第34話 スタート反撃:小さい奴か、大きい奴か
「おっしゃあああ、引っ張れ!」
俺は綱引きの応援をしていた。
何を引っ張ってるのかって巨大なモンスター、ヘルヴェノムを!
奴は真っ黒い太陽のような姿をしていて、ギギギッと気色の悪い奇声をあげ続けている。
俺たちの作戦はこうだった。
まずはハイジの縄で大きい方を捕縛する。そして、一気に地上へと落としてから、俺が泉の水で浄化して魔石を回収する。
大きい方を狙う理由は動きが速く、生み出すモンスターも多く、きっとあいつが敵の本体だろうという見立てからだ。
ハイジの予想していた通り、聖水に浸された縄は毒に当てられても溶けなかった。
がちっと真っ黒な巨体に食い込むと、あとは力自慢の冒険者たちが一気に引っ張る。
「がはは、綱引きなんぞ久しぶりだ!」
「これはこれで楽しいのだ!」
親父とフレイヤは笑いながら綱を一気に引っ張る。化け物相手だっていうのに何が楽しいのだろうか。
最後尾にはリースの使い魔である真っ黒いオオカミの姿もある。
怪力二人に狼も加わったためか、次第にヘルヴェノムは高度を落としていく。
「毒を吐くぞ!気をつけろ!」
敵もやすやすとやられてはいない。
縄の網目から触手を突き出し、縄を引っ張っている人間を攻撃しようとする。
「させません!マジックウォール」
しかし、冒険者たちの中の神官や魔法使いの面々が魔法の壁を発動させ、毒攻撃から仲間を守る。今のところ連携はうまくいっているようだ。
「今日は実戦練習よ!ナイフの使い方をちゃんと見てるのよ!」
「わかってるよ、ママ!」
そして、真っ黒い影のようなモンスター、シャドウマンとシャドウウルフはイルと母さんがばったばったと切り捨てていく。
いや、母さん一人で信じられないスピードで斬り伏せていく。
ナイフを二刀流に持ち、身のこなしは軽快、攻撃は重厚。
シャドウウルフって結構強いという話だったんだけどなぁ……。
「ギギッギギギギギギ!」
ヘルヴェノムの大きい方が醜悪な音を立てて地面へと落下する。
しかし、油断もへったくれもない。
ロープの網目からはにょきにょきと触手が生えてきてしぶとく毒液を浴びせようとする。
目を開くのも辛いほどの毒気が漂い、みんなが顔をしかめる。
「こいつはあたしに任せるのだ!」
フレイヤが飛び出し、槍を振り回しながら触手を片っ端から切り捨てていく。
触手は再生可能だが、毒攻撃の頻度は明らかに減る。これならいける!
「エル、今だ!」
ハイジが大声を出して合図をする。
奴を仕留めるには今しかない!
俺は奴の上に向かって飛び上がり、両手を前に出す。
「これでも喰らいやがれ!」
ドドドドドドドドドと音を立てて吹き出すのは大量の聖水だ。
かなりの時間をかけてアイテムボックスに収納したもので、滝のようにあふれ出る。
俺のアイテムボックスにここまで大量の水が入るのかと、俺自身が目を見張ってしまう。
「ウギギギッギギギッギギギャァアアア!?」
ヘルヴェノムは気持ちの悪い悲鳴を上げる。
聖水の当たった場所が白い煙を上げ、音をたてながら溶けだしていく。
やっぱり銀狐様の歌はヘルヴェノムの倒し方を現していたんだ。
しかし、それでも敵は触手を伸ばして反撃をしてくる。
奴の体は半分ほど溶けたけれど、魔石のありかはまだわからない。
聖水をこれだけ出してるのにダメなのかよ!?
