第25話 深夜の徘徊
深夜。
皆は寝静まった時間だ。
俺はゆっくりと鍵を開けると、ドアの外へと歩み出る。
今から大臣の部屋に青い宝石の指輪を頂戴してくるのだ。
コソ泥はあんまりお行儀のいい行為じゃないけど、これは正義のための盗み。
セキレイさんの話では、明日の儀式に備えてシルフォードも王宮に泊まり込むらしい。
用心深い奴の性格からすると、寝室で指輪を身に着けている可能性が高い。見張りの兵士たちの気配をかわしながら、俺は大臣の部屋を探す。
マナ切れが怖いので服はウララのものを着用し、顔や髪の毛は自分のままでの徘徊だ。
見つかれば明らかに不審者だろう。
「ぎゃはは!今回の仕事は楽勝だな、早いところ金持ちになりたいぜ」
いくつかの部屋ではシルフォードの手下たちの酒盛りの声が聞こえる。
盗賊職の俺の耳は特別発達していて、ドアの前に立つだけで話している内容から人数まで手に取るようにわかる。
シルフォードのいびきだって聞き当てることができるはずだ。
「こっちはなんだ?」
つらつらと歩いていくと地下牢の一角に差し掛かってしまったらしい。
引き返そうかと思ったが、奥のほうでなにやら声が聞こえてくる。
「凶悪な魔獣使いもこうなったらかたなしだな!」
「まったくだ、明日の先勝祝いにこのガキの味見といこうじゃないか。なぁに下手をこいて奴隷に落とされたわけだし何も言われないだろう」
「やめろ、この変態ども!」
叫び声が地下に響く。
俺はその声に聞き覚えがあった。街で暴れていた魔獣使いの声だ。
奴隷という言葉が聞こえたが、捕縛された後に罪人として奴隷にでも落とされたのだろうか。声からすると男たちに乱暴狼藉を働かれそうになっているらしい。
自業自得とはいえ、どう考えても奴隷はひどいし、乱暴されるのを見てられるはずもない。
……しょうがないか。
「うぐっ!?」
俺は音もなく忍び寄ると、麻痺毒のついた針をぷすっと牢屋の見張り番に突きさす。
刺された見張り番は椅子に座ったままの姿勢で眠り始める。
ちなみにこれを作ったのはウララである。
彼女いわく後遺症も残らず死んだように眠る麻薬であるとのこと。
本当に眠ってるだけだよな……?
「誰かぁ!助けてぇ!」
魔獣使いの叫び声が耳に突き刺さる。
地下牢の奥に走っていくと、今、まさに襲われんとしている魔獣使いの姿があった。
牢獄のドアは鍵がかかっていたが、アイテムボックスに入っていた鍵開け棒で解除する。
万が一のこともあるので、俺は顔をウララに変える。
「あほどもが」
俺は男どもの首元に麻痺針をぷすっ、ぷすっと射していく。
途端にばたんと不自然な態勢で倒れて眠り始める男ども。
一言も発させずに倒せたのは不幸中の幸いだろうか。
「ありがとうございますぅぅう!怖かったんですぅぅう!」
見れば魔獣使いの粗末な服はびりびりにはだけていて、結構セクシーな感じになっている。
目のやり場に困るわけで俺はとりあえず彼女に羽織っていたローブをかけてやる。
「……って、お、王女様!?どうして私を?」
魔獣使いは泡を食った様子だ。
そりゃいきなり王女様が助けに来たら驚くに決まってるよな、しかも深夜だぞ。
うーん、しょうがない、こいつには本当のことを話してしまうか。そんなわけで、俺は自分のもともとの顔と声に切り替える。
「……悪いが俺は王女じゃない」
「ひっ、あんたは!?あ、あの時の私から腕輪を盗んだ泥棒男!?」
魔獣使いはずいぶんと勘が鋭いらしい。
俺を指さして高いキンキン声を出す。
「わかった!私を襲いに来たわけだ!この私の魅力に今さら気づいたんだ!」
「ちげぇよ! ちょっとは声のトーン落とせ!」
「むがが!」
さらには深夜だというのに大声を張り上げるわけで、俺はとっさに口をふさぐ。
せっかく助けに来たっていうのに、これじゃ俺がバカみたいじゃん。
「それで何なのよ?私のところにわざわざ忍び込んで何がしたいわけ?」
「いや、お前にこれを返そうと思ってな……。まさか奴隷になるとは思いもしなかったから」
俺はアイテムボックスにいれてあった腕輪を取り出す。
