第35話 腕の使えない盗賊、英雄になる
「この盗賊職のエル・ヘルムートにシルビアの未来を託します!彼らこそが救国の英雄となるでしょう!」
ウララは俺の手を高く上げて宣言する。
俺に未来を託す……だと!?
そんなことを言っても俺は治外法権ピッタ村の人間で、厳密にはシルビアの人間じゃない。
さらにはヘルムートっていう盗賊組織の一員だ。
案の定というべきか、しーんと住民たちは静まり返る。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、がんばってぇ!シルビアを、王女様を助けてあげて!」
しかし、一人の女の子の声が響くことで空気が変わった。
俺はその声に聞き覚えがある。あれは俺とフレイヤが市場で助けた女の子の声だ。
それから間もなくして、ざわざわと人々が話しているのが聞こえる。
「エルとか言ったな!ヘルムートだろうがなんだろうが、あんたに俺たちの未来を預けるぞ!」
「俺は悪職なんて気にしないぞ。シルビアを救ってくれ!」
住民たちはこぶしを突き上げて、俺たちを鼓舞する。
彼らは決して自暴自棄になっているのではなかった。俺たちのことを受け入れてくれたのだ。
「ウララ、シルビアの住民は素晴らしい奴ばっかりだな」
俺はそんな思いで彼女の方をちらっと見てうなづく。
彼女は視線に気づいたのか微笑んでうなづき返してくれた。
「「「エル、お前に任せたぞぉおお!」」」
シルビアの住民が全員いるんじゃないかっていうぐらいの大音量の声援。
肌に感じるびりびりとした熱狂。
先ほどまでの鬱屈は吹き飛び、胸の奥が熱くなってくる。
彼ら・彼女らからマナを頂いたような感覚だ。
絶対に俺たちは負けない。
絶対に勝つ。
生き残る。
俺はふらふらになりながらも手を振って彼らの熱意にこたえるのだった。
「エル兄!マナが切れかかってるじゃん!もう、大事な時に何やってるんだよ!」
城壁へと戻ると、俺の腕が点滅してるのを発見したイルが叫ぶ。
言われて思い出したけど、確かにやばい状態だったんだ。
「フレイヤ、ウララ、リース、それにハイジさんも!エル兄がやばいから手伝ってよ!」
イルが声をかけたのはいつもの二人だけじゃなく、リースとハイジも加わっていた。
「はぁ、もう、しょうがないわね。この変態コソ泥……」
「ふむ、わかったぜ。平時じゃ捕縛案件だけど、一肌脱いでやる」
二人はお小言を言いながらも協力してくれるらしい。
「じゃ、エル兄は椅子にでも座ってて」
そして、5人は俺を囲い込み、じっと俺を見据える。
「それじゃ、いくよっ!」
イルの掛け声とともにマナチャージが開始。
この間よりもさらに激しい流れが俺の中に入ってくる。
右手にイル、左手にウララ、真後ろにフレイヤ、右肩にハイジ、左肩にリース。
それぞれが自分の胸の中央から俺にマナを注いでくれる。
「うおぉっおぉおお!?」
こんなん天国じゃないかよ、地獄みたいなモンスターは迫ってるけど!
おかげでモンスターみたいな声をあげてしまう俺なのである。
「私も参加させていただきます!」
「お姉ちゃんばっかりずるい!」
さらには裏方をやっていたセキレイさんとウルルまで割り込んでくる。
7人がかりのマナチャージだと!?
とんでもない分量のマナが入ってきて、頭のてっぺんからつま先まで一気にしびれる。
だけど、この間みたいに失神するというわけでもない。
もしかして、マナチャージを繰り返すたびに蓄えられるマナの量が増えているのか?
「うひぃいいいい、じゅ、十分だっぁああ」
正直、死ぬかと思ったが失神手前でなんとか持ちこたえる。
ここまで喜ばしい目にあったんだ。死んだって後悔はないかもしれない。
「エル、それじゃ、これを全部アイテムボックスに入れて!」
マナを極限までため込んだ俺に用意されたのがポーションの山だった。
おそらくは一生使わない分量と言えるポーションの量である。
ウララいわく、このシルビアにあるほぼすべてのポーションを持ってこさせたらしい。
王宮だけでなく、ギルド、商会、そして住民たちもポーションを差し出してくれたとのこと。
小さなガラス瓶に入っているものだけでも、ある程度の体力を回復させてくれる。
それが樽の中にいっぱいに入っているのだ。
尋常じゃないぐらいの回復力があるわけで、これならあのヘルヴェノムを迎撃できるはずだ。
「よっしゃ、どんどん入れていくぞ!」
俺はポーションの山に手を当てて、アイテムボックスにどんどん追加していく。
「王女様、ヘルヴェノムがどんどん迫っております!しかも、奴の姿が変わっております!」
俺がちょうどすべてのポーションを格納し終えた時だった。
兵士たちの絶叫が飛び込んでくる。
城壁の間近に迫っているのは球体型の化け物とは大きく姿を変えていた。
それは真っ黒い巨人、それもおそらくは毒でできた巨人だった。
頭の部分がやけに大きく円筒形に膨らんでいて不気味だ。
「モンスターの数も増えています!千体以上いる模様です!」
奴は背中の部分から触手が伸びて、あたり一面に毒をまき散らしている。そこからシャドウマンやシャドウウルフが尋常じゃないほど生み出されたようだ。
あの野郎、短時間で大量のモンスターを生み出す能力もあったらしい。災厄級っていわれる理由もよくわかる。
「よっしゃ、巨人野郎を縛り上げてやるぜ!」
「ふふふ、人型なら狙いやすいのだ!」
しかし、ハイジとウララはそれぞれの得物をもってやる気満々だ。
こいつら敵を目の前にすると似てくるんだよな、普段の性格は全然違うんだけど。
「ようし、下の奴らはわしらに任せろ。住民に危害など一切、与えないぞ」
「あたしたちもいるわよ!」
親父と母さんとリースは千体以上の毒々モンスター軍団の駆除に向かってくれるらしい。
よっし、これで後顧の憂いは何もない。
「ウララ様!奴が城壁を登ってきます!動きが急に俊敏になりました!」
城壁の上に現れるヘルヴェノム。
ついに戦闘開始だ!
