第30話 急転ギギギギギギ
「ウララよ、お前が次のシルビアの王だ」
銀狐様の厳かな声があたりに響き渡る。
その声は耳ではなく、心に直接話しかけているような声だった。
「やったぜ!」と俺とハイジはがっちりと握手をして喜ぶ。
「やったのだ!」とフレイヤたち三人が声をあげて抱き合う。
「やりましたね!お姉さま!」とウルルとセキレイも大喜びだ。
「おのれ、おのれ!悪職と手を組んだ、穢れた王女を始末せよ!これはまやかしだ!」
しかし、シルフォードのあきらめの悪さは尋常じゃない。
奴はまだ気力のある兵士たちに命令を下し、なんとしてでもウララを始末したいようだ。
「お止めなさい。もう、戦いは終わりました」
ウララの声が神々しい響きを伴って空間に充満すると、雰囲気は一変する。
これが銀狐様の加護なのだろうか。ウララの声を聞いた兵士たちは無駄な抵抗を悟り、その場にへたり込む。
自分の主君はこちら側だとひざまずいている戦士もかなりいるようだ。
「ふふふ、娘よ、シルビアを頼むぞ」
銀狐様は泉の上に浮かんだまま両手を広げてウララを抱きしめる。
二人はまるで本当の親子のようによく似ていた。
そして、銀狐様は俺のほうへと向き直る。何か俺に言いたいことでもあるのだろうか。
「それと、エルよ、お前のその腕でいっそのことヘルヴェ」
バシュッ!
銀狐様が俺に対して何かを言おうとした瞬間だった。
風を切るような音がしたかと思うと銀狐様の頭が吹っ飛ぶ。
幻覚でもなんでもなく文字通り首から上が泉の中に落ちてしまった。
「ぎ、銀狐様!?」
ウララは驚いて、銀狐様の体にしがみつく。
だが、首を失った体は砂のようにさらさらと崩れていくだけだった。
なんだこれは、一体、何が起こったっていうんだよ!?
「はいはい、茶番はここらへんでおしまい」
声のする方を振り返ると、シルフォードの愛人の金髪美女が現れた。
まさか、彼女が銀狐様の頭を吹っ飛ばしたっていうのか!?
「テオドラ、な、何をする!? 銀狐様に攻撃を仕掛けるなど、お前は正気なのか!? そんなことをして、ただですむと思ってるのか!?」
シルフォードと言えど銀狐様には敬意を払っているらしく、美女を激しく叱責する。
「あははは、あれはねぇ銀狐なんかじゃないの。キツネが残した忌々しい結界なんだよ。もっとも君たち王族が呼び出してくれないと見ることさえできないんだけど」
自分のしていることの重大さがわかっていないのか、テオドラはお腹を抱えて笑う。
その様子はまるで子供のようで、俺は少し違和感を覚える。
「結界だとして、それを破壊して何になるというのだ!?銀狐様の結界によってヘルヴェノムが封印されているんだぞ!」
「ふふふ。私はねぇあの結界を破壊するために君たち二人の茶番を手伝ってあげたんだよ」
テオドラはシルフォードの問いに答えるつもりはないらしい。
奴は笑いながら俺たちに諭すような口ぶりで言葉を続ける。
「茶番ですって!? どういうこと!」
ウララはするどい目つきになってテオドラに詰め寄る。
手には毒が飛び出す杖を持っていて、返答次第では無事では済まさせないようだ。
「あはは、こわーい」
しかし、テオドラは後方に宙返りをして数メートル後ろに後退する。
派手な動きのくせに音が一切しない!?
あいつ、明らかに身のこなしが普通じゃないぞ。
「それじゃあ、この茶番の立役者のシルフォード様に仕上げをしてもらおうかな!」
「な、何をする!?な……んだこれは!?ど、どうしてわしの体が勝手に動くんだ」
シルフォードは困惑した表情でヘルヴェノムが封印されている祠に向かって歩き出す。
その姿はまるで操り人形のような動きでギクシャクとしていた。
「ふふふ、ウララだっけ。君の指輪はね銀狐の血を引いた王族だけが壊すことができるんだよ。僕らじゃ傷一つつけることができないんだけどね」
テオドラは指先に青い宝石のついた指輪を見せつける。
まさかウララが詰め寄った時に奪ったのか?俺でさえも分からなかったぞ!?
