第12話 極意オブスリ師
「やばいぞ、建物の中に逃げろ!」
俺たちの様子を見ていた人々から悲鳴が上がる。
それもそのはず、銀色の狼は怒り狂って鋭い牙を見せているのだ。モンスターは怒りで能力を発揮するものもいる。
……こうなったら分が悪い。救出も済んだことだし早いところ逃げよう。
そう決意した時だった。
ずどんっ!
重いものが地面に衝突したような衝撃音が響き、鼓膜が痛くなる。
見れば、さっきの狼が横倒しになっているではないか。
な、何がおこったんだ!?
「さすがはエル殿! みごとな救出劇だったぞ」
狼の上にはフレイヤが立っており、その手にはおっさんが持っていたモップが握られていた。
何と彼女はあの凶悪な敵を一撃で沈めてしまったらしい。
道端の観客から「姉ちゃん、いいぞ!」と大きな歓声が上がる。
「立ちのきビジネスの邪魔をしないでよね! サオウちゃんもやっちゃえ!」
しかし、誰かの掛け声に合わせて、もう一匹、真っ黒いオオカミが現れる。やはり牛ほどの大きさで牙がぎらりと光っている。
やべぇぞ、一匹ですら苦戦したっていうのに!
俺の背中には冷や汗がたらりたらりとこぼれてくる。
「エル殿!あたしはこいつらと遊ぶことにするのだ。エル殿はモンスターを操っているやつを探してほしいのだ。わるい奴はやっつけるのが一族のおきて!」
フレイヤはそういうとモンスター二匹の前に歩き出す。
その様子に恐怖の二文字はなく、鼻歌まじりで遊びにいくかのような足取りだ。
武器はモップのままだし、大丈夫なのか!?
「にゃはは、ヴァルキリーのフレイヤ、いざ参る!」
「飛んで火にいるなんとやらね。ウオウちゃん!サオウちゃん!やっておしまい!」
名乗りを上げるフレイヤに二匹の狼は唸り声をあげて襲い掛かる。その動きは俊敏で、しかも連携が取れている。一般人なら数秒で天国行きだろう。
だが、そのすさまじい波状攻撃をフレイヤはモップを使ってさばき続けるのだ。それどころか、「わきが甘いのだ!」などと狼の四肢に攻撃を入れていく。す、すげぇ。
フレイヤが頑張ってるのに俺も黙って見ているわけにはいかない。モンスターを操っている奴を探し出さねば。
ふぅーっと深く呼吸をして、前後左右すべての方向に神経を張り巡らせる。
「なんなのよ、このバーサーカー女は!? ちょっとぉおお、反則よ、こんな奴がいるなんて!」
狼たちを操っている奴の悔しそうな声が響く。
感情的になってくれたおかげで、今度はその居場所がわかる。
上のほうだ!
見上げると3階建ての建物の屋上に怪しい人影が立っているのがわかる。
『極意3:お前の足は盗むためにある!どこまでも跳んで不法侵入するのじゃ!』
ここで俺の頭の中にしゃがれ声の激励が響き渡る。
しかも、極意その3。
不法侵入といえば聞こえは悪いが、ようはジャンプしろってことだろ!
「やってやる!」
大きく息を吸って、2階部分のバルコニーに照準を定める。
そこからどうにかしてよじのぼってやろうじゃないか。
太もも、ふくらはぎ、足首、つま先に魔力が伝達していくがわかる。
俺は地面を強く踏みしめる!
「うっそだろぉ!?」
どういうことだ!?
その跳躍力は俺の予想をはるかに超えていた。
気が付いた時にはジャンプの高さは建物を超え、屋上にすんなり着地してしまった。
「あわわわ! 何よ、あんた、新手の変態か何か!?」
魔獣を操っている野郎は仰天して声をあげる。
フードで顔は見えないが小柄な少女なのは確かだろう。
「変態なわけあるか! お前、狼で街を破壊するなんてふざけた真似をするんじゃない!」
「なによ、うるさいわね。かくなる上は……! 暗黒ツバメちゃん!」
フードをかぶった魔獣使いは右の手首に左手にかざす。
すると、彼女の影から鳥型のモンスターがキィイイイと奇声をあげて突っ込んでくる!
「ぬぉおっ!」
奴の操る暗黒ツバメは俊敏な動きで連携攻撃を得意とする魔物だ。案の定、次から次へとするどいくちばしで突っ込んでくる。
「ツバメちゃんたち、頑張って!今日は久々にお肉食べるんだから!」
魔獣使いはモンスターを励ます。
だが、魔獣使いが右の手首に左手を置く動作をしたのを俺は見逃さない。そこには金色の腕輪がはまっていて、それでモンスターを操っていると容易に予想がついた。
あれを無効化すればいい、つまり盗っちゃえばいいんだ!
『極意4:スリ師なら風のように近づき、踊るように盗れ!』
再び熱血老人の声が聞こえる。力強くて、温かい、自信に満ち溢れた声。
その声を感じるだけで、自分が大泥棒になったような勇気が湧いてくる!
シュバッ!
加速に次ぐ加速、耳には風を切る音。
まるで弾丸になったような気分だ。
「ひぃっ!?」
魔獣使いは勢いよく飛んでくる俺に怖気づき、顔をゆがめる。
しかし、回避する暇すら与えない!
体当たりを仕掛ける要領で、そのまま突っ込んでやる!
「うぉおお!?あぶなっ!」
しかし、勢いがつきすぎた。
気づいた時にはもう少しで屋上から落っこちそうになっていた。
「あはは! 身体能力はすごいみたいだけど、頭は足りないようね!ばーか、ばーか!」
魔獣使いはこっちに向きなおると高笑いを始める。
その声はかわいらしいが言葉づかいはとても悪い。性格もねじくれているのがわかる。
「私の地上げの仕事を邪魔する奴は許さないよ。久しぶりのお仕事なんだからね!」
「……地上げの仕事?モンスターを使って、あの市場の人たちを追い出すってのか?」
「そうよ。お偉方があそこに建物を建てるんで邪魔なのよ。だけど、できるだけ一般人を傷つけないのが私の美学なの!暗黒ツバメちゃん、やっちゃえ!」
大笑いするのにも飽きたのか、魔獣使いは右の手首に手を置く。
それはモンスターたちに命令を下すポーズだった。
「……あれ?ない!?家宝の伏魔の腕輪がないんだけどっ!?」
魔獣使いはきょろきょろと慌てふためき始め、左の手首を確認したり、左右の足首を確認したりしている。しかし、当然ながらそんなところに腕輪はない。
「俺がとったんだよ! これぞ盗賊の奥義の一つ、風盗だ」
俺は魔獣使いの前に金色の腕輪をかざす。
奴はこれがなければ魔獣を操ることはできないはずだ。
あんぐりと口を開ける魔獣使い。
へへっ、ざまぁみやがれだぜ。
「なあぁぁあああ!?返せ!この泥棒!ひきょうもの!訴えるわよ!」
魔獣使いは俺の手から腕輪を奪おうと飛びかかってくる。しかし、そうはいかない。
俺はひらりと身をかわし、腕輪を頭上に掲げる。
「うぐぐ! 私の大切なものを返せ!バカドロボー!」
奴はぴょんぴょんと跳ねつづけ、しまいには顔を隠していたフードが外れて顔が顕わになる。
「なん……だと……!?」
そこには緑色の髪をした女の子、それも美少女がいた。
吸い込まれそうなほど大きな瞳に端正な口元。こいつが魔獣使いだったなんて!
うぅ、くそ。かわいい生き物にはつい処分が甘くなっちゃいそうな気がする……。
いや、ダメだぞ、こいつは悪い奴なんだからきっちり説教せねば。
「返せ、このくず男! それがないとモンスターを操れないじゃない!目つきの悪い犯罪者!」
しかし、魔獣使いの悪口には拍車がかかり反省のそぶりは一切見えない。
うん、やっぱり性格悪いぞ、コイツ。
そもそも、市場を破壊したやつを無罪放免とはいかないだろう。こうなったら縛り上げて反省してもらうか?
ダダダダダッ!
魔獣使いをどう処遇しようか考えていると誰かが屋上に駆け上がってくる音がする。
「魔獣使い、お縄にしてやるぜ!」
それは縄を片手に持ったお姉さんだった。
身長は俺と同じぐらいで意志の強そうな八の字の眉につぶらな瞳。ポニーテールにくくったピンク色の髪の毛で、全体的にすらっとした雰囲気。
だけど美人だ、間違いなく。
「街を壊す犯罪者は捕縛だっ!」
彼女は勢いよく魔獣使いに縄を投げ、奴をぎりぎりと縛り上げる。
その間、わずか数秒の出来事だった。
「放してよ!あいつが腕輪を盗んだのよ! そもそも、善良な市民を縄で縛るとかなにごと!?」
魔獣使いは最後までわーわー言いながら運ばれていく。最初から最後までやかましく、言葉は汚く、性格の悪い奴だった。
お前が善良な市民じゃないことは一目瞭然だけどな。
「君、お手柄だったな! ……な、なんだその腕は光ってるぞ?」
魔獣使いを捕縛したお姉さんが笑顔で俺のほうに向きなおるかと思いきや、驚きの声をあげる。よく見れば俺の腕は光りっぱなしだったのだ。
こんな奴、なかなかいないし、明らかにあやしいかもしれない。やべぇ、買い出しだけで騒ぎは起こすなって言われてたんだっけ。
「いや、俺はただの通りすがりでして。あー、今日はいい天気だなー」
俺は独り言を言いながら、三階建ての屋上から軽やかにジャンプして地面に降りる。
ここは逃げたほうがよさそうだ。
うん、絶対にとんずらしなきゃやばい展開だ。
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