それは魔獣使いがモンスターを操るために使用していたものだ。
タイミングを見て返してやろうとは思っていたのだが、まさかこんな再会になるとは。
「そ、それ、私の家宝の腕輪じゃん!」
「だから、大声出すなってば!」
「むぐぐ!」
学習しない奴らしい。
二度にわたって大きな声を張り上げるので、奴の口をどうにかふさぐ。
ただでさえ、高くて通る声だっていうのに。
「ははーん、わかった。どうせ変態方向の取引でもしようってやつでしょ、絶対そうだ。夜中に絶世の美女の王女様に化けて徘徊するなんて変態以外のなにものでもないし!」
「んなわけあるか!王女様公認なんだよ、これは!」
「それ本当!?……ってことは、王女様もへ、変態なの?」
「あほ!」
こいつと話していると全然先に進まない。
俺は奴が悪事から足を洗うことを条件に腕輪を返すと伝える。
「えぇー、そういうわれてもなぁ……」
「ジョブなしでも宿屋で働くとかいろいろあるだろ?」
「わかったわよ! 悪職は冒険者ギルドに入れてもらえないし大変なんだからね!あんたみたいな反社会的泥棒野郎と一緒にしないでよね」
魔獣使いは悪事に手を染めるなというところでやたらに反発する。
フレイヤも言っていたけど悪職ってだけでギルドに入れないのは不利すぎるよな。
だからといって、誰かを傷つけていいわけでもないし、街を破壊してはいけない。
「……返事は?」
「わかった!地道に働くってば!」
ただの悪党を解放したんじゃ俺が悪党になってしまう。
俺はきちんと約束させたうえで腕輪を返すことにした。
「じゃ、とりあえず、この手枷をはずしてよ」
見れば彼女の手首には大きめの手枷がついている。
見かけからして魔法道具でもなさそうだ。
俺は彼女の手枷に鍵開け棒を突っ込んで鍵を解除するのだった。
「ありがとっ!あんた、案外いい人なんじゃん!」
魔獣使いはそういってニコッと笑う。
屈折のない、なかなか素敵な笑顔だった。
ぐ……、案外、かわいいじゃないか。
「そういや、あんたの名前はなんていうの?私はリース・ゴーフレット。リースって呼んでもいいし、リース様でもいいわよ」
「じゃあ、リースで。俺はエルだ。エル・ヘルムート」
「あんたヘルムートだったの!? ……まぁ、いいわ。とりあえず交渉成立ね」
魔獣使い、改めリースは握手のために手を差し出すので、俺たちは握手を交わす。
身長の低い彼女の手はすごく小さくて、なんだか繊細な装飾品みたいに思えた。
それから俺たちは地下牢を抜けて、城の裏手に回る。
「じゃあ、これを渡しとく」
俺はそこで彼女に家宝の腕輪を渡すのだった。
「ありがと……」
リースはそれを受け取ると、腕輪に手を置いて何かを念じている。
深夜だというのにモンスターとの絆は絶対的なものなのだろうか。1分もたたないうちに真っ黒な狼が彼女の後ろに現れる。
真っ暗闇に浮かぶ二つの光る瞳にぎらりと光る牙。改めてみると、かなり大きなモンスターだ。
フレイヤはよくもこんなのを二頭も相手にしていたな。
「……あんた、バカね。あたしがすぐに約束を破ったらどうするの?私は金のためなら平気で街をぶっ壊す悪職なのよ?悪職はどこまでいってもしょせん、悪職なんだから」
リースは狼の背に乗った後、寂しそうな目をしてそんなことを言う。
確かにほぼ無条件で逃がすなんて俺はお人好しかもしれない。
「俺はお前が根っからの悪人だなんて思ってないよ。それに悪職だからって悪いことしなきゃいけないわけじゃないだろ?」
「な、なによ、そんなこと言われなくてもわかってる!」
俺の言葉を聞いた彼女はちょっと怒った顔をする。
それから、ふふっと笑ってこう言うのだった。
「ふん……、今日は助かったわ。あんたに一つ借りができたわね。……サオウちゃん、行こう」
狼は城の壁を利用して城壁の外へと飛び出していく。
満月の中に浮かび上がる狼のシルエットはとってもきれいだった。
さぁて深夜の徘徊、頑張りますか!
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