第2話 ミステリアス胸騒ぎ
「お邪魔しまーす。なかなか片付いてるじゃん……」
ハシゴを登っていくと、二階部分には簡素な扉が4つほど並んでいた。
魔石でできたランプが壁に配置されており想像以上に明るい。奥の階段が下の階とつながっているらしい。
イルは無人なことを確認するとどんどん部屋の中に入っていく。
「あっ、これが目録っぽい!エル兄はちゃんと見張りをしててよ?」
彼女は慣れた手つきで机の引き出しを開け、棚を探り、目当ての目録を探し出す。
手際よく、スピーディーにどんどん仕事を進める。
「あいよ、しっかり見張りをしとくぜ」
俺はこういった盗みの仕事を2年はやっていない。
イルは少なくとも1年間は親父についてみっちり修行しているわけで、盗賊としての差は歴然だった。
とはいえ、優秀な妹に感謝しこそすれ嫉妬するなんてことはない。俺は俺にできることをするだけだ。
……見張り番とかちょっと三下っぽいけど、誰かの役に立てるのならいいかな。
「ふふっ、エル兄は空気だったけど、楽勝だったね。そろそろ行くよ!」
「お前なぁ……空気とか思っててもそんなこと言うなよ」
「いいじゃん、別に。私の役に立ってるんだし」
イルはくすっと笑うと、再び先導を買って部屋を出る。
妹ながら彼女の笑顔はなかなか魅力的に映る。
ちょっと嫌味に冗談を言うのも可愛らしいけど、やっぱり悔しい。
「……あれ?」
二階の通用口から外に出ようとした時のことだ。右手がピシッときしむのを感じる。
筋肉がつるような感覚で、こんなことは今の今まで一度もなかった。
俺の右腕には熱いとか、何か当たっているとか、そんな感覚しかなかったのだから。
『何かやり残したことがないか?』
立ち止まった俺の頭の中に妙な声が沸きだすのを感じる。
そして、ひどい胸騒ぎを感じた俺はふらふらと倉庫の中に吸い寄せられてしまう。
「ちょっと、エル兄!どこ行くの!?」
焦った声を出す妹のイルには悪いが、やり残したことがあるように思えてならないのだ。
俺はふらふらと廊下に戻り、直感でドアを選ぶ。
「ここに何かあるぞ」
気づいた時には左手でドアノブをゆっくりと回している俺がいたのであった。
……うん、握力はしっかりある。大丈夫だ。
ぎぃ……がちゃりと、少しだけ抵抗があったもののすんなりとドアは開く。
「イル、ちょっとだけだから」
俺はゆっくりと部屋の中に入る。
ドアの先は大部屋になっていた。普段は物置として使われているらしい。
「何もないじゃん……。エル兄、早く帰らないとやばいって!」
「わかってるってば!」
イルは怒って頬を膨らませるけれど、当然の話だ。
俺だって奴隷商人のアジトに長居したいわけでもない。
しかし、俺の胸騒ぎはまだ収まらない。
明らかにこの部屋には何かがある、そう感じさせる胸騒ぎだった。
「……ここか?」
部屋の片隅にある粗末な扉の前に歩いていくと、胸騒ぎはさらに加速する。
しまいには、どくんどくんと心臓が悲鳴をあげ、背筋がぞわぞわとし始める。
「それってただの用具入れじゃないの?んー、鍵かかってるみたいだけど」
イルの言うとおり、押しても引いてもびくともしない。
もしかしたら強固な魔法鍵がかかっているのかもしれない。
その場合は合い鍵でもないと、かなり腕のある盗賊以外は開けることはできない。
「よーし、やってみっか」
ポケットから出したのは青い色をした金属の棒だった。
しかし、これはただの棒じゃない。体からマナを通すことで自在に変形させることができる万能鍵開け魔道具なのだ。
もちろん、非売品。悪用厳禁の代物だ。
よいこは触っちゃだめなやつだ。
俺は鍵穴にそれを差し込むとマナを込めてゆっくりと動かす。
……開いてくれよ、頼むから!
……ぎぎぎ、がちゃ、がちゃ、ぎりと妙な音を立てて鍵が開くのだった。
うーむ、我ながらお見事。
俺は鍵開け専門の盗賊として生計を立てていこうかなんて思ってしまう。
「むぐぐ……」
こりゃ驚いた。ビンゴだ。
用具入れの奥から声が聞こえるではないか。
真っ暗で見えにくいが声の質からいって女性であることは間違いない。
「誰かいるぞ!?」
近づいてみると、女性がロープで縛られているのがわかる。足首まで縛られているようで、これでは歩くことさえままならないだろう。
ちょっと乱暴かもしれないけど、俺はイルと協力して彼女を引きずり出すことにした。
「ん!?んぐっぐぐぐぐ!」
彼女はバタバタと暴れる。
俺を奴隷商人だと勘違いしたのかもしれない。
暴れるせいか、ずっしりとした重さを感じる。
俺は「けっこう重いっ」などと独り言をいってしまう。
「ふぅー、疲れた」
それでも俺たちはなんとか外に運び出す。
人間を一人運ぶというのは腕が不自由な俺からすると、かなりの仕事量だ。
運び出したのは女性のようで、ロープでぐるぐる巻きになっている。
「よーし、イル様に任せない!」とイルは手際よくロープをほどく。
「…………………………」
解放された女性は簡素な身なりで、頭にはフードをかぶっていた。
口もとをきゅっと結んで、肩を抱きしめて震えている。
扉の中は暗かったし、相当な恐怖を味わっただろう。
それにしても……。
俺は目を見張ってしまうのだった。歳は俺と同じぐらいだろうか。
フードを目深にかぶっているので完全にはわからないが、髪の毛は銀色に光っている。
切れ長だが大粒の瞳と形のいい唇。顔の造詣が整いすぎていて怖いぐらいの美少女だった。
「え、えーと君が誘拐された女の子なのかな?助けに来たから、一緒に行こう」
女性の扱いに慣れていない俺ではあるが、ここは優しい言葉をかけるのが正解だろう。
ついでに手も差し出して味方であることを伝える。
それはまるで騎士が囚われの姫にするような仕草であり、結構かっこいいんじゃないのなんて思ってしまう。
しかし!
俺の左手はぱしっとはたかれてしまう。
女の子は怒った顔をして俺をにらみつけているではないか。
その目には涙さえ浮かんでいる。
「そんなに重くない……」
「は?」
「重くなんかないもん!」
フードの少女が俺に猛烈に抗議をしてくる。
完全に不意を突かれた俺はあぅあぅとしどろもどろになるのだった。
「あっちゃー……。エル兄、あのさぁ、女の子に……」
イルは何が起きたのかを察したらしく、俺に耳打ちをしてくれる。
どうやら女の子に対して「重い」と言う言葉は禁句だったらしい。
「言葉のあやだったんです、本当は羽のように軽かった!」などと謝るが、時すでに遅し。あとの祭り。
彼女はぷいとそっぽを向き、取り付く島もない。
微妙な空気が部屋の中に流れるのだった。
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