「な、何を言ってるの!?指輪を壊したら化け物が復活するのよ!?早く返しなさい!」
最悪の事態にウララが叫ぶ。
だが、テオドラは素知らぬふりでシルフォードの手の中にそれをぐいと押し込む。
「ハイジ、あいつ、どう考えても異常者だぞ」
「もちろん、わかってる……」
俺とハイジは目配せをして一気に攻撃を仕掛けようとする。
……しかし、どういうわけか体が動かない。
魔法か何かなのだろうか。
凍ったように動かない。
ハイジに至ってはロープを投げる姿勢で固まっている。
「ふふ、君たちはちょっと待っててね。せっかくのショータイムなんだからさぁ」
「な、何をする!?やめろ、テオドラ、やめろぉおおおお!?」
シルフォードが叫ぶ。
しかし、操られたシルフォードは青い宝石を祠の壁に叩き付けて粉々にしてしまう。
青い宝石の粉末が散乱するのがスローモーションで俺の瞳に入ってくる。
……ゴゴゴゴゴゴゴ!
その直後、地響きのような振動が起こり、続いて祠の周りに黒い雲が集結し始める。
これって、あきらかにまずい奴じゃないか?
「ギギャギギギ!」
金属をこすり合わせたような轟音が響く。
さらには真っ黒い触手がにょきにょきと祠から伸びてくるではないか。
あんなモンスター見たことないぞ!?
「やめろっ!やめてくれぇえええ!」
禍々しい触手はシルフォードの周りをぐるぐると回り始め、その体を捕まえると、ほこらの中に引きずり込んでしまう。
「まさか、ヘルヴェノムを復活させたっていうの!?そんなことをしたら、あなたやあなたの仲間だって死んじゃうのよ!」
「あはは、大丈夫だよ、僕は強いし。弱い連中がどうなろうと興味もないし。ただヘルヴェノムに君の国が蹂躙されるのは楽しそうだね、王女様」
「この人でなし!あなたは命をなんだって思ってるの!」
ウララはテオドラにつかみかかろうとするが、それは明らかに危険だ。
やっと解放された俺はウララを引き留める。
「お前は一体、何が目的なんだよ?」
「僕らはねぇ飽き飽きしてるんだよね。今の時代、平和過ぎてつまんないでしょ?」
テオドラは心底嬉しそうに笑う。
顔が美しいだけに邪悪さも一層伝わってくる。
「だから手始めにシルビアから潰すことにしたんだ。国が一つなくなれば、たくさんの人が路頭に迷うでしょ?僕らとしては奴隷も増えるし、一石二鳥なんだよね」
話し終わると、あはははと大笑いするテオドラ。くそっ、全然笑えない。
こいつはヘルヴェノムを使ってシルビアを崩壊させようとしてるってことなのか?
「シルビアを崩壊させて難民を奴隷にでもするつもりか?そんなことが許されると思うのか!」
業を煮やしてハイジが叫ぶ。
彼女の眼は真っ赤に燃え、髪の色さえも赤く燃えているように思える。
凄まじい怒りだ。
まさしく勇者。
「強者には何だって許されるさ。それに人間には奴隷以外の使い道もあるからねぇ」
「この犯罪者め!すぐにお縄にしてやる!百本の捕り物!」
捕縛の勇者であるハイジがスキルを発動させる!
テオドラに向かう数百本のロープ。俺が苦戦した化け物ロープを喰らいやがれってんだ!
「魔王戦で逃げ帰ってきた勇者なんて僕の相手になると思う?地獄業火!」
期待かなわず。奴はロープを炎の魔法で一気に燃やしてしまう。
ちっ、この間の俺たちの脱出劇を見ていたに違いない。
「それじゃ、せいぜい頑張ってね!」
呆然とする俺たちを鼻で笑うテオドラは悠々と姿をくらませたのだった。
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