「くそっ!これでも喰らえ!」
こうなりゃ作戦の第二弾。
俺はアイテムボックスに入れたありったけの薬草を塊にして噴射する。
ゾゾイの森でウララが採取してくれた薬草だ。これも思い通りに効いてくれるだろうか。
「ギギッギガガガガガガガ!」
薬草の効果はてきめんだった。おそらくは聖水以上の効果。
耳障りな高音の悲鳴を上げながら、ヘルヴェノムは煙を上げて動かなくなる。
そして、奴の中心部分にそれを見つけたのだ。
「これがこいつの魔石なのか!?」
それは青と黒が入り混じった宝石だった。
俺の知っている魔石というものはもっと黒曜石に近いもので、ずいぶんと違う。
これを封印するべきか、破壊するべきかまだわからない。
とりあえずアイテムボックスに入れておこう。
「やったのだ、エル殿!」とフレイヤが俺に抱き着いてくる。
もし、見立てが正しいのならこれで小さい方のヘルヴェノムは消えるはず。
「どうだ?」
「ギギギッギギィイッィイイ!!」
「……あれ?」
しかし、消えないのだ。
小さい方のヘルヴェノムは奇怪な音を立てながらゆっくりと城壁へと近づいていく。
「うっそだろぉお!まさかちっこいのが本体だったなんてよぉっ!?」
ハイジが大声を出して天を仰ぐ。
俺ならともかく冷静沈着な彼女らしくない慌てぶりだ。
「大丈夫なのだ!エル殿が城壁からジャンプして、水と薬草をばらまけばいいのだ!」
フレイヤがナイスアイデアとばかりに目を輝かせる。
だが、その期待に添えることはできない。
なぜなら、俺のアイテムボックスにはもう聖水も薬草も残されていないのだ。
さらに悪いことは体中が異常にだるくなってきている。
この感覚はマナ切れが近いっていうサインだ。
ヘルヴェノムをやっつけるために能力を消費しすぎたのだろう。
「こらえろ!このままじゃ、シルビアがやられるぞ!」
あたり一面に毒をまき散らしながらゆったり進んでいくヘルヴェノム。
あいつを追い落とさなければ、シルビアの町全体が汚染されてしまう。
俺たちは肩で息をしながら恨めしく小さい方のヘルヴェノムをにらみつける。
「エル!王女様が呼んでるわよ!」
「……おっし、みんな、城壁から迎え撃つぞ!」
このタイミングでリースが白い狼に乗って駆け寄ってくる。
ウララが呼んでいるのなら弱音なんて吐いていられない。
俺は気力を振り絞ると、なんとか立ち上がる。
こうなったら二回戦目だ。
あの猛毒野郎を是が非でも撃ち落とすしかない!
◇◆◇
「やりました!盗賊と冒険者たちがヘルヴェノムを一体、撃ち落としました!」
エルたちが巨大なモンスターであるヘルヴェノムを撃滅させると、城壁は歓喜で湧きたった。
しかし、小さい方のヘルヴェノムは相も変わらず近づいてくる。
「まだよ!まだ終わってないわ!王宮とギルドにあるありったけのポーションを持ってきなさい!商会にあるものも全部、買い上げて!リース、エルたちを至急こっちに呼んできて!」
ウララは声を張り上げて、ヘルヴェノムの迎撃に備えるように言う。
彼女は王家に伝わる白銀の鎧を身に着けて、第一線で戦うつもりでいるようだ。
「王女様!住民たちが城壁近くに駆けつけております!」
「なんですって!?避難指示を出したはずでしょ?」
シルビアの住民には城外に避難するように伝えていたのだ。
ウララはパニックが起こったのかと舌打ちをする。そうなれば抑えられるのは自分しかいないだろう。
彼女は城壁の上から「静まりなさい!何ごとですか!」と住民たちに声をかける。
「ウララ様!私たちのポーションもお使いください!すべて家庭にあったものです!」
「このポーションで私たちのシルビアをお守りください!」
住民たちの行動はウララの予想していたものと真逆のものだった。
彼らはヘルヴェノム対策のためにポーションがかき集められているのを聞くと、家庭用に確保しておいたものを持ってきたのだった。
「……わかりました。ありがとう、必ず役立ててみせます!」
住民たちのシルビアへの思いにウララは涙腺が緩むのを感じる。
しかし、今は戦時だ、泣いてなどいられない。
彼女は礼を述べると兵士たちに命じて住民が持ってきたものを運ばせる。
「ギギッギギギギ」
ヘルヴェノムの不快な音が作戦を立てる部屋にまで聞こえてくる。
もし、シルビアの街に入って来たら?
街中が汚染されたら?
頭の中に悪いアイデアがどんどん浮かんでくる。
そんな折、「エル・ヘルムート、その他冒険者たちが戻りました!」と兵士が声をあげる。
「エルたちをこちらに連れてきて!」
ウララは兵士に命じてエルを連れてくるように伝える。
必ず、あの化け物を退治してやろうと決意するのだ。
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