「待っていたのだよ!喰らえ、竜王破壊撃!」
まずはフレイヤがものすごい勢いで槍の連続突きをくらわせる。
ボパッと妙な音をたててヘルヴェノムの片腕が吹っ飛ぶ。
「足止めぐらいにはなってくれよ!」
ハイジはヘルヴェノムのもう片方の腕を縄でぐるぐる巻きにする。
さらには、ぐいんと引っ張り一気に断ち切ってしまう。
「グギャギャギャギャ!?」
両腕を失い悲鳴をあげるヘルヴェノム。
だが魔石を破壊しないかぎり、致命傷にはなっていない。
奴は叫びながら毒をまき散らし、真っ黒いモンスターを発生させる。
「王女様を守れ!絶対に街に通すなよ!」
冒険者たちと兵士たちは持ち前の剣技と魔法でモンスターを排除。
特におっさんの炎の剣は強力で一太刀で何体もの敵を両断する。
おっさん、強いんじゃん……。
「王女様には指一本触れさせるなよ!死んでも耐えろ!」
おっさんは叫ぶ。
絶対にウララを死守するという覚悟に俺まで胸が熱くなってくる。
「この野郎!」
こうなったら俺だって指をくわえて眺めているわけにはいかない。
奴の頭上にジャンプして、真上からポーションの樽を大量に放出する!
「ギギャァアアアッ!」
ポーションの中身が奴の体に直撃すると、当たった部位は湯気をあげて溶けだしていく。おそらくは体の中央部分に魔石を埋め込んでいるはず。
そこまで溶かしつくすしかない!
「もう回復したぞ!?」
しかし、次の瞬間には体は元に戻ってしまう。
何なんだこいつ!?明らかにさっきの奴よりも回復が早い。
「ギギッギイ!」
さきほどは縄で縛れたからよかったものの、今のヘルヴェノムは素早く動く。
動きを封じないとポーションが無駄になってしまう。
「それなら右足をもらうのだ!竜破閃光撃!」
今度はフレイヤが槍を青白く光らせて、一気に突撃していく。
宣言通り足を削るのだが、次の瞬間には黒い触手が現れ、簡単に再生してみせる。
「……ウララめ、許さぬ!許さぬぅぅううう!」
ここにおいて俺たちは奴の異様な変化に目を奪われることになる。
やつの頭部がバナナの皮のように裂け、その中からシルフォードの顔が現れたのだ。
その顔は異様に大きく、死ぬほど不気味だった。
「エル、油断するなよ!一気に決めてしまえ!」
こういうときは先手必勝だ。
不気味な敵に見とれて、本領発揮されるのはバカのやること。
俺は一体目のヘルヴェノムをやっつけた時と同じ要領で敵の真上にジャンプする。
「喰らえ!」
両腕を開いて、手持ちのほとんどのポーションの樽を奴の体全体にぶちかます!
「ギャギャギャギャギャ!?」
こちらの耳がおかしくなるほどの凄まじい悲鳴。
見れば奴の体のほとんどが完全に溶けだしている。
シルフォードの顔はただれた様子で地面に転がっている。ううぅ、不気味すぎる……。
「これでどうだ……」
ぜぇぜぇと肩で息をする俺である。
「やったのだ!もうほとんど溶けだしてるのだよ!」
「やったな、エル!大金星だ!」
フレイヤとハイジが駆け寄ってきてハグをしてくる。
フレイヤはともかくハイジまで!?
顔にあたる二人の胸はひっじょうに反則技なのであった。
敵の残骸は頭の一部と、片足の先ぐらいでほとんど残っていない。
動く様子も、再生する素振りもない。
……勝った。
俺たちの勝ちだ。
あとは魔石を回収すればおわりだ……。
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