第9話 バーサーカー彼女
「なんなんだ、この体!?」
王都シルビアまでの道すがら、自分の体に驚いていた。
あきらかに疲れないのだ。
思いっきり走っても息切れをしないばかりか、むしろ元気になっていく。シルビアまで歩いて2時間かかるところが20分かそこらで到着してしまった。
腕が復活したおかげなんだろうか。
俺は通行証を見せて入城手続きを済ませると、料金を支払って内側に入る。
城壁を抜けると、現れるのがシルビアの街だ。
シルビアというのは銀狐様という大昔の英雄が築いたシルビア王国の中心都市。
別名王都ともいわれ、街には石造りの建物が立ち並び、市中にはマーケットもある。通りを歩けばたくさんの人々が行きかい、楽しげな人々の暮らしが伝わってくる。
「癒しの都シルビアのポーションはいらんかねぇ?」
「旅の疲れもぶっ飛ぶぞぉ!」
「毒・麻痺・暗闇の三点セットなら1割引きだ!」
特に目を引くのがポーションを売っている人々の多さだ。シルビアは製薬産業が盛んな国で、ポーションだけなら世界一の生産量だと言われている。
「えぇと、買い出しのメモを渡されたんだよな……」
親父とウララのメモを開くとなんだかんだ雑多なものが書かれている。
ふむ、ウララは薬屋に行ってほしいのか。まずはそれを確保しよう。
職業柄、シルビアの地理には詳しい。この薬屋は裏通りから行った方が早いよな。
俺は表通りを抜けると、裏通りをジグザグに進む。
あと二つほど角を曲がったら目的地につくというところで、路地裏から声が聞こえてくる。
「よぉ、悪職のねぇちゃん、あんたヴァルキリーだろ?」
「……だったらなんだというんだ?」
見ると人相の悪い男数人がマント姿の少女に話しかけているようだ。
「今、俺たちは腕の立つ奴を探してるんだ。仕事を手伝ってくれよ」
歯がまばらにしか生えていない、いかにも品の悪い男たちだ。
奴隷商人の倉庫にいた無法者たちと姿勢や口調がとてもよく似ていた。
「……仕事か、嫌だといったらどうするのだ?」
女の子は身長がイルよりも小さいように見える。
フードをかぶっているので顔は見えないが子供なのかもしれない。
しかし、小柄ながらも男たちにおびえてはいないようで堂々と受け答えをしている。
「ぐへへへ、その時はその時よ。力づくでも連れていくしかないなぁ」
「ひゃうっ!?」
男の1人が女の子のお尻を触りやがった!
「き、きさまら許さないぞ……」
突然の痴漢行為に少女は怒りを隠せない。
空気がピリッときしみ始め、このまま取っ組み合いでも始まりそうな空気が流れる。
だが、どうみても多勢に無勢だ。1対3、それも女の子と屈強な男たちじゃ話にならないだろう。
きっとあの野郎どもは女の子をさらってあくどいことをするつもりだろう。
そんなの黙ってみているわけにはいかない!
少しの恐怖心はあるが、ごくりと唾を飲み込んで俺は駆け出すのだった。
「走れ!」
「えっ!?ちょっと、何をするのだぁ!?」
「いいから、俺についてきな!」
お使いの途中ではあるが、俺はおせっかいを焼くことにした。彼女の手を引っ張って、とにかく一緒に走りだす!
人通りの多いところまで出れば奴らも追ってはこないだろうっていう目算だ。
「てめぇ、こら!待ちやがれ!」
後ろから男たちの怒号。
だけど、待ってやるわけも捕まるわけにもいかない。それに足の速さには自信がある。
「あらっ!?」
「うわっ!?」
細い路地に入ろうと直角に曲がった時だった。
俺たちは足元にあったゴミ箱に足をとられて転んでしまう。
がったぁーんと響く大きな音。続いて、ひざにけっこうな痛みが走る。
「どこだぁ!?追いかけろぉっ!」
不幸中の幸いというやつか、男たちは俺のいる路地に目もくれず走り去ってしまう。
ふぅ、間抜けな男たちで助かった……。
「そういえば、あの子は大丈夫か!?」
手を引っ張ってきた少女には悪いことをした。
あたりを見回せばさきほどの少女が腹ばいになって倒れているではないか。
「ご、ごめん!大丈夫?」
転んだ拍子にマントが脱げてしまった彼女を見て俺はごくりとつばをのむ。
彼女の服装が尋常ではないのだ。
かなり露出が大きい服を着ているのだ。背中はぱっくりと開き、お尻は短めのタイツでおおわれている。体のラインがまるわかりで、ほとんど裸みたいな服装だ。民族衣装なのかもしれないけど、町中でよくこんな格好ができるな。
……とはいえ、転んだのは俺のせいだ。
立ち上がるのを助けてあげたほうがいいだろう。
「あ、あの、立てます?」
よく見ると彼女は地面に顔をつけたまま突っ伏している。
女の子の顔に怪我でもしたら大変なわけで、俺はそっと手を差し出す。
「……ウォォ!!」
獣の唸り声のようなものをあげて少女は立ち上がるのだが、その様子も尋常じゃない。
立ち上がりざまに空中に跳ね上がったのだ。
彼女は一回転すると地面にしゅたっときれいに着地。
……まさかこいつ自身がモンスターじゃないよな?
その疑問は彼女の正面の姿を見て確信に変わる。
あ、こいつ、助けちゃいけないやつだったんだ、と。
「……な、な、な、なんだこいつ!?」
情けない話だが、それ以上の言葉が続かない。
それもそのはず、その少女は何かの頭蓋骨で頭を覆っているのだ。角が二つ生えており、明らかにモンスターのたぐいの骨だろう。もしかしたらこの子は魔族かもしれない。
「うがぁああ!」
助けたつもりなのに、獣のような声を上げて大声で威嚇してくる。
くそ、やべぇやつに声をかけちまった。この狭い路地裏でどうやって逃げ出せばいいんだ。
「うぐううぅ」
殺されると身構えたのもつかの間、彼女はがくっと膝をつく。
そして、かすれた声で一言、「ハラヘッタ」とつぶやく。
モンスターかと思ったが喋れるらしい。そして、お腹が減っているらしい。
幸運にも俺の手元には弁当がある。サンドイッチで俺の命を見逃してもらえるだろうか。
ぎゅるるるるるるぐううるうう……。
どうするかと逡巡していると、耳をつんざく音が奴のお腹から鳴り響く。
俺もたまにお腹が鳴ることはあるが、ここまでの音は聞いたことがない。
「……食べますか?」
俺はサンドイッチをさしだして、恐る恐る尋ねてみる。
俺を食べるのではないことを心の底から祈るのみだ。
「食べるっ!」
少女は俺の手から勢いよくサンドイッチをもぎとる。
それから大急ぎで動物の骨部分に入れてもしゃもしゃ食べ始める。
「おいしかったのだ……」
彼女から満足の声が得られた。よっし、俺を食べる食欲は残ってないらしいぞ。これで一件落着、君子危うきに近寄らずだ。くるっと回れ右をして退散するのみ。
俺はそろーっと歩きだすのだった。
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