第13話 軽蔑と称賛
「おぉ! さすがだな、エル殿!あたしもひさびさに狼とじゃれあえて楽しかったぞ」
地面に降り立つと、フレイヤが狼との戦いについてまくしたてる。
「残念ながら、狼たちは一声吠えるといなくなってしまったぞ。モフモフふわふわで、もっと遊びたかったのだ」
あたりを見れば確かに狼の影はどこにもなくなっている。俺が魔獣使いの腕輪を奪ったことで、支配の力がなくなったからだろう。
「とにかくフレイヤが無事でよかったよ。まじで街を守ったヒーローだな、フレイヤは」
「エル殿こそ、魔獣使いをやっつけたのだな! 二人の勝利なのだ」
俺たちはハイタッチをして喜ぶ。
手ごわい敵を相手にしたけれど、お互いにケガがなくてよかった。
「おい、狂戦士の女!モンスターを追い払ったのはお前か?」
しかし、俺たちのお気楽な雰囲気は兵士のおっさんの声で引き裂かれる。振り返れば、見回りの兵士たちが調べに来ていた。モンスターが暴れているのを聞きつけたのだろう。
「さっさと返事をしろ!」
その中央にいた指揮官と思わしき男がフレイヤに悪態をつきまくる。
街を救った英雄になんてこといいやがる。俺は奥歯をぎりっとかみしめる。
「そうなのだ……」
フレイヤは居心地が悪そうに答える。明らかに兵士の高圧的な態度が苦手らしい。
「半魔のくせに出しゃばりやがって!お前ら悪職はどぶさらいでもしてればいいんだよ!」
兵士のおっさんは俺たちに悪態をつきたいだけついて、その場からいなくなってしまう。
ヒーローに対して、ねぎらいの一言もないのかよ、ちくしょう。
「くそ。何なんだよ。あいつら、性格悪すぎじゃないか」
「……いいのだ、こういうのは慣れているし、いつものことだ。私なんかこんなものなのだ」
フレイヤはあきらめの言葉を漏らす。
さっきまで満面の笑みだったのに、一気に彼女の声のトーンは落ちこんでいた。自分の運命を受け入れるような表情でこっちまで悲しくなる。
『私なんかこんなものなのだ』
彼女の言葉が俺の頭の中をリフレインする。
『俺なんかこんなもんだ……』
実をいうと、俺も同じようなことを口走っていた。
いくら訓練しても、マナをもらっても腕が動かない時、俺は何度も自分の運命を呪ったし、未来をあきらめようとさえ思った。
何度だって「俺なんて腕が使えないんだしこんなもんだろ……」と嘆いてきた。
それでもイルをはじめとして、俺の家族があきらめてくれなかった。
一人前になれるって、いつの日か誰かの役に立つって俺のことを信じてくれたのだ。
もし、俺があきらめていたらどうなっていただろうか?
俺は自分の運命を呪っているだけの人間になっていただろう。腕が動かないことを言い訳に行動しない人間になっていただろう。
だから俺はフレイヤに伝えなきゃいけないと思ったのだ。
俺はフレイヤのことを信じているってことを。
「フレイヤ、お前は街を救ったんじゃないか!私なんか、なんて言うなよ!俺はお前がすごい奴だって知ってるからな」
最初は呟くように伝えていたのに、最後には嗚咽交じりになっていた。
涙がじわじわと浮かんでくる。
あぁ、子供っぽくてかっこわるいなぁって自分でもわかる。
「エル殿……」
フレイヤの瞳には涙が浮かんでいた。
それはやがて二つの筋をつくって地面に落ちていく。
「うぅうぅううう。ありがとう。あたし……あたしなんかなんて絶対言わないのだ」
どかっと胸に飛び込んできた彼女は、そのまま泣き出す。
笑顔でごまかしていても、きっとつらかったんだろう。
俺はただその熱を胸の中で感じていた。
「……にゃはは、エル殿はあたしのヒーローだな」
泣き止んだ彼女はそう言って笑う。
今度の笑い顔はあきらめの入った顔ではなかった。とても気持ちのいい笑顔だった。
「……お兄ちゃん、お姉ちゃん!ありがとう!」
後ろから声をかけてきたのは先ほど助けた少女だった。
にこっと笑った彼女はお礼をいうと駆け出していく。その後ろには彼女のお母さんがいて、俺たちに何度もお辞儀をしていた。
何の変哲もない「ありがとう」の言葉。だけど胸の奥がじぃんと熱くなる。
「悪職の兄ちゃんも姉ちゃんも、最高にかっこよかったぜ!」
「そうだ、そうだ! 姉ちゃんも、兵士のいうことなんか気になするなよ!ありがとよ!」
「狂戦士の姉ちゃん、わしのモップを使ってくれて嬉しいぞ!」
女の子を皮切りに先ほどの野次馬たちが戻ってきてお礼を伝える。
彼らの笑顔と感謝の声に鼻の奥がきぃんとして涙腺がふたたび緩くなるのを感じる。
「ほら、いいことをしたら返ってくるだろ?」
「そうなのだな。……って、エル殿、泣いちゃってるのだ。鼻水もでてるのだ!にゃはは!」
「うぉおおっ!せっかくかっこつけたのに!?」
気づけば俺のほうが涙で顔がドロドロになっていた。
それから俺たちはお腹が痛くなるまで大笑いするのだった。
◇◆◇ シルフォード大臣と奴隷商人
「大臣、立ち退き屋として雇っていた魔獣使いが捕縛の勇者に捕まってしまいました!」
シルフォードの屋敷に奴隷商人の頭目が駆け込んでくる。
また何かのトラブルらしい。シルフォードは椅子に座ったまま、ため息を吐いた。
「くそっ、あの正義狂いめ!ちゃんと足はつかないようにしてあるんだろうな?」
「もちろんです。すぐに魔獣使いの身柄は押さえましたし、判事は我々の手にございます」
「よかろう。魔獣使いの悪職は奴隷にでもなんにでも堕としてやれ」
「ははっ。それにしてもシルフォード様、捕縛の勇者とは厄介な存在です。やつこそが我々の密貿易を嗅ぎまわっている張本人なのですから」
捕縛の勇者とは縄を基本武器に使う女勇者、ハイジのことだ。
彼女はこれまでにも犯罪者組織や野党集団を壊滅させるという実績があった。
「ふふふ、よいことを思いついたぞ。捕縛の勇者を呼びだして、私の屋敷を警備させよ。ヘルムートが相手だと聞けば飛んでくるだろう」
「ははっ!し、しかし、よろしいのですか? 捕縛の勇者は我々にとっても不俱戴天の敵ですが」
奴隷商人はシルフォードの思惑が分からず、目を白黒とさせる。捕縛の勇者を自分の陣営に入れれば自分たちの悪事がばれてしまう可能性がある。
「構わん!ヘルムートと勇者の食い合いをさせて、弱ったところを一網打尽にしてやればよい」
「な、なるほど!さすがは大臣、慧眼でございます!」
王位継承の儀式まであと数日。
シルフォードは自分の勝利を確信していた。
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