第1話 両腕の使えない盗賊
「あれ?エル兄、緊張してるの?」
目を開けると、茶色の髪の少女が俺、エル・ヘルムートの顔を覗き込んでいる。
その少女の大きな瞳は吸い込まれそうなほど美しい。
彼女の名前はイルージュ、俺の妹で普段はイルと呼んでいる。
もっとも義理の母さんの連れ子なので俺と血がつながっているわけじゃないけど。
まぁ、いわゆるひとつの美少女ってやつだ。
「……しょうがないだろ、久々の仕事なんだから」
一歳年下の妹にそれだけしか言えない俺である。
それもそのはず、彼女の言っていることは図星だった。
俺は緊張していた。それも、とてつもなく。
実をいうと、長い間のリハビリを経て今日が仕事復帰の一日目なのである。
正直いうと、へまをしたらどうしようかとばかり考えているヘタレなのである。
「がはは!そうびくつくな!今日の仕事はお前の復帰に合わせて、できるだけ簡単なものにしたんだぞ?森でオオトカゲと格闘するよりましだろうが」
イルの隣で大笑いするのが、俺の親父だ。
丸太のような腕を持ち、豪快に笑う大男である。
場所は王都シルビアのひなびた酒場であり、俺たちは親子三人で仕事前の打ち合わせをしているのだった。
「奴隷商人のところでさくっとコソ泥するだけじゃん。エル兄なら楽勝でしょ?」
イルはそういってけらけら笑う。
俺の気持ちを明るくしようと気丈に振る舞っているのかもしれないけど、結構ハードな仕事に聞こえる。
なんせ忍び込むのは極悪非道な奴隷商人のアジトなのだ。
「……ったく、それは昔の話だろ。もうちょっといたわってほしいね」
そう、昔であれば楽勝だったのだ。数年前であれば。
今の俺の右腕は2年前から義手になっていて、見かけは人間のものだけどほとんど動かない。さらには左手も握力が小さくて果物ナイフすら満足に扱えない。
こんな状態で敵と出くわしたら命がいくつあっても足りないだろう。
救いと言えば、今日は奴隷商人たちの帰りは遅くなるという内偵さんの情報だ。
つまりは成功が約束された仕事なのだ。
……そうであってくれ、頼むから。
俺は祈るような気分ではぁっと溜息をはいた。
「もし、奴隷商人にさらわれた依頼人の娘がいたら連れて来てもいい。ただし、くれぐれも無理はするなよ。今日は奴らの目録を盗れれば完了なんだからな」
「わかってるってば!パパって本当にしつこいよね~」
いたずらっ子みたいな顔をして笑うイルは根っから明るい性格だ。
その笑顔に俺もなんだか明るい気持ちになってくる。
確かに心配してたってしょうがない。
俺だって本来はくよくよしない性格のはずなんだがなぁ。
「エル兄、仕事の前にマナチャージするね!」
そういうと、イルは慣れた手つきで俺の右手を持ち上げ、彼女の胸の中央に押し当てる。
少しだけ彼女の体温を感じると、次の瞬間、右腕が鈍く光りだし、俺の中にどくんどくんと魔力が入ってくるのを感じる。
これが『マナチャージ』という術式。
簡単に言えば、魔法やスキルの源泉であるマナを相手に注入するというものだ。
不思議な話だけど、俺の左右の腕はマナを使うことで動かすことができるようになる代物なのだ。
しかし、俺一人のマナじゃ動かないので、イルに分けてもらっているという寸法なのだ。
「いつも悪いな……」
「別にお安い御用だけど?昔からやってることだし、べ、別に恥ずかしくなんかないもん……」
そういってイルはつんとすました顔をしている。
腕を失って以降、毎日、毎日、俺にマナを分けてくれるイルには頭が下がる。
おかげで左腕は回復してきたのだが、義手の右腕は皮膚の感覚がある以外、まだ働いてはくれない。
いつかまともに動いてくれる日が来るんだろうか?
それとも一生、このままなんだろうか?
とはいえ、ずっとイルにお世話になりっぱなしってのも癪なのである。
「イル、十分だ、ありがとう」
数分もたつと自分の中に魔力が十分に充填されたのを感じる。これから1時間程度は昔みたいに左腕をつかうことができるはずだ。
力は弱いけど、パンチだって放てるし、投げ技もいける。
よし、人さらいをする悪徳奴隷商人なんてぶっ潰してやるぜ。
マナチャージのおかげなのか心も明るく強くなる俺なのだった。
「そろそろ仕事に行くぞ!」
マナチャージが終わったのを確認すると俺たちは席を立つ。
いざ、仕事の現場へと向かうのだった。
外は深夜。
人目を避けながら物寂しい倉庫街を数分間歩いていく。
目的地は2階建ての倉庫の一角でなんだか物寂しい雰囲気だ。
いかにも悪い奴らがいそうな感じ。
「私らはこっちの倉庫で、パパはあっちの倉庫ね。エル兄、先に行って見てくるから!」
イルは倉庫の壁にたてかけられたはしごをするすると登る。
倉庫の二階には通用口があって、そこから侵入するらしい。
イルのジョブは暗殺者であり、運動神経は抜群。
お尻はきゅっとしまっていて、ホットパンツが似合っている。
だけど、こういう時には目に毒だ。
「エル、鍵はここに入れておくぞ。いいか無理はするなよ?」
イルが昇っていくのを確認すると、親父は俺の胸ポケットに鍵開けの道具を入れる。
いよいよ俺の出番だってわけだ。
よし、復帰後の初仕事をしっかりこなしてやるぜ。
俺は手の感触を確かめながら、はしごを昇っていくのだった。
お読みいただきありがとうございました!
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