はほとんど空っぽだ。天を仰ぎたい気分だ。
……いや、違う、そうじゃない。空っぽだから、できることがあるんだ!
『極意1:お前の手はどうして空っぽなのか?その手ですべてを盗むからじゃろうが!』
まるで俺の意志を読み取ったように、熱血老人の声が俺の頭の中に響く。
あぁ、覚えてるよ、その極意は。
誰だか知らないが、あんたに同意するよ、爺さん。
それにしても、「すべてを盗む」というところがひっかかる。
俺は何だって盗み出せるとでもいうのだろうか。
確かに、さっきの俺は猛毒の弾丸を掴んでも無事だった。
俺は思ってしまったのだ。
ひょっとすると、俺の右腕は毒に触れても平気なんじゃないかって。
ひょっとすると、俺はあいつから魔石を直に盗み出せるんじゃないかって。
そして、一か八かのアイデアを思いつく。失敗したら俺は即死だろうし、犬死にだろう。
だけど、俺はどこまで行っても空っぽの盗賊だ。
盗むことしかできない。
だったら、それに賭けるっきゃないだろ!
「エル、どうする?」
ハイジが青白く輝くロープで敵を縛り上げ、鬼気迫った表情で俺に尋ねる。
そう、俺はこの戦いのリーダーだ。
みんなが俺の言うことを信じてくれた。
ウララも、フレイヤも、イルも、ハイジも、冒険者たちも、兵士たちも、親父たちも、リースも、ウルルもセキレイさんも頑張ってくれた。
感謝しかない。
何より俺にマナを分けてくれた女神たちには頭が上がらない。
俺はマナをもらわなきゃただの役立たずなんだ。それなのに、俺を信じてくれて、助けてくれてありがとう。
俺は自分の大事な人たちのためにこの命を使おう。
短い間ではあったけど、俺の腕が動くようになった理由がわかった。
この瞬間のために、俺はこの義手を魔女からもらったのだ。
「最後の攻撃に出るぞ!フレイヤとハイジは奴の動きを止めてくれ!」
俺はそう叫ぶとアイテムボックスからポーションの樽を取り出して頭の上からかぶる。これで少しは奴の攻撃から身を守ることができるだろう。
そして、一気に敵のふところへと駆け出していく。
ヘルヴェノムは「ギギギ」と相変わらず不快な音を立てて、俺を険しい顔でにらみつける。
だがどういうわけか恐怖心は一切なかった。
俺の体全身を腕の光が包み込んでいるからだろう。
「ギギギッギギ!?」
ひらりひらりとヘルヴェノムの触手攻撃をかわす。
その一方で敵の中にある魔石を直感で探る。
「わかるぞ!」
奴の魔石が左腕から左胸へと流れていくのが俺の脳内に描写される。大きさは手のひらサイズで、こいつの内側では毒がものすごい速さで循環していることがわかる。
あれだけ攻撃しても魔石が見つからないのも納得だ。
「そこだっ!」
俺は叫びながら奴の体の中に腕を伸ばす。
とぷんと嫌な音を立てて、奴の体の中に右手が埋まる。
……痛くない!
やっぱりだ!俺の腕は盗んでいる間なら毒が効かないんだ。
だったら奴の体ごと盗むだけだ!
俺は奴の体を構成する毒液を盗み、アイテムボックスに入れ始める。
聖なる泉の水を大量に収納したのと同じ要領だ。
「ギギギッギイギイ!?」
そぎ落とすように奴の体を盗んでいるからだろうか、悲鳴を上げ始めるヘルヴェノム。
同時に俺のアイテムボックスの中には「ヘルヴェノムの毒液」が溜まり始める。
これならいけると確信するも、数秒もしないうちにくらくらしてくる。
この技は想像以上にマナを消費するらしい。早いところ魔石を回収しないとやばい!
「これだっ!」
こつんと指先に固いものが触れた!
……だが、前につんのめったせいか、つかみ損ねてしまう。
あぁっ、くそ、千載一遇のチャンスを逃した!?
だからってあきらめるかよ!
「ギッギギガアアア!」
しかし、ここにおいて絶望的なことが起こる。
ヘルヴェノムがボディプレスを仕掛け、俺の上半身がすべて奴の中に埋まってしまったのだ。
俺の視界は真っ暗になり、当然呼吸もできない。
肌に感じる激烈な痛み。かきむしりたくなるようなかゆみ。
体全身が麻痺していく。
……あぁ、もう少しだったのに俺はこのまま死んでしまうのか!?
遠ざかる意識の中、俺は全てを諦めかけるのだった。
「エル兄!」「エル」「エル殿!」なんて、あいつらが呼んでいる声が聞こえる。
これが走馬灯ってやつなんだろうか。
いや、足元からじわじわと温かいものを感じるぞ。
俺の体はまだ生きている!?
絶対絶命のピンチのはずなのに少しずつ力が湧きだしてくる!
「栄光の右腕!」
真っ暗闇の中、新しいスキルが発動する。
右腕には何やら文字のようなものが浮かび、暗闇を切り裂くように光っているのがわかる。
「うおぉおおおお!」
暗闇の中、もがきながら俺は叫んだ。
腹の底から、魂のありったけを込めて。
その刹那、こつんっと何かが指にあたる。
頼むからこれが奴の魔石であってくれ!
そう願いながら指先を思いっきり伸ばす。
手の中に何かがすっぽりと納まるのを感じた瞬間、アイテムボックスに入るように念じる。
やったか……という安堵と、これじゃなかったら死ぬ……という不安が入り混じる。
「エル兄!」
「エル!」
遠くからイルやウララたちの声が響く。
しかし、俺の意識はこの世界から一気に遠ざかっていく。
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