第3話 盗賊伝説ビギンズ
「なんだ、お前ら!?この部屋は鍵がかかっていたはずだぞ」
最悪の出来事は最悪のタイミングで起こる。
フードの女の子をなだめていると人相の悪い男たちが部屋に入ってきたのだ。人数は二人、いかにも奴隷商人の手下という雰囲気だ。
「コソ泥か?やっちまえ!」
「うぉおおお!」
二人の男どもは大声をあげてナイフで切りかかってきた。
2年ぶりの実戦で情けなくも「ひぃ」と悲鳴をあげる俺である。
しかし、決着は想像以上に早く着いてしまう。
二人の男の頭に不思議な形の武器が刺さり、声もあげずに倒れたのだ。
「ふふふ、ミネウチだよ?特製の麻痺毒を味わうといいじゃん?」
イルの手には彼女の飛び道具が握られていて、それを投げつけたようだ。
異国の武器でシュリケンというものらしいが、非常に痛そうだ。
「よっし、そろそろ出ようじゃん」
フードの女の子も空気を察したのか黙って頷く。
……素直な時は普通にかわいいな。うん。
しかし、そんなことで関心している場合じゃない。俺たちのピンチはこれだけじゃ終わらなかったのだ。
「なんだ、なんだぁ!? お前ら、こいつにやられたのか?」
大声を聞きつけたのか、人相の悪い奴らがどかどかと部屋に乱入してくるではないか。
顔や体に傷があり、腕っぷしの強そうな男たちが8人ほど立ちはだかる。その手にはナイフや短剣を持ち、圧倒的に俺たちが不利だ。
さらに悪いことに、マナを消費したのか俺の左手の握力はかなり弱まってきている。
「だから、言ったんだよ、エル兄の馬鹿!もっと武器を持ってくればよかった」
イルの手元にあるシュリケンは残り3つほどだ。敵は8人は下らないし、一発で敵を無力化できたとしても5人は余る。
「おいおい、悪職の盗賊が俺たちにケンカを売るんだとよ?俺は泣く子も黙る重戦士様だぞ?」
「俺のジョブは剣闘士だ。お前らみたいな悪職のコソ泥が勝てるわけがないだろうが!」
「戦闘職のなりそこないが!このナイフでめった刺しにしてやるぞ!」
男たちは口々に俺たちを悪職、悪職とあざ笑う。
悪職っていうのは俺たちみたいな盗賊や暗殺者といったジョブの蔑称だ。
悪職は冒険者ギルドに加入できないため、こんな奴らにすら差別されることも多い。実際に純粋な戦闘力では奴らのほうが上だろう。
まして、俺の右手はほとんど感覚がなく、左手も握力がほとんどない状況だ。
迂闊にもこの部屋に入ってしまった自分を呪いたくなる。
「きゃああっ!?」
「何をするんだよ、この変態!」
一瞬のすきにイルとフードの女の子がそれぞれ羽交い締めにされる。
敵もバカじゃないらしく、後ろの方から回り込まれていたらしい。
「ぐへへ、この女どもは奴隷にして売りさばいてやる!」
「二人とも上玉だからな、いい値段がつきそうだぜ」
下品な顔をして笑い転げる男たち。
「エル兄、逃げて!パパを呼んでくれば、ぐっ!?」
イルは言葉の途中で下腹にパンチをくらわされる。
あたりどころが悪かったのかガクッとうな垂れて黙ってしまう。
「や、やめろ……」
……あぁ、くそっ。
俺は大切な妹を危険にさらして何をやってるんだ。
恐怖も相まって、俺の膝ががくがくと震え始める。
「コイツ、震えてやがるぞ!この女をもっと痛めつけようぜ。どんな反応をするか楽しみだ」
男の一人の声が響く。
それはモンスターですら思いつかないような、最悪のアイデアだった。
「エ、エル兄……逃げて……、お願い……」
イルは床に突っ伏したまま、かすれた声で俺の名前を呼ぶ。
俺の頭の中で、ぷつり、と何かが切れた音がした。
こうなったらやけだ。
俺の命に代えてでも、二人を絶対に助ける!
「お前らぁああ!」
俺は両足に力を入れて一気に加速すると、男の一人に飛び蹴りを食らわせる。
――こいつらを絶対に許さない!
『ふふ、おかえりなさい、私のかわいい人……』
飛び蹴りのさなかのことだった。
女性の声が聞こえてきたかと思うと、次の瞬間、あたりが真っ暗になってしまう。
な、なんだこれ!?
イルは、男たちは、どこにいったんだ!?
『エル、あなたにはとっておきの腕を渡したんだから約束は守ってね?』
女性の声が響くと視界が晴れ、俺の意識は元の部屋にもどっていた。
約束だがなんだか分からないが、とにかく今はイルと女の子を助けるしかない!
「ひぎゃっ!?」
俺の飛び蹴りをくらわされた男は情けない声をあげて床に転倒する。
まずは一人目!
返す刀で、その隣にいる男のあごに鋭い回し蹴りを打ち込む。
がくっと膝から崩れる二人目。
「おい、ふざけるなよ!この女どもがどうなってもいいのか!?」
しかし、俺の快進撃もこれまで。
見れば男たちはイルたちの喉元に刃物を突き付けていた。
ぎらりと光るその刃は二人の首元に食い込んでいる。判断を間違えば、彼女たちの命は簡単に奪われてしまうだろう。
くそっ、やっぱり武器持ちには敵わないのか。
「形勢逆転だな!このクソガキを袋叩きにしてしまえ!」
「こいつは盗賊の中でも最弱の雑魚野郎だ!」
男たちの野卑な声が響く。
「エル兄!」とイルの悲痛な叫び声。
俺はなすすべもなくやられてしまうのか!?
くそっ、俺が腕を自由に使うことができたら……!
『極意1:お前の手はどうして空っぽなのか?その手ですべてを盗むからじゃろうが!』
な、何だ今の!?
俺の頭の中に老人の声が響いたのだ。
今まで聞いたこともない声なのに懐かしい響き。
幻聴なのかもしれないが、やけにはっきり聞こえる。
しかし、そもそも極意ってなんだ?
そりゃ確かに俺はナイフも使えないし、手ぶらだけどさ。
「盗む……?盗むったって、俺の腕が動くはずないだろ……」
俺だってこのまま悪人どもに刻まれるぐらいなら一矢報いてやりたい。せめて妹のイルと銀髪の彼女だけは逃してあげたい。
自分の手を凝視して、動け、動けと必死に念じる。
お願いだから、動いてくれ!
その刹那、腕にぴしっと激痛が走り、びくっ、びくっと指先まで脈打つではないか!
さらにはぶるぶると震え始め、今まで感じたことのない感覚が両腕に走る。
「……動くじゃん!」
思わず声が出てしまった。
俺の両手が動く、動いている!
ぎゅっと力を入れればしっかりと握りしめられる。
偶然なのか、この土壇場で俺の両手に昔のような感覚が戻ったのだ。
こうなったらやるっきゃない!
「喰らえ、刀狩り!」
二年前までに得意としていたスキルを腹の底から叫び、俺は男たちにとびかかる。
刀狩りとは敵から武器を奪う盗賊の秘技だ。
俺は高速で動きながら、男たちの指を緩め、剣を奪い、ナイフを奪い、斧を奪う。動いている間は武器の重さすら感じない。
昔みたいに調子がいい。
いや、あきらかに以前の俺より速いぞ!?
「「「「「ななななな……!?」」」」」
どがっ、どがしゃっと足元に回収した武器を投げ出すと、男たちは動揺の声をあげる。
自分の武器が俺の足元に集められてしまったのだから無理もない。
男たちの隙を見逃すまいと、俺は女の子が縛られていたロープを手にする。
「イル、立てるんだろ?縛っちまおうぜ!」
おそらくイルは無事だ。
幼い時から盗賊ギルドで相応の特訓を受けたイルが一発殴られただけでへこたれるはずはない。
「あら、ばれてた?」
案の定、イルは笑顔で立ち上がって俺の投げたロープを受け取る。
さすがは兄妹というべきか、そこからのコンビネーションはたいしたものだった。彼女は高速で男たちを一気にぐるぐる巻きにしてしまうのだ。
「さぁてと、ヘルムートに逆らった罰を受けてもらわないとね」
イルはシュリケンをぺしぺしと男たちの頬にあてる。相変わらず悪趣味な奴だ。
「ひ、ひぃいいいい!?命だけはたしけてくれぇ」
とはいえ、男たちの情けない声を聞くと溜飲が下がる。
わずか数秒間で形勢は一気に逆転だ、ざまぁみろってんだ。
「なんなんだ、お前!? なんでお前の腕は光ってるんだよ!?」
「お前なんか、最弱の雑魚だったくせに!」
捕まえられた賊どもが叫ぶ。見れば右腕の前腕から指先までが光を帯びている。
「知るか!この腕は特製なんだよ!」
イルにマナチャージをしてもらっている時よりもはるかに強い光が俺の腕を包んでいる。
手の甲には変な模様すら浮かび上がっていて、ちょっと不気味だ。
……なんだこれ?
「エル兄、腕が動くようになっちゃったじゃん!私の演技のおかげだね!」
イルは興奮した様子でまくしたてるが、やっぱり演技をしていたらしい。
まったくなんて奴だ。
俺を本気にさせるためにそこまでするか!?
とはいえ、イルがピンチを演出してくれたおかげで腕が復活したのかもしれない。
「ありがとよ、イル。今まで迷惑かけたな」
「べ、別に迷惑なんて思ったことないし」
お礼を言われるのが恥ずかしいのかイルは顔を真っ赤にして、そう答えた。
一件落着と喜んでいると、後ろから「……うふふふ」と笑い声が聞こえ、さらにその声は「あはははは」と大きくなっていく。
「な、なんだ?」
「笑ってるの……?」
見ればフードの女の子がお腹を抱えて大笑いしているではないか。
怒っていた時の鋭い目つきとは違って愛くるしいとさえ映る笑顔。
やっべぇ、この子、かわいいぞ。
彼女の笑顔に胸の鼓動が早くなるのを感じてしまう俺なのであった。
お読みいただきありがとうございました!
今日は2話投稿